14話 初陣突破





 むしゃくしゃして飛び出してきた。

 実はちょっと後悔してる。

 ちょっとだけね。


 とりあえずイヤーセット外してポケットにしまった。イヤーセットはGPSみたいに位置情報を送信するので、今回は外させてもらった。

 サイズが合わなくて動いてるうちに外れましたって、言い訳すれば許してもらえるだろう。

 たぶん、きっと。……初犯だし、……子供だし、許してくれるよね。


 さてなんでこんな無謀なことをするのかといえば……あれ? なんでだったかな。

 思い返そうとした瞬間、立ちくらみをおこして気が遠くなった。

 普段よりも日差しが強いせいか、日射病にでもなったのかもしれない。

 そう言えば昨日からまともに食事も睡眠もとってない。



 ……ああ、そうだ。

 ギルドのとんがり耳した綺麗な受付嬢さんと、指導役のクライスちんぴらさんたちが今回限りで諦めさせようとか、そんな話をしていたんだ。


 このままだと安全なところでベテラン戦士のお仕事を観戦して終わりになりそうだったので、ちゃんと戦えると証明するために単独行動に移ったのです。


 ただしまともな武器は売れば高そうなナイフ一本だけしか持ってきてないので、超頼りないです。

 寝不足でテンパってたのかなぁ。

 着てるのも普段着だし、待合室で色んな人からすごく見られてたけど、場違いすぎるよね。

 周りの人は世紀末な登場人物だったり、一狩り行こうぜっ、て感じの装備だったし。


 まあ色々ネガティブなことを考えているけれど、実のところそんなに不安は感じていない。

 矛盾するようなことを言うけれど、体調がなんでかすこぶる良いのだ。

 正確には、体調というか魔力量だ。

 普段を百とすると、好調の時は百二十ぐらいある。

 さらにそこから今日こそ親父殿に勝つぞーって、燃えている時で百三十ぐらい。

 でも今は二百ぐらいある。


 いやもう魔力感知が馬鹿になったんじゃないかなとか思ってしまうのだけど、実際すこぶる調子がいい。

 なんでも出来そうな気がする――って言うのは確実に言い過ぎだけど、今日の相手なら十分に戦えるだろう。


 私とクライスさんたちに割り振られたエリアの標的はスキンウルフだ。

 下級下位の魔物で、イメージとしては野犬の群れといった感じ。魔法も魔闘技も使えないので魔物としては狩りやすい相手とされている。

 ただし獲物を自分のテリトリーに誘い込んだり、身を呈して仲間に貢献したりと、侮れない部分も多い。

 そんな事を確か受付嬢のアリスさんが言ってた気がする。

 ……違ったかな? 本で読んだんだっけ?

 まあ、どっちでもいいか。



 ******



 そんなこんなで森の中にいます。

 背丈の低い私にとって、藪が深くて周囲の様子は目では確認しづらいのですが、そこは魔力感知という便利スキルがあります。

 実は草木にも魔力は宿っているし、地面からも魔力は感じられます。

 ついでに言うと空気中にも魔力はあって、それらを知覚することで地形も確認できます。


 何が言いたいのかといえば、目で見えてなくても、周囲二十メートルぐらいは明視範囲だ。

 意識を伸ばせばそれ以上も知覚できる。


 その範囲に、獲物のスキンウルフが潜んでいた。

 数は三匹で、こちらの様子を窺っている。

 私の足の速さと体力では追いかけていくのは無謀なので、気づかないふりして誘い出してみようか、

 ――いや、


 あんまり消極的なのは趣味ではないので、あぶり出す方向で決定する。

 火の魔法をスキンウルフたちの奥の方に飛ばす。ついで風の魔法で火を煽り、煙で燻して追い立てる。


 思惑通り飛び出してきたスキンウルフたちは忌々しそうな、恨みのこもった瞳でこちらを睨んで襲い掛かってきた。

 まず下級の火弾で中央の一体を撃った。

 綺麗に顔面に直撃して、残る二体が左右に分かれた。

 右を追って、すれ違う寸前に強化を高めて横に跳ぶ。

 スキンウルフがこちらの姿を見失った隙を逃さず、さらに地を蹴り疾空を重ねて上に跳んだ。

 適当な木の枝に上って下の様子を窺うと、私を探して地面に鼻を彷徨わせ、匂いを探るスキンウルフが見える。


「――悪いね」


 小さく呟いた後、枝から飛び降りる。

 落下の速度と自重を乗せ、さらに魔力を込めたナイフを、スキンウルフの延髄に突き立てた。

 あっけなく一匹を殺して、こんなものかと思った。

 害獣とはいえ犬のような生き物の命を奪った事に、私はそれほど大きなショックを受けていない。

 まあ今はちょっと興奮してるので、自覚できないだけかもしれないけど。


「ふぅ……」


 大きく息を吐き、残った二体を見る。

 一方は少し腰が引けていて、もう一方は火弾のダメージで目が見えていない状態だった。

 まずは無傷な方か。

 そう決めて、そちらに向けてゆっくり歩いていく。

 怯えながらも意を決したスキンウルフが、まっすぐに私に向かって突っ込んでくる。


 私は土の下級魔法で穴を作った。

 そう大きなものではなく、三十cmくらい。

 まっすぐ突っ込んでいたスキンウルフはその穴に前足を取られ大きくつんのめった。

 そのタイミングに合わせて、私の投擲していたナイフが頭に刺さった。殺すには至らなかったので、私は走り、ナイフの柄を蹴ってスキンウルフの頭蓋の奥に押し込んだ。

 きっちり殺し切ったことを確認して、刺さったナイフを取り出す。


 成程。下級下位なわけだ。

 冷静に対処できれば、そう恐ろしい相手じゃあない。


 残った一匹が火傷でまともに目は見えずとも仲間の死を捉えたのだろう。

 私の方を向きながら唸り声を上げる。

 耳障りな威嚇の声を聴きながら、歩いていく。

 同時に発動準備を終えた風の下級魔法を待機させる。

 いくらか距離を詰めると、スキンウルフが後ろを向いて走り出した。


 そのタイミングに合わせて魔法を発動し、風刃を飛ばして足を切った。

 所詮下級の魔法なので、足を切り落とすような派手なことはできないが、もう満足に走って逃げることはできないだろう。

 せいぜいのんびりゆっくり群れの元まで案内してくれ。


 しかしスキンウルフはもう一度向きを変えて、私を真っ直ぐに睨んだ。

 覚悟の据わった眼だった。


「ゥオオオォォォォオオンンッ!!!!!!」


 腹の底に響くような遠吠えを上げて、目の見えていないスキンウルフはそれでもまっすぐに私に向かって走ってきた。


「――ッ」


 胸の奥の方が震える。ひどく身勝手に、私は感動なんてしてしまった。

 距離を詰められる前にもう一度下級の火弾を叩き込んで怯ませ、すぐに接近して喉をかき斬ってしっかりと殺した。


 一息はつかず、魔力感知を広げる。

 七百メートルほど先から、三十近い数が迫ってくる。言うまでもないが、スキンウルフだろう。

 何だろうな。

 嗤ってしまう。

 私は、今、すごく楽しくなってきてる。



 ◆◆◆◆◆◆



「急ぎなさいよ、クライス」

「いや、もう死んでるだろう」


 魔法士の女に言われて、クライスはそう返した。

 他の二人――剣士と弓兵も、やる気のない表情で頷いた。

 今クライスたちはセージの反応が消えた地点に向かっている。

 そう離れた場所ではないのだが、着いた時にはもう手遅れだと色々と都合がいいのでのんびり行こうとするクライスに、魔法士が焦れているという状況だった。


「反応なくなったってことはもう食われちゃったんでしょ。スキンウルフは弱い相手には容赦ないからねー」


 弓兵がそう言うと、魔法士が睨みつける。


「だからっ! 急げば助けられるかもしれないでしょ!」

「いや、もう助けられない方がいいんじゃねえの?」


 剣士がそう返して、弓兵も頷く。

 損得勘定で言えば、そうなのだ。

 見殺しにしてもペナルティが発生しないよう取り計らったというセージの言葉が嘘だとしても、同行するはずのパーティーを勝手に置いて先行し、救援の要請もできず反応を失った。

 これでもし罰則なんて喰らうならその決定をしたギルドスタッフの胸ぐらを掴んで説教をしてやると、クライスは思った。


 確かにクライスたちはあのセージを最長で一年間、面倒を見るという契約を交わしている。

 その契約はあくまで戦闘面でのサポートだ。


 もっとも実際にはこの守護都市での生活全般に口をはさむ――喧嘩で武器を抜けば命を懸けるという意思表示になるといったローカルルールを教えたり、信用できる武具の店や夜の店を紹介したり、契約が切れるころには実力に見合ったパーティーを教え、橋渡しなんてのもやる。


 契約になくとも、それぐらいは仕事の範疇だとクライスは思っているし、実際にそうしてきた。

 その結果として有能な指導員という評価も貰っている、


 だがそうは言ってもろくな常識もない子供の躾なんてのはサービスの範疇外だ。

 確かに他所の都市で期待のルーキーだの、天才戦士だのともてはやされてきた新人は面倒臭い。

 他所の都市でいくら強くても守護都市では大したことは無い。


 その辺が分からずに、実力に見合わないプライドを振りかざして突っ走って自滅するバカはいる。

 しかしそんなバカたちでもクライスたちとの実力差は理解するし、ギルドの不文律への理解もある。

 何も知らない子供よりは、さすがにマシだ。


 魔法士ほどでは無いにしても、子供が死ぬのはクライスだって見たくはない。

 だが望んで死にたがる奴を助けてやりたいとも思えない。

 義理人情に厚く面倒見の良さが評判のクライスの気持ちは、仲間たちが珍しいと感じるぐらいには冷めていた。



 ******



 わずかな時間を挟んで、クライスたちはセージを発見した。

 スキンウルフの群れと戦闘中と見て、すぐさま魔法士が援護に入ろうとしたが、クライスがそれを押しとどめた。

 魔法士は睨みつけて抗議をするが、クライスには届かない。


「……すげえな」


 ぽつりと、クライスがこぼした。

『え』と、魔法士が反応し、改めてセージの戦いを見つめた。


 跳びかかってくるスキンウルフの群れを、バックステップで躱しながら、下級の魔法を打ち込んでいく。

 スキンウルフはろくな魔力を持たず、当然のことながら闘魔術もつかえず、素の身体能力も犬コロよりましな程度。

 気性が荒く繁殖力が強いために魔物として認定されているが、単体なら戦闘経験のない農夫にも退治できる雑魚だ。

 だがそんな雑魚も群れをなせば話は多少変わってくる。

 野生の獣として、時には格上のゴブリンを狩って喰らうスキンウルフの、狩猟者としての技量は決して低くはない。


 スキンウルフは数の差でセージを取り囲み、圧力をかけている。

 五歳児の子供など一度でも噛みつけばそこで勝負は決まる。

 たとえそれが致命傷とならなくても体の動きは鈍り、そのまま包囲によって圧殺されるからだ。

 だがそうはならない。


 セージはステップの合間に下級の魔法で手傷を与えている。

 それが無詠唱であることに気付いた弓兵と剣士が驚くが、魔法士はその魔法そのものに驚いていた。

 無詠唱なのは確かにすごいが、それはあくまで五歳児だと踏まえてのものだ。

 それよりも驚かされたのはその放たれた魔法の無駄のなさにだった。


 魔法の発動には一定の集中力を必要とする。

 無詠唱の魔法は接近戦で多用されるが、詠唱を破棄する分集中力を必要とする。

 だが互いに切り結ぶ白兵戦のさなかに本格的な精神集中に入れるはずもなく、ロスを覚悟で術式に魔力を多く込めることで放つのが一般的な無詠唱の活用方法だ。


 その無駄が魔法士の鍛えられた魔力感知では知覚できない。

 セージの主観で言えば無駄は発生しているのだが、神の瞳に遠く及ばない人間の知覚では感知できない程度のロスでしかなかった。

 それはセージが自分の身の丈ほどもある魔物の群れに追い立てられながらも、魔法の集中に意識を避けるだけの余裕があることを示していた。

 長年の戦士の勘でいち早くそのことに気付いたクライスは、注意深くその戦闘を観察した。


 囲まれ、追い立てられたセージに死角からスキンウルフが襲い掛かる。

 まるで背中に目でもついているかのような絶妙なタイミングで、その襲撃をセージは上に跳んで躱す。

 そのタイミングの良さや、多少は不出来ながらも疾空を使いこなしたことに、もうクライスは驚かなかった。


 上空に退避したセージは、存分に溜めた衝裂斬で襲い掛かってきたスキンウルフのうなじを斬り裂いた。

 骨を断つには貧弱な一撃だが、急所への一撃は致死に至るには十分な深さだった。

 セージは木の枝をつかみ、身軽さを生かして木の間をかける。


 獲物の姿を見失ったスキンウルフを、そのまま隠れて狙撃するのかと思えば、群れからやや外れた位置にいる一匹を奇襲で殺して、姿を見せた。

 まるで誘うようだと思って、クライスは笑った。

 あれは紛いもなく誘っているのだ。

 逃げられれば追いかけて狩る体力のないセージは、あえて隙を見せているのだ。


 スキンウルフの数は残り十二体。

 汗をかき、体力も魔力も消耗し始めているセージを前に、撤退する踏ん切りもつかず、終わりの見えた襲撃を再開する。

 スキンウルフの中で手傷を負っていないものは無く、消耗を装っているセージを見れば、終わりの結果がわからないのはスキンウルフたちだけだった。


「……大丈夫そうね」


 クライスと同じものを見て、同じ結論を出した魔法士は、拗ねるようにそう言った。


「ああ。

 管制、こちらクライスだ。セージは無事だ。

 ガキだから、派手に動いてイヤーセットが落ちたみてえだ。

 反応がなくなったポイントを詳しく教えてくれ。後で探しておく。

 今回の件で、セージは責めないでやってくれ。サイズが合ってないのになんも言わなかったのはこっちの落ち度だ」

「こちら管制、了解しました。あいかわらずお人好しですね」

「……そんなんじゃないさ」


 ついさっきまで見捨てる気だったのだ。

 だがセージの戦いを見て、胸の中に年甲斐もなく熱いものが宿ったのだ。

 あるいはそれは、冷たくなっていたものが融けたのだけのことかもしれないが。


「ターゲットのスキンウルフだが、二十体以上の討伐が確認できた。時間的には早いが、もうすぐ帰還する。ルートの案内、頼む」


 管制の了解という短い返事を聴いて、セージの戦いに意識を戻した。

 スキンウルフの数は六匹まで減り、ようやく撤退を決めたのと、セージが本格的な攻勢に出たのはほぼ同時だった。

 セージは火の魔法で壁を作り逃げられるルートを限定し、詠唱を始める。

 詠唱の声は距離があって聞こえなかったが、その構成を見てクライスの笑みが深くなる。

 中級の火と風の混成魔法だった。ろくな魔力、ひいては抗魔力を持たないスキンウルフに耐えられるはずもなく、ただの一匹も撃ち漏らすことは無く、この戦いは幕を閉じた。


「掛け値なしの天才、だな」


 クライスが漏らした言葉に、だれも何も返さなかった。

 全員が同じ気持ちだった。

 今はまだ下級下位の魔物にも手こずる子供は、きっとこの守護都市でも指折りの戦力に、それこそかつての英雄のように最強の称号である皇剣にすら届くかも知れない逸材だと、そう感じていた。




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