13話 初体験~~IF~~



※暴力表現が始まります。苦手な方はご注意ください※





 むしゃくしゃして飛び出してきた。

 後悔はしていない。



 セージです。ただいま森の中です。

 イヤーセットは外してポケットの中です。

 イヤーセットは持ち主の魔力を自動的に吸って機能しますが、安全面の関係で頭部に接触させていないと吸収しません。


 さて空は快晴。

 荒野を飛び回っていた今までは砂埃が舞っていたせいか、わずかに白く翳るような空が続いていました。

 でも今は気持ちの良い青空が広がっています。

 その分、日差しがギンギラギンに輝いていて目が眩んでしまいます。



 ******



 まずは状況を整理しましょう。

 ここは森の中で結界の外なので魔物がいます。

 正確には結界の中にも魔物はいますが、とりあえずここにもいます。

 私のお仕事はその魔物を退治すること。

 駆除とか、狩りという表現の方が正しいかもしれません。

 面倒を見てくれる先輩方がいましたが、撒いてきました。やっぱり初体験を複数の人となんて不潔だと思うの。

 ……冗談です。

 とりあえず私は一人ぼっちの自己満足オナニープレイな気分だったのです。


 私の装備は――


 武器、ナイフ。

 頭、無し。

 体、布の服。

 盾、無し。

 足、擦り切れた靴。

 装飾品、贅沢は敵。


 ――という状況です。


 まごう事なき初期装備です。王道で言えばスライムあたりで経験値稼ぎなのでしょうが、気分的には魔王かドラゴン、あるいは邪神デス子あたりと戦いたいところです。

 っていうかラスボスデス子出てこい。

 こっちは今まで生活環境の底上げに必死になってたのに。

 あんなにあっさり逝くなんてどういう事だ。

 死神もどきだっていうんなら私を殺して拉致した借りで助けろよ。


 あー、イライラする。

 ちょっと冷静になろう。

 うん。なった。

 きっとなった。


 森なので視界は悪いのですが、とりあえず獲物は魔力感知で探知できます。

 ビバ魔力感知。でもデス子に感謝とかしない。

 とりあえず三十メートルくらい先の茂みに、三匹ほどなんか隠れています。

 そういえば今回の獲物ってなんだったかな?

 美人で怖いお姉さんに説明されたけど、よく覚えていません。

 たしかハゲなんとかだ。うん。ハゲだ。

 まあどうでもいい事なので、とりあえずナイフを持って突撃します。

 あはははっ。

 なんか楽しくなってきたなーっ!



 生い茂る草木をかき分けながら、三匹に向かっていく。こっちが真正面から突っ込んでくるのに慌てたようで、三匹は散開する。

 あははっ、やだなー。魔力量は私の方が多いけど、そっちは数が多いんだから真正面から喧嘩しようよっ。


 逃げる一匹に照準を合わせ、距離を詰めていく。

 後ろ姿を視認して、ようやくそれの名前を思い出す。

 スキンウルフだ。

 体格は中型犬くらいだが普通の狼と違って体毛がほとんど無く、赤茶色の病的な肌を晒しており貧相に見える。

 性格は確か臆病で狡猾、戦う力のない家畜や他の魔物の食い残しを漁るとか。


 下級中位以下の魔物は結界をすり抜けるとかで、農業都市の家畜を狙うこのスキンウルフは優先的に駆除しないといけないとかなんとか。

 距離が詰まってくると観念したのかくるりと向きを変え、スキンウルフが私に向かって飛びかかってくる。


 思わず、笑みがこぼれてしまう。

 私は急制動をかけ、ナイフを下からすくい上げる。

 死角からのそれを察知できるはずもなく、スキンウルフのノドに深々と突き刺さる。

 肉を裂きながら、骨に弾かれながらもナイフは確かに喉を抉った。

 確実に致命傷だが、命を奪った実感に浸る余裕は私にはなかった。


 飛びかかってきたスキンウルフの身体が私に迫ってくる。

 身体強化した腕力でそのまま投げ飛ばすつもりだったが、うまくいかない。

 体重差がありすぎ、また死角をつくことを重視したため足や腰の力を上手く乗せられなかった。

 失策を悟って捻るようにハゲ狼を横に流しそのまま逃れようとするが、もう遅かった。


 私の右肩に激痛が走る。

 ペキリと枯れ木が折れるような音が響く。

 喉を切り裂いたスキンウルフに噛まれ、私のか細い鎖骨は容易く折られたのだ。


「くぅ!」


 私は右足にありったけの魔力を込めてスキンウルフを蹴り上げた。

 その際に右肩の肉を食いちぎられたが、なんとか脱出できた。

 息が荒れる。

 蹴り飛ばしたスキンウルフは動かない。

 最後の抵抗だったのだろう、魔力が薄れ、絶命していくのが感じ取れる。


 私は身勝手に湧いてくる罪悪感を振り払い、大きくえぐれた右肩に手を当てる。

 血はとめどなく溢れ、骨も露出している。

 気が遠くなるようなこの痛みと熱に、脳髄が痺れる。

 心地いい。

 死を予感させるほどのいたみが、私を癒す。


 ろくに集中できない中だが、無詠唱で治癒魔法を使う。

 出血を抑え、痛みがいくらか引いていく。

 ただその程度だ。

 純粋な物理攻撃で治癒魔法の通りは良いが、私の練度でこれを完治することはできない。

 右手はもう、使い物にならない。


「くっ」


 喉の奥の方から、得体の知れない嗤いがこみ上げてきて、


 直後、

 私は横合いから押し倒され、

 首の骨の折れる音を、

 どこか遠くの出来事のように聞いた。


 私の意識は黒く溶けて、そのままあっけなく死んだ。



 ◇◇◇◇◇◇



 一瞬、白く視界が染まる。

 三匹のスキンウルフが散開し、その内の一匹に狙いを定めて距離を詰める。

 程なくそのスキンウルフはこちらに向きなおって飛びかかってきた。


 私は気を引き締めて口元を強く結ぶ。

 私の顔をめがけて飛び上がったそれの下を、スライディングして躱し、すれ違いざまに喉を一閃しておく。


 狙いが逸れたこともあって、スキンウルフは絶命にはいたっていない。

 だが大きな血管に傷を付けられたようで血がとめどなく溢れている。

 ほどなく死ぬだろう。だが、だからこそ油断はできない。

 正面から私を睨むスキンウルフは、血が溢れるのも厭わず威嚇の声を上げる。

 決死の思いで、私の注意を引こうとしている。


 私の魔力感知は、その反応を捉えている。

 視野を狭めていなければ、私に奇襲は通じない。

 色々と気に入らない相手からもらった力だが、この魔力感知はひどく高性能だ。やはり感謝する気はないけれど。

 後ろからにじり寄るそれを、ギリギリまで引きつけて振り向きざまに一閃する。


 奇襲が成功したと思わせた上での奇襲。

 だが手応えは浅い。額を浅く斬っただけだ。

 とっさに回避に転じた二匹目のスキンウルフに、追撃を行おうとして邪魔が入った。


 三匹目だ。


 最初に見つけた三匹が揃う。その内の一匹はもう息絶えようとしている。

 だが残り二匹ではない。

 姿は見えなくても、魔力感知が体内魔力を隠蔽している二十七匹のスキンウルフを捉えている。


 ほぼ二日の徹夜による思考力の低下。

 野生の魔物の持つ隠蔽技術。

 そして致命的な視野狭窄。


 それら複数の要因があって、誘い込まれた。

 なるほど、たしかに臆病で狡猾だ。

 ここはスキンウルフの狩場。

 こんな食いでの無い小さな子供にも万全を期したのだ。


 私はポケットからイヤーセットを取り出した。

 私の魔力量は、実のところ残り少ない。

 普段の状態を100とするなら、今は30ぐらいしかないだろう。理由は単純で睡眠不足からくる疲労だ。


 イヤーセットをつけて救援を呼び、中級の魔法で突破口を開いて、強化した脚力に疾空を織り交ぜて逃げ出す。

 ここから生き延びる手段は、おそらくそれぐらいだろう。


 私は取り出したイヤーセットを強く握り――



「上等だっ! 簡単に殺せると思うなよクソハゲ共がっ!」


 ――そのまま握りつぶした。


 どうせ私は一度死んでいるのだ。

 もう一度死んだところで死者が死者に還るだけだ。

 そんな事よりも今はこの煮えくり返ったはらわたを、ぶちまけたい。


 ああ、そうだ。

 私はきっとただ八つ当たりをぶつける先が、欲しかったのだ。

 そんな私情で命を貪る私は、ここで死ぬ。

 だがそれでいい。

 弟一人助けられなかった私に、これから何が出来るはずもない。

 デス子。

 この結果が気に食わないというのなら、私なんかを選んだことを恨むがいい。



 ◆◆◆◆◆◆



 スキンウルフがセージを囲む。

 下級下位の魔物の包囲に、穴は多い。だがそれを突くことはセージには不可能だった。


 自らの食事を妹や弟に分けていたセージは五歳児としても未成熟な肉体であり、それを補ってあまりあった魔力も今は乏しい。

 さらに普段の訓練も基礎能力の向上を目的としたものであり、ジオとの手合わせもセージの向上心を刺激するという意味合いが強く、実戦を想定したものには程遠かった。


 また装備も貧弱だ。

 身を守る防具は無く、武器は実母が餞別に残したナイフだけ。セージはそうと知って持ち出したのではなく、ブレイドホーム家にはセージが使える武装が他に無かったのだ。

 そのナイフは一般人が持つものとしては高級品だったが、あくまで護身用であり、さらにはセージの小さな手では上手く握るのも難しい代物だった。


 だがセージは死なない。

 勝てるわけではない。

 セージが逃げ出すことはない。

 だが決定的な終わりを迎えることはない。


 死に通じる仮神の手によって、唐突に前世の天寿を全うさせられ、そしてセイジェンドとして生まれ変わった。

 そしてその際、魔力感知を加護として授かった。

 それは正確で十分な説明ではなかった。


 デス子と名付けられたかの仮神は、生を刈り取り安息を与える者だ。

 生者を祝福し、護りを与えるものではない。


 仮神がセージに与えたのは、自らの瞳である。

 本来ならば、仮とは言え上位存在の一部を埋め込まれてただで済むはずがない。

 無理やり埋め込んでも空気を入れすぎた風船のように身体が破裂し四散するだろう。

 よほど運と相性がよければ耐え切れるが、それでもそれを内包しただけの廃人と化してしまう。


 だがセージは前世で全うするはずだった残り五十年以上の寿命を、強制的に徴収されていた。

 デス子はそれを純魔力として加工し、その力で自らの瞳を圧縮し封じ込めた。

 セージの魂と親和性の高いその封印の檻が、彼の肉体に宿っていた。


 その封じられた瞳はセージとデス子との間にあるか細い縁で繋がり、そしてデス子の歪な愛がセージの助けとなるよう力を与えている。

 それが人間の能力を超えた魔力感知という形で表れているのだ。

 だがそうしてセージが力を引き出すほどに、封じられた瞳は悲鳴を上げる。

 狭く苦しい封印の中から、悲鳴を上げる。


 もっと広く。

 もっと大きく。

 それは霊格の向上であり、魔力量の増大。

 仮神の瞳は、セージが己の開放に耐えられるように、そう望む。

 セージには、だからこそ試練という名の不運が付きまとう。


 その瞳がある限り、セージに死という安息が訪れることはない。

 無論セージにここから逆転する術はない。

 例え何度やり直しても、どれほどの魔物を道連れに出来ても、セージが生き延びることはできない。

 この場に誘い込まれ、そして逃げようともしないセージは完全に手詰まりだ。

 例え百度リセットし、百一度トライしても結果は変わらない。


 ただし結果は変わらなくとも二つの変化は生じている。

 何度となく仮初の死を体験して、セージの意識は巻き戻る。

 それは自らが宿る肉体を守ろうとする仮神の瞳の防衛本能だ。

 今のセージにこのスキルの発動を知覚することはできないし、当然自分が殺される記憶未来は覚えていない。


 変化の一つは、その記憶だ。

 明確に思い出すことは出来なくとも、しかし記憶の奥の方にはしっかりと自分が殺される最大級のストレスを、思い出せない夢のように堆積させている。

 それが巻き戻ってからの行動や判断に反映されていた。


 二つ目は魔力だ。

 自動発動したスキルは、仮神の瞳に宿る魔力――ひいては、そこから繋がるデス子の神力を用いている。これはセージただの人間では到底賄えない奇跡の代価であるから、当然ではある。


 そしてそのデス子の神力が、スキルの発動の度にわずかずつ封印から漏れており、それがセージの身体に染み込んでいった。

 他人の魔力が混ざるのは、型の違う血液を混ぜるような危険な行為だ。

 しかしセージの身体に拒否反応は現れない。

 封印を濾すことで、デス子の魔力はセージにとって無害なものに変化していた。


 十七度。

 セージはそれだけの回数、偽りの死を超えていく。

 その度に技は冴えてゆき、欠けていた魔力は急速に回復した。

 だがそれでも勝てない。


 例え技量が上がったとしても、基礎的な身体能力が上がるわけではなく、また十分な反復練習を行っていない技には冴えはあっても深みがない。

 瞬間的な危機を脱する突破力とはなっても、一戦を通して耐えることはできない。


 また魔力は回復しても、体力は回復しない。

 それに回復する魔力もセージ自身の霊格が許す範囲まででしか無い。

 それ以上の余剰分はセージ自身の身体から揮発して消えていった。

 スキンウルフに囲まれ乱戦となった時点で、セージに生き延びる可能性は消えていた。


「――だから、こんな因果はさっさと消しちゃうべきなんですけどね~」


 真っ黒のドレスを着た女がそう言った。

 セージが生まれてから、文字通りひと時も瞳をそらさず見守り続けていた女がそう言った。


「でも痛い思いしたいって言うんなら、そうさせてあげなきゃですよね~」


 腕に噛み付かれ、か細い骨を簡単に砕かれながらも戦い続けるセージを見ながら、デス子はそう言った。

 血濡れのセージは笑っていた。

 今にも死にそうな状況で、すぐにでも死にたそうな表情で、セージはしかし戦っていた。

 それを見ながら、デス子も笑った。


「やっぱり、貴方は素敵です」


 デス子はそう呟くと、目を瞑った。

 瞳のもたらす死の回避で足りないのであれば、デス子自身が魔法を行使すればいい。

 〈死者蘇還〉。

 生者へと蘇生させるのではなく、致死の運命が確定する以前に還すそれは神性の大魔法だった。

 もう少し見ていたいけれど、幕引きとしては後ろ髪が引かれるくらいが丁度いいと、デス子は思った。




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