12話 家出中
弟が、ダストが死んだ。
誰が悪いとか、ないと思いたい。
気がついたら病気になっていて、みんな心配して、看病したけどダメだった。
無いお金を振り絞ってお医者さんを呼んだけど、それも無駄になってしまった。
「はぁー……」
マギーことマーガレット・ブレイドホームは、空を見上げてため息をついた。
空はつき抜けるような青空だが、気持ちの方はどんよりと重い。
何もする気になれなくて、マギーは庭でぼんやりとしていた。
マギーにとって、身近な人の死は四人目だ。
最初は父で、理由は知らない。
母は大きくなったら教えてくれると言っていたが、その前に妹と一緒に殺された。
母は生まれ故郷の都市に帰るまでの我慢だと、知らない男の人からお金をもらっていた。
それがシマアラシだとかで、殺された。
マギーも殺されそうになったがなんとか逃げ出し、今のお父さん――ジオレインに、助けられた。
ダストには悪いと思うけど、その時の喪失感に比べればまだ耐えられるものだった。
だが弟たちには違った。
カインとセルビアはずっと泣いていたし、セージは泣いてこそいなかったけど、普段とは全然違っていた。
もともと自分からはあまりしゃべらないほうだけど、本当に必要なこと以外何も喋らなくなっていた。
マギーは今日、何度目かになるため息をついた。
「大丈夫?」
そんなマギーに兄が声をかけてきた。
血は繋がっていないし昔は少しよそよそしかったが、今ではちゃんとしたブレイドホーム家の長男のアベルだ。
詳しくは聞いていないが、彼もマギーと似たような生い立ちだ。
ただ妹を助けられなかったマギーと違って、
「うん、まあね」
「そう……」
そう言って、アベルはマギーの隣に腰掛けた。
「いい天気だね」
「そうね……」
会話が続かない。
胸の奥がもやもやするが、アベルは気にせず寝転がって空を見る。
「……ねえ」
「なに?」
沈黙が苦しくて声をかけたが、何も話題が思いつかない。
視線を向けてきたアベルを無視して、マギーはもう一度ため息をついて空を見上げた。
「……セージは、わかってたのかな」
アベルがそうこぼした。
意味が分からないのでアベルに目を向けると、眉を寄せて難しい顔をしていた。
「だから、さ。ダストが死んじゃうって、わかってたんじゃないかなって、思って」
「なに馬鹿なこと――」
口に出した言葉が続かずに、マギーは黙った。
ダストが病気で倒れたとき、みんな直ぐに治ると思っていた。
看病していたマギーだってこのままじゃ危ないと思い始めたのは、朝になっても熱が引かなかったからだ。
セージは倒れた時からずっと心配していて、一晩中つきっきりで看病していた。
朝になればすぐに栄養のある飲み物をもらってきていたし、お金をかき集めてお医者さんも呼んだ。
でもそれはセージが優しくて、ダストのことが好きだからだろう。
「馬鹿なこと、だとは思うんだけどね。
あいつ、ちょっとおかしいだろ。ああ、ゴメン、睨まないで。悪口じゃなくって、普通じゃないっていうか……その、特別でしょ。セージは。
ずっと大事に貯めていたお金を簡単に使おうとしたし、無駄足ふませたなんて理由で、そのお金を医者に押し付けようとしてたからさ。
なんて言うかな、今までずっとダストに優しくしてたのも、こうならない様にするため、だったんじゃないかなって思ってさ」
すとんと、アベルの言葉が胸の奥の方に落ちてくる。
涙が出た。何故かはわからないが、涙が出た。
マギーはわけがわからないまま出てきた涙を拭っていると、アベルがその頭を抱き寄せてやさしく撫でた。
「ダスト、助けてあげたかったね」
その言葉がきっかけで、マギーは声を上げて泣いた。ダストが死んでから、初めて泣いた。
◆◆◆◆◆◆
ひどい依頼もあったもんだ。
〈ガーディンズギルド〉でも古株の戦士はそう思った。
彼の名はクライス。
ギルドに所属してから長年、いろんな依頼を受けてきたが、その中でも最悪な依頼だった。
特別な依頼ではない。
今まで何度もこなしてきた新人の引率だ。
クライスがリーダーを務めるパーティーはよくこの依頼を受ける。その成果もかなり良く、ギルドからの信頼も厚いと自負していた。
だからこそ、こんな依頼は受けたくない。受けたくはないのだが……。
「ほんと、お願いします。一回実戦を経験すれば、もうしばらくは出てこないと思うので、今回限りでいいですから守ってあげてください」
知らない仲ではない受付嬢に拝み倒されて、渋々引き受けることになったのだ。
「どうするの、リーダー?」
問いかけてくるパーティーメンバーからの声には険がある。それもまあ仕方がないだろう。
今回の依頼はギルドからの正式なものとして体裁こそ整っているが、実情は受付嬢のアリスの個人的な便宜措置とも言える。
そんなものに付き合わされてパーティーの経歴に傷を付けたくないというのは本音だったし、こんな依頼を完遂できるとも思えなかった。
今回担当する新人は、なんと五歳だった。
そんな子供登録するなよと、思ったし実際口にしたのだが、遠い目をしたアリスからは『ですよねー……』と、気の抜けた答えが返ってくるだけだった。
新人の教育には最長で一年かける。ギルドメンバーとして十分な常識と実力が身に付けば契約は終わるが、一年をかけても使い物にならないようならベテランの支援は打ち切り、ギルドから退職勧告を出す。
勧告を受け入れるかどうかは当の本人しだいだが、見込みのないやつはさっさと別の都市に降りて、ついでに違う仕事を見つけたほうが良いとクライスは思っている。
意地を張って命を失う若者は、今まで数多く見てきた。
「どうするってもなー、そりゃまあ、今日はやるしかねえよ。
幸い農業都市の近くなら下級下位の狩場が割り振られるだろうし、今日一日は護衛やると思って我慢して、帰ったらそのセージとかいう小僧を脅して登録解除させよう」
クライスとしては使い物にならない五歳児を一年も面倒を見るつもりはない。
それに一年間守ってもその子供はまだ六歳だ。
ギルドの退職勧告に従うか、よほどお人好しで子供好きで常識が欠落している奴に寄生するしか生き残る術はないだろう。
そんな未来が見え透いているのだから、クラインはむしろ善意でそうしようと思ったし、パーティーメンバーからも異論はなかった。
******
「やあ、初めまして。セイジェンドです。セージと呼んで下さい」
出撃前の待合所で、その子供は大人びた態度でそう言った。
アリスから聞いていた通り粗末な普段着で荒事に赴くとは思えない軽装だった。
聞いていた印象と違うのは、その目が冷たすぎることだ。ぎらついていて鋭利、飢えた魔物のような目付きだ。
初めての実戦で気が昂ぶっているのだとすれば、命を懸けることへの意識はそう悪いものではない。
平静を失っているので良いとも言えないが、〈魔人伝〉のような英雄譚に憧れた無垢な子供の目よりは、よほど現実的で好感が持てる。
クライスはあらかじめ持っていた、ギルドでの成り上がりに憧れる、家出してきた良い所のボンボンという先入観を捨てた。
物腰は丁寧だし年が若すぎるが、これは貧民街出身の本物の成り上がっていく奴らと同じ餓えたタイプだと感じた。
「クライスだ。俺がこのパーティーのリーダーだ。とりあえず死なねえように守ってやるから、俺の命令には絶対に従え」
セージの眉がピクリと動いた。反抗的な態度はそれだけだったが、十分に癇に障る動作だった。
「俺の命令は絶対だ。反論はきかねえ。嫌ならさっさと申請取り下げて家に帰って母親にでも泣きつけよ」
「残念ながら孤児なので、母はいませんね。それと、守ってもらうつもりもないですよ。契約の内容は私も知っています。こっちは好きにやりますし、それで死んでもペナルティが発生しないよう事前に同意書を提出していますから」
クライスはセージの頭をゴチンとグーで殴った。
「ごちゃごちゃうるせぇっ‼」
「「「えー……」」」
クライスがセージにそう言うと、パーティーの三人が声を揃えて呻いた。さすがに幼子を殴るのは見ていて気分の悪いものだったらしい。
そしてゲンコツを落とされた当のセージは気にした様子もなく、口を開く。
「とりあえず準備をしましょう。たしか、イヤーセットを支給されると聞いたのですか」
「お、おう……こっちだ」
セージを連れて、クライスはギルドのスタッフからイヤーセットを三つ受け取る。
イヤーセットと呼んでいるそれは通信専用の補助魔道具で、管制室からの位置確認機能もある。名前のとおり耳につける。
そのイヤーセットを一つは自分が付け、もう一つを後衛のパーティーメンバーに渡し、最後の一つをセージに渡す。
「付け方は……解ってるみてえだな。そこまで高いもんじゃねえが、ギルドからの貸出品だからな。無くすんじゃねえぞ」
「ええ、大丈夫です」
「こいつを付けてれば管制室と連絡が取れる。別にお前には必要ないんだが、お前と俺たちは別のパーティーだからな、ルール上つけてねえといけねぇ。迷子になっても場所はわかるっつー便利な代物だから、ちゃんと付けてろよ」
「……はい」
セージへの説明を終えたあたりで、ギルドの
クライスはパーティー名、自分の名前、ギルドの登録番号、ギルドから依頼を受けている事を告げる。
オペレーターから『承知しました、少々お待ちください』と、返事がくる。
隣を見れば、セージも同じようにオペレーターとやり取りしている。
「は? いえ、十五歳ではなく、五歳です。書き間違いではありません。
え? そう言われましても、正当な手続きは踏んでいますし、止めろと言われる道理は――いえ、失礼しました。
先程のは冗談です。
本当は十五歳で、お手持ちの資料はお察しのとおり数字の一が抜けているだけです。
……ええ、ええ。失礼しました。それではオペレートをよろしくお願いします、素敵な声のお嬢さん」
「……セージ君て、変わってるわね」
「そうですか? まあどうでもいいでしょう」
パーティーメンバーの一人で、もう一つのイヤーセットを付けている後衛の魔法士が話しかけたが、セージは投げやりな返事をするだけだった。
魔法士の眉間に皺が寄ったが、やはり気にした様子もなくセージはスタスタと歩いて待合所を出て行った。
待てと止めようかとも思ったが、どうせ行き先は同じだ。
遅れてクライスにもオペレーターからの指示が入ってきた。パーティーメンバーに指示を出し、待合室から出る。途中で知り合いに『子守は大変だな』とからかわれたので。横腹を小突いてやった。
待合所を出ればそこは砂埃の舞う荒野が広がっているというのが常ではあるが、ここが農業都市に近いこともあって、クライスの目の前には緑が広がっている。
農業都市にもたらされる力は結界の外にもいくらか漏れており、一体は森林地帯となっている。そのためその実りに近寄ってくる魔物は後を絶たない。
結界の外縁を守りまた基点ともなっている六つの都市、その内の二つが農業都市だ。
二つは東と西に別れており、今クライスたちがいるのは西の農業都市になる。
実りが多いため他の外縁都市に比べて魔物の襲撃の多い農業都市は、守護都市の最大戦力である皇剣を常に一名以上、配属させることで守りを固めている。
そしてそれは逆説的に言えば危険度の高い魔物は皇剣を筆頭に優先して駆除されているという事であり、結果としてそれらの餌となりがちなゴブリンなどの下級の魔物がのさばることを許している。
クライスを筆頭にしたパーティーは守護都市から降りてその森を分け進んでいく。
新人であるセージを連れた彼らが受け持つエリアはそう遠くない。
そこを縄張りにしている魔物もハゲオオカミの群れで、下級下位の文字通り新人向けの獲物だ。
クライスはため息をついた。
ハゲオオカミの群れが大きければ三十匹ぐらいは狩れるとして、そこに新人教育の手当がついて……と、今日の給金を皮算用する。
クライスはもう一度ため息をついた。
結果が普段の狩りの半分以下だったからだ。
まあその分安全な狩場が割り当てられているのだがらと気を取り直すと、オペレーターから連絡が入った。
「こちらクライス。所定の狩場についたが、どうした」
「こちら管制室。
そちらのパーティーに同行しているはずのセイジェンドの反応がおよそ百メートル先で消えました。
至急、反応が消えたポイントに向かって下さい」
同じ連絡を受けたであろうパーティーメンバーの魔法士が絶望的な表情を浮かべるのが視界に映った。
そう言えばあいつは子供好きだったなと、のんびり思いながらクライスは駆け足で指定されたポイントに向かう。
イヤーセットの反応が消えるのは装着者の魔力供給が無くなった時で、それは持ち主がイヤーセットを外したか、死んだことを意味している。
気のはやったガキが人の話も聞かず一人で勝手に先行して、簡単にくたばる。
よくある話だと、クライスはそう思った。
◆◆◆◆◆◆
昼をすぎて、その異変に気づいた。
セージが帰ってこなかったのである。
多少遅れることはあっても、今まで一度として家で昼食をとらなかったことは無かった。
「お前たちは、何か聞いているか」
ジオが、マギーとアベルにそう尋ねた。
「出かけてくるとは聞いたけど、いつもの手伝いの仕事だと思ってそれ以上は……」
そう答えて、アベルは今更ながらに後悔した。
あのセージが、マギーやカイン、セルビアが傷ついているのに、普段通りに仕事に行くのはおかしい。
いや、行ったとしてもそこで何かあったのかも。
あいつも普段とは少し雰囲気が違った。止めなきゃいけなかった。
「……アベル」
「まだ何かあったと決まったわけじゃあない。だが……」
ジオがそう言ってわずかな時間考え込む。
「……探しに出てくる。セージが戻るか、そうでなくても何かあれば信号石に魔力を込めろ。すぐに戻ってくる。
……アベル、留守は頼むぞ」
「はい。セージの事、お願いします」
「ああ、任せろ」
短いやりとりで、ジオは家を出る。
この人はいつもそうだと、アベルは思った。
口数が少ないけど、その分一言に強い想いが宿っている。そういったところはセージにも引き継がれているように思う。
だから大丈夫だと思った。
自分が不安になれば、妹たちも不安になる。
だからセージは絶対に父が連れて戻ると、アベルはそう自分に言い聞かせた。
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