9話 とある一日・後編

 




『最近風邪が流行ってるから気をつけろよ』なんて言葉と、コロッケに袋詰めのお菓子をもらって、私は家路を急ぐ。

 少し遅くなってしまった。

 昼食は私が手伝わないことも多いけど、今日は確実に間に合わない。

 塩味オンリーは、確定だな。



「ただいまー」


 誰も聞いてはないが、一応そう言ってから門をくぐる。

 とりあえず近いので、道場に向かった。


「セージか、おかえり」

「おかえり」

「おーす」


 上から親父殿、兄さん、次兄さんだ。

 最近、次兄さんも道場で訓練を受けている。本当はあと一年待つはずだったが、毎日せがむ次兄さんに親父殿が根負けした形だ。


「ただいまー。コロッケとお菓子をもらったよー」


 ちょうど昼休憩中で、硬いパンとマグカップに入った野菜スープの昼食だった。いつもどおりの粗食とも言う。

 道場で預かっている子たちはそれぞれ自宅から持ってきた弁当を持ってきていて、家からは水だけ出している。

 三人に一つずつコロッケを渡して、『みんなで食べてくださいねー』と、お菓子を半分ほど置いた。ラスクっぽい感じの、守護都市ではわりとメジャーな揚げ菓子だ。安くて量が多い。

 さっそく菓子を独り占めにしようとした次兄さんには、衝弾をプレゼントしておいた。



 姉さん達が待っている庭へ行くと、こちらもお昼ご飯の最中だった。


「おかえり、セージ」

「えり~」

「……おか、えり」


 姉さん、妹、弟だ。


「うん。ただいま。これはお土産ね」


 三人にコロッケを配って、自分の分を残しても一個余ったので、それは弟にあげた。お菓子の方はあとで配ろう。


「ぶー。いつもダストばっかりずるい~」

「セルビア、お姉ちゃんでしょ。我慢しなさい」


 頬を膨らませて妹はそっぽを向く。弟はそれを見ながら、幸せそうにコロッケをかじった。

 拾ってきた頃なら怯えながら妹に自分の分のコロッケも差し出していたけど、最近はだいぶん馴染んできたようだ。

 幸せそうで良い事だ。

 この子は、救われないといけない。


「……セージ?」

「なんでもないよ。あー、お腹すいた。僕の分キッチンに残ってるよね」


 何か言いたそうな姉さんを置いて、私は家の中に入っていった。



 ちょっと危なかった。

 まあいいや、お昼にしよう。

 予想を裏切らない塩味のきつい野菜スープに水とだし粉を加え、火の魔法で温めなおす。

 ふとした思いつきで、そこにコロッケを浸してみる。

 うん、そんなに不味くない。やるんじゃなかった。



 ******



 お昼ご飯を姉さん達ととって、そのまま預かっている子供たちの面倒を見る。

 もっとも最近はそれほど私の出番は無い。次兄さんが抜けて男女のパワーバランスが崩れるかと思ったが、そんな事はなかったからだ。

 妹も成長したというか、されて嫌なことっていうのが分かってきたのだろう。男の子とも分け隔てなく仲良く遊んでいる。


 さらに兄さんがたまにやってくるのも大きい。揉めそうになった時にさりげなくフォローする姿は、とても十二歳とは思えない。そこはかとなく背負ってきた苦労を感じさせる。

 次兄さんも兄さんと一緒に様子を見に来たことがあったが、子分だった男の子や喧嘩相手だった女の子が仲良く遊んでいるのを見て、しょんぼりして訓練に戻っていった。

 その背中には哀愁が漂っていたが、自業自得なのでそっとしておいた。


 手持ち無沙汰な私は、花壇の草むしりや衝砲弾の訓練で時間を潰す。

 衝砲弾を手や足を動かすように自然に発動できるようになれば、疾空のコントロールにもつながるだろう。

 それまで疾空は危ないので道場以外ではやらない。


 花壇は去年一度花を咲かせて、今は新しい種を植えて芽が出たところだ。

 畑は今はお休み中。芋は失敗した。

 次兄さん達によって傷んだところに、妹が『早く元気になって』と水をやりすぎて腐らせてしまったのが原因だ。妹が可愛くて止めなかった私のせいでもある。


 だがそろそろ農業都市との接続が近く、葉の物の種が安く手に入りそうなので期待している。

 キャベツに白菜、レタスや玉ねぎ。

 何でも良いからちゃんとした野菜が食べたい。

 野菜くずのスープはいい加減改善したい。

 商会の代表も野菜が採れれば買い取ってくれると言ってたし。



 一通り草むしりを終えたころ合いで、預かっている子達の親御さんが迎えにやって来て帰っていく。

 午後三時と夕暮れには早い時間だが、日が暮れてしまえば治安は一気に悪くなるので、このぐらいの時間には預かっていた子達はみんな家路につくのだ。

 全員を見送ったあとは買物に出ることもあるが、今日は出ない。


「セージ。おべんきょーだよー」

「うん。今行くよ」



 ******



 妹に呼ばれて庭に集まる。親父殿を筆頭に、兄さんと姉さん、私に妹だ。

 次兄さんと弟はいない。洗濯物を畳んでいるはずだけど、たぶんほったらかして遊んでいるだろう。

 組み合わせだけ考えると不安になる二人だが、あれで次兄さんも面倒見がいいので大丈夫だろう。


「では、始めようか」


 講師役の親父殿がそう言った。言葉の足りない親父殿には講師役は向いていないと思うのだが、他に適任がいるわけでも無い。

 私たち子供は芝生の上に座り込んで、親父殿は一人立って私たちを見下ろしながら言葉を続ける。

 親父殿から受けているのは魔法の授業だ。五歳になった私と妹には高い適性があったので、上の二人の勉強に参加することになった。

 次兄さんにも適性自体はあるらしいのだが、勉強嫌いなので参加しない。

 まあこれまでは私と妹、今は弟を見ていなければいけなかったというのが、本音だと思っている。

 いや、次兄さんは問題児だけど、本当に下の子の面倒見は良いんだ。


 ちなみに初めての授業の時、私が魔法をすでに使えることを教えても、姉さんは特にリアクションをしなかった。兄さんは呆れたように笑い、妹は『一人だけずるい』と怒っていたが。

 ともあれほっとしたのだが、その授業中姉さんはずっと何のリアクションも出さない無表情姉さんだった。最初は気にしていなかった講師役の親父殿も徐々に怖くなったのか、早めに授業を終えた。


 その後、姉さんは親父殿を連れてTAISETSU・NA・OHANASIに向かった。連れていかれる親父殿から『助けて』と目で訴えかけられたが、気のせいという事にした。その夜の手合わせでは、そのツケを払う羽目になったが。


 さて話を戻すと、魔法はふぁんたじぃだ。

 例えば、腕に傷をつけるとする。

 一つはナイフで、一つは風の魔法で、一つはナイフに風の魔力を纏わせて。

 ナイフの時と風の魔法の時が同じぐらいの浅い傷になるようにして、その力加減と魔力量で最後の風の魔力をまとったナイフを試したら、あら不思議。

 最初の二つはうっすら血が滲むような傷なのに、最期のは肉が見えるくらい深い傷になりましてびっくりです。

 慌てて治癒魔法で出血を止めたけど、親父殿や姉さんにバレたらえらい事になるくらい深い傷になっていた。


 その傷がちゃんと完治したあと、今度は三つとも同じ深さになるように気をつけて、改めて三つの傷を、二つ作った。

 その傷を、自然治癒と治癒魔法の二つの治療法で治り具合を比べてみた。


 ナイフで作った傷は五分もせずに血が止まり、傷自体もひと晩寝れば綺麗に消えた。治癒魔法では一分ほどで完治した。

 風の魔法で作った傷は一分かからずに血が止まり、五分とかけずに綺麗に傷跡も消えた。ただ治癒魔法ではなかなか治らず、三分ぐらいかかった。

 風の魔力込めのナイフは血が止まるのに五分、完治に一晩と、普通のナイフとほぼ同じ。治癒魔法では最長の五分を要した。

 ちなみに最初の深い傷は治癒魔法で三十分かけて完治した。


 どういった理屈かはわからないが、普通の傷は治癒魔法で治りやすく、魔法での傷は自然治癒が早い。

 両方を合わせた傷はどちらも治りにくい。まあそれでも治癒魔法をかければ早くなるのだけど。

 ただ治癒魔法をかけると成長障害につながるらしいと都市伝説的な噂があるので、子供には使わないのが常識らしい。

 なのでこの自傷癖めいた実験がばれると怒られる。



「セージ。むえいしょー。むえいしょー教えて」


 つらつらと考え事をしていると、妹が寄ってきた。私は親父殿を見る。


「無理だセルビア。あれは高い魔力感知で術式の構築を理解しないと出来ん」

「あたしできるもん。むりじゃないもん」


 正論で諭す親父殿を、妹が突っぱねる。


「セルビア。お姉ちゃんだって、初級の魔法しか無詠唱はできないのよ。

 それだって、八歳ぐらいでようやく出来るようになったんだから。セルビアにはまだ無理よ」

「あたし、マギーとちがうもん」


 頬を膨らませる妹に、こめかみに青筋を浮かべる姉さん。そして二人が同時にこちらを睨んできた。『どっちの味方をするの』と、目が語っている。

 対応に困って親父殿を再度見るが、神速で目をそらされた。


「えーとね、妹はまず初級の魔法をちゃんと覚えよう。姉さんは六歳で全部覚えたらしいから、まずそこを目標にしよう」

「……わかった」

「ん。いい子だ」


 頭をなでると、妹は嬉しそうに魔法の練習を再開させた。

 さて――


「……セージはいつも、いっつもセルビアやダストの味方ばっかりするよね」


 ――ジト目の姉さんは、どうしよっか……。



 兄さんのフォローを受けながら姉さんのご機嫌取りに終始して、その日の魔法の勉強は終わった。

 補足として、魔法には等級があり、初級、下級、中級、上級、特級の五段階があり、また個人魔法、連携魔法、儀式魔法と、三種がある。

 初級は日常生活に使う基本的な魔法だ。下級ぐらいから、産業や医療、戦闘用の魔法が含まれてくる。

 私が使えるのは個人魔法の初級と下級の全てと、同じく中級の一部。連携魔法は初級と下級のみ。

 連携魔法は本来複数の人間が個人用魔法を同時に発動して相乗効果を得る魔法なのだが、せっかく無詠唱が使えるのだから覚えておけと親父殿に言われて覚えた。

 儀式魔法は連携魔法を複数組み合わせれば個人でも使えるそうだが、今の私には一切使えない。

 ちなみに親父殿は儀式魔法も使えるらしいが、戦闘用の危なっかしい技しか使えないとの事で見せてはもらえなかった。



 ******



 夕食を終えて腹休みに時間をおいてから、道場で親父殿と向かい合う。

 難易度がアップしてから最初の手合わせだ。

 緊張を覚えながらも、胸の奥が高揚しているのを感じる。

 私はこんなに好戦的な性格だったかと疑問を持ってしまうが、きっと娯楽の少ない環境のせいだろう。

 そう結論付けて目の前の親父殿に集中する。


「ふむ。準備は出来ているようだな」


 親父殿が呟いて、その体の奥の方に隠れていた魔力がにじみ出てくる。

 威圧感は朝よりも格段に上がっている。


「では、いくぞ」


 親父殿が衝弾を放つ。

 咄嗟に回避を選択し、迫ってくる親父殿に衝弾を放つ。

 衝弾に威力を込めれば速度が落ちる。

 威力を上げて速度も保つなら、その分魔力を多く込めるしかない。

 何が言いたいのかといえば、これまでのように手数で押すことはできない。そして単発の衝弾では親父殿の足を完全に止められない。


 迫ってくる二メートル超えの巨体に、物理的なもの以上のプレッシャーを感じる。

 内心の恐怖に逆らわず、横に飛んで距離を取る。内界で魔力を溜めるが衝弾で三発、衝烈斬では二発分にしかならない。

 親父殿は私の逃げる先を予測して衝弾を放ってくるが、これがまたいやらしい。

 魔力感知で親父殿が衝弾を放つタイミングも、狙っているポイントもだいたい分かるのに、簡単には回避させてくれない。

 ちょうど足を踏み下ろしたタイミング、その場所に衝弾が撃ち込まれる。

 回避はできない。一度や二度なら耐えられるが、足を痛めれば親父殿相手に勝機は完全に消える。


 私は木刀に魔力を通わせ、迎撃を選択する。切り払う直前に衝弾が破裂し、私の体勢を崩す。その隙を見逃してくれるはずもない親父殿が、一足で距離を詰めてきた。

 振り下ろされる木刀を前に、不出来な疾空でその場を飛びのき切り抜けようとするが、逃げ出した私の背に親父殿の衝弾が襲い掛かり、もうどうにもできず打ち据えられ、ついでに着地も失敗した。



 ******



 ほとんど何もできず今夜の手合わせを終えて、湯船に浸かる。

 打ち身の後には良くないかもしれないが、衝弾によるダメージは魔法のみのケガと同じで治りやすく、すでに痛みは引いている。


「セージ、まけちゃった?」

「うん。そうだね」


 ぼんやりと今日の負けを振り返っていると、弟に声をかけられた。

 弟はまだ四歳にも満たないので、必ず誰かが一緒にお風呂に入る。

 特に当番は決めておらず、今日は私だった。

 一緒に姉さんも入りたそうにしていたが、遠慮してもらった。姉さんは今年で十一歳でそろそろ胸も膨らみ始めてきたので、男女の距離のとり方を覚えるべきだと思うんだ。

 まあ年端のいかない家族相手だから、この対応については私がおかしいのかもしれないけれど。


「セージ。かみ、かみあらって」


 同じく一緒にお風呂に入っている妹にせがまれて、私は湯船から出た。

 妹の綺麗な金髪を丁寧に洗いながら、きっと今頃機嫌が悪いだろう姉さんを思い浮かべて苦笑した。

 不謹慎かもしれないけど、私は愛されているという実感と、姉さんの機嫌を取るのがそれほど嫌でない自分に、苦笑をさせられたのだ。


「セージ。そろそろダスト、たんじょうびだよね」

「ん? うん。そうだね」


 そろそろ弟を拾って一年が経つ。

 出生の届出がされていなかったダストをブレイドホーム家で家族として迎えるため、うちに来た日を誕生日として扱ったのだ。

 ちなみに私と妹はおおよそ生後一ヶ月だったので、拾われた一月前が誕生日として設定された。


「けーき、かう?」


 上目遣いの言葉に、弟も反応した。


「そうだね。うん、買うよ」


 それぐらいの蓄えはある。

 いや、本当はケーキを買っても余るぐらいの蓄えは出来ているのだが、資金管理――というと大げさだが――として、私は収入を三つに分割している。

 一日に使える金額の上限を設定し、それを〈お小遣い〉とし、使い切らなかった〈お小遣い〉の余りを〈貯金箱〉とし、そもそも使わないと決めていた分を〈貯金庫〉として管理している。

 姉さんのケーキは〈貯金箱〉から出したお金で買ったもので、その時と妹と私が五歳になった時に空になっているが、この展開は読んでいたので〈貯金箱〉にはちゃんとお金が貯めてある。

 おかげで未だに醤油が買えていないんだけどね。ははは……。


「けーきっ!」


 弟が声を上げる。珍しく喜びをあらわにしているので、ついつい微笑んでしまう。


「そうだよ、ケーキだよ。今度カタログもらってくるから、何を買うか決めようね」


 そう言うと、妹と弟が揃ってきょとんとした顔になった。

 そうか。

 私と妹の時はあえて姉さんの時と同じ苺のケーキにしたから、それ以外のケーキが想像できないのか。

 貧乏っていやだなーと思いながら、三人でゆっくり湯船に浸かり、寝た。

 夜中こっそり姉さんが忍び込んできたのに気づいたが、今日はなんだか冷たくしてしまったので、見逃して一緒に寝た。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る