5話 初めてのおでかけ





 道場から戻ると姉さんと妹、そして新しく出来た弟に出迎えられて、食卓に付く。

 そこには兄さんや次兄さんが待っていた。

 妹や姉さんが話しかけてくるのを上の空で聞きながら、先ほどの手合わせを振り返る。

 衝裂斬を使えること、衝弾の破裂を任意で行えること、魔力を分割して利用できること、それを利用した魔力の溜めを隠す技術。


 親父殿に隠していた奇手を全てつぎ込み、届かなかった。

 分かりきっていた事だが、身体能力と戦闘技術に差がありすぎる。

 明日からはまた負け続けの連続だ。

 ……くそぅ。

 次はどうやって裏をかこう……。


「セージ、聞いてる?」

「え、うん。聞いてるよ。何かな、姉さん?」


 ごめん、聞いてなかった。

 でも正直にっても機嫌を悪くされるので適当に答えた。


「今日はどうするの? 少しはそとで遊ばないと体に悪いのよ」


 ああ、親父殿の書斎にこもるのかどうかということか。


「うん、お昼からは僕も外に出るよ」


 私はそう答えた。本当は少し用があるけれど、口には出せない。


「〜〜ん?」


 弟がこちらを見上げながら笑いかけてきたので、頭を撫でた。

 弟、ダスト・ブレイドホームを拾って三ヶ月が経つが、最近は良く笑うようになった。

 DUSTダストという名前は、この子が自分から口にした名前だ。ずっとそう呼ばれていたらしい。

 ひどい名前だと思ったが、親父殿は新しい名前を付けなかった。

 一応、遠回しに促して見たが『どんな名前でもこの子の名前だ』と、意見は変えなかった。


 私が弟を撫で終えると、妹がやって来て撫で始めた。

 どうやら見ていてやりたくなったらしいが、力加減がおかしいので弟は嫌がっている。

 それを見て妹は何で喜ばないのと、さらに力を入れはじめた。


「妹、それじゃあ痛いよ。もう少し優しくしないと」

「むぅ~……」

「セルビア、セージの言うとおりよ」

「……ふんっ」

「ちょっとっ! なによそれっ!」


 あ、やばい。

 最近は妹が反抗期で、姉さんがヒステリー期なのだ。

 ここにいては巻き込まれる。

 少しでも満腹感を味わえるようにゆっくり咀嚼して食べていたが、急いで口にかき入れ飲み込んだ。


「ごちそうさま。今日も美味しかったよ、姉さん」


 そそくさと食卓を去った。

 親父殿と兄さんの縋るような視線を感じた気がしたが、気のせいだ。そうに違いない。



 ******



 食事をつつがなく平和に終え、親父殿の書斎に入った。

 書斎では今、読書や魔法の勉強以外のことをやっている。


 ……最近、目に見えて食事の量が減っているのだ。


 一時的な物だと思いたいが、ダストを拾った時の親父殿の態度を考えれば、これからむしろ悪化していくのではと、不安を覚えてしまう。

 これまでだって十分な食事の量ではなかった。それがさらに減っているのだ。

 思えば姉さんがヒステリーなんて言ったが、炊事当番の姉さんは私よりももっと切実に、もっと具体的に、この不安を抱いているんじゃ無いだろうか。


 そういう訳で、まずは現状の確認をしようと思う。

 預金通帳は前に見つけてある。

 ふぁんたじいな世界のくせに銀行がある――正確には銀行組織は無く、ギルドが国営で銀行業務をやっているとのこと。

 ただし通帳には現在の預金残高のみの記載となっており、これまでの収入と支出の履歴は残っていない。


 なので収支に関する帳面を捜しているのだが、それがようやく見つかった。

 なんだか下手くそが付けた家計簿のようだが、大雑把に日付や年が記載されているので、なんとか読み取れる……と、思う。


 いや、ひどいんだ、これ。

 ちょいちょい日付が前後しているし、収入と支出を書き間違えてるっぽいのもある。

 多分、記載してない支出もたくさんあると思う。だって差し引きした額とその月の預金残高が大きく違ってるもの。

 前世の職場で部下がこれを提出したら、私は再提出の前に顛末書と反省文を書かせるよ。


 とはいえ文句を言っても仕方ないので、適当な紙に推測交じりに家計簿を書き直す。

 自分が分かればいいのでほとんど書きなぐった計算だ。

 ……ぅう、めんどくさいなぁ。


 だいたい三十分かけてお金の流れを整理し終えた。

 帳簿の初めは六年前となっている。

 確か姉さんを拾ったのがそれくらいだと言ってたから、たぶんこの帳簿がブレイドホームにある唯一の収支記録だ。それ以前のものは、おそらく無い。


 最初は汚いながらなるべく丁寧に事細かに書き込んであり、一か月も立たずに少しずつ雑になって歯抜けも多くなるあたり、親父殿に事務仕事は向いてないと確信してしまう。


 さて改めて整理した家計簿を見る。

 いや、使途不明金が多すぎて整理できたとは言えないけども。せめて食費か、光熱費か、税金か、具体的にとは言わないでも、分類ぐらいはちゃんと作って書き込んでよ……。

 ともあれそれによると、どうも親父殿はかなりの大金持ちだったらしい。

 最初の月の預金残高はそれはもうかなりの額だった。

 てっきりその半分ぐらい費やしてこの家を買ったのかと思ったが、違った。

 この家は帳簿をつける以前から所有していたようで、購入に当たる支出はどこを探しても無かった。

 つまり六年前は大きな豪邸をさらに二つ買えるだけの預金があったのだ。


 なんで、こんなに貧乏なのだろうか……。


 現実逃避したくなったが、推測は出来ている。

 家計簿の最初の方は、収入も支出も豪快だった。

 金額と横に書きなぐった走り書きから、家具や衣服を買っていると思うのだが、何故かその一ヶ月後ぐらいに家具や衣服を売って収入を得ている。

 無計画に買って、サイズが合わないか使い心地が悪いかで売り払ったのか。しかもそのあとまた家具類に大量の出費をしているあたり、やはり無計画だ。

 最初の買って売った差額だけでも、現在の二ヶ月分の支出にあたるので、随分と無駄な出費だ。

 他にも絵本や遊具を買った形跡はあるが、ブレイドホームにそんなものは置いてない。これも売り払ったんだろうな……。


 そして目を引くのはピアノの購入だ。

 もとの世界の音楽用品の相場すら私は知らないが、ずいぶんと高い額を払っている。

 姉さんがピアノを弾いたら似合うだろうなと思うけれど、この金額を支払うのはどうかと思うほどだった。

 さらにピアノの調整(調律のことか?)に毎月それなりの額を支払っていた。

 そしてこれは、騙されたんだろう。

 半年でピアノを売っているけど、それまで支払った額からすれば、雀の涙のような金額だった。


 さて大金持ちだった親父殿がその財産の大半を失うまでの時間はおよそ二年だった。

 ちょうど私と妹を拾った時期だ。よく拾ってくれたなと思う。

 そしてそれから3年ほど、振込元不明の入金があった。毎月なかなかいい金額が振り込まれていた。

 現在のブレイドホーム家の生活をまかなえるいい金額なんだが、三年分の累計額は親父殿の元の預金の1%以下だ。本当によくまあ二年で使い切ったものだと思う。

 まあ失なった預金を忍んでもお金にはならないので、話を進めよう。


 この入金は募金か何かだろう。匿名らしくどこから送られてきたかははっきりしない。

 親父殿に聞けば解るかもしれないが、さすがに四歳児から家計の心配はされたくないだろう。

 それでその募金なんだが、ここ数ヶ月で途絶えているので、もう収入としては期待してはいけないだろう。

 親父殿もそれを予期していたのか、これまでの募金はすべて使わず、いくらかを預金に回していた。

 成長したなぁ。


 現在はその預金を切り崩しながらの生活だ。

 子供を預かったり剣を教える収入は、とても少ない。

 光熱費と食費をまかないきるのは不可能で、それ以外の雑費もあって預金は崩れていく。

 正直、このままだと一年ほどで完全に無くなるだろう。


「……どうしたものかな」


 いや、決まっている。

 これ以上生活を切り詰めるのは無理だ。家族の不満はいろんなところに現れている。

 今朝の一幕なんて可愛いもので、最近はちょっとしたことで兄弟喧嘩になりかける。


 だからお金を稼ぐ。


 理想は、託児や剣の指導でもっとちゃんとお金をもらうべきだろうが、これは無理だろう。

 聞きかじった話になるが、託児所はこの守護都市にほとんどないが、ベビーシッターはそれなりにいるらしい。


 旦那がギルドメンバーで、不安定な収入を補うために奥さんがパートタイムでやったり、自分の子供の面倒を見るついでに他所の子を自宅で預かったりするらしい。

 これらと比べてブレイドホームの託児は設備でもサービスでも劣る。

 値上げをしたくても、客離れのリスクが高すぎるのだ。

 そんな訳で、ちょっと打開策を探しに外に出てみようと思う。



 ******



 さて、初めてのお出かけだ。

 慎重に魔力を隠蔽し、存在感を消す。

 書斎の扉の外では妹が待ち構えているので、窓から音もなく抜け出した。こういう時に身軽な子供の体は便利だ。


 このブレイドホーム家には正門と裏門の二つの出入口があり、正門へは庭か道場の前を通ることになるので却下だ。

 道場には勘の良い親父殿が、庭にはブラコンの姉さんがいる。

 だが裏門には鍵がかかっている。備え付けのものだけでなく、念入りなことに南京錠付きだ。もしかして泥棒に入られたことでもあるのだろうか。

 まあ、今はどうでもいい。


 鍵を探してもいいが、時間も惜しいので手っ取り早く塀を乗り越えることにした。

 塀の高さは三メートル近いが、今の私にはそう高いものではない。助走をつけて壁に跳躍、前へ向かう慣性が生きているうちに壁を駆け上がった。

 そうして塀の上に立つと、何やら違和感を覚えた。


 なんだろう。

 空気が変わったような、不思議な感覚だ。

 ……まあ、いいか。


 改めて、塀の上から外を眺める。

 ずっと危険だと聞かされていた外は、当たり前のことだが普通の街並みだった。

 下町のような雰囲気で、ところどころ薄汚れていて、生活感と親しみやすさがにじみ出ている。

 もっともこれは初めて見る訳ではなく、買い出しの時についていったことは何度かある。

 だが初めて一人で出掛けるには少なからず心が躍り、その浮かれた気分に酔いながら塀を飛び降りた。



 ******



 守護都市は機動する要塞である。

 精霊様のふぁんたじぃな力で空を浮かんで移動し、基本的に前線に出ることはないのだが戦うための装備がなされた移動要塞だ。

 だが同時に多くの非戦闘員が生活する都市でもある。

 食料は主に二つの農業都市から仕入れており、その二つの都市に接続する時期から離れるほど高騰する。

 都市政府である程度コントロールはしているようだが、守護都市には不法に忍び込み滞在する輩や、届出のない出生も多く、人口が把握しきれていないらしい。

 そのせいもあって市場価格をコントロールしきれていないようだ。


 一応、守護都市にも最低限の菜園があるし、狩られた魔物の肉が市場に並ぶこともある。

 ただ菜園は本当に最低限であるし、魔物の肉については他の都市への輸出品でもあるのであまり多くは出回らない。

 だが本当に食糧危機が起これば農業以外の都市からも融通してもらえるし、魔物の肉も守護都市内で消費される。


 何が言いたいかといえば、食料は比較的高額ではある。

 ただしそれはせいぜい奥様方が井戸端会議で『困ったわね~、家計が苦しいわ~、政府は何やってるのよ~、おほほ』と、談笑するネタになるというレベルだ。

 ろくな収入のない貧乏所帯でもなければ、深刻に困ることはない。


 さてこの都市に食べ物はちゃんとある。

 しかし我が家にはない。

 何故ならお金がないからだ。

 そして親父殿に金銭感覚がないからだ。


 商業区らしいところをぶらぶら歩いて、気づいたことがある。

 以前は紛争地域なみに治安が悪いといったが、そんな事はなかった。

 街を歩いていても人さらいに遭うことはないし、むしろ四歳児が一人で歩いているのを見て心配そうに声をかけられるくらいだった。

 同情するなら金をくれと言ってみたかったが、自重した。

 かけられる声には、『大丈夫ですよ』と微笑んでおけば納得してもらえた。

 人情はあるけれど、淡白でもあるかなというのが感想だった。


 とんっ。


 考え事をしながら歩いていたせいで通行人にぶつかった。


「ああ、すいません」


 とりあえず謝って、相手を見てびっくりした。

 親父殿には及ばないものの大柄の男性で、腰には大振りな鉈を下げ、上半身はシックスパックを見せつけるマッチョな裸体。

 髪は色とりどりに染めて逆だっている。この荒廃した世界に相応しい世紀末な男だった。魔力量も多い。私の三倍くらい。

 親父殿なら指先一つでダウンさせられるだろうが、私はむしろ指先一つでアベシする。


 緊張を体に巡らせ、魔力を足に溜める。逃げる準備は万全だ。


「おうっ。こっちこそ悪かったな、ちっこいの。俺も見えてなかったが、おめぇも気ぃつけろよ」


 そう言って、世紀末ガイは私の頭を撫でて去っていった。

 ……色眼鏡で見てしまった。

 撫でられた頭をさすりながら、世紀末ガイの背中を見送った。

 少し気落ちした背中と魔力の流れは、私が緊張感を――表現を変えるなら、警戒する様子を――見せたせいだろうか。悪いことをしてしまった。

 なんとなく世紀末ガイの背中を眺めていると、フラフラとした足取りの酔っぱらいが近づき、ぶつかった。


「おう、なんだてめぇっ! 俺の道を塞ぐんじゃねえよ!」


 酔っぱらいの言である。ちなみに、酔っぱらいも世紀末な風体だ。

 背中にしょった獲物は槍だが、斧とか似合いそうな恰幅の良さだ。


「あ゛? 誰に物言ってんだこのデブっ‼」


 これは世紀末ガイ1号の言。

 そして始まるストリートファイト。

 通行人も手馴れた様子で人垣を作り、賭けが始まった。


 ……うん。

 私には自分より強い相手に会いにいく趣味はないので、謙虚な態度で生きていこう。


 世紀末ガイ達は獲物を抜かず、拳だけで語り合っている。

 いっそ夕日の映える河原に行けばいいと思うが、これが守護都市の不文律なのだろう。

 喧嘩で武器は抜かないとか、そういうルール。

 回復魔法なんてのもあるし、武器を使わなければそうそう死人もでないだろうから。


 とりあえず折角なので、賭けの胴元を手伝ってチップとかもらった。

 いや、胴元の持ってる籠に入り切らずに路上に落ちたお金を拾って、胴元に渡しただけなんだけどもね。

 黙ってくすねると後が怖いから、集めた分全部渡して、その後で硬貨一枚とって『もらってくね』と、声をかけて立ち去った。

 胴元の反応は魔力感知的にみて、呆れていたが納得もしていたので、『ちゃっかりしてる餓鬼だな〜』っていう印象だと思う。


 ちなみにゲットした硬貨は屋台で串焼き一つ分、スーパーの惣菜コーナーなら特売のコロッケが二つ買える額だ。

 つまり大金だ。



 ******



 さて貴重なお金はゲットしたが、本来の目的は継続して安定してお金を得ることだ。

 所詮は四歳児なので贅沢は言わないが、毎日この手元に有る大金の三、四倍は欲しい。

 ふっ、我ながら欲深いことだ。


 ……むなしくなるな。

 貧乏って辛い。


 さて、気持ちを切り替えよう。

 最初はあれだ。百均とかに売っている便利グッズ、ピーラーとか泡立てネットとか、そういうの作って売れば儲かるかななんて甘いことを考えていた。

 でも作るまでもなく普通にあったよ。


 ふぁんたじぃのくせに生意気だぞと、歌のおんちなガキ大将っぽく思ってみる。そもそも商業区にはスーパーとか普通にあってふぁんたじぃっぽくない。獣耳の人とかもいないし。

 そこで適当にウインドウショッピングして見つけてしまった。雑貨屋の安売りコーナーに置いてあった。ふぁんたじいのくせに。

 ちなみに安売りなのに置いてある商品の大半が、私の全財産で買えないような金額だった。おのれ。


 そんなこんなで色々見て回って、醤油やお米を見つけて本気で欲しくなったりもしたが、お昼になったので帰ることにした。

 誰にも言わず抜け出してきたから、心配かけてると悪いしね。

 気づかれてないといいけど、親父殿は勘が良いからなぁ……。




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