6話 まあ怒られるよね





 帰ってきました、マイホーム。

 正門から戻ろうかと思えば、なにやら魔力感知が働きます。これは親父殿ですね。そして姉さんですね。

 二人して正門からピクリとも動きません。

 一応まだ気づかれてないけど、親父殿が相手だと時間の問題だ。

 距離が離れているのではっきりしないと言いたいけど、しっかりはっきり姉さんの不安や恐怖が伝わってくる。

 うん。

 ばれてないとか、そんな都合の良い事はなかった。



 ******



「セージ、何か言うことはあるか?」

「うん。ただいま」


 顔が怖い親父殿に、満面の笑みで返す。

 かなり本気の衝弾を撃ち込まれた。

 最初の一発は甘んじて受ける気だったけど、これは無理だ。

 危機意識とか生存本能とかの部分が勝手に働き、でも避けるのは嫌なので、防御する。

 顔面に向かってくる衝弾に対し、すんでのところで手を挟む事に成功する。

 手にも額にも増幅した魔力を纏わせたが、簡単に突破され吹っ飛ばされた。


 二度、三度バウンドし、地面を転がる。

 超いたい。というか、死ぬかと思った……。


「セージっ! 大丈夫ッ!?」


 あ、あんまり大丈夫じゃない、けども……、


「だ、大丈夫……」


 そう答えるしかないよねー。


「……よかった。お父さん、やりすぎでしょ!」

「す、すまん。ついかっとなって、セージ、なぜ避けなかった」


 いや、避けるのも難しい速度……ではあったけど、確かに避けられなくもなかったなぁ。

 でもそんな事より、ちゃんと避けられるギリギリの速度を狙ったのか。やっぱり凄いな、親父殿。


「うん、まあ、つい……」


 こう、ツッコミを避けるのはボケの道に反するとか、まあとにかく、避けちゃいけないと思ったんだもの。

 とりあえず魔力を活性化させながら回復に当てる。

 活性化には身体能力の向上だけでなく、自己治癒の促進効果もある。お腹空くけども。


「……ふむ、大丈夫そうだな。

 それで、なんで勝手に外に出た。出たいなら、買い物の時にでも付いてくれば――」


 親父殿の言葉が、不自然に途切れる。

 固まった視線の先には硬貨が落ちていた。あれぇー、とポケットを探るとあるはずの物が無い。

 今日一日の労働の成果でありコロッケ二つ分の大金がなく、路上に落ちていた。

 言うまでもないことだが、さっき転がった際に落ちたようだ。


「――そういう事か」


 そう呟いて、無言になる。

 怖い。

 怖いよ親父殿。何か言ってよ。

 魔力感知を利用して感情を読み取ろうとするがごちゃまぜでよく分からない。それでなくとも親父殿は恒常的に魔力を隠蔽しているから振れ幅が見づらいのに。


 時間で言えば一分ぐらいだろう。やけに長い一分間を沈黙の痛みに耐えたところで、救いの主、姉さんが出た。

 いや、最初からいたけども。


 姉さんが親父殿の裾を引っ張ると、親父殿が再起動を果たした。


「セージ、拾え」


 嫌もなく硬貨を拾ってきて親父殿に手渡そうとして、頭を小突かれた。

 軽くて優しい叩き方だった。ちょっと安心した。


「それはお前のお金だ。盗んできたわけではないのだろう」


 こくこくと頷いた。

 親父殿は問いかけながら、しかし疑問は持っていないようだった。じっとこちらの瞳を見つめる、吸い込まれそうな海の色サファイアブルーの瞳。

 魔力感知は私の方が上手いはずなのに、むしろ親父殿に深く読み取られているように感じた。


「ならそれは、お前のお金だ。大事に使え」


 そう言って、親父殿はひと呼吸挟む。


「明日からも、外に出るのか」


 もうバレてる……いや、ふざけるのはよそう。

 真剣に親父殿の目を見返し、慎重に頷いた。

 もう一度吹っ飛ばされるかもしれないが、必要な過程だ。


「ダメよセージっ! 今日は運が良かっただけなんだからね!」

「いや、良いだろう」

「お父さんっ!?」

「ただし外に出ていいのは日の出ている時間――、いや、そうだな、午前中だけだ。

 昼ご飯までには必ず帰れ。

 それと、出かける前に必ず一言、俺かアベルに声をかけろ」

「お父さんっ!!」


 怒鳴りつける姉さんの頭に、そっと優しく親父殿が手を乗せる。

 そして思いっきり払われた。

 親父殿は悲しそうだった。


「大丈夫だよ、姉さん。危ないところには近寄らないし、ほら、僕は小さいし、逃げ足だけは速いから」

「セージぃ……」



 ……しばらく、ぐずる姉さんを親父殿と二人であやし、その後遅くなった昼食の席で、『俺&あたしも外に出る』と声を上げる次兄さん&妹の説得に苦労した……。




 ◆◆◆◆◆◆



 唐突だが、僕は弟が嫌いだ。

 僕、アベル・ブレイドホームには弟が三人いる。

 一人は血の繋がった弟で、名前はカイン。僕と一緒にジオさんに拾われた。

 たぶんカインは小さかったから、ジオさんを本当のお父さんだと思っているし、僕と血が繋がっていることも忘れているだろう。

 僕もそれでいいと思っているから、訂正はしない。僕よりもマギーに懐いているくらいだしね。


 カインは負けん気が強くて、魔力の素質もある。

 きっと僕なんかよりも立派な戦士に成長するだろうが、まだまだ小さいし、僕は兄なので弟たちが立派に成長できるよう早くお金を稼がなきゃいけないと思っている。

 そしてこの守護都市で最も儲かる仕事は、ギルドに登録して魔物を狩ることだ。

 だから、毎日向いてもいない訓練を血反吐を吐く思いでやっている。


 その訓練に、ここ最近はその弟も参加している。

 カインではなく、真ん中の弟だ。名前はセイジェンド、みんなセージと呼んでいる。

 たまにセイジェンドと呼ぶと嫌そうな顔をする。

 だからたまに、そう呼んでいる。


 セージは、朝夕の二回だけ父さんから指導を受けていた。

 最近は僕も魔力感知が出来るようになってきたのでわかったが、セージの魔力量はおかしい。父さんを除けば家族で誰よりも多い。

 高い魔力量と才能を持つマギーよりもだ。

 それでいてまだ四歳なのだから、神様は残酷で才能は不平等だ。


 それに魔力だけじゃあない。

 一度だけ、父さんとの模擬戦を見たことがある。打ち込み稽古ではなく、模擬戦だ。

 僕ら父さんの門弟は技を受けてもらうことはあっても、返されることはない。

 手加減をしてもらっても、実力が違いすぎるからだ。なにより父さんの威圧を受けると体が竦んでしまい、何もできなくなってしまう。


 その威圧を受けながら、セージは目で追うのも難しい速度で動き回って父さんの衝弾を躱し、数えきれない衝弾の弾幕と、その合間に潜ませた衝裂斬で反撃していた。


 僕にはセージほどの身体強化はできないし、木刀を介さずに衝弾を作ることもできない。

 衝裂斬にいたっては未だに覚えてすらいない。

 セージは一年も訓練を受けていないけど、たったそれだけの期間で、僕は拾ってもらってからずっと続けていたことを追い抜かれてしまった。

 僕は、セージが嫌いだ。



 ******



 以前、何故かわからないが、唐突にセージが外出許可をもらっていた。

 理由は次の日に解った。

 食事が少しだけまともになったからだ。スープに野菜くずが入ったり、煎り豆なんかが一皿増えた。

 普通の家庭からすれば些細な違いだろうけど、僕たちには大きい違いだった。


 思わず父さんを見ると、ばつが悪そうに視線を伏せた。やっぱりだけど、四歳のセージを外に出して働かせていることは、父さんも不本意らしい。

 ただ背に腹は代えられなかったか……、いや、それだけじゃあない。

 やっぱりこれも、セージが特別だからだ。


 実際、カインやセルビアは相変わらず外に出してもらえないし、僕だって必要な時ぐらいしか外を出歩かない。

 守護都市には多くの戦士がいて、その中には血の気の多い人も気の短い人も珍しくない。

 ちょっとした喧嘩で人死にが出るし、僕たち以上に食べるものに困っている戦士崩れもいるくらいだ。


 いつものように朝早く『じゃあちょっと出かけてくるから』と、声をかけに来たセージに、僕はどうしているのか聞いてみた。

 セージは少し迷った後、カインやセルビアが真似するといけないから内緒にしてねと、四歳児らしくないことを前置きして教えてくれた。


 やっているのは、掃除だそうだ。

 箒や塵取りを持って出かけているので、それは想像できていた。飲食店では捨てた生ごみを浮浪者がをあさるらしく、朝一番に荒らされたごみ置き場などを掃除して、古くなったり傷んだりした食材をもらっているそうだ。

 時折、少額だけどお金ももらえるらしい。


 そして時間をかけて仲良くなった飲食店の人たちに頼んで、今はちょっとした雑用なんかもさせてもらっているのだとか。

 大人たちは働き者の子供にお駄賃を上げる感覚らしく、大した事はしてないんだけどと言っていた。


 そしてセージはお金を貯めて、調味料を買ってきた。

 胡椒とだし粉だ。カインはきょとんとした顔で、『そんなものより肉を買えよ』と、馬鹿な事を言っていたけど、僕と父さんは心から感謝した。

 正直なところ、塩味だけってのにはうんざりしていたんだ。



 ******



 最近、僕は訓練を休むようになった。休むといっても、週に二日ほどだ。

 セージを見ていて、話してみて、自分の才能のなさは良く解った。

 それにギルドに登録してっていうのが守護都市の解りやすくてメジャーな稼ぎ方だけど、お金を稼ぐ手段はそれだけじゃあないってことにも気づけた。

 気付いてしまえば当たり前のことだ。

 仕事なんていくらでもある。べつに僕はお金持ちになりたいわけじゃあない、家族が毎日ちゃんとご飯を食べれればそれでいい。

 そんな事を、セージと話してみるまで忘れていた。


 訓練を休むようになった僕に、父さんは何も言わなかった。

 少し寂しくも感じたけど、才能の塊のセージがいるんだと思えば、仕方のないことだと諦めもついた。


 訓練を休んで、その分の時間はマギーの手伝いに当てた。

 本当はセージのように外でお金を稼ぎに出たかったけど、踏み出す度胸もなくて、まずは家の手伝いから始めたんだ。

 マギーはやっぱり働き者で、思った以上にセージにべったり張り付いている。

 カインはマギーの気を引こうとはしゃいでいるし、セージに絡んだりしている。

 セージはよくいたりいなかったりフラフラしているけど、いるときは預かっている子やマギーたちの面倒を見ている。

 なんだか表現がおかしいけど、そうとかしか見えないんだ。

 同い年のセルビアは普通に元気一杯遊んでいるから、違いがよく際立っている。

 末の弟のダストは周りの子供たちが怖いらしく、所在なさげににマギーやセージにくっついていた。


 家の中のことを手伝ってみると、知らないことが多いことに気づく。

 例えばセージが料理を手伝っているのは知っていたけど、マギーよりも料理がうまいとか、それを悟られないようセージが涙ぐましく努力している事とか。


 そのセージが庭の端に畑を作って豆をまいて、それをセルビアがほじくり返して食べて、そこにセージが水を撒くたびに挙動不審になったりとか……、

 セージは自作の畑から芽が出なくて毎日がっかりしているんだけど、涙目でセルビアが止めるから原因を教えられないんだ。ごめんねセージ。



 僕はセージが嫌いだったけど、妬ましかったけれど、それほどでも無くなった。



 ******



 セージはなんだか落ち着いていて大人びているけど、見ているとけっこう面白い。


 ブレイドホーム家ではいくつかルールがある。マギーや小さい子達は外に出るときは僕や父さんが一緒でないといけないとか、そういうのだ。

 そのルールの一つに、十歳になると男女別の部屋で寝るというのがある。

 と言っても、それまで十歳以上だったのは僕と父さんだけだった。

 そこにもう一人加わったとき、つまりマギーが十歳の誕生日を迎えたとき、彼女がこう言った。


「誕生日なんて、来なくていいのに……」


 その日から別の部屋で寝るのは聞かされていたのだが、納得していなかったらしく、珍しく朝からずっと不機嫌だった。

 父さんやセージが何を言ってもふてくされて、『一緒がいいのに』と小さく泣いていた。僕の時は一人部屋だと喜んでいたので、正直全然気持ちが分からないけど、本当に本気で嫌らしい。


 僕はまあ、夜になれば納得できなくてもちゃんと新しい自分の部屋で寝るだろうと思っていた。

『ダメそうならセルビアも同じ部屋で……』、なんてことをセージと父さんが相談していた。だからまあ、ほっといても大丈夫だと思っていたけど……。



 夕飯が終わったあと、セージが『みんな待っていて』と告げて、なにやら箱を持ってきた。

 二十センチ四方の、白くて小さい箱だ。リボンで包まれたその箱を見て僕と父さんは中身に気がついたけど、マギーは泣き疲れているのか、気づかない。

 カインたち下の子は見たことがないから分からなくて当然だ。

 セージに開けてと促されて、マギーがゆっくりとリボンを解き、箱を開く。

 中から出てきたものを見て、マギーが息を呑んだ。


「ハッピーバースデイ、マーガレット・ブレイドホーム」


 白い箱の中の、白を基調にしたデコレーションケーキ。苺の上にちょこんと乗ったチョコレートに書かれたメッセージを、セージは口にした。


 どうやらせっかくの誕生日を、悲しい思い出にしたくなかったらしい。

 小憎らしい演出でマギーに笑顔が戻ったし、それまで一緒になって元気がなくなっていたカインやセルビアも、切り分けられたケーキを頬張ってはしゃいでいた。

 まあメッセージプレートをマギーから取ろうとしたり、セージのケーキから苺を奪おうとしたり、元気になりすぎているとも思ってしまうけど。



 そしてその夜、みんなが寝静まった頃、トイレに起きた僕は偶然その場面を目撃した。

 あのセージが、泣いていたんだ。

 貯金箱らしきものを抱えて、一人で泣いていた。

 あんまりにも珍しいものを見て、僕は何もできずにジッと見つめていると、セージのすすり泣く声が聞こえてきた。


「やっと、やっと買えると思ってたのに……」


 僕は知らないうちに、ゴクリと唾を飲み込んでいた。

 あのセージが泣いている。

 父さんやマギーに気をつかわせないようひっそりとお金のなくなった貯金箱を抱えながら、手に入らなかった何かを想い、泣いていた。

 僕の体の奥の方から、得体の知れない緊張感が湧き上がってきた。


「……醤油」







 僕はトイレをすませて、寝ることにした。

 セージは色々と特別だ。




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