4話 無理なものは無理
子供が倒れていた。
それは珍しくもない話だ。
この都市では老若男女を問わず、命の軽い都市なのだから。
そんな守護都市の中でも、自分で自分を養えない子供の命は特に軽かった。
その軽い命が倒れていた。
ブレイドホーム。
そんな変わった名前の、五つの軽い命を拾ってきた家の前で。
時刻は早朝、日が昇り始めてすぐのことだった。
ブレイドホーム家家長ジオレインことジオは、最近めっきり楽しみになってきた末の息子の鍛錬の前に、家の周りを散歩をしていた。
かつての怪我で足に障害を負ってはいるものの、日常生活で歩き回る分には問題無い。
この散歩は見回りと同時に、いつか障害が治らないかと淡い期待をしてのものであり、日の出すぐの早朝と寝る前の深夜に行う習慣だった。
そうしてジオは行き倒れている子供に気づいた。
近寄って、子供の容態を確認する。息はある。
子供は三歳くらいの幼子だった。セージやセルビアのように誰かが捨て置いたという訳では無さそうだ。
おそらくたまたま行き倒れた場所が、ここだったというだけだろう。
子供を手に取りながら、ジオは迷った。
助けるべきか、そうせざるべきか。
こういう時、脳裏に浮かぶのはいつもマギーだった。
ジオは子供を抱えて立ち上がり、歩き始めた。
家の外へと向かって唇を噛み締めながら、誰の眼にもとまらぬところを目指して。
その最初の一歩を踏み出して、しかしその次の足は踏み出さず、後ろを振り返った。
「見ていたのか」
視線の先には誰もいなかったが、その声に反応して子は木の陰から姿を現した。
「……うん」
現れ、頷いたのはセージだった。
珍しく暗い顔をして、後ろめたそうにしていた。
「そうか……」
ジオは何と言えばいいのかわからず、言葉を濁した。それを見かねて、セージが無理矢理に言葉を発する。
「間違っては、無いと思うよ。養ってもらってる僕が言うのも、おかしいけど。巡り合わせが悪かったって、そう思うしかないんじゃないかな……」
セージは頭が良い。
外に出ようとしたことと、ジオの顔色を見て、何をどう判断したのか正確に推し量ったようだ。
知られたことと、それ以上の理由から、ジオの肩が震えた。
「そう、だな。それが正しいと、いや、正しいのでは無く、そうするしか……いかんな。どうしても、言い訳しか思いつかん」
ジオが頭を振るのを見て、セージは暗い顔をもっと暗くした。
ジオは迷いながらももう決心をしていた。それが揺らいでしまったのは、セージに見られてしまったからだ。
日頃から道徳を説いているジオが、それと真逆の行いを四歳児の前でするのだ。決心が鈍るのも当然だった。
その責任は見てしまったセージにあると、他ならぬセージ自身が決めた。
「ねえ、親父殿……」
セージの声は少し震えている。
だが小さく、ジオにも分からぬ程の小さな深呼吸を挟んで、何事かを呟いて、はっきりと冷たい目でジオを見据えた。
「その子を、す――」
「言うな。この子は連れて帰る。もう決めた」
ジオは子供を抱えて、歩き始めた。家の中へと向かって。
その後ろを、セージがついて歩いた。後ろめたさと、喜びとを半々に表情に浮かべて。
「ありがと、親父殿」
ふんっと、空元気のような鼻息を鳴らすジオの裾を、セージが掴んで歩いた。珍しい――いや、こうした甘えるようなのは、初めての事だと、ジオは思った。
我ながら考えなしな決断をしたが、その甲斐はあったなと思った
◆◆◆◆◆◆
さて、四歳になりました。家族も増えました。
名前はダストで一歳下(※推定)の男の子。弟ができて、妹は大はしゃぎだ。
そして同じく嬉しそうに世話をする姉さんに、僕のこともかまってよと、うるうる上目遣いでせまってみたら、凄い事になりました。
……本当に、凄い事になった。
下の子ができての、あるあるネタのつもりで、軽い気持ちで、やったんだ。
二度とやるまいと、固く心に誓う。
二、三日続いた姉さんフィーバーは、こう言ってはなんだが、本当にこんなことは思ってはいけないが、あおった私が悪いのだが。
とても、ウザかった。
さてこの一年で色んな事を学ぶことができた。
まず親父殿の書斎に入れるようになったのが大きい。
最初は忍び込んでいたが、読書に夢中になりすぎて三回目でばれた。
今は綺麗に使うことを約束して、空き時間に入り浸っています。
……いや、本当は一日中籠りたいんだけど、あまり長く籠っていると妹がやってきて部屋を荒らすんだ。
ともあれ書斎でわかったのは、家の外のこと。この守護都市と、その周辺にまつわる事柄だ。
まず順を追って話すとこの国、精霊都市連合国エーテリアは、八つの都市で形成されている。
中央に政庁都市があり、周辺を外縁都市と呼ばれる六つの都市が円を描くように囲っている。
その外縁都市には農業都市や商業都市、変わり種としては学園都市や芸術都市がある。農業都市は東西に二つあって、残りは産業都市だ。
そんな六つの外縁都市を守るのが、私たちが住んでいる守護都市の役割だ。
守護都市ガーディンは、動く要塞都市なのだ。
ただし人型に変形してデッカいキャノンぶっ放したり、アイドルやロックバンドが最前線でライブを始めたりはしない。残念だ。
守護都市は四年に一度、政庁都市を訪れ、それ以外は外縁を一年に二周ほどのペースで回っているらしい。ただし実際には緊急の救援要請などがあるため、ちゃんと二周する年は少ないようだ。
何でそんな事をしているかというと、どうも三百年前に起きた大規模な災害以降、凶悪な魔物が跋扈し大地は痩せ衰えて人が住むには厳しい環境となったらしい。
それで精霊様と契約して都市を築き、六つの都市を魔方陣に見たてて円形の結界とやらを作ったそうな。
かなり弱い魔物は網の隙間をくぐり抜けるように入ってくるらしいが、結界の中には原則的に強く凶悪な魔物は入れないし、精霊の加護を直接受けられる都市程では無くても、ある程度は結界内に実りが期待できるようになった。
ただし結界は六つの都市に精霊の力を植え込み、その上で政庁都市に集めて形にしているものなので、都市が一つでも陥落すれば壊れてしまう。
結界の中に凶悪な魔物は入れないと言ったが、結界の基点となっている各都市には大きな穴があり、門などの物理的な壁は作れても魔物を弾くふぁんたじぃな力では塞ぐことが出来ないらしい。
守護都市は六つの外縁都市に少しでも危険が及ばないよう、周辺の魔物を駆逐して回るのが仕事だ。
そして当然のことではあるが守護都市ガーディンは魔物ではないので、結界を自由に出入りできる。
そんな守護都市内の戦力は大きく分けて三つある。
一つは騎士団。いわゆる軍で、精霊都市連合所属だ。他の都市にも騎士団はあって、政庁都市に本部がある。
ただ最前線は守護都市なので、守護都市の騎士団が最も精鋭で、実戦経験も豊富だ。
そんな守護都市に配属されるのは騎士の誉れだが、死亡率も高いのであんまり人気は無いらしい。
もう一つはギルドメンバー。
ギルドというと冒険者のイメージだが、この国では傭兵というかモンスターハンターというか、そんな感じだ。
ちなみにギルドからの褒賞も税金で賄われているので、私のイメージは切り捨てやすい非正規労働者……。
まあ騎士団に比べれば束縛が少なく、気ままにやっていける。
そして親父殿もギルド所属の元傭兵だった。怪我して辞めたけど、やっぱり切り捨てられたんだろうか……。
最後は、皇剣と呼ばれる方たち。
これは主要都市の数と同じ八人しかいない特別な戦士様だ。
一騎当千の実力者で、単独で竜殺しなんてしたのもいるそうな。竜と言われてもピンとこないが、きっと凄いのだろう。
家の外に関することはそれくらい。
未だに家の外に出たことがないので、本に書いてある事ぐらいしか分からない。
ちなみに空を飛んでいる守護都市の移動中に振動はほとんど無い。
動きはじめだけ、それと分かる小さな揺れを感じる。
それで、追記と呼ぶか本題と呼ぶか、私は魔法使いになった。
まだ四歳なのだが、本の中に初心者向けの魔道書があったので、パラパラめくって、できたらいいなーと、書いてある通りに魔力を練ったら出来ちゃった。
……まあ、なんだ。
衝弾の訓練で魔力を外に飛ばす技術も得ていたから、結構簡単に出来た。
現在、初級はマスターした。書斎には下級や中級の魔道書があるけど、使うと部屋が傷みそうな魔法ばかりなので使えない。
外で練習すればいいのだが、一つ問題がある。
姉さんだ。
『五歳になったら、私が教えてあげるからねー』と、料理の時から言われ続けているんだ。
どうやら体を鍛えるのは十歳から、魔法を学ぶのは五歳からが一般的らしい。いやそんなことよりも、『あと一年だねー、楽しみだねー』と、ニコニコしている姉さんだ。
もう僕、魔法出来るんだ。姉さんと同じ初級マスターだよ。
……落ち込むよね、それ言ったら。
最初は興味半分で、まあちょっと予習するぐらいなら、むしろ喜んでくれるよねと、軽い気持ちで始めたんだけど、やりすぎた。
だって楽しかったんだもの。魔力に色をつけて、イメージに乗せて外に出す。
周囲にある魔力も巻き込んで形にしていくのが魔法なんだけど、魔力感知の精度を上げてやってたら、すごい難易度高くて、でも苦労した分ちゃんと結果に表れて。
気が付けば初級の魔法は全部覚えてたんだよ。
そして親父殿に相談すると、『使っている魔法は初級だが、練度がおかしい』と言われた。
そんなことはどうでもいい。
姉さんを傷付けない方法を教えてくれと言ったら、『そうは言っても、お前の方が魔法の使い方が上手いぞ』と、微妙な表情で褒められた。
嬉しい。けど、嬉しくないっ。
そんなことよりどうしたら良いと聞いたら、うーむと、唸って視線をそらした。そしてしかばねの如く、返事がなくなった。
……親父殿、大人はいつもこうだ。
いつだって苦労するのは私のような弱い子供なんだと、思ってみた。現実逃避とも呼ぶ。
本当にどうしよう。
まあいいや。五歳になった時に考えよう。
******
早朝の道場で、親父殿と向かい合う。
最初は手取り足取り教わっていたが、二ヶ月が過ぎたところで親父殿から、お前は自分で考えた方がいいと言われた。
相変わらず言葉が致命的に足りないが、自己流でやった方が私には良いと言いたいんだろう。
アドバイスはちゃんとくれるし、指導もちゃんとしてくれる。
ただそれを強制しなくなった。
走り込みと型の訓練を終えて、振りのおかしい所とその意味の説明を受け終えて、今こうして向かい合っている。
親父殿からははっきりとした魔力が迸り、闘志となって叩きつけられる。
何度となく受けてきたが未だ慣れる事はなく、身体が震える。
恐怖と期待。
似つかぬ二つの感情が混ざり合い、心と体に最高の緊張と熱を与えてくれる。
親父殿が先に動いた。
ゆったりとした動作に、明確な闘志はない。
当然だ。勝負というには実力差が空きすぎている。あくまで私が一方的に挑むだけの訓練なのだから。
互いの距離は三メートル。
親父殿ならば一瞬で詰めてこれる距離だが、木剣に宿った魔力からその意思が無いのが見て取れる。
振り下ろされる静かで無駄のない剣筋が、衝弾という暴力を生み襲いかかる。
私は部分強化した脚力で横に飛び大きく回避した。
衝弾は魔力を固めた砲弾だ。
当たれば鈍器で殴られたような痛みを受け、破裂すれば体重の軽い私などは簡単に吹き飛ばす衝撃波となる。
衝弾が破裂するのは何かに当たった時だが、親父殿のような熟練者は任意のタイミングで破裂させることが出来る。
そのため私はギリギリで回避して懐に飛び込む選択肢がとれないのだ。
大きく円を描くように親父殿の周りを走る。狙いを絞らせぬよう緩急をつけ、また同時にこちらからも衝弾を放ち、親父殿をその場に押しとどめる。
衝弾は魔力を固めたものだと言ったが、威力は込められた魔力だけでなく筋力も関係してくる。親父殿が衝弾を飛ばすのに剣を振り下ろしたのも、振り下ろす力と速度を衝弾に乗せるためだ。
まあそんなことをしなくても、親父殿は数倍の威力の衝弾を十発以上同時に、しかも連続展開できるのだが……。
ともかく私の衝弾は筋力不足なので親父殿へのダメージは無い。
ただこれは訓練なので、一発でも親父殿に当たれば大金星だ。大勝利だ。
私は走りながら、親父殿の足元へ衝弾を放ち続ける。
可能な限り、親父殿の軸足が右足となるよう立ち回っているが、上手くいっているとは言えない。
「どうした、終わりか?」
親父殿が声をかけてくる。攻撃が単調になってきたのが原因だろう。
「同じことを繰り返すだけでは、俺には勝てんぞ」
よく言う。最初から勝ち目なんてない勝負だろうに。
懲りずに足元への衝弾を撃ちながら、そう思った。
「ふむ、まあ、そろそろ時間だ。ここらで終わりにするか」
私がやる気をなくしたと思ったのだろう。
いつもの時間よりも早いのに、親父殿はそう言って私の衝弾を躱し、間髪いれずに速度重視の衝弾を放ってきた。
顔面に迫るそれは必中を意識し、怪我をさせないよう威力を落としている。
だから耐えることもできるが、それはこの訓練のルール違反だ。
いや、そんな取り決めはしていないし、耐えればもっと威力をあげてくるだけだろうが、私のへぼい衝弾でも当たれば勝ちとハンデを貰っているのだ。
怪我をさせないための攻撃に耐えたところで、それは負けだろう。
ゆえに、迎え撃った。
それは衝弾では無く、衝裂斬。
魔力を固めた衝弾の変化技で、斬撃の形で飛ばす技だ。
単調で弱い衝弾を飛ばしながら、ずっと体内で練っていた魔力の何割かをつぎ込んで衝裂斬を放ち、親父殿の衝弾を斬り裂いた。
「むっ」
親父殿が呻く。
衝裂斬は今日初めて見せたので驚いたのだろう。だが驚くのはこれからにして欲しい。
溜めていた魔力の残りを全てつぎ込み、衝弾を親父殿の顔面を狙って放った。
本当は剣を振ってその勢いに乗せたいが、時間が惜しい。
せまる衝裂斬を親父殿が木刀で払った。その一瞬の間を捉えなければならない。
放った衝弾は、速度だけならば親父殿に負けていない。だがそれでも親父殿はやすやすと回避した。
虚をついて、僅かなりとも体勢を崩して、最速の奇襲を行って、当然のように回避される。
勝ち目がないとしか言いようがない。
しかし手はまだ残っている。
親父殿がギリギリで回避した衝弾に、命令を下す。
弾けろ、と。
破裂した衝弾が、親父殿を襲う。たいした威力ではないが、それでも視力と聴力は奪った。
そして私は魔力を極限まで隠蔽し、接近する。いや、正確には衝弾を放ったタイミングで、この小柄な体をその影に隠しながら走り始めていた。だから接近した、が正しい。
親父殿の足を、この半年間の痛みと恨みを木刀に込めて、今、ぶったた――、
ズパンっと、衝撃が突き抜けた。
親父殿ではなく、私に。
――ぶっ叩くその瞬間に、足から放たれた衝弾が、私を襲ったのだ。
顔面を強打され意識を失う瞬間、やっぱり勝ち目無いなーと、思った。
親父殿のアドバイスは、最後に殺気を出したのが失敗だとかなんとか。
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