狭間の話





 白い世界にいた。

 前後左右に上下まで真っ白な世界だった。

 自分の意識が闇に落ちて、冷たく暗いところに溶けていったあと、ふと気が付けばこの世界にいた。

 自分の他には誰もおらず、ただただ白い世界が広がっている。

 右を見ても左を見ても、白い色が広がっているだけだった。


 夢かとも思うが、夢を夢として認識している時はもっと頭が重く回転が鈍い。

 今はむしろ頭の中ははっきりと冴えている。

 夢のような状況だが、夢の中ではないと思うことにする。


 さて、これからどうするか。

 ふとした思いつきで、右足を一歩前に踏み出す。

 やや頼りない踏み応えだが、踏み出すことができた。

 次いで左足を一歩前へと踏み出す、少し高いところを意識して踏むと、右足よりも20センチほど高いところを踏みしめた。後ろの右足も持ってくることができた。

 20センチ高い視点になるが、違いは特にない。

 白い世界は白いままだ。


 手を開いたり閉じたりしてみる。

 問題なくできる。

 掴もうと思えば、白い何かが掴めた。

 感触は柔らかい。

 掴もうと思わなければ何の抵抗もなく手の開閉ができた。


 今度は足の下に何もないイメージを持ってみる――、のは難しかったので、シンプルに自分が落ちていくイメージを思い浮かべた。

 するとそれまで頼りなくも自分の体重を支えていた足元の白い何かからの踏み応えが消えて、どんどん自分が落下していく。


 景色は変わらないが、時間の経過に連れて落下速度がどんどん速くなっていくのが怖くなって、止まれとか、着地とか、心の中で念じた。

 すると落下が止まった。普通ならあるであろう落下の衝撃も痛みもなく、ビデオの一時停止のようにあっさりと、そして不自然に落下は停止した。


 周囲を見渡して、何歩か歩いて見て、やはり白い世界は白いままだった。

 先程の落下で痛みや衝撃が無かったので、自分の頬をつねってみる。普通に痛い。

 今度は指先を噛んだ。やはり普通に痛い。だがそれは我慢して強く噛みしめるとと、小さく皮膚が裂けて赤い色が滲んだ。

 だがそれだけだった。その傷から血が流れることはなく、ムキになって傷口をいじっていると、いつの間にか治っていた。

 ふぁんたじぃだ。


 検証することも思いつかなくなって、不貞寝する。

 いや、実質上下のない世界なので横になる意味はないのだが、この方がリラックスできるのだ。


「ちょっと〜、くつろぎすぎですよ〜。もっと慌ててくれても良いじゃないですかぁ〜」


 ウトウトしていると声が聞こえたので、そちらに意識を向ける。

 いつの間にかこの白い世界に、自分以外の異物がいた。

 黒かった。黒い女性だった。

 良かった。台所の黒い悪魔じゃなくて。


「いつの間にかじゃないですよ〜。張り切って登場したのに、眠ってるなんてひどいです〜」


 異物2号は人の心を読んで突っ込んできた。


「れ、冷静な反応でちょっと寂しいです〜。それと、異物なんて呼び方はやめてくださいね〜。黒い悪魔はもっとやめてくださいね〜」


 またも心を読まれた。

 もしかしてここはそういう世界なのかと、この相手の心を読もうと念じてみるが、


「――っ!!」


 きつい頭痛に襲われた。


「あ〜、ゴメンナサイ。その仮定は間違いではないんですけど、ちょっと無謀なのですよ〜」


 頭痛はすぐに収まった。

 頭痛がしていたのは相手の心を読もうとしていた時だけだ。頭痛の余韻もおさまったので、リトライしてみる。


「――っ!!」


 当然ながら、再度頭痛に襲われた。


「……なんで、痛い思いするだけってわかっててやるんですか〜」


 呆れ声だった。


「深い意味はありませんよ。ただ、しっかりと間違えておきたかっただけです」

「……心の声も聞こえているのに、何を言っているのか全然わからないです〜」


 自分もあなたの口調の意味がわからないので、おあいこですね。


「心の声で悪口をいわれた!」


 リアクション過多な人だ。いや、そもそも人なんだろうか?

 今更ながらにこの相手をよく観察して見る。


 前述の通り、女性で黒い服を着ている。

 顔立ちからして日本人っぽい気がするが、あまり自信は無い。

 年齢は二十歳くらいだろうか。

 身長は平均くらいで、体型はやや細身で背は女性としては高め。顔立ちは可愛く、二十歳と考えるとやや童顔っぽい。服装は黒一色のドレスで、印象としては喪服を連想させる。

 尻尾や羽が生えているわけではないし、目も焦げ黒色の綺麗な澄んだ色だ。


 外見は普通の人間だが、しかし違和感のようなものも覚えてしまう。

 そして先ほどの言葉、心を読むのが無謀と言った時にごく自然に自分を下にみて発していた。

 そしてそれを嫌みに感じさせない何かも、発していた。

 発言の内容と合わせて考えれば、年齢以前の問題――例えば生物として、自分とこの相手には差があるのかもしれない。

 そんな風に思うのですが、どうでしょう。


「なんだか自然に心で話しかけてきますね〜。一応それは高等技術に分類されるんですけど。

 それはさておき、いい推理ですよ。でも顔の事は気にしているので、今後は思い浮かべないようにしてくださいね〜。あと、このドレスは喪服であたりです〜。スタイルの方は、脱ぐとすごいんですけど、興味ありますか〜?」

「興味はありますけど、今は話を進めて欲しいですかね」

「ちぇ。

 でも、そうですね。私は人ではないです。

 昔はそうだったんですけどね〜。今は違います。

 不老不死なので、あなたよりだいぶん年上ですよ〜」


 不老不死か。

 ずいぶんとあっさり言われたけれど、こんな状況なら頭ごなしに否定する気にはなれないな。


「そうですね〜。納得してもらえなくても、スルーしてもらえれば話が早いですね〜。

 それで、私が人で無いならばなんなのかというと、その、説明が難しいのですが、死神のようなものですね〜」


 死神、か。


「あっ、いえ、死神ではないんですよ。ただ、あなたのイメージだとそれが近いっていうだけで。正しくは生者葬送と死者蘇還を成す、死に通じる仮神ですよ〜」


 ?


「えと、仮の神様で仮神です。仮免許の仮ですよ〜」


 え、神様に、仮免許?


「まあ、あるんだって思ってください。えと、それで話を続ける前に、お願いがあるんですよ〜」


 お願い、ね。


「あ、警戒してますね〜。うんうん。当然ですけど、とりあえず聞いてくださいよ〜」


 色々と不安要素は頭に浮かぶ。

 わざわざお願いがあるなんて前置きされる場合は、大概が面倒ごとだと学んでいる。だが自称とはいえ神様相手に、自分の常識が当てはまるのか。

 断るとしても、本当に断ることができるのか。お願いの中身を聞く前でないと、断ることができないのではないか。

 断ったとして、この白い世界で自分はどうなるのか。

 この世界の主人(?)に反すれば、害意を向けて来るのではないか。そうでなくとも、願いを聞くまで解放されないのではないか。

 悪い想像をすればキリがないが、今はなにより情報が欲しい。


 そんな訳で自称神に向けて頷いて返答する。

 とりあえず聞くだけ聞くから、お願いの中身を教えてくれと。


「う〜ん。恐いですねえ。今あなたはコンマ一秒以下で、あれこれ仮定を考えて、最善の答えは導き出せないと明答無しの答えを出して、あるがままを受け入れる覚悟を心の中に作りましたよ〜」


 …………。


「沈黙ですか。本当に警戒されちゃいましたね〜。いえ、最初から気を許してなんてくれなかったんですけどね〜」


 ――、


「そうですね、あたりです。

 頭の表層に出ている思考だけでなく、もっと奥の方の、言葉にできないような思考のところも、読み取れるんですよ〜。

 あなたは頭の回転が速いから、私もちょっと大変なんですけどね〜。

 ああ、ゴメンナサイ。話がそれました。

 えと、まずは私のことは神様とは呼ばないでください、自称を付けるのはいいんですけど、仮神の仮は必ず付けてください。

 そしてもう一つ、これがお願いなんですけど、私に名前を付けてください」


 名前を付ける?


「はい、名前です。いえ、名前自体はいくつかあるんですよ〜。ただ、あなたに呼んでもらうための名前が、専用にいるんですよ〜」


 理由を聞いてもよろしいかな?


「はい。私の持つ名前は幾つかあるのですが、そのどれもがあなたには教えられないのです」


 そちらの理由は教えられないのですがと、言葉を続ける。


「名前とは縁の繋がる始まりなのです。とっかかりです。名を知るという事は、相手との繋がりを得るということです。それが神聖な真名であるならば、魂すらも縛れる強い繋がりともなりえます。

 私はあなたと縁を持ちたいのですが、今ある名前は教えられないので、あなたが名付けてください。こう、カワイイのをっ!」


 縁、か。さて、仮とはいえ神様の申し出る縁となると、何やら大層なものに感じられてしまうね。だけど、まあいいか。


「うんうん。良いんです良いんです〜」


 じゃあ、死神に近いと言っていたので、シニ・ガミ子さんで良いですか?


「悪いです悪いです」


 断られた。わがままだ。


「わ、わがままじゃないですよ〜、私はちゃんとカワイイのをって言ったじゃないですか。ガミ子なんて、ガミガミうるさい子みたいじゃないですか〜」


  ガミガミというと説教くさいイメージだから、確かに合わないか。じゃあお調子者でうるさそうなイメージの名前か。さて、どんな名前がいいか……。


「うるさい子から離れてください〜。お調子者も嫌です〜。その、こう、からかうような悪い意味のあだ名じゃ無くて、むしろ仲の良い相手を呼ぶ、ニックネーム的なオシャレなのがいいんです〜」


 そう、具体的にはどんなのかな?


「え、そうですね。やっぱりお姫様っぽいのはいいですよねぇ〜、例えばマリ――、って、ダメですよ。あなたがつけてくれた名前じゃないと。私に言わせてそれでいいやなんて、ひどい手抜きです〜」


 ばれたか。まあ仕方ない。しかし自分にはお姫様っぽい名前が思い浮かばないね。マリアンヌとか、童話に出てきそうな名前は思い浮かんだんだけど。


「うっ。ど、童話ですか……」


 そもそも日本人を欧米風に名付けるとなると、キラキラしていて可哀想な気がする。こう、何の罰ゲームで付けられたあだ名ですか、って感じで。


「か、可哀想、罰ゲーム……」


 まあ自分もいい歳なので、最近の若い子の感性だとまた違うのだろう。

 さて、お姫様っぽいキラキラした名前、か。


「う、い、いえ、もうわがままは言いません。

 ガミ子と黒い悪魔じゃなければいいです。っていうか、私の反応見て心の奥の方で笑うのやめて下さいよ。うまく隠してますけど、私には聞こえてくるんですよ〜」

「おや、これは失礼。ではこれからは隠さず素直に笑いましょう」

「笑わないでくださいっ! もうっ、本当はもう決めているんでしょう。早く言ってくださいよ〜」


 やはり、それもわかっているんですね。


「ええ、でもはっきりとあなたが口にすることでその名前は定まりますし、その前なら変更も効きますけど――、もういいです。呼んじゃってください」

「そう。それじゃあ私は君のことを、デス子と呼ぶことにしますね」

「デス子……、デス子。ガミ子よりは良い、のかな」

「ええ、ユーモアラスなニックネームだと自負しましょう」

「本気で言っているっ!!

 い、いえ、いいんです。文句はないのですよ〜。あなたのくれた名前ですから。

 それでは縁もできたことですし、本題に入りましょうか」


 ようやくか。でも自分の名前は告げなくていいのだろうか。


「ええ、あなたの名前はここでは聞きません。口にすることは自由ですが、私はそれを聞きません。

 さて、まずははっきりと言っておくべきこととして、あなたは既に死んでいます。

 ……動揺しませんね。

 続けます。

 ここは狭間の世界とでも言いましょうか。私の力で作った異空間のようなものです。

 生命が死を迎えればその肉体は幾多の生命に喰われ、散り散りに大地へと還っていくように。

 死を迎えた魂もまた、エーテルの風にさらされ散りゆき、世界に還っていくのです。

 この狭間の世界は、魂の風食を防ぐために作った、言ってみれば仮の避難所のようなものです」


 死んだと言われて、それほど落ち込んでいない自分に気付く。

 自分が死んだ実感はないが、そうだろうなとは予感していた。


「質問があります。私を殺したのは――」


 言葉を区切る。自分の心の奥の方まで見透かしているであろうデス子は、澄み切った瞳で自分を見つめ、ただ言葉を待っていた。


「――君か?」


 デス子の頬がわずかに緩む。可愛いらしい子供を見るような、慈愛に満ちた微笑みだった。


「はい。生者葬送の力を使い、あなたの魂をここへ招きました」


  誤魔化すことも悪びれることもなく、デス子は肯定の言葉だけを返した。


 あの時、部下と彼女をかばって前に出た時、違和感はあったのだ。より正確にいうなら、あの不審な男がナイフを突き出した時だ。

 あの男は右の腰だめにナイフを構えた突進してきた。自分はカウンターであの男に拳を当てた。

 渾身の一撃は左の半身をよじって当てたもので、更に言えばフック気味の拳は相手の体を横に流し、同時に自分の体を反動で逆方向に流した。


 あの男のナイフが自分の体に当たるはずは無いし、当たったとしてもそれは深々と刺さるほどの威力にはならなかったはずなのだ。

 その確信はあるのに、実際には男のナイフの方が先に自分の腹をえぐっている。

 そして付け加えれば、ナイフが突き刺さったままであるにしては出血量が多いように感じたし、意識を失うまでの時間もやけに早く感じた。


 結論を言えば、自分が死んだとは信じられない。

 いや、あの瞬間に、あの男に殺されたとは信じられない。

 もし死ぬとすれば、殺されたとすれば、それは別の要因によるものだろう。

 例えば、こんな世界に人を連れてこれる不思議な力を持った仮神の、不思議な力とか。


「そうですね。確かにあの事件であなたが死ぬ可能性は限りなく低かったのです。あれはあなたに急死して頂くための、理屈合わせのようなものですね」


 理屈合わせ。生者葬送とやらで死ぬにしても、死ぬための原因は必要だということだろうか?


「ええ、その通りです。心臓麻痺のような病死でも良いんですけどね。ハッキリとした外的要因、他殺であることの方がこの力にとっては都合が良いんですよ」


 本当に悪びれもせずに。あれは自分の渾身の一撃だったんだけどね。


「ふふっ」


 デス子がこちらを見て笑っている。なんだ。


「いえ、あなたはやはり、自分が殺されたことを恨まないんですね」


 ……? デス子は何を言っているんだろうか。自分はちゃんと恨んでいるだろうに。


「完璧な形で突発的なトラブルに対処したのに、横槍を入れられたせいで失敗することになった。

 あなたが恨んでいるのはそのことだけですよ。失われた自分の命では無い」


 …………。


「すいません。困らせるつもりはないんです。

 ただあなたは歪んでいて、だから私はあなたを選んだのです。

 そのことを理解しておいて下さい」


 ああ。歪んでいるのは知っているよ。それで、選ばれてしまった自分はどうなるのかな。

 何かの生贄に捧げられるのかな?


「いいえ。あなたはあなたのまま、生まれ直してもらいます。いわゆる転生ってやつですね」


 あなたのまま生まれ直す。記憶や経験をそのままに、新しい命として生まれ変わるということか。

 メリットはデメリットよりも大きそうだけれど、さて、やはり色々と不安要素はあるね。


「やっぱり動揺しないですね〜。それで、転生する先ですけど、魔法があります」


 魔法、ね。


「あ、冷たい反応。本当にあるんですよ、魔法。

 あなたが生きていたこの世界にだって、魔法はちゃんとあるんですよ。使える人も、知っている人もほとんどいないですけど、魔法はちゃんとあるんですよ」


 まあ、こういう状況だからね。頭ごなしに否定する気はないですよ。あった方が面白そうだとも思いますしね。


「うんうん。それでは説明の続きになりますが、時間的には一時間少々が経過していますね。

 あなたの体は救急車で運ばれて、今は集中治療室で救命措置を施されてます。絶対に成功しないんですけどね。てへっ☆彡」


 感じ悪いね。まあそれはいいですけど、部下と彼女の様子はどうかな。


「病院に付き添っていて、必死にお祈りしてますね〜、やっぱり叶わないんですけどね〜」


 ……ふざけるのは、それぐらいにして貰えますか?


「っ、いえ、ごめんなさい。

 それで、ショックを受けていますね。あなたを襲った男は二人を狙ったストーカーなので、責任を感じていますね」


 ……まあ、いいか。

 それで、そのストーカーは?


「あちらには何の介入もしていないので、あなたに殴られたダメージはそのままです。それで失神して、駆けつけた警察官に逮捕されましたね」


 そう。捕まったのなら、彼は殺人犯になるわけか。

 実際の刑がどう下されるかは知らないけど、まあこれで部下たちは大丈夫だろう。


「これは質問ではなくお願いになるけれど、あの二人とどうにかして話せるかな?」


 デス子に向かって声に出して願った。


「……そう、ですね。いえ、出来ないですね。

 今のあなたは、ここから出るには無防備すぎるのです。そして彼らをここに連れてくるのは、あなたにも彼らにもリスクが高すぎるのです。

 ただし伝言ということでなら預かれますよ。

 私があなたの遺体を操るか、二人の夢に入って伝えておきますよ〜」

「私の体を使うのは二人へ悪いショックがあるだろうし、なにより私のイメージが壊れそうだからやめて下さい。是非とも、夢に入るという形でお願いします」

「なんだか言葉の裏に悪口めいた思いを感じましたがオッケーです。デス子は心の広い仮神です。それで、メッセージはどうしますか?」


「そうですね。では、

『気にするな。無理とは解っているけど気にするな。君たちは何も悪くない。

 仲人をやってあげられなくて悪いと思う。中居もね。二人の結婚は心から祝福しているから、式はちゃんとあげてくれ。

 それと、私のデスクの二段目に木箱がある。ちょっとした貴重品をいれているんだが、鍵はかけていない。中には引き換え券が入っている。結婚祝いに注文していたもので、腕時計だ。

 二人とも今使っている時計は学生時代からのものだろう。代金は支払っているから、受け取ってくれ。それなりに奮発したから大事にしてもらえると有り難い。店の名前や受取日は券に書いてあるからわかるだろう。

 最後にもう一度、君たちは何も悪くない。どうか、二人仲良く幸せになってくれ』

 と、以上です。覚えられましたか?」


「はい、大丈夫です。記録をとってあるので、一言一句、思いも余さず伝えておきます」


 ほ、ほどほどにね。


「はい。ほどほどに、完璧に伝えます。

 それでは、転生先の説明に戻りますね〜。魔法があるのは先ほども言いましたが、あなたにはその魔法を使うための燃料、魔力を鍛えて欲しいのですよ〜」


 魔力を鍛える、か。

 簡単に言われたけれど、魔力がなんなのかもわからない現状では安請け合いはしかねるね。


「大丈夫です。苦手分野ですが、魔力感知の祝福ぐらいなら与えられるのです。

 あとはそれで何とか手探りで頑張ってください。若い内は特に成長しやすいので、バンバン魔力を使ってくださいね〜

 こう、出来れば世界最高の魔力量を目指して下さいっ!!」


 世界最高とは、またスケールの大きい。それで、そんな魔力を持たせて自分に何をさせるつもりなのかな?


「あ、いえ、すいません。

 あちらには年経た竜や、魔王、現世神うつしよがみ様なんてのがいますので、世界最高はぶっちゃけムリです。

 それを目指すぐらいに頑張って〜、っていう意味です。

 それで、地元じゃ敵なしってぐらい、鍛えてください」


 世界最高から街で一番にとは、大幅にスケールダウンしたね。まあいいけど。その方が助かるし。

 しかし、竜に魔王に神様か。RPGみたいな世界だね。

 それで、何をさせたいか口にしないのは意図的なものかな?


「いえいえ。そういう悪意は無いですよ〜。本当に、やってもらうことはないですよ〜。でも魔力だけは鍛えて欲しいってだけです。

 ただ――」


 ただ?


「――あなたにも、幸せになって欲しいですね」


 ……。


「さて、それでは説明も終わりましたし、質問もないようなので、送らせて頂きます」

「ああ」



 ◆◆◆◆◆◆



 ふぅと、デス子は大きく息をついた。

 魂魄流転と誕生祝福は正しく機能し、望んでいた以上の形で転生は成された。

 安堵のため息をつくのも、仕方のないことだった。


「ふ、く――、」


 デス子の肩が震えていた。


「ふふっ、あははっ、すごいカッケー、超カッケー。マジクール。あははははっ、マジ惚れる」


 あははっと、笑い悶えながら、デス子はその場でゴロゴロと横に転がった。ひとしきり黄色い声をあげたあと、満足したのか居住まいを正して大きく息を吐いた。


「落ち着け、私。私は死に通じる神の末席にいる仮神。ミステリアスな女。だんじて胡散臭くはない」


 そうして正気に戻ったと見せかけて、記録とっておいて良かった〜と、もう一度笑い出した。記録はメッセージだけではなく、先ほど送り出した人物を迎え入れたところから別れるまでを、動画で撮ってあった。

 デス子はその記録を頭の中で再生しながら、うへへ〜とにやけていた。

 先ほどの人物がその様子を見たならば、一言で切って捨てていただろう。気持ち悪いと。


「えへへ〜、自分が死んで一番に気にするのが、部下の結婚式ですか〜、本当に超ストイックです〜」


 デス子が悶えながら浸っていると、急にその動きを止めた。


「そういえば、不運体質になるのを伝え忘れてました。

 ……大丈夫ですよね。魔力量が上がればだいぶん改善されますから」


 そう言うと、デス子はまた記録の中の人物を眺め、再びニタニタ笑い出した。




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