第4話 15年前・冬の夜

 そう、わたしたちが魔法少女になったのは、怪異と戦うためだった。葵がこの世界にやってきたのも、この世界へと溢れてきた怪異を追いかけてきたのだった。

 闇から染み出し、闇へと人を引きずり込む怪異。

 それが、わたしたちが戦う怪異だった。

 初めは小さな、わたしたちのつたない魔法でも戦うことのできる怪異だけだった。そんな怪異だって襲われれば大変なことになるし、私達が戦わなければもっと大変なことになる。そのことが、ちょっとだけ嬉しかったことは事実だ。

 でも、すぐに大きな怪異が現れるようになっていった。わたしたちの魔法では容易に歯が立たない、強力な闇が。

 そうなって、わたしは初めて自分が戦っているんだということに気づいたのだ。わたしが戦う相手がわたしを殺せるかもしれないことに、魔法少女だって、暗い闇に呑まれてしまうかもしれないということに。もちろん、その頃にそこまで掘り下げられて考えられたわけじゃない。でも、漠然とそのことは感じ取っていた。

 そして、そのことに気づいたとき怖くなったのは事実だった。足がすくんだ。わたしたちが戦うことで守られる人たちがいるんだっていくら言い聞かせても、わたしの手足は動かなかった。

 葵がこの世界にやってきたのも、単に楽しそうとか好奇心を刺激されたからではなかった。魔法の国がその闇に呑まれ、葵一人が逃れることができたからだと知ったのだって、その頃だった。

 でも、葵だって完全無欠の完璧超人だったわけじゃない。

「わたしだって……本当はとても怖いんだ」

 葵のそんな言葉を聞いたのは、町外れのだいぶ遠くまで怪物を追いかけてしまったときの帰り道だった。その時の光景は、よく覚えている。街灯もない、人通りのない町外れの暗闇に覆われた道をふたりで手をつないで歩いていた。あまりにも意外な言葉だったからか、そのときの葵の口調だって鮮明に覚えていた。

「葵も……怖いの?」

「怖いよ……とても怖い。足がすくむこともある。茜がいてくれなかったら、もっと怖かったんじゃないかと思う」

 葵のその言葉にびっくりすると同時に、わたしはすこしだけ安心したこともよく覚えていた。少なくとも、わたしが葵のお荷物にはなってなかったことが、そして葵だってやっぱり怖いんだってことが。

 だから、そのときにそっと強く握った葵の手の温かさも。少しだけ震えていた葵の手のことも覚えている。その手を離したら、もう二度と会えなくなるんじゃないかって思っていたことも、忘れようがない。

「……月が、笑ってるね」

 葵の言葉に釣られるようにわたしが顔を上げると、冷え冷えとした東の空に、十六夜から大きく欠けた月がぽっかりと浮かんでいた。

「……大丈夫だよね、わたしたち」

「うん、きっとだいじょうぶ」

 わたしたちが吐く息は、白く曇っていた。葵がぐっと強く手を握る。

「……離れ離れになっても、きっとまた会える。また手をつなげる」

 葵がつぶやいたその言葉は、なんの魔力もないただの言葉。でも、わたしには葵が自分自身に魔法をかけようとしているように聞こえた。

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