第3話 真夜中パーキングエリア

 サービスエリアの停車枠に車を止め、スターターボタンを押す。エンジンが止まり、メーターの灯りが消える。ドアを開けると、冷たい空気が車の中へと流れ込んできた。

 車を降り、そっと吐いた息が一瞬だけ白く曇ってから消える。

「おつかれさま、はい、これ。いつものだけど」

「ありがとう」

 一足先に降りた浅葱が差し出したのはマックスコーヒー。荷物置き場と化している後部座席に、浅葱が一箱常備しているものだ。

 甘ったるいコーヒーを一口飲むとドアを閉める。電子キーのボタンに触れると、ハザードランプが点滅してドアがロックされた。電子キーから提げた、ステッキをかたどったストラップが揺れる。

 だだっ広い、まばらに車が停められた駐車場の外れに停めてしまったおかげで休憩スペースの灯りが遠い。ずいぶん北に来たせいか、家を出るときに羽織ってきたコートでは肌寒かった。

「……浅葱は信じてくれるんだね、わたしの話」

「まあね」

 夜も遅いせいか、お菓子や冷凍食品の自販機が並んだ休憩スペースは人影もなく広々としていた。それでも、暖房だけはよく効いていた。その真中で、浅葱はブラックコーヒーを片手に肩をすくめる。

 そう、意外なことに浅葱はわたしの話を疑いもせずに聞いてくれた。葵のことも、魔法のことも、魔法少女に変身して箒で空を駆けたことも。

 運転をしながらだったから表情は見えなかったけど、相槌だけでも浅葱がわたしの話を疑ってないのはよくわかった。あまり理解してもらえないことが多いけれど、浅葱は声にもよく感情が出るのだ。おかげで声だけ聞けば、浅葱がどう感じているのかだけはだいたい分かる。

 わたしが葵と初めて出会ったとき、葵が空から落っこちてきたことや、面白そうなものを見つけたら周囲をのことなんて忘れてどんどんどんどん突き進んでいってしまう葵にうんざりして大喧嘩してしまったこと、ふたりで掛け合った魔法の暖かさや空飛ぶ箒に乗ったときにじゃれあったこと。わたしの話に相槌を打つ浅葱の声は、星の話やコーヒーのこと、いま興味を持っているものについて語るときと同じ音色を帯びていた。今も、大好きなブラックコーヒーがあるからか浅葱はとても楽しそうだ。どういうわけか浅葱は、コーヒー豆の良し悪しは気にしないのに砂糖やミルクの有無、それとコーヒーの温度にはうるさい。猫舌で甘党のわたしには信じられないことだが、浅葱は熱々のブラックコーヒーを愛していた。

「街まではどれくらいかかる?」

「うーん、もうそれほどないから……朝方にはたぶん、つくんじゃないかな」

 マックスコーヒーをわたしが飲み干すと同時に、浅葱もブラックコーヒーを飲み終えた。ゴミ箱のなかで空缶が音をたてる。

 自動ドアが開くと、外の冷たい空気がどっと流れ込んできた。扉から一歩、二歩と離れると足元が暗がりに包まれる。吐く息が白い。頭上に目を凝らすと、視界の隅で星がまたたいた。ラジオニュースで言っていた、異変の現れている星というのはどのあたりなのだろう。月は、雲の影に隠れているのか見えなかった。

「そういえばさ。……茜は、魔法少女になって何かと戦ったりしていたの?」

 浅葱の言葉に思わずわたしは一瞬、息を止めてしまう。思わず、まじまじと浅葱の顔を見返すと、浅葱は気まずそうに目をそらした。その向こうの暗がりが目に入る。手袋をつけていない指先から、寒さが染み入るようだった。スマートキーを強く握ると、出迎えるようにハザードランプが点滅する。急ぎ足で運転席に滑り込み、エンジンをかけるとルームランプが点灯し、わたしはようやくほっと息をついた。

「ごめん茜、そんな無理に聞きたかったわけじゃないの……ただ……」

 大慌てで助手席に転がり込んできた浅葱が頭を下げる。たまに、浅葱はびっくりするくらいカンがいい。

「……あったよ」

「え?」

「あったんだ。戦いは。わたしたちは、戦ってたんだ」

 たぶん、わたしが否定したら浅葱はそれ以上食い下がってくることもないのだろう。無理に聞き出そうとすることもないんだと思う。

 けれども、フロントガラスの向こうに広がる暗闇はわたしひとりで直面するにはあまりにも暗すぎた。


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