第2話 15年前・冬
ホップ、ステップ、ジャンプ。
スキップするたびに、わたしの体は電信柱のてっぺんから隣の電信柱へと飛び移る。電信柱のてっぺんを踏むたびに町並みが足元に消え、ぽっかりと夜空に浮かんだ月のうさぎに手が届く。こんなに軽々と、普段ならとてもできないくらい遠くまでジャンプできるのも魔法の力のおかげだった。変身していないわたしだったら、とてもこんなことはできない。五十メートル走は十二秒二三、跳び箱は四段でも飛び越えられない、逆上がりはできない。とにかく、体育の成績が平均点以上になったことのないわたしではこんな離れ業とうていできない。
「ごめん葵、待たせたかな? ……って、あれ?」
待ち合わせの電信柱に着地して周りを見回しても、肝心の待ち合わせの相手の姿はそこになかった。電信柱のてっぺんからあたりを見回すと、少し離れた道路の真ん中に見慣れた背中があった。電信柱からひとっ飛び。わたしとおそろいの、お互いの名前と同じ色のストライプで彩られたワンピースを着た少女の横に着地する。横から覗き込んでみると、葵はごろごろと喉を鳴らす野良猫の腹をさわさわと撫でていた。
「葵?」
わたしが声をかけると、我に返ったように葵が顔をあげる。「茜!」
葵が脇の下に手を入れて持ち上げると、にょーんと猫の胴体が伸びる。この上なく楽しそうな表情で、葵が立ち上がった。
「すごい! この子のお腹とても柔らかいしかわいい! それにこんなに胴体が伸びる! マホー餅でもこんなに伸びないよ!」
みゃーん、と困ったように鳴き声をあげる猫を気にする様子もない葵に、思わずわたしは苦笑してしまう。好奇心に素直なのが、葵のいいところでありちょっと困ったところでもあった。
魔法の国からたった一人でやってきた、わたしの大切な友達。そして、もうひとりの魔法少女。それが葵だった。
「猫なら、魔法の国にもいるんじゃないの?」
「いるけどいるけど! こんなに柔らかい子、初めてだよ!」
そう言って楽しそうに葵はくるくると回る。そのたびに、スカートの蒼いラインがきらきらと月の光を映した。葵にとって、どんなものであってもなにかしら新鮮なところがあるらしい。
「ねえ葵、そろそろ行きましょ」
困ったように鳴き声をあげる猫がさすがに心配になってきてわたしがそう声をかけると、葵はタタン、とステップを踏んで頷いた。地面に下ろされた猫がみゃあ、と一声だけ啼いて街頭に照らされていない暗がりへと去る。
葵が腰からぶら下げていたピロロトポルンを振ると、ピロロトポルンが魔法のほうきへと姿を変える。
「それじゃあ、行きましょう!」
魔法の国の、魔法のステッキが姿を変えたほうきにまたがった葵が地面を蹴り、空中へ浮かび上がる。一歩遅れて、わたしもピロロトポルンをほうきに変え、空中へ舞い上がる。跳び箱より高く、鉄棒より高く、屋根より高く、電信柱よりも高く。あっという間に、町並みが足元へ消え去る。
雲を抜けると、星空の只中に浮かび上がった。十六夜より、だいぶ欠けた月が笑っていた。吐いた息が月明かりの中で白く光り、あっという間に彼方へと流れ去っていく。
空へと舞い上がると海から吹き付けてくる風が首筋を撫で、思わず体が震える。魔法少女服の襟元は短かったから、冬はどうしても肌寒くなってしまう。
「ピロロト、ペペリト、リェータポロン」
やっぱりマフラーを持ってくればよかったかなぁ、とほうきの上で寒さに身をすくませていると葵の声が聞こえた。吹き付ける冷たい風がぱったりとやんで、布団のような温かさがわたしを包む。目を上げると、片手をわたしに向けた葵がにっこりと微笑んでいた。葵の息が月明かりを浴びて夜空に白く浮かび上がり、寒さにさらされた頬が紅く上気している。
わたしは頷くと、葵がしているのと同じように片手をあげた。
「ピロロト、ペペリト、リェータポロン」
指先をそっと振ると、春風の魔法が溢れ出す。葵の顔に、一瞬ぽかんとした表情が浮かぶ。にっこりと微笑んだ葵の吐く息は、もう白く曇っていなかった。
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