第2話

 僕たちが辿るべき移動経路は、あらかじめ『手紙』に記されていた。

 なんとか予定通りに着陸できたのか、手紙が僕らの着陸地点を正確に言い当てたのか、どちらが正しいかはわからない。

 はっきりしているのは僕たちに与えられた道筋が、巨石構造物へ向かえと指示していることくらいのものだ。


 近付いてくる壁は、自然石というよりはコンクリートやアスファルトの類であるように見えた。ただし、僕の知るそれらと比べて壁は随分と暗色寄りをしている。墓石めいた表面を、奇妙な幾何学模様が縁取っていた。

 壁には人ひとりがなんとか通れる程度の穴がぽっかりと口を開けている。

 道筋はいまだ道半ばだ。壁の上部へ登れるような足掛かりもない以上、ここから壁の内部へ入れということだろう。

「なんというか、茶室の入り口を思い出すわね」

 腰を落として中を覗き込む銀葉先生は苦笑交じりだ。穴の縁を念入りに手探ると、自分の身体が無事に通り抜けられるか、装備の類をもう一度確認する。

「武器は置いて行った方が良いです?」

「それはどうかしら。私は単にこの入り口が私たち向けに作られているわけではない、ということだと思うわ。それより、通信ビーコンをお願い」

 いくら無骨な宇宙服を着ているとはいえ、四つ足で這い進む女性の姿はまじまじと見つめるものではないと思うので、僕は通信の中継器を設置すると、視線を外して、視界の左右を地平まで広がる荒野に向ける。

 壁にはよく見るとそれぞれに、目の前にあるものと似たような、出入り用と思われる穴が穿たれているのが見て取れる。

 まるで無秩序に広がっているようにしか見えないが、軌道上からの視点で見たそれには明確な規則性が感じられた。巨石構造物に侵食される外部との境界部分の違和感に着目すれば、地形的な条件を無視し、周辺の環境を上書きして広がっているのだと理解できた。

 正確なサイズ感など把握できるはずもない。巨石構造物は遥か高空から見下ろしてなお、地平線の向こうまで途切れずに続いていた。

 ひとまず中に危険がないという先生の言葉を聞いて、僕も入り口をくぐり抜ける。

 壁の内部は、真っ直ぐに続く通路状の造りになっているようだった。照明を含め、何らかの機能をもった内装の類は一切ない。先生に習って宇宙服に備え付けの照明を灯すと、冷たく光る壁面の模様が僕を出迎えた。

 そこからしばらく、代わり映えしない通路を歩き続ける。


「――やっぱり、這って動く生き物の通る道を、私たちが立って歩けるのは不自然だわ。ここは似たような体構造を持つ生物の作る巣と、まるで似ても似つかない」

 通路に二人と一機分の足音だけが反響していたのはほんの数分の事、もともとお喋りな質の先生はこれまで目にしたものに対する思索を広げ始めた。

 僕はお喋りに夢中になって通路の変化を見逃さないよう、忙しなく周囲に目を配る。

「そりゃあ、似てないのは当り前じゃないですか? ゴリラの寝床とエンパイアステートビルを比べたって、共通点なんて見つけられないでしょうに。通路の大きさは、わざわざ僕たちのために造ってくれたってことなんじゃないです?」

 それもそうね、と先生は小さく呟くのだが、やはり納得には至らない。

「じゃああの入り口は? 通路を私たちに都合よく作るなら、入り口も私たちが楽に通れる大きさに作ってくれればよかったのに。恒星間航行の出来る知的種族の星に、排除しなければいけない外敵でもいるっていうの?」

 そう言われると、僕としても答えに困る。何とか頭を絞って先生の疑問に理由を想像してみる。

「ここは母星じゃなくて、前哨基地かなにかなんでしょうか。僕たちを呼んだのは別の敵対的な宇宙人の侵略にあっての、救難信号とか」

 あまり頭に無かった考えなので、道中の暇つぶしとしては考察しがいのありそうな発想ではあるけれど、仮にそうだとすると、超越知性が手に負えない外敵を相手に、僕たち人類が役に立てるとは到底思えない。

 僕たちはいったい何をさせられに、この場所へやってきたのだろう。

 仮定の上に仮定を重ねた土台の上で考察をしたところで、答えは迷子になるばかりだ。通路は相変わらず真っ直ぐで、迷子にならないのはいいが、いくらなんでも飽き飽きしてしまう。どれもこれも、こんな変わり映えの無い順路を設定した超越知性の責任である。

 案内でも寄越してくれればいいのに、と思って視線を前に戻した時、それはライトに照らされて通路に浮かび上がった。


「先生、なにか、居ます」

 まだよく見えない。

 目を凝らして、それが見間違いではないことを確かめる。

 あるではなく居ると口にしたのは、遠目に見えるその形状が、『手紙』にあった生物の姿に見えたからだ。

 向こうに動く気配はない。ならばこちらから動くほかないだろう。

 先生と無言で示し合わせて、僕たちはゆっくりとそれに近寄っていく。

 足運びに合わせて揺れる照明に、の陰影がうごめく。

 それは、一言で表すなら、ハンドボール程もあるでかいダンゴムシだ。

 『手紙』に記された特徴そのままの生物が、通路の真ん中を陣取るように道を塞いでいる。


 いつだれが呼び始めたか、その生物は実在する戦車になぞらえて、フファットの愛称で呼ばれている。

 彼らは装甲板に見立てられる甲殻の他に、人々が砲塔に例えた特徴的な一本角を持っている。今僕たちの目線の先にいる個体の角は、敵意が無いことを示すようにぴったりと地面に伏せられていた。

「思ったより、小さいみたいね」

 身体の細部まで見分けられるくらいまで近づいた辺りで、隣の先生が呟いた。

「僕としてはこれより大きかったら、ひっくり返って泣き出してると思いますね。怖すぎて」

 正直に言って、ダンゴムシの類のデザインが、僕はあまり好きになれない。特にフナムシは最悪である。思い出した瞬間、僕の足は通路に張り付いた。

 連れが役に立ちそうにないことを察した先生は、尻込みする僕を置いて先に進んでしまった。同伴するカーゴくんまで僕を置いていくのを、僕は足を止め、情けなくも見送ることにした。


 膝立ちになった先生が、フファットの角に手を伸ばす。その後ろにぴったりと寄り添うカーゴくんもまた目線を合わせるようにしゃがみ込むので、この場で僕だけが頭が高いまま突っ立って状況を見守っている。

 先生の身体にフファットが隠れて、何をしているのか全く見えないまま、長いような、短いような時間が経った。 

 ふいに、ずっと前のめりだった先生が上体を起こし、それに合わせてカーゴ君が音も立てずに二歩だけ後ろ退る。

「伽君」

 先生が振り返りもせずに僕を呼んだ。

 僕は返事の代わりに生唾を飲み込んで、まばたきもできずに次の言葉を待つ。


「……死んでるわ、彼。彼女かも知れないけれど」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る