大いなるものに捧ぐ
狂フラフープ
第1話
有史以来、人類は惑星の覇者であり続け、ヒトの形をしていない絶対者というものは、想像上にのみ存在していた。
だからこれが、人類が初めて出会う人知を超えた大いなる存在、ということになる。
後に歴史的瞬間として語られることになるであろう竜骨座115番星bへの着陸は、ひどくみっともなく、それでいてつつがなく終わった。
なにせ僕は地球以外の地球型惑星に降り立つことになるなどとは少し前まで夢にも思っていなかったし、そのための訓練など欠片も受けていなかった。
とはいえ船の制御AIは大変優秀で、地球から僕らを見守るサポートチームが夜なべして作ってくれた手引書もある。
ボタンをひとつやふたつ押し間違えたこと程度はミスの内にも入らないが、一応このことは後世の教科書やウィキには載せないでいてくれるとありがたい。
大気圏突入用のゲル状ソファから体をはがして何とか立ち上がった。
人類史上初となる知的存在とのファーストコンタクトを任されたという事実に、僕はまるで現実感が感じられなかった。どんなに理由を探しても、僕は大いなる種族の母星へ繋がるスターゲートが開いたとき、その近くにいたふたりの民間人のうちのひとりというだけでしかないのだ。
けれどここで助けを求めたところで誰もそれに応じることは出来ないだろう。
そもそも全ての人類はただひとりを除いて天文学的距離の彼方にいるし、僕がこれからやる仕事を、過去にやり遂げたことのある人間は地球上にひとりもいない。
「伽君、大気成分の分析が終わったみたい。準備が出来たら外に出ましょう」
隣にいる銀葉先生から通信が入って、意識を現実に引き戻された。無論着陸して終わりというわけもないので、僕にはまだまだこれからやることがたくさんある。
銀葉先生は先生と呼ばれるご身分ではあるのだが、別に宇宙開発の大先生というわけではない。普段は学校で教鞭を執っているタイプの観光客というだけで、宇宙に関しては門外漢のド素人である点では僕と同じである。
同じであるはずの銀葉先生と僕とで、こうまで落ち着きように差があるのはやはり年の功だろう。僕は別に、少なくとも見た目は若い銀葉先生の正確な年齢について情報や証拠の類を持っているわけではないが、賭けてもいい。女言葉で喋る女性が若い女の子であるはずもない。
そんなことはどうでもいい。
意思が脳みその手綱を取れていない。
閉じたエアロックの先に待ち構えている歴史的瞬間に対して、なぜこんなことを考えているのかと自問する。
しかし歴史の先輩方とて頭の中にはしょうもないことを浮かべていた可能性は否定できない。歴史のフロンティアに際して僕とニール・アームストロングのどっちがより下らないことを考えていたのかは、お天道様にだってわかるまい。なにせ十四光年も彼方の出来事である。
アームストロングと言えば。
彼はあの瞬間、月に降り立つ最初の人類として気の利いたコメントの事を考えていたに違いないな、と思いつく。となれば僕も太陽系外惑星に降り立つ最初の人類の第一声に頭を捻り続けた。
結論から言うと、僕が悩んでいる内にさっさと降りた銀葉先生に声を掛けられて生返事で追いかけてしまったので、太陽系外惑星に辿り着いた人類一人目の最初の言葉は「どうしたの?」になったし、二人目は「あ、すぐ行きます」になった。その事に気が付いてものすごくがっかりしはしたが、済んだことなのでもうどうしようもない。どうせアームストロングだってかの名言を言い間違えている。
事の発端の話をしよう。
すべての始まりは八年と四ヶ月前、全世界に向けて何者かが送り付けてきた手紙だ。
156MHzの電磁波でできたその手紙は星間航行に必要なあらゆる理論と共に、彼らの母星と思われる惑星の座標、そしてとある未知の生物種の外見的特徴が記されていた。
世界は壊れた電気ポットのごとく沸き立ち、上と下とはひっくり返り、言われるがままに組み上げた量子演算機は、これまで我々人類が存在の確証すら掴めずにいたスターゲートの出現とその位置を予見してみせた。
そしてその予言通りに現れたスターゲートをはじめて越えたのが僕と銀葉先生の乗る宇宙船であり、示された母星こそ竜骨座115番星bなのだ。
未知の知的生命体と接触するべく、宇宙服に身を包んで歩を進める。
僕と先生が単なる民間人であることからもわかるように、手紙によってもたらされた人類の飛躍の全ては順風満帆に進んだわけではない。
まず、与えられた理論を宇宙先進国の国家機関が現実的な設計に落とし込むのに丸五年、その間に盗まれた試作案から大雑把に作られた宇宙海賊船がいくつかの歴史的快挙を掠め取ってしまったというのだから、宇宙開発の常識など面目丸つぶれも良い所である。如何に億万長者とはいえ、二流国の一個人が違法ダウンロードした海賊版の船で偉業を達成する様は、長く忘れ去られていたフロンティアドリームを人々の胸に植え付けるに十分過ぎた。
夢は人々を宇宙へ駆り立て、なしくずしに星の海に船出していく船乗りにより地球の静止軌道が世界一と称される賑わいを見せる一方、手紙の解読は行き詰まりを見せる。
太陽系惑星の軌道上に多くのステーションが築かれ、地球ー火星間にいくつもの商業航路が開通するに至ってなお、ほんの数週間前まで観測さえ出来ずにいた。
いくつもの技術的な断崖を一足飛びに飛躍した筈の人類が成し遂げられたのは、結局のところ、ゲートが消失する前に近傍に居合わせた民間船をほとんど何の用意もないまま飛び込ませる程度のことである。
地球以外に着陸する予定がなかった以上、僕たちの宇宙船には探査用ビークルといった便利なものはない。あるのは精々運搬用足付きカートのカーゴくんくらいのもので、頼りになるのは自前の足だけ。右を見ても左を見ても、振り返ってさえ、果てなく荒野が広がっている。
ただ唯一、僕らの目指す先にはまるで断層のように、見渡す限りに平屋ほどの高さの壁が立ち上がっている。
着陸シーケンスが始まる少し前、僕たちは惑星を見下ろしながら、軌道上からすら観測できる途方もない大きさのそれを、
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