第34話 振り返らなくても奴は来る

 「全然小さくないじゃない。私からしたら豪邸だよ」


「いやいやそれは言い過ぎだから。家族が多いから住めばそんな事ないよ」


 家の前に着くと望月さんは呆けた様子で家を眺める。


「確か九人家族だっけ?」


「今は八人だよ。上の姉が独立して先月出て行ったから」


「なんか私の家を見せるのが恥ずかしいくなってきたよ」


「だから言うほど大きくないから。俺の部屋なんて六畳しかないし、快適とは言えないよ」


 一階の玄関からは入らず、今日も二階から帰宅することになった。

 婆ちゃんはいいけど、爺ちゃんに会えば面倒だしな。時間的に既に道場に向かっていると思うけど、もしかしたらってこともあるし。


「聞いてた通り両方に玄関があるんだね。二世帯なんて初めて見たよ。それに花もとても綺麗だしすごく丁寧に手入れされているのが分かる」


 階段を上りきり、一階の和風な玄関とは違い、両脇に咲くプランターに植えられた花がとてもマッチした欧州風な玄関が現れる。これらは全ての花は母の趣味で、階段の途中にも鉢が置かれ、季節によって色々な様相に変わる。


「母の趣味なんだよ。昔からガーデニングとか趣味でやっててね。俺はあまり興味ないから花の名前何て分からないけど、上の姉なんかは結構好きみたいで、母とよく世話をしてたよ」


「私もそこまで詳しくないけど、お花の管理って意外と大変なんだよ。水をあげる量で花の大きさが変わったり、咲く長さも変わるし、栄養をいっぱい与えれば良いという訳じゃないから」


「へーそうなんだ。俺なんか適当に水をやってれば勝手に咲くと思ってた」


「咲くには咲くだろうけど、想いを込めればそれだけ返ってくるってお祖母ちゃんが言ってたわ」


 プランターの前にしゃがみ込み、黄色く色づいた花を愛おしそうに眺めている。


「お婆さんも花が好きだったんだね」


「うん。お爺ちゃんの家に割かし大きめな花壇があるんだけど、私とお爺ちゃんでお世話してるの。分からない事があればお祖母ちゃんに聞けば大抵は何とかなるよ」


 ん? お祖母ちゃんはもう見えなくなったというか、居なくなったと言ってなかったっけ?


「望月さん、おばあ・・・」


「英幸、あんたこんなところで何してんの?」


 声が聞こえた方を振り返ると、エコバックを両手に抱えた母が階段を上がってくる。

 

「何って、別に少し花を見てい・・・」


「あら、お友達・・・・・じゃなくて、もしかしてあんたの彼女? だったらちゃんと挨拶しなくちゃね」

 望月さんを見るなりギアチェンジしたようだ。上るスピードが加速する。そして上りきるなり両手に持っていた荷物をノールックで俺に手渡す。視線は彼女に釘付けの様だ。


「彼女は俺のクラスメ・・・・」


「遠くから見て思ってたけど、こうして間近で見るとやっぱり可愛い子じゃない。あんたにはもったいないわね」


 俺の話をいちいち遮る母に少しイラっとしながらも望月さんを紹介することにする。

 母に『今説明するから黙ってろ』と視線で訴えると、『はいはい』と言いたげにしている。


「彼女は望月さんで、ただのクラスメートだ。この後徳瀬の家に泊まりに行くから、その前に家で少し話をしようって事で来てもらっただけだから」


「初めまして、望月深陽といいます。英君にはとてもお世話になっていて、今日も色々と相談に乗ってもらおうとお邪魔させてもらう事になりました。ご迷惑かもしれませんが、よろしくお願いします」


「迷惑な何て全然。逆にうちのバカ息子がご迷惑かけてなければいいのだけど。それで望月さんは・・・ミヨウちゃんで良いわよね。ミヨウちゃんはどの辺に住んでいる子なの? 今まで見た記憶が無いから別な中学なのかな? それにいつから仲がいいの?」


「えーと・・・」


「母さん、馴れ馴れしくし過ぎだし、望月さんが困ってるだろ」


 母の攻勢にたじろぎながらも笑顔を崩してはいない。だが戸惑いの色は隠せては居なかった。


「あら、ごめんなさいね。それじゃあ家の中でゆっくり話を聞かせてもらおうかしら」


「いやしないから。母さんは夕食の準備とかで忙しいだろ」


「少しくらい大丈夫よ。それに今日も杏莉ちゃんが手伝ってくれるって言ってたから全然余裕よ」


「今日は勘弁してくれ。さっきも言ったけど彼女はこの後徳瀬の家に行くんだよ。だからあまり時間はない」


「だったら彩乃ちゃんも家に呼んで、一緒にご飯を食べてから彼女の家にお泊りしに行くって言うのはどうかしら?」


「それじゃ徳瀬にも迷惑掛かるだろ。というか勝手に話を進めないでくれ。望月さん悪いけど玄関開けてくれないかな」


「う、うん。荷物一つ持とうか?」


「大丈夫、すぐ置いて来るから」


 両手が塞がっているので彼女にお願いし開けてもらう。母の方を見て申し訳なさそうにしていたが、このまま話し続けると、徳瀬共々泊っていけと言われかねない。


「あらー、女の子を使うなんて良い性格してるわね」


 お前が荷物持たしたんだろうが。荷物置いたらさっさ自分の部屋に行こう。


「お帰り英にぃ」


 一難去ってまた一難。嫌な予感しかしない。

 今度は玄関を上がった先に杏莉がキンタローを抱えてこちらを向いて立っていた。


 前門の杏莉、後門の母春子。どうやら逃げ場を失ったようだ。

 頼みのキンタローも今は杏莉の腕の中で気持ちよさそうにしている。


「お、おう、ただいま。ところでどこか行くのか?」


「ううん。玄関先で話し声が聞こえたから、なんだろうなと思って見に来ただけ」


 まじまじと望月さんを見ながら言う。


「こんにちは、もしかして杏莉さんかな?」


 そこですかさず望月さんが話し掛ける。 


「そうですけど、えーと・・・・」


「望月深陽と言います。英君のクラスメートで、今日は少しお家にお邪魔させてもらうね。それと杏莉さんの事は英君から少し聞いてるよ。とっても可愛くていい子だって」


 俺そんな事言ったか? でも間違っては無いから否定は出来んな。


「えへへ、英にぃがそんな事を・・・・」


 こっちを見て嬉し恥ずかしそうにする杏莉。これで終わればいいのだが・・・・。


「初めまして、浅海杏莉です。訳あって今この家にお世話になってます。英にぃには小さい頃から現在に到るまで良くしてもらっているので、英にぃの事を知りたかったら私に聞いてくださいね」


「おい、お前言うほど俺の事知らないだろ。一緒に暮らし始めたのだって最近だし」


「でも英にぃの恥ずかしいアレとか、苦手なそれとか色々知ってるよ。この間だって・・・・」


「分かった分かった。私が悪かったです。杏莉さんには明日好きなものを買ってあげますのでその辺にしてください」


 後ろめたいことは何もないが、言われた時点で負けが確定したようなもんだ。ここはさっさと終わらせるのが得策だ。  


「杏莉ちゃん、英幸の恥ずかしいアレって部屋にあったベタなやつかな?」


 後ろから追撃が発射される。既にロックオンされているこの状況では逃げることが難しい。


 それに俺の部屋にはそんなものがある訳ない・・・・・・・・・と思う。


「そう、ベタなやつですよ春子さん。男の子ですから」


 心当たりは正直ないが、なんだろうこの例えようのない不安は?


「ふふふ、皆さん仲が良いんですね。部屋のアレは気になるけど、このままだと不貞腐れてアレと一緒に英君が部屋から出てこなくなるかもしれませんよ。そうしたら明日杏莉さんも一緒に買い物に行けなくなるかもしれないど良いんですか?」


 隣から助けが入る。だが前後の敵は手強い。助け船が泥船にならなければ良いのだが。


「それは困る。ていうか英にぃ、ミヨウさんに明日の事話したんだ・・・・。だったら明日私達と一緒に買い物に行きませんか?」


 母と同じく勝手に話を進めようとする杏莉。早く部屋に行きたいんだが・・・・・・。


「ごめんなさいね。嬉しいお誘いだけど明日はちょっと無理かな。今日はお友達のところにお泊りして、明日はお昼頃には帰らなくちゃいけないの」


「杏莉、初対面の人をいきなり誘うのはどうかと思うぞ」


「あら、別にいいじゃない。ミヨウちゃんとてもいい子そうだし、あんたが家に連れて来るくらいなんだから杏莉ちゃんだって仲良くなりたいわよねー」


「春子さんの言う通りだよ。でも明日は駄目なのかぁ、残念」


「もういいか? いいなら荷物置いて来るから。望月さん、先に部屋を案内するから上がって」


 無理やり話を終わらせ望月さんを家に上げる。これ以上何を言ってきても、キリが無いからスルーするつもりだ。


「うん。お母さん、杏莉さんお邪魔しますね」

 

「どうぞごゆっくりー。後で飲み物持っていくわよ」


「いえお構いなく」


「私も後でお邪魔するね」


 悪戯っぽくウィンクするその仕草に若干の本気さを感じる。


「本当に邪魔しそうだから勘弁してくれ」


「今日はちょっと二人だけで話したいことがあるから、ごめんね杏莉さん」


「ミヨウさんが言うなら仕方がないか。それと杏莉で良いですよ」


「呼び捨てはちょっと・・・・。それなら杏莉ちゃんって呼んでいい?」


「全然OKですよ。では改めてミヨウさん、英にぃ共々よろしくです」


「こちらこそ宜しくね、杏莉ちゃん」


「だったら私の事は春子さんって呼んでちょうだいな」


 どこまで絡んでくるんだよ我が母は。杏莉にそう呼ばれているからって調子に乗ってないか?


「分かりました春子さん。今後もよろしくお願いします」


 軽く頭を下げてから、顔をこちらに向ける。


「それじゃ行くから。絶対部屋に来るなよ杏莉」


「分かってるって。ミヨウさんが帰るときは絶対声かけてよね」


「おう、そのくらいなら別に構わんよ。さあ行くよ望月さん」


 急いで靴を脱ぎ望月さんを部屋に案内して、少しの間待っていてもらう。


 やっと解放された。でもキッチンに荷物を置きに行く際、また捕まらない様気を付けねば。



 リビングには母しか居らず、杏莉は自室かどこかに居るらしい。

 これ幸いと急いで荷物を置き、冷蔵庫からペットボトルのお茶を二つ取り出してから速足で出て行った。

 母は何も言わなかったが、視線が合った時不気味な笑みで俺を見ていた。当然見なかったことにする。


 自室に戻る時、キンタローがのそのそと廊下を歩いていたので連れて行こうと思ったが、捕まえようと手を伸ばした瞬間、走って逃げられてしまった。いつもは簡単に捕まえられるのに、今日に限って嫌がるなんて何かあったのだろうか?



「お待たせ。さっき甘いの飲んだからお茶で良いかな?」


 部屋のドアを開けるといつもとは違う光景が目に飛び込んでくる。


「ありがとう。それにしても春子さんも杏莉ちゃんも明るくて面白い人だね」


 ベットの横で正座しながら待っていた彼女の姿勢はとても似合っていた。


「まあ、否定はしないよ。取り敢えず足を崩してリラックスしなよ。俺の前で遠慮しなくてもいいよ」


 部屋の隅に立てかけてある小さめの脚折りテーブルを彼女の前に出し、その上にペットボトルを二つ置く。


「そうね、じゃあお言葉に甘えて」


 お尻を床に着け、両方のつま先を自分の左側に向ける。女の子座りの片寄せバージョンとでも言うのかな?

 しかしスカートから出る白くて綺麗な生足が強調されている様で思わず生唾を飲む。隣に置かれた鞄の中に彼女の下着があると思うと、どうしても目のやり場に困ってしまう。

 というか全体的に無防備というか、気を許し過ぎな気がする。


 いかんいかん。そんなことを考えている場合ではなかった。前に進むために真面目な話をしなければ。


「それで俺から聞いてもいいのかな?もう少し聞きたい事とか分からない事が結構あるんだよね」


 視線に気を付け彼女に悟られない様自然に話を切り出す。


「私も聞きたい事と話したいことがあるけど、英君からでいいよ」

 

 置いたテーブルに彼女と挟むように座る。


「さっき言いかけたけど、望月さんのお婆さんってその、まだ見えるというかまだ居るのかな?」


「え?私お祖母ちゃんが居なくなったって言ったっけ?」


「確か一昨日昔の話を聞いた時行ってた気がする」


「うーん・・・・」


 首を傾げ思い出そうとしているみたいだ。そして数秒の後真相を明らかにする。


「私はお祖母ちゃんが幽霊なのかは、その後現れなかったと言っただけで、翌日にはまた現れて今でも頻繁に会ってるよ」


「そうだったの? 流れ的にお婆さんは居なくなったと思ってた。だってよくある話でしょ。真実を暴かれた後消えてしまうとか」


「そんな事言われても居るものは居るし、お祖母ちゃんには今でも色々と相談にもらってるよ。私が見えるのを知っているのはお祖母ちゃんとお祖父ちゃん、そして英君の三人だけ。あなたに教えるまで話せるのは二人しかいなかったし、二人が居なかったら私もどうなっていたか分からない」


 やはり両親にはこの事を話していなかったんだな。何となく予想はしていた。


「ごめん俺がちゃんと話を聞いてなかったせいだね」


「ううん、私の説明が足りなかったのもあると思う。前にも言ったけど、どうやって霊が生まれるか分からないように、どうなったら霊が居なくなるかもハッキリとした事は私にもわからないの。経験からある程度予想は出来るけど、確証と言えるものは無いと思ってくれた方がいいわ」


 答え何てあって無い様な物かもしれないし、解明される日が来るとは到底思えないな。


「それは何となくだけど理解してるよ。でも俺が本当に聞きたかった事はたぶん望月さんの経験が役に立つと思う」


 望月さんの話を信じるならば、今からする質問に対し、彼女は明確な答えを持ち合わせている可能性が高い。


「今日望月さんが会った中で、憑依されていた人は何人いたのかな?」


 

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