第35話 何気ない事で気付くあれ

 「今日会った人の中で何人が憑依されてたのかな?」


 今日一日学校を過ごしていて感じた事だ。

 当然望月さんの話を聞いていなければ思いもしなかったし、気にすることも無かった。


 彼女の言葉を借りればそれは不確定要素が多いもの、確かめるには自分で見たものや経験したものを照らし合わせるしかない。

 だが俺にはそれが出来ない。ならば出来る人に頼るのが現実的だし、そうするしか方法が思いつかなかった。


「英君は気付いてたんだね」


「なんとなくだけどね。でもその答えを聞く前にもう少し俺の話を聞いてもらおうかな」


「・・・・いいよ。私も隠さず話すつもりだし、英君の話もちゃんと聞くよ」



「まずは今日前原さんと会う事が出来て本当に良かった。望月さんのおかげだね。昼も言ったけど感謝してるよ。それに俺自身も意外だと感じたんだけど、なんていうか割とすんなり会う事が出来た事に正直驚いている、勿論最初は緊張してたんだけど、ベットに座っていた彼女の顔を見て緊張している場合じゃないってすぐに思った」


「私も少し緊張していたし、でも英君と一緒だったから大丈夫だと思ってたよ。それに私も彼女の姿を見て現実を突きつけられた気がしたわ」


「望月さんも見てわかったと思うけど、彼女はかなり憔悴している様に見えた。でも空元気なのかな、俺達には心配させないために無理をしていた。これは間違いないと思う」


「私もそう思った。でもそれを本人に問うのは間違っていると思ったから、気付かない振りをしてたわ。英君もそうだったでしょ?」


「ああ。でも言い方は悪いかもしれないけど、まだ空元気でいられる余裕があるとも考えられるんじゃないかな」


「確かにそう捉えることも出来るけど、私はそこまで余裕があるとは思えない」


「前原さんって一人で問題を抱えて思い詰めてしまう事が昔からよくあったんだ。でも大抵は徳瀬が気が付いて話を聞くなり、場合によっては陰から見守ったりしていた。今回はどこまであいつが踏み込んでいるかは分からないけど、問題自体は明らかな訳だから徳瀬なりに考えて行動しているはずだ」


「私から見ても彼女はとても献身的で、前原さんの一番の支えになっていると思う」


「だからこそ不安というか、もし違っていたら良いなと思ってしまえる程、俺の予想は当たってほしくないんだよ」


「残念だけど英君の予想は当たっていると思うわ」


「それじゃあやっぱり・・・・・」


「ええ、間違いなくナツは何かに取り憑かれているわ。段階は中程度って言うところだと思う。でもどこで気が付いたの?」


「おかしいというか、もしかして、と思う事が幾つかあったんだ。最初は彼女の顔を見た時。これは単純に憔悴している姿から自分自身の経験を照らし合わせ、そしてその可能性を感じた」


 自分も追い詰められていた当初、彼女と同じように家族には心配かけまいと精一杯の対応をしていた。それは周りから見たらやはり空元気だと気づかれていたのかもしれない。


「次は食事をする前だったかな。彼女にサンドイッチを分ける時、彼女の耳元で何か囁いていたよね。たぶんあれって俺にもしたように、何かしらのショックを与えて霊を追い払おうと、もしくは憑依の段階を緩めようとしたんじゃない?」


「ふふ」


 それまで真面目に聞いていた目の前の女の子は、口元が緩み優し気な表情になり、そして小さく笑った。


「どうしたの? おかしなこと言っちゃったかな。もしかして全く見当違いだった?」


「違うの、その通りだよ。でもおかしいとかそうじゃなくて、嬉しくなっちゃて」


「嬉しい?」


「うん・・・・・。大事な話をしているのは分かってる。だけど英君は私の話を本当に信じてくれてるんだなって思ったら、嬉しくてつい」


 つまり望月さんが俺に話した霊や憑依の事を、俺が信じている前提で進めていると思ったから嬉しくなったって事か。


「霊とか憑依とかさ、正直言うと完全に信じている訳じゃないんだ」


 悪いとは思っているけど、嘘はいずれバレる。だったら今後のために俺の本心を彼女に伝えておこう。


「そう・・なんだ・・・・・・。でもどうして?」


 緩んだ表情に緊張が加わり怪訝な顔付きに変わった。


「だけど望月さんの事は信じてるよ。それも100%ね。だからその望月さんが言うならば、それを俺は信じようと決めてるんだ。矛盾しているけど、望月さんありきで考えていると思ってくれればいい」


「・・・・・どうして英君は平然とそんな事簡単に云えるのかなあ。それに100%なんて言い過ぎだよ」


 なぜか薄らと頬を桜色に染めて恥ずかしそうに俯き、語尾は段々小さくなっていった。

 そんな変な事言っただろうか?


「それくらい望月さんの事を信じているのは事実だよ。見えないものを信じるのは難しいけど、助けてもらって尚俺達のために立ち振る舞っている人を信じるのは簡単だよ」


「もしかしたら本当は霊なんか見えなくて構ってほしいから嘘をついている可能性だってあるのよ。本当だとしても別な意図をもってあなたに近づいた事だって考えられる。もしそうだったらどうするの?」


「真実はどうあれ望月さんが俺を助けてくれたことには変わらないよ。それに見ていれば分かるよ。一人で突っ走って、そしていざとなったら怯んでしまう。少なくとも狡猾な人はそんな事まずしないだろ。見える見えないは水掛け論になるだけだからどうしようも無いけどね」


「うう、突っ走るのは否定できない・・・・。英君って結構意地悪だよ。私も春子さんや杏莉ちゃんみたいにすればいいのかなあ」


「それは勘弁してくれ。あんなの周りに二人も居れば沢山だ。それより、前原さんの状況をもう少し詳しく教えてくれ。手が打てるなら早い方が良いだろ」


「それは良いのだけど、他にも憑依されているかもって思う人がいるんでしょう?」


「ああ。あと二人いる。一人目は望月さんまだ会った事無いと思うけど、同じ中学の後輩で一年の奈良崎華と言う女の子だ。もう一人は思い出したくないけど、玄関で会った進藤だよ」


「あの人かあ。彼は私が見た限りその可能性は無いわ。奈良崎さんって子は会ったことが無いから残念だけどわからないわ。その子も深刻な感じなの? もしそうなら早いうちに見てみるけど」


「いや、そうではないけど少し気になってな。昔とだいぶ雰囲気が変わっているからもしかしてと思っただけだ。進藤も以前はあんな奴じゃなかったから一応聞いてみただけだ。それに憑依は極稀なんだろ」


「うん。高校で見たのは英君と及川先輩、そして今日分かった前原さんの三人だけ。でも初期の状態だと意識して見ないと分からない可能性もあるから何とも言えないかな。特に一年生は顔を合わせたりする機会がまだ少ないから、見つかるとしたらこれからだと思うの」


「そうか、まだ三週も経ってないんだよな。その子のことザキって呼んでいるんだけど、近いうちに会うつもりだ。何か俺に話があるみたいだったんだが、今日はタイミングが合わなくて悪い事しちまったから、今度こちらから話し掛けてみようかと思ってる。もしその時都合が合えばよろしく頼む」


「全然構わないよ。でも英君はその子も可愛い子だからそんなに心配するのかな?」


「んん、どういう事?」


「英君の周りってなんか可愛い子多い気がするから。ナツや彩乃もそうだけど杏莉ちゃんだって驚くほど可愛かったでしょ。それに樹乃とも少し仲が良いみたいだし」


 その中に当然望月さんも入っているんだが、それは恥ずかしくて言える訳がない。

 前原さんや一応杏莉はそうだけど、残りの二人は・・・・まあ普通に可愛い方ではあるな。


「いやまあ否定も肯定もしないけど、どちらにせよ意図したわけではないからなあ。それとザキは何というか、昔は活発でみんなから好かれるタイプだったんだけど、今は特定の層からの需要が高いみたいな?」


 最後、また憲吾が移ったかな。


「特定の需要?」


「そこはあまり気にしないでくれ。とにかくザキについては後でってことで、前原さんの事だな」


「詳しくと言っても、さっき言った通り私の見立てでは中程度の段階としか答えることが出来ないかな。あと取り憑いている霊がどっちかまだ判断しかねるわ」


「どっち、と言うと?」


「簡単に言えば良い影響なのか悪い影響か、てことかしら」


「つまり弱っている彼女を助けている可能性もあるって事?」


「うん。度合いがもう少し進めば分かるのだけど、現状どちらとも言えないわ。でも弱っていた隙に取り憑いたのは間違いないと思う。彼女の気持ちがこれから落ち込んでいけば悪影響を及ぼしている可能性が高いし、反対であれば恐らくだけどどこかのタイミングで憑依していられなくなって出ていくと思うの」


「だったら何を言ったかは知らないけど、なんで彼女を動揺させるようなことを言ったの?もし良い方だったらそうするのさ」


「うーん、あれは一応試したのもあるけど、彼女に言っておきたいことがあったからかな。それに悪い方であれば早く追い出すに越したことないし、仮に良い方なら私の影響は少なかったはずだから。でも結局大した効果は無かったみたい」


「会う前と同じままって事?」


「うん。もしかしたら時間差で影響があるかもしれないけど、それだと今すぐ前原さんから出ていくことは考えにくいわ」


「じゃあ彼女に対してはもう少し様子を見るんだね。そのために明後日家に誘ったって事か」


「理解が早くて助かる。その通りよ。もう少し観察してどうするか考えたいの。ダメかな?」


「良いと思うよ。現状これと言って打つ手がある訳じゃないからね。それと別に聞きたい事あるんだけど、取り憑かれる条件ってやっぱり精神的に弱ってる時だけなのかな?」


「前にも説明したけど、経験で言えばそれが一番可能性が高いと思う。それともう一つは私みたいに自分の意志で憑依させる事ね。分かっているのはこの二つだけだけど他の可能性だってゼロじゃない」


「ゼロじゃないか・・・・」


「まだ気になることがあるの?」


「実はさ、今日放課後に憲吾と八嶋の三人で話をしたんだ」


「樹乃からメッセージで聞いてるよ。図書室で話したんでしょう」


「ああ。順を追って話すと、まず二人から二月の事件に関して協力してもらえることになった」


「そう、樹乃が・・・・。彼女らしいのかな。それでどこまで話したの?」


「勿論望月さんの秘密は言ってないよ。話したのは出来れば事件を解決したい事。ただし前提として前原さんの事を優先させ、場合によっては事件を放置するとも言った。それでその時及川の話を聞いたんだよ。憲吾によると何人もの彼女が居て、女の子を喰いものにしてるって部活の先輩から聞いたって。それから瑞美先輩の事も少し話したかな。あの人は吉岡先輩と仲が良く、ああ見えてテニスの大会でも好成績を修めてるらしい」


「お昼の時の話しぶりだと吉岡先輩と仲が良いのは想像出来たわ。成績が良いのは意外だったけど。それで気になるのはやはり及川先輩の事?」


「そう、俺が聞いたあいつのイメージから霊に取り憑かれることが想像出来ないんだよ。勝手な思い込みかもしれないけど、何人もの彼女というか遊び相手がいる奴が精神的に追い詰められるとは考えにくい。勿論自業自得で女の子から追い詰められた可能性もあるけど、そういう奴って人の気持ちなんかどうでもよくて、神経が図太そうな気がするんだ」


「英君の言う事は最もだと思うよ。それで私自身彼が女の子と親し気にしている現場を見た事なかったけど、今の話を聞いてもう一つの可能性を思いついた」


「さっきの二つ以外って事だね」


「まだ分からないけど、彼自身が気付かないうちに取り憑かれていた可能性はあるわ」


「それって精神が弱っていない状態での話?」


「うん。誰にも憑依出来る訳ではないけど、波長みたいなものが合えばその限りではないかもしれない。例えば思考が似ていたり目的が同じだったらあり得ない話ではないわ」


「そんな・・・・・・それじゃあまた同じことをする可能性があるって事じゃないか!」


 テーブルこそ叩きはしなかったもの、前のめり気味に目の前のテーブルの両端を力ずよく掴んだ。


 それだけは阻止しなければ。例え被害に遭うのが俺や前原さんでなくても、理不尽にあんな窮地に立たされる人を見るのは忍びなさ過ぎる。


「英君落ち着いて。これは私の想像であって真実は他にあるかもしれないのよ」


「でも取り憑かれていたのは本当で、でも弱っていたとは考えにくい状況の中で、それ以外何が考えられるって言うんだ」


「仮説何ていくらでも立てられるよ。強力な力を持った霊が強引に取り憑くとか、波長みたいのがピッタリ嵌まっただけでも出来るとか、可能性を考えたらキリがない」


「望月さんはあいつの肩を持つって言うのか? なんかあいつは悪くないって言っている様にしか聞こえないんだけど」


 一瞬頭の中に先日の喫茶店の出来事を思いだす。

 今と同じく望月さんは俺の目の前に居て、思い返しただけでも胸が苦しくなる彼女の涙が蘇る。

 

「そんな訳・・・・・・」


「いやごめん。また同じ過ちを繰り返すとこだった」


 寸でのところで冷静さを取り戻す。


「望月さんは客観的に物事を話してくれただけなんだもんね・・・・・・。それなのに俺ってば馬鹿みたいに熱くなっちゃって・・・・・ホントごめんな」


「謝らなくてもいいよ。英君の気持ちも分かるし、冷静じゃいられなくなるのも仕方が無いよ」


「もう大丈夫。考えてみれば今それを怒ってもどうしようもないし、正直怒るのも馬鹿くさいかな。でも同じ様な事が繰り返されるのは許せない」


「何とも言えないけど、今のところその心配は無いと思う。今日たまたま先輩を見かけたけど、憑依されては居なかったから。油断は出来ないけど、優先するほどではないよ。今は前原さんと事件解決の事を話そう」


「望月さんじゃないけど、俺も最近感情が昂りやすくなっている気がするけど・・・・・まさか」


「ふふふ、大丈夫。英君には何も憑いてないし、私がそんな事させないから安心して」


 言い切る彼女がとても心強く思える。


 いつの間に俺達はこんなに信頼し合える関係になったんだろうか?


 猫の手を借りずとも、二人が望む未来へは意外と簡単に辿り着けるのではなかろうか。


 そんな思いが幻想だったとしても、俺は後悔なんかしないと思う。


 だって彼女は現実として俺の目の前で存在しているのだから。


 そして何気ない彼女の言葉で、彼女に魅かれつつあることを今更ながら気付いた。



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