第32話 とりつくしまもない
「すいません先輩。たまたま御見掛けけしたもので・・・・・。大事なお話しの最中でしたよね」
両手をお腹のあたりで浅く組み、両方の親指を互い沿わせながらクルクルと回している。
「えーと、まあそんな感じだな」
「お、お邪魔してすいません。し、失礼します」
踵を返し離れようとするが、八嶋がそれを止めた。
「待って、もう少しで終わると思うからその辺に座ったら?」
この席から少し慣れた場所を指す。そこには誰も使っていないテーブルがあり、ここでの会話を殆ど拾えないくらいの距離がある。
「え?えーと・・・・・」
朝も思ったが、昔のザキと性格が全然違う気がする。彼女はもっとハキハキしていて、今みたいにオドオドするところは見たことが無い。
「朝もだけど、俺に何か用があったんだろ。あまり時間は取れないけど、話くらいは聞くよ」
「てか誰よその子。ひでゆきの知り合い?」
「ああ、中学の後輩で奈良崎華だ。爺ちゃんの道場にも護身術を習いに通ってた」
「道場?護身術?」
「憲吾にはまだ言ってなかったけか。俺の爺ちゃん、中学の武道場で空手と護身術を教えてるんだよ。俺も高校入る前までやってたし、ザキも、あ、こいつの事な。ザキも小学校くらいからかな、道場に通い始めたんだよ」
「船林が身内から空手を教わっていたのは聞いてたけど、そこで護身術教えていたのは知らなかったわ」
「そっかー、どおりでガタイが良かったのかー」
「それでどうする。待ってるか?」
「・・・・はい、ご迷惑でなければ」
「てか途中からだけど、ザキちゃんにも話聞いてもらっても良いんじゃね?」
「おい、俺が言うのもあれだが、さすがにこいつを巻き込むのはやめた方が良い。それに・・・・」
そのうち俺の噂を耳にするかもしれないし、だったら最初から近くに居ない方がお互いのためだ。ただ話があるのならば聞くくらいはする。でもなるべく深く関わるのだけはよそう。
「その先は言わなくてもいいわよ。それと私も彼女を巻き込まない方が良いと思う」
「えー、八嶋さんどうしてよ?」
「さっき船林に問われたでしょ。覚悟があるかって。何も知らない彼女が関わることで、船林の言う通り彼女自身に火の粉が飛び火したらどうするのよ? 問題が大きくなるだけでしょ」
「あ、あのー、やっぱり今日は帰ります。話はまた今度で良いので」
話を聞いて都合が悪くなったのか、それとも別な理由があるのか、今度は止める間もなく「失礼します」と言って足早に図書室から出て行ってしまった。
「なんか悪い事しちまったなー。ザキちゃんに今度謝っといてよ」
「お前のせいじゃないし、次会ったら言っておくよ」
「あんた連絡先知らないの?」
「通ってた頃彼女まだ携帯持ってなかったんだよね。だから交換してないな」
持っていたとしても連絡先を教えてくれたかは微妙だったけどな。間違いなく俺からは聞かなかったな。
「中学生ってそんなもんか、言われてみれば私も高校からだったしな」
「てか先に聞いておくべきっだったー。何やってんだオレ」
頭を抱え天を仰ぐ憲吾。
「お前はああいうのが好みなのか? 意外だな」
「ぶっちゃけ大人しい子好きだわー。クラスで言うなら望月さんみたいな」
本当の彼女はそこまで大人しくないぞ。ま、いずれこいつも分かるだろう。
「おーい、話を戻してもいい?」
憲吾の様子に呆れた八嶋が本題に戻す。
「そうだった。瑞美先輩の情報もしくは盗難事件に関することなら何でもいい」
「とは言ってもなー、前ひでゆきに教えたくらいの事しかわかんねーぞ」
この件の詳細は二年になってから憲吾に聞いた。だから憲吾以上の事は俺も知らない。
「私も動画の件ならともかく、こっちはねえ・・・・」
「及川の事か。それなら望月さんから聞いたよ」
「そう、ミヨが言ったのね。まあ当事者だから当然か」
「及川って三年の?」
「そうだ。お前も知ってるのか? もし知っていればそっちの情報もあれば助かる」
「イケメンで有名だからな。けど悪い噂もあるっちゅーか」
「どんな噂だ?」
「ストーカーみたいな事をしたり、本当か知らないけど、女の子を喰いものにしてるって噂がある」
「ストーカーは知ってる」
八嶋を見ると彼女もこちらを見て頷く。
「でも女子を喰いものにしている話は初めて聞いた。誰から聞いたんだその話」
「サッカー部の先輩だよ。たまにその人と遊んでいるみたいでそれなりに仲はいいんじゃねーかな。それで顔はアイドルというより男前みたいでカッコいいんだが、性格は最悪だってさ。何股かは知らんけど彼女がいっぱい居るみたいって言ってた」
「そんな奴だったのか・・・・・」
そんな奴に霊が取り憑くものなのか? 精神的に弱っている人間が狙われるって言ってたけど、ここまで聞いてきた及川の人物像では当てはまらない気がする。それとも別な条件があるのか? この後望月さんにもう一度確認してみるか。
「私もそこまでとは知らなかったわ。ストーカーするくらいだから、どちらかというと一途な印象を持ってた」
「オレも話したことないし、正直関わり合いたくないっていうか」
「及川の話はそれだけか?」
「うーん、今のところこんなもんかなあ。近いうちに先輩にそれとなく聞いてみるわー」
「それで頼む。でもあまり露骨に聞くのは、やめた方がいいな。変に相手に勘付かれても後々面倒になるかもしれんし」
「その辺はうまくやるさ」
「今日のところはここまでにしない?私もこれ以上の情報は持ってないし、テニス部の方は当てがあるから時間貰えれば何か分かるかもしれない」
「オレも色々と探ってみるよ。なんて言うか二月に立て続けに起きた事件って、どうも不自然というか悪意を感じるというか・・・・・・あー上手く言えないけど気になるんだよ」
「そもそも事件が起こるのって大半は故意的に、特に悪意が存在するのは当たり前でしょ」
「そうなんだけど、なんでひでゆきばっかり・・・・前原さんもか。二人が巻き込まれたのか気になるっちゅーか」
「何が気になるのよ。いや、気になるのは分かるけど、今は分からない事が多いからそう思うだけでしょ」
「んじゃ聞くけど、どうして下着を盗んだのがひでゆきだっていう噂が大きくなったんだ?」
「憲吾、それはお前も知っての通り動画が発端で・・・」
「それだけじゃなくて前原さんが襲われたことだってそうだ。及川みたいに怪しい奴だっていたのに、どうしてひでゆきがこんなにも疑われるんだ?」
聞いてきた癖に俺の発言を遮りやがったこいつ。
「だからそれは俺達の関係が微妙になって距離が空いた事で信憑性が増したというか・・・」
でもこれは距離が縮まっても、反対に俺を庇っているという信憑性を高める可能性もあり、ジレンマを抱えている。
それに暴漢に関しては及川ではないと望月さんがハッキリ言っている。その辺の事を二人に伝えられないのはもどかしい。
「一部では及川先輩が動画と暴漢の犯人ではないかって噂されてたわ。でもいつの間にかそれは小さくなって完全にマイノリティになったのも事実ね」
「オレが言いたいのは噂の広まり方がどうも気になるっちゅーか、そこを調べれば何か分かるんじゃね? 的な」
こいつの言いたいことは理解できる。俺には無い発想だし、客観的に見る事が難しい俺にはありがたいことだ。
「・・・・・・そういう視点もありかも。私もその辺に注意して調べてみるわ」
「二人とも助かる。この事は望月さんにも話しても平気だよね?」
「問題ないっしょ。てかよろしく言っといてね」
「良いんじゃない。どうせミヨとも一緒に行動する機会も増えるだろうし、共有しておくに越したことはないわ。さて、私はもう部活に行くから」
「八嶋さん待った」
椅子から立ち上がった八嶋を憲吾が止め、机に置いてあったスマホを手に取る。
「何?時間ないんだけど」
「連絡先交換しね?これから一緒に戦う仲間って事で」
いちいち言う事がくさい奴だな。でも憲吾らしくて良いか。
「・・・・・いいわよ。船林のは知ってるからあなただけね」
「サンキュ」
八嶋もスマホを取り出しお互いやり取りを済ませ、無事交換できたみたいだ。
「じゃ、また来週」
「もうちっと待って」
「今度は何?本当に急ぐんだけど」
あからさまに不機嫌になる八嶋。空気を読まない憲吾。もしかしたら読んでいるのかもしれないけどお構いなしだな。
「キノちゃんって呼んでい?」
「・・・・勝手にすれば。私は気にしないわ」
「よし!じゃあ俺の事も憲吾って呼んでよ。もう友達なんだしさ」
憲吾の頭の中は青っぽい何かしか詰まってないのか?それともこいつは命知らずなのか? 「キノちゃん」って言われた時点で八嶋の目が汚物を見るようなものになってるぞ。そのくらい気付けよ。
「死ね」
これは俺の予想。そのくらい言ってもおかしくない様相だ。
「死ね」
やっぱりね。
「死ね、憲吾」
言い放った後鞄を荒々しく持ち上げ、使った椅子も戻さずザキと同じ様に足早に図書室から出て行った。
その際すごい形相だった八嶋に対し、憲吾がおくびにも出さず「グループ送るからよろしくー」と言ったが反応は一切無かった。こいつの精神を少し見習いたいものだ。
八嶋は取り付く島もなかったが、憲吾は取り憑く霊もいない、が正解だろう。
望月さんもビックリだ。
そして今日の俺はザキから見たら、取り付く島もない、だっただろう。
彼女には悪いことをしたな。
「よーし今日はいい事いっぱいあったぜ」
「お前少しは自重というか遠慮しろよな。見てるこっちがヒヤヒヤしたぞ」
「ん?結果的に良かったから良いんじゃね。それにキノちゃんの連絡ゲット出来たし」
「八嶋相当やばかっただろ。特に目が」
「あれは大して怒ってないんよ。どちらかと言えば照れてる、みたいな」
「いやいやお前コンタクトでも落としたのか?汚いものを見る感じだったぞ」
「ひでゆきこそ分かってないね。キノちゃんはああ見えて異性に慣れてないと見た」
「・・・・・・その根拠は?」
「彼女結構キツイ性格してるだろ。だから男子が気軽に話し掛けてくる事って少ないんじゃないかな。という事はだよ、逆にどうしていいか分からなくて戸惑ってたと思うんよ。証拠にオレの提案二つともOKしたよね」
「確かにそうだが、『死ね』って言われたんだぞ。まあそこだけ見れば八嶋なりの照れ隠しとも言えなくもないか」
「だろ。てか誰だって自分を隠すために意図しない反対の行動をしてしまうもんさ。照れ隠しはその一つってことよ」
それが分かっていても行動を起こせるお前はやっぱり大した奴だよ。
「てことでオレも部活行くわー。ひでゆきにもグループ誘っておくからー」
「ああ、俺は望月さんから連絡があるまでここで待ってる」
憲吾も居なくなり知り合いは誰も居なくなった。静かにしていれば皆無関心でいてくれるので居心地は悪くない。
いつ連絡が来るか分からないので取り敢えずすぐ終わりそうな課題を机に広げ時間を潰すことにした。
そしてその課題が終わるころに彼女からメッセージが届いた。
『遅くなってごめん。彩乃との話は取り敢えず終わったから昇降口で待ってる』
了解の旨を返し、手を付けた課題をすぐに終わらせてから昇降口へと向かった。
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