第31話 青春のたまり場っしょ

 放課後になってすぐ、徳瀬と望月さんは教室から出て行った。


 出て行く前に望月さんが「遅くなるようなら連絡するから、悪いけど待っててね」と小声で言ってきたので、それに肯首した。

 

 教室を見渡すと数人こちらを窺っていて、俺が視線をそちらに向けるとみんなそれを逸らした。


 あまり気分が良いものではない。望月さんとのやり取りが気になるなら直接話しかけてくればいいのにと思うが、こちらとしても話し掛けられたら対応に困るので一概には言えないか。


 憲吾を見るクラスの女子と談笑していた。一応放課後に望月さんとの顛末を話す約束をしているのでそのまま教室で待っていることにした。


 五分くらいすると「また明日ー」とか「今度遊び行こうね」と憲吾と会話していた女子が手を振りながら教室から出て行く。


「悪いひでゆき、待たせちまったな」


「構わんよ、待つって程でもなかったし。取り敢えずここから出ないか?」


「ああいいぜ。ここは青春ぽく図書室にでも行くか」


「お前の青春は図書室に預けてあるのかよ。騒がし憲吾には似合わんな」


「いやいや、放課後の図書室と言えば出会いでしょ。てか文学少女系とかいないかなあ」


「おい、俺たち話をするだけだよな? 何か勘違いしてないか。それに行ったところで、うるさいって注意されて追い出されるのがオチだぞ」

 

 特にお前は声がでかいしチャラいからな。


「だいじょうぶだって。TPPは守るからさ」


「TPOだろ。いつからお前は自由化を求め始めたんだ。でもまあ図書室よりはお前に似合っているかもな。何となくだけど」


「そんなんどうでもいいっしょ。てかまあ他の場所当てがあるならそこでもいいけど」


「騒がしくしなければ図書室でもいいさ。憲吾も部活があるだろうからさっさと行こうか」


「OK、んじゃ行くとしますか。カバン取ってくるわー」


 いったん席に戻る憲吾。俺もカバンを肩にかけ先に出ようと扉に向かうとこちらを伺っている八嶋の姿があった。


「あれ、ミヨはもう帰ったの? 確か今日は来ているはずだよね」


 俺の姿を確認するなりずかずかと二組の教室に入ってきて、迷わずこちらにやって来た。


「望月さんなら徳瀬と話をしに教室から出て行ったよ。彼女とは一応後で合流することになってるけど」


「そう。別に大した用事がある訳じゃないからいいわ。それよりあんた、昨日はどうだったのよ?」


「・・・・・おかげさまで無事会って話が出来たよ。それに関しては感謝するよ」


「ならいいわ。私も余計な事と思ったけど、結果が良いならそれでいいわ。ミヨから簡単に話は聞いていたけど、その様子なら問題なさそうね」


 八嶋は望月さんの事を本気で心配してるんだな。俺の勝手な考えだけど、望月さんの秘密を八嶋に話しても、こいつはきっと離れる事なく、反対に親身になって相談に乗ってくれると思う。でもそれを決めるのは俺でなく望月さん本人だから、俺にはどうしようもない。


「これから憲吾に、あ、昨日の奴な。そいつにこれから昨日の話をしようと思っているんだけど、八嶋も来るか? 場所は図書室だ」


 こいつには昨日世話になったし、俺も聞いてほしいと思っている。


「そうね・・・・・・・」


「別に無理にとは言わんが。望月さんからも聞いているだろうし」


「ミヨからは少ししか聞いていないわ。だから今こうして話を聞きに来たのだけれど」


「だったら彼女が戻ってくるのを一緒に待つか? 俺は先に憲吾と話しているけど」


「今日部活を休む訳にはいかないからそれはいい。でも船林の話だけは先に聞いておくわ。図書室だっけ?」


「そうだけど部活は大丈夫なのか?」


「遅れる分には問題ないわ。さ、時間が勿体ないから早くいきましょ」


「そうそう早く行こうぜー」


 鞄を手にした憲吾がこちらに近づいて来る。八嶋が加わることに異存はないようだ。そもそも昨日彼女を頼った手前、断る理由は二人とも持ち合わせていないからな。



 久しぶりに訪れた図書室。二年になってからは一度も来ていなかったが、かといって一年の頃に足繫く通っていた訳ではない。テスト前たまに勉強しに来たくらいだ。



「うわー図書室来るの初めてだわー」


 入るなり早速騒がしくする憲吾。やはりお前にTPOは存在しないようだな。


「若林うるさい」


 ほら怒られた。俺は知らんからな。


「うう、ごめんてば・・・・・・てか人少なくね?」


 見た限り室内には既に五、六人の生徒が居り、勉強したり読書をしたりしている。


「こんなもんだろ普通。あまり人が多くても落ち着かないし、図書室の存在意義が薄れるだろうに」


「船林何言ってるの。人が多くても皆が静かにしていれば落ち着けるでしょ。そうじゃないのはあなたたちが騒がしくする前提があるからじゃないの」


 俺と憲吾を一緒にしないでくれ。それに人が少ない方が落ち着くに決まっているだろう。こいつはやっぱり他人とずれているところがあるな。


「まあ、あまり人に聞かれたくない話をするのには少ない方が良いけどね。あそこ、誰も居ないからそこで話をしようか」


 まだ誰も座っていない大きめの机の一つを指さす。いつの間にか八嶋の仕切りになっているが、その辺は頼りになる奴なので従う事にする。


 机は八人掛けになっており、家のテーブルより横幅が広く対面との距離が少しある。


 俺が手前の角の席を陣取ると八嶋が迷わず俺の隣に座った。憲吾もこちら側の席を狙っていたみたいだが、さすがに三人横並びで座るのはおかしいと思ったのか、反対の角の席に腰を下ろした。


「それで結局どうだったの?」


「かなり抽象的な質問だな。まあいけど。望月さんとは言えの近くで会えたよ。これは八嶋が先に連絡してくれていたおかげでもあるな。改めてお礼を言うよ」


「昨日はあんな事言ったけど、私に出来る事をしたまでよ。だからお礼を言われる筋合いはないわ」


「八嶋らしいな。それでその後海岸まで一緒に歩いて、そこにあったベンチでしばらく話をして、その後は真っすぐ家に帰った。簡単に言うと昨日はこんな感じだ」


「今日も何か話をしたの?昼休みも教室を見に行ったけど、二人とも居なかったよね」


「ああ。それも今から話そうと思っていた。その前に昨日の話なんだけど・・・」


「ちょっと待った。もっちーの事で話しづらいことは無理して喋ることないんよひでゆき。オレはもっちーとひでゆきがどうなったかだけ聞ければOKよ」


 当然あの事は伏せて話すつもりだ。でも話せることも少なくは無い。


「分かった。多少踏み込んだ話もしたから、その辺は当たり障りない程度に言うよ。だからあまり突っ込まないでくれると助かる。八嶋もな」


 本当は多少ではないが、こればっかりは誤魔化すしかない。


「私もそこまで無遠慮じゃない。それに聞きたいことがあれば直接ミヨに聞くから」


「おう、そういう事で頼む。それで昨日はまず俺から先日の事を謝罪したことから始まり、彼女もそのことに対して私も悪かったと謝って来た。その後望月さんの昔話を聞いて色々と・・・・・」


 昨日の事を話せる限り二人に打ち明けた。

 誤魔化しつつも前原さんと俺の置かれた状況を何とかしたかったこと、自分がそのことで後悔していること、そして俺が前原さんと会うのを望んでいることを。

 全てを詳らかに出来ない事を心苦しく思いながらも丁寧に話していった。


「それじゃあ今日昼休み教室に居なかったのは前原さんの所へ行ってたからなのね」


「そうだ二人で、厳密には徳瀬を含めて三人で、だな。徳瀬は毎日行っているけど、俺達は今日が初めてだ」


「確かに休み時間徳瀬さんと話してたもんな。昼居なかったからもしかしてとは思ってたんよ」


「それで彼女と会えてどうだったの?」


「どうって、普通に話をして飯食って・・・・明後日皆で望月さんの家に遊びに行く事になった」


「ミヨの? どういう話の流れでそうなったのよ」


 意外そうな、そして少し不満そうな表情になる八嶋。

 そういえば八嶋は家に行ったことが無いって言ってたっけな。面白くないのは良く分かる。


「彼女自身が誘ってきたんだよ。彼女曰く前原さんの気分転換を目的としているみたいだ」


「そう。ミヨから誘ったのね・・・・・」


「俺も意外だとは思ったよ。八嶋でさえ行ったことが無いのにってね」


「別にそんなことは気にしていないわ。ただミヨの事が少し分からなくなったのよ。船林も知っていると思うけど、積極的な方ではなかったでしょ。だから何でミヨからそういう事言ったのかなって・・・・」


 八嶋にしては珍しく歯切れが悪いな。確かに何も知らなければ普段の彼女からは想像できないかもな。知った俺でさえアクティブな彼女に戸惑うところはあるしな。


「オレも八嶋さんの考えに賛成なんだけど、なんだけど別にそれでもっちーの評価が変わる訳では無いっしょ」


「そんな事分かってる!」


 その大き目な声に室内に居た数人の生徒が何事かとこちらを振り返った。気付くと来た時より少し人が増えている。


「八嶋、声大きい」


「ごめん。ちょっと熱くなった。私らしくないよね」


 キツメのクールなイメージだが、熱くなるのも八嶋らしいと思う。


「それで日曜日もっちーの家に行くのは分かったけど、他には何もなかったん?」


 八嶋とは対照的で落ち着いた口調で話す憲吾。周りを見渡すともうこちらを気にしている人は居ないみたいだ。


「他にか・・・・」


 何かあったっけな?飯食ってそれから・・・・・ああそういえば。


「そういえば保健室に三年の野田先輩って人が来たな」


「野田先輩・・・・・それって瑞美先輩のこと?」


「八嶋は知っているのか、先輩のこと」


「直接関りは無いけど話は聞いたことがある。確かテニス部で大会でも結構上位に入っているって聞いたわ」


「そんなすごい風には感じなかったけどな。どちらかと言えばおっとりした人みたいな感じを受けた」


「うーんどうだろう。話したことないから分からない」


「瑞美先輩ってあれだろ。確か吉岡先輩といつも一緒にいる人っしょ」


「憲吾も知ってるんだな。そういえば吉岡先輩と仲がよさそうな感じで喋っていたよ。他に彼女の情報は無いか?」


「どうだろう? 聞いてどうするん?」


 順を追って説明していくか。こいつらならきっと親身に話を聞いてくれるはずだ。


「二人とも知っていると思うけど、吉岡先輩の盗難事件の犯人は捕まっていないけど、俺が一番疑われているんだろ」


「噂は知ってるけど、そんなの信じている訳ないでしょ」


「オレもひでゆきがやってないって信じてるぞ。そもそも根も葉もない噂っしょ」


「ありがとな。それでこれも昨日と言うか今日の朝、HRが始まる前に望月さんと話したんだけど、俺と前原さんの関係を修復しつつ窃盗の真犯人を捜そうって事になったんだ。それと前原さんを襲った犯人もね。でも優先順位は窃盗犯の方で、暴漢の方は様子を見てからって事になった。けどどちらも手掛かりとかそういうのがある訳じゃないから簡単ではないと思っている」


「それで被害者である吉岡先輩に近い瑞美先輩の事を詳しく知りたいって事なのね」


「そう。何もないこの状況を打破するにはまず状況や周囲の人間関係を探っていくしかないからな。勿論フィクションみたいに上手くいくとは思ってない」


「そういう事なら協力してあげてもいいわ。他にも手伝えることがあるなら、言ってくれれば出来る範囲で協力する。とは言っても出来ることは限られているけどね。でも現状解決の糸口が何もないなら、動くことで多少なりとも何か出てくることもあるでしょ。」


「オレも協力していいぜー。てか既に協力している気もするけどな」


「憲吾には色々と動いてもらっていたからな。でも二人ともよく考えてくれ」


 このまま二人を巻き込むのは難しくない。元より八嶋はともかく見た目とは違い人の良い憲吾には最初から付き合ってもらうつもりだった。付け込むような形で心苦しい気持ちもあるが、何かあった時男手は俺以外にもいた方が安心できる。それに憲吾は顔が広いので情報が集まりやすい。

 それでも筋は通しておかなければ後々の憂いになることもあり得る。


「この問題は俺と望月さんが勝手に首を突っ込んだことだ。だからこうして話はするけど協力するしないは本人の意思を尊重したい。もしかしたら要らぬ火の粉が二人に降り掛かる事だってある」


「だから協力するって言ってるでしょ」


 当然だ、とばかりに八嶋が言う。


「最後まで聞いてくれ。俺達の最大の目標は前原さんの日常を取り戻すことだ。だから最悪犯人を捕まえられなくても、この目標が達成出来たのならばそこで犯人捜しを終わらせることも考えられる。それまでの事が無駄になるかもしれないし、憲吾や八嶋の人間関係のどこかで、変な軋轢が生じる可能性もある。分かるだろう、要は自分勝手に初めて自分勝手に終わらせる事があるって話だ。だからこの事をよく考えてから返答してほしい」


 考えは伝わっただろう。後は二人の判断に委ねるしかない。だけど結果は聞かなくても二人の顔を見れば一目瞭然だ。


「あのね、勘違いしないでほしいんだけど、私が協力したいと思ったのはあんたのためだけじゃなくて大半はミヨのためよ。あのミヨがそうしたいって言うなら私は喜んで協力するわ。それに興味もあるの。ミヨがそこまでして動く理由にね」


「理由か・・・」


 俺は大体の事情を知っているし、彼女の思いも聞いた。でもこれを八嶋に伝える事は出来ない。


「そんな顔しなくても別にあんたから聞こうとは思っていないわ。そのうち直接本人に訊くから。それにミヨだって言えない事があるのは分かってる」


「ひでゆき、オレも八嶋さんと同じだぜ。前原さんとは話したことないから分かんないけど、二人がどうにかしたいって思っているなら、それを助けるのが友達ってもんでしょ」


 随分くさいことを平気で言い切ったなこいつは。八嶋は「うんうん」と恥ずかしい事とも思わず頷いているし。八嶋もこういうのが好きなのか?


「二人とも感謝する。それと憲吾、言ってて恥ずかしくないのか」


「だってここ図書室っしょ、青春のたまり場? 的な」


「お前の頭の中そればっかだな。それとあと何だったか・・・・」


「文学少女」


「そうそう、それな」


「・・・・文学少女」


「いやそれ今聞いたってば」


「・・・・いたよ」


「何がだよ?」


 そこで憲吾の視線が俺を通り越し、もう少し後ろを見ている事に気付く。


「船林先輩・・・・・」


呼ぶ声につられ後ろを振り返ると、黒髪おさげで野暮ったいメガネ姿の女の子。

確かに図書室が似合う文学少女・・・ではなく、今朝会ったザキこと奈良崎華が、俺のすぐ後ろに立っていた。



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