第30話 お願いしたけどやっぱり

「家に遊びに来ない?」


 話の流れを断ち切る様に言い放たれた望月さんの言葉に、皆が注目した。


「えっと、望月さんの家ってどこだったっけ?」


 徳瀬は弁当箱を片付けていた手を止め望月さんに尋ねる。


「屋川原。ちょっと遠いけど電車一本で行けるから面倒ではないと思う」


 確かに快速に乗り換える事を除けばその通りだが、ちょっとではない距離だと思うぞ。それに徳瀬はともかく前原さんが首を縦に振るとは思えないな。

 しかし彼女は何でいきなり家に誘ったんだ?それにさっきのあれはいったい・・・・・。


「実は昨日、学校が終わってから屋川原に行ってきたんだけど、一時間半は掛からなかったかな」


 彼女にはきっと考えがあるのだろう。だったら俺はそれをサポートするのが今の役目だ。


「望月さんそんな所から通っていたんだ。電車通学なのは知っていたけどまさか屋川原だったのは意外。でもよく毎日通えているよね。大変じゃない?」


「慣れてしまえばどうって事ないよ。朝は座れるし、勉強したり読書も出来るから結構有意義に過ごせているよ」


「ふーん、私なら思いっきし爆睡しそうなもんだけどね。それとヒデ、昨日若林と何かやっていたみたいだけど、屋川原に行く事と関係があったって事?」


「そうそう、私もそれ気になった。ヒデ君昨日望月さんの家に行って来たって事なのかな?」


 前原さんが前のめり気味になる。

 体調は優れなさそうなのに、これもカラ元気なのか?


「い、いや、近くまでは行ったけど家には行ってない。外で少し話をしただけだから。それに課題のプリントを渡すために行ってきたんだよ。なあ望月さん」


 二人に若干圧倒されかけていたので、つい望月さんに振ってしまった。


「うん。英君は昨日プリントを届けにわざわざ来てくれて、それで少し外で話をしたの。だから今こうして皆が集まることが出来たというのかな」


「話しただけ? その後何もなかったの?」


「おい、何が言いたいんだ? 俺と望月さんはそんなんじゃないぞ」


「ヒデこそ何言ってんの。その後どこかでご飯食べたりしたのかなって聞いただけなのに。だって学校終わってから行ったらそういう事だって考えられるでしょ」


「飯は帰ってから食ったよ。あと話をしたらすぐに帰ったから」


「何をそんなにムキになるってるの。あんたが勝手に勘違いしただけだから」


「お前が紛らわしい聞き方するからだろう。それに望月さんとまともに話をするようになったのは、ここ二、三日だから。」


「でも二、三日で『英君』と呼ばれるくらいには仲が良くなったんだよね?」


 ここで前原さんが追撃を仕掛けてきた。


「そ、それは今日憲吾との話の流れで・・・・」


 右隣に顔を向け、また望月さんに助けを求めてしまう。彼女は微笑みながらも答えてくれる。


「今日の休み時間、若林君が私に対して憲吾君と呼んで欲しいという流れから、だったら船林君も下の名前で呼ぼうかなってなったの」


 だいぶ端折っているけど概ねそんな感じだろう。


「ふーん短期間でこんなに仲良くなれるんだね。そういえばナツ、私たちも似た様な事あったよね」


「あー中学の時に行った夏祭りだったよね」


「そうそう。今みたいに下に名前で呼び合おうって話になったけど、結局ヒデともう一人だけが呼ぶことが出来なくて皆から揶揄われたってやつ」


「今でもヒデ君は私の事、名字でさん付けだし」


「ふふ、私も今日お願いしたけど前原さんと同じで下の名前で呼んでくれなかったの。憲吾君は『もっちー』ってまた別なあだ名付けられちゃったけど、それはそれで嬉しかったのになぁ」


 二人で俺をイジメないでください。だから恥ずかしいんだってば。


「まあヒデってそういうところ昔からヘタレだからね。喧嘩は強そうなのに」


「喧嘩が強いかはともかく、それとこれは関係ないから。それに今更変えるのもなんだかな」


「私はいつでも大丈夫だよ。ヒデくんが呼びたくなればそうすれば良いよ」


「私もよ。それと二人のことも下の名前で呼んでいいかな? 嫌だったらいいのだけど・・・・」


「全然嫌じゃないわ」


「私からもお願いしたいくらいだよ。寧ろ折角こうやって仲良くなれたんだから他人行儀みたいな方が嫌かなって」


 二人とも快諾する。特に前原さんの方は嬉しそうにしているのは気のせいではないと思う。元々仲が良くなかったのかなとさっきは思ったけど、勘違いだったみたいだな。


「それじゃあなんて呼べば良いかな?」


「私はそのまま『彩乃』が良いかな。『あや』は他にも呼ばれている子が居るから紛らわしい時があるの」


「じゃあ私は『ナツ』か『奈月』かな。多いのは『奈月』だけど、どちらでも構わないよ」


「うーん、それじゃあ『ナツ』って呼ぼうかな。こっちの方が親しみやすい気がするから。徳瀬さんは『彩乃』にするね」


「分かったよ、ミヨ」

「OK、よろしくねミヨ」


「ふふ、私の呼び方を聞こうとおもっていたけど既に決まっていたんだね」


「ごめん、実は二人が来る前に決めていたの。その方が呼びやすいかなって」

 

 女子って簡単に下の名前で呼び合うようになるけど、そんなもんなのかな? それに先に決めておいたって事は、この話が出る事を想定していたか、もしくは意図的に流れをもって行ったかのどちらかだが、どちらにせよ女子の世界は良く分からんな。


「いいよ。樹乃からもそう呼ばれているし『ミヨウ』も『ミヨ』も言う方も聞く方も大して差がないから」


 確かにどっちで呼ばれているか分からなくもなりそうだな。

  

「ところで本題に戻らないか? 日曜日望月さんの家に行くかどうかなんだけど」


「えーと日曜日だよね。私は今秋部活休みだから平気だよ。屋川原って海近かったよね? まだ泳ぐ時期じゃないけど、たまには開放的な気分を味わうのもいいかも」


「私は・・・・」


 さすがに前原さんは厳しいだろう。学校も無理してやっと来ている感じがするし、途中誰に遭遇するか分からないしな。現に彼女は先程までのカラ元気は色を無くし俯き気味だ。


「前原さん無理はしなくても大丈夫だよ。また今度都合がよい時に行けばいいんじゃないかな」


「そうだよね。誘った私が言うのもなんだけど、彩乃が言った通り気分転換にどうかなって思っただけだから。また今度誘うからその時にでも」


 前原さんはまだ迷っているようだ。そもそも行きたいかどうかの前に、現状どの程度の行動が出来るかが問題なわけで、それは彼女にとって相当辛いことだと思う。

 彼女が休日どう過ごしているか、それは本人と恐らく徳瀬くらいしか知りえない。まだ外野から降りてきたばかりの俺達にとっては未知な部分でもあった。


 それに望月さんは気分転換以外にも目的があるのだと思う。それは今までの様子からなんとなく想像が出来るから。


「ナツ、私は行った方が良いと思う。今日だっていつもよりお昼多く食べれていたし、きっと少しずつだけど、ナツの中で変化が起こっているのよ」


「彩乃・・・・・」


「勿論無理強いはしない。でも出来るだけの配慮はするつもりよ」


「配慮?」


「例えば屋川原までは無理でも、少し離れた駅までなら私の親に頼めば乗せて行ってもらえると思う。そうすれば誰かに会う可能性は減るでしょ。それに今回は私以外に頼れる人が付いているじゃない」


 顔を上げ俺を窺ってくる前原さん。俺はそれに今できる精一杯の笑みで答える。


「まあ基本ヘタレだけど一応男だし、ナツに何かあったら守ってくれるでしょ。ねえヒデ」


「ああ、任せてくれ。動けなくなったら背負ってでも家まで送るよ」


 徳瀬がここまで前向きなのにも彼女なりの計算や考えがあるのだろう。だったら俺はやはりサポートに回ることが今は最適なんだろう。


「彩乃・・・ヒデ君」


 ここまで言ってダメなら引き下がるしかない。それは徳瀬も望月さんもきっと分かっている。恐らくこれがギリギリのラインなんだって。


「ミヨの家、私も行ってみたい」


 意を決して言い放った、されど語気は強くは無いその言葉は、周りの空気を変えるのには十分だった。


「だからみんな、日曜日は宜しくね。すごい楽しみにしているから」


 彼女の言葉で俺の日曜日の予定が決まった。

 土日両方に予定が入るなんて久しぶりだな。最近は両方家に居る事が多かったから、俺も前原さん同様楽しみだな。

 ただ、気になることが幾つかあるが、今は前原さんが前向きになったことを喜んでおこう。



「話も決まったし折角だからこのメンバーでグループ作っちゃおうか。今招待送るね」


 徳瀬がスマホを手に取り既に操作を始めていた。

 

 その後滞りなくグループが出来上がり、詳しい時間とかはそこでやり取りすることになった。



 各々昼食の片付けを済ませたところで徳瀬がスマホを見てこの集まりの終わりを告げる。


「さて、そろそろ戻らないといけない時間かな」


「本当だ、思ったより早く時間が経った気がするね。今日はナツに会えてよかったよ」


「私も話が出来て嬉しかった。それに家に誘われるとは思ってなかったけど、楽しみしてる」


「机戻すね。元の場所で良いんだよね」


 時間の余裕はそこまでないので、二つの机を重ね持ち上げる。


「うん、そこで大丈夫。ヒデ君も今日はありがとう。まだちょっとアレなとこもあるけど、今日会えたことはお互いにとってプラスになると思うんだ」


「俺もそう思うよ」


 やはり彼女の体調が気になる。でも今すぐどうにか出来る事ではないのは分かっている。彼女の様子が知れただけでも良しとした方が良いな。


「じゃあナツ、また後でね」


 片付けも終わり荷物を持ってあとは部屋を出るだけだ。


「うん彩乃、いつもありがとう。また連絡するね。二人もまたいつでも来てね」


「分かった。また今度お邪魔させてもらうね。じゃあ明後日家に来るの私も楽しみに待っているから」


「前原さん、俺も明後日楽しみにしているし、何かあったら連絡くれても良いからさ」


「ありがとう。それと授業に遅れちゃうからもう行った方が良いよ」


「さあ二人とも行こ行こ」


 徳瀬は俺の背中を押しながら一緒に保健室を後にし、望月さんもそれに続いた。



「彩乃」


 三人で教室に向かう途中望月さんが徳瀬に話しかけた。


「なーにミヨ?」


「放課後ってすぐ行かなきゃいけないかな?」


「うーん、少しくらいなら部活に遅れてもいいけど、話自体はたぶんすぐ終わるよ」


「・・・・だったら放課後すぐの方でも良いかな」


「うん?私はどちらでも構わないけど」


「HR終わってすぐでお願い。場所は・・・・・」


 二人の会話が続き、自然な流れで俺は彼女らの少し後ろを歩いて行く事となった。



 教室に戻ると午後の授業まで殆ど時間が無い。三人とも自分の席に戻り荷物を置いて椅子に座る。


 チャイムが鳴るほんの少し前、望月さんが体をこちらにそっと近づけ、小声で話しかけてきた。


「放課後だけどさ、彩乃の話が終わるまで待っていてもらえないかな?」


 「分かった」と一言だけいうとチャイムが鳴り担当の先生が教室に入って来て授業が始まった。


 


 俺も彼女に聞きたいことがあったからちょうど良い。


 もし俺の想像が間違っていなければ、これから面倒な事が起きる予感がしてならない。

 間違っていたとしても別な問題がある訳だから、結局はこれから先、一筋縄でいかなのは明らかだ。


 今出来るのは、これから起こりうることに対しての心の準備と、隣の席が埋まっていることに今更ながら安堵することだけだった。

 

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