第29話 まあそれでもいいかぁ

「杏莉ちゃんヒデの家に居るんだ。大きくなった?」


 小学校から同じだった二人は、何度か杏莉と会ったことがある。俺が友達と遊びに行く時、杏莉が家に来ていると駄々を捏ねられ無理やり付いてきたことが多々あった。確か二人が初めて会ったのは近所のお祭りだったと思う。


「ああ、たぶん前原さんくらいあるんじゃないか」


「うわ大き・・・くもないか。中一だよね? 身長ってそんなもんだったっけ」


「彩乃それどういう意味?私が中学生並みに小さいって事?」


 前原さんは俺から見たら少し小柄だが、だからと言って平均位はあるんじゃないかな。


「いやいや、そういう意味で言ったんじゃないの。普通にどんなもんだったかなって思っただけ。それでどうなの?」


「うーんどうだろ?平均よりはあるんじゃないかな。取り敢えず弟の和幸よりはデカいな」


「ヒデ君女の子にデカいなんて言っちゃダメだよ。それと和幸君も中一だっけ?」


「ああそうだよ。杏莉と一緒に通ってる」


「へー、三人とも杏莉さんの事知ってるんだ。どんな子なのかな?」


 話を聞いていた望月さんが興味深そうに聞いてきた。


「どんなって、普通の女の子だよ。まあ頭はいい方じゃないかな」


「あと可愛いよね。どちらかというと大人びているというか、落ち着いた感じの印象があるわ」


「そうそう。それに英君によく懐いていた気がする。何回も会った事は無いけど印象に残る子だったかな」


「そうなんだ。少し話を聞いただけだからどんな子か分からなかったけど、なんか会ってみたくなったかな」


「そのうち会う事もあるかもな。まだしばらくはこっちに居ると思うし」


 たぶん中学までは我が家に居るのだろう。余程の事が無い限り途中で転校って事にはならないだろう。それじゃああんまりにも杏莉が可哀そう過ぎる。


「それじゃあ今でも無理やりどこかに遊びに連れまわされたりしてるの?」


 前原さんが面白いものを見るような顔つきで聞いてくる。

 やはりどこか無理している感じはするが、彼女の努力を無駄にしたくはないな。


「家に来てから一緒に遊びに行ったことは殆ど無かったかな。あ、でも明日買い物に付き合ってほしいって頼まれた。なんでもバスケ部に入るからバッシュが欲しいんだってさ」


「明日か・・・・・。杏莉さんバスケ部に入るんだ」


 明日。その言葉に何か引っかかりを覚えていたようだが、望月さんは何か思うところがあるのだろうか? 


「望月さん、年下の杏莉にさん付けはいらないよ。別に呼び捨てでも構わないし」


「うーん会ったことが無いと無意識にさん付けしちゃうんだよね。自分ではさっきあんな事言ったのに変だよね・・・・。でも分かった、私も杏莉ちゃんって呼ぶね。それで経験者だったりするのかな?」


「いや全然。友達に誘われたとかで入るみたい。因みに杏莉情報によると和幸もバスケ部に入るらしい」


 望月さんとの会話に残りの女子二人は入りにくそうにしていた。原因は分かっている。


「二人ともさ、このことは昨日杏莉にも気を遣われたからあいつにも言ったんだけどさ」


 なんて言おうか困惑していた二人に先手を打つ。


「バスケを辞めたのは自分自身の判断だし、後悔はしてないから。だから普通に話してくれると助かるかな。特に徳瀬、お前らしくなくて何か気持ちが悪いぞ」


「き、気持ち悪いって何よ。ちょっと心配したらすぐこれだもんね」


 すまんな徳瀬、悪いけど利用させてもらうぜ。


「気持ち悪いは言い過ぎた。らしくないって言いたかったんだ」


「私だって気を遣うことくらいあるわよ。あんただって私の苦労何も知らないくせに」


 そこで徳瀬はハッとして前原さんを見た。

 だが前原さんはさして気にした様子は無かった。


「と、とにかくあんたのことは気にしない事にするわ。それでいいんでしょ」


 俺もちょっと言い方がまずかったかな。


「おう、それでこそ徳瀬さんだ。これからもその調子で頼む」


「ふふふ、教室で見ていて分かっていたけど、二人とも仲が良いんだね」


「仲が良いって言うか腐れ縁かな。こいつとはクラスが同じになることが多かったからな。正直一年が同じクラスにならなくてホッとしたのを覚えてる」


 今は同じクラスで本当に助かってるけど、本人に言うのはやめておこう。でもいつかはちゃんと気持ちを伝えようと思っている。


「お互い様じゃない。ヒデなんて居ても居なくてもどうでもいいし」


 また「ふふふ」と笑い、自販機の前で見せたあの表情をしていた。




 そこに、トントン、と保健室の扉がノックされた。


「ナツ」


「うん」


 ノックの音に反応した徳瀬が前原さんを見て何かを促した。

 前原さんは食べていたものをそのままに、部屋に置かれた二つのベットのうち奥の窓側にある方に移動した。その間に徳瀬は個室を作る様にそのベットの周りにカーテンを引っ張っていく。

 ドアの方からはカーテンで遮られ徳瀬と前原さんは見えないようになった。


「あれ?伊丹先生は居ないのぉ?」


 ネクタイの色からして三年生である女生徒がドアを開けこちらを伺ってきた。


「伊丹先生なら昼休みが終わるまで戻って来ないと思います。もし怪我とか体調が悪い様なら私が呼びに行く事になってますけどどうしますか?」


 カーテンから出てきた徳瀬が馴れた様子で答えた。先輩は怪我をした様子が無いので、もしかしたら体調が悪いのかもしれない。どことなく顔色が悪そうだし。


「そうなんだぁ。特に急ぎって訳じゃないから別にいいかなぁ」


 間延びした話し方で、見た目もおっとりした感じがする。


「あれぇ? もしかしてあなた二年の船林君?」


「え、ええ。そうですけど・・・・・・」

「やっぱりそうだぁ。ダメよぉあずみんの下着盗んじゃ。年頃なのは分かるけど人のを盗んじゃ泥棒さんだからね」


「俺は・・・」


「彼は盗んでなんかいません」

 

 俺が反論する前に徳瀬が俺を庇ってくれた。望月さんも何か言おうとしていたみたいだった。


「そうなのぉ? あずみんが船林君に間違いないって言ってたからぁ」


 あずみんとは盗難の被害に会った吉岡先輩のことだろう。話し振りからして二人は仲が良いのかもしれない。


「じゃああずみんの勘違いだねぇ。ダメだねぇ勝手に後輩君を悪者にしちゃって」


「信じてくれたんですか? えーと・・・・・・」


「野田瑞美ちゃんだよー。みんなからはミズとかみずみんとか言われてるからよろしくねぇ」


「・・・・・それで野田先輩は今の話を聞いただけで信じてくれたんですか」


 が、ニコニコこちらを見るだけで何も答えてくれない。


「先輩? 野田先輩聞いていますか?」


 相変わらずニコニコしているだけで話が進まない。徳瀬も望月さんもそんな先輩に言葉が出ないようだ。

 もしかしたらだが・・・・・・。


「えーと瑞美先輩。話分かりましたか?」


「うーん。まあそれでもいいかぁ」


 やはり下の名前、特にあだ名で呼んでほしかったみたいだ。初対面なのに面倒な人だ。


「それで先輩は納得したんですか?」


「納得と言うか、後輩君がそう言うならそうなんじゃないかなぁって」


「でも先輩は・・・」

 

 ジト目で訴えてくる。


「んん。瑞美先輩は話し振りからして吉岡先輩と仲が良いんですよね? だったら友達としては普通彼女の事を信じるんじゃないですか?」


「あずみんのことは信じてるよぉ。でもあずみんだって間違える事はあるでしょう。それに本人が違うと言うならそうなんじゃないかなぁ」


「俺が言うのもなんですが、さすがにそれは極端すぎませんか?俺が嘘を言っていたらどうするんですか?」


「その時はその時かなぁ。もしそうだったらあなたに「めっ」って叱ってあげちゃうのかなぁ」


「叱ってあげちゃうって・・・・。瑞美先輩はそれでいいんですか? もし吉岡先輩が泣いてたとしてもそんな対応だけで終わらせることが出来るんですか?」


 徳瀬が不機嫌を隠さず先輩に噛みつく。


「えーとぉ、そもそもあずみんはそんな事で泣かないしぃ、盗んだ方だって理由があるかもしれないしぃ」

 

「盗むのに正当な理由があるとは思えません。それに真実がどうあれ親友なら一緒に戦ってあげるものだと思います」


 徳瀬は今の自分と重ね合わせているのだろう。親友に降りかかった災難。それをどうにかするのが自分の役目だと思っている。いや、思い込んでいる節がある。

 だが俺はそれが間違っているとは思わない。それで救われる人だって居るのだから。


「でもぉ、間違っている事を正すのも友達の役目だと私は思うなぁ。だってそのままにすると誰も救われないと思うからさぁ」


「それは・・・・・確かにそうかもしれませんが・・・・・」


 思いもよらず正論を叩き付けられた徳瀬は次の言葉が出てこない。


「ところでみずみん先輩、先生に急ぎの用があるわけではないんですよね。もしあればこちらから伝えておいてもいいのですけど」


 先輩の扱いをいち早く理解した望月さんが話を元に戻した。実際彼女の狙い通り、みずみんと呼ばれて先輩は嬉しそうだ。


「そうだったぁ。伊丹先生に相談があったんだっけ。でも居ないならまた今度でいいかなぁ」


「分かりました。みずみん先輩が訪ねて来たことだけは先生に伝えておきますよ。それで良いですか?」


「うん、よろしくねぇ。それじゃあ私行くからぁ。あ、あずみんには船林君は盗ってないって言っておくから安心してねぇ」


 いや、全然安心できないから。寧ろ話をややこしくしないでほしい。でも言っても聞かないんだろうな、この人は。


「期待しないでおきますよ。瑞美先輩」


「もう、みずみんでいいのにー」


 先輩は頬をぷくっと膨らませながら保健室を出て行った。



「ナツ、もう行ったから大丈夫だよ」


「ありがとう彩乃」

 

 この辺の状況は理解できた。保健室登校とは言え、この部屋には怪我をしたり体調が悪くなった生徒が頻繁に来るのは分かっていたことだ。だから普段は今みたいにカーテンで仕切って姿を見られないようにしているんだな。


「俺達が来た時は隠れようともしていなかったけど、分かっていたの?」


「分かっていた訳じゃないけど、タイミング的にそうかなって思っただけ。もし違う生徒だったら私が何とかしてたわ」


「それに意外と昼休みは人が来ないの。多いのは授業の合間の休み時間が多いかな。伊達にここの主をやっていないわ」


 前原さんが自虐を混ぜ補足してくれた。

 そんな痛々しい彼女を見るのはどうしてもまだ馴れることが出来ない。


「食事を再開させましょうか」


「そうだね。と言ってもみんな殆ど食べちゃったね」


「前原さんも全部食べられそうだよね。まだ卵焼き残っているから食べてみない?今日はたぶん母さんが作ったやつだと思う」


「今日は?」


 前原さんが首をかしげる。その仕草は相変わらず可愛い。


「ああ、杏莉も良く弁当を作ってくれるんだよ。それ以外にも家事全般手伝ってくれるから助かってるよ」


「ふーん杏莉ちゃんがねぇ」


 徳瀬が意味深に俺と前原さんを交互に見てくる。


「何か問題あるのか?」


「別にー。私は無いわよ。ねっ、ナツ」


「う、うん。杏莉ちゃん本当にすごいね。昔のイメージと少し違うかも」


 そうか? 別段不思議に思わないけどな。あいつは昔から器用なところがあったし。

 

 

 杏里の話題で盛り上がり掛けていたところ、望月さんがある提案をしてきた。



「本当は明日と思っていたんだけど、船林君の都合が悪そうだったから日曜日にしようかな」


「ん、何の話?」


「えーとね。もし良かったらなんだけど、明後日の日曜日、遠いけど家に遊びに来ないかな?」


 皆望月さんに注目した。



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