第27話 下でね

  時間ギリギリに教室に戻ると菅原先生は既に教壇の上で待機して、入って来た俺を一瞥してすぐ視線を戻した。


 席についてすぐチャイムが鳴りHRが始まる。

 特に連絡事項は無く、出席確認が終わるとHRは終了となった。


 先生は教室から出て行き僅かな時間だが自由な時間となった。

 とは言っても歩き回る生徒は居らず大半が近い席の人と話をしているかスマホを弄っている。


「とりあえず徳瀬にメッセージ送ってみる」


 左隣に座る望月さんに小声で声を掛けた。彼女は先程の事を引きずっているのか、若干表情が硬かった。


「分かった。よろしく頼むね」


 なんか教室で彼女と話すのは新鮮な気がする。一年の時も少し話したことがあるが、事務連絡程度の内容が殆どだった。


 『今日前原さんに会って話をしようと思っている。本人に確認してくれないか?」


 メッセージに気付いた斜め前方向に席に座る徳瀬がこちらを振り返った。

 いきなり送られてきたものに戸惑った様子だったが、こちらを向きながらスマホを操作していた。


『分かった。ナツに聞いてみる。昼休みで良いんだよね?』


 返って来た文章を読み、未だこちらを向いている徳瀬に対して首を縦に振った。彼女はそれを見てまたスマホを弄る。


『望月さんも一緒?』


 まあそう考えても不思議じゃないよな。望月さん本人がアプローチしていた訳だし。だけどそこまで考えてなかったな。


「徳瀬が望月さん会いに来るのかって聞いてるけどどうする?」


 俺たちのやり取りを横で見ていただろう彼女は迷っている様子だったが、


「前原さんの了承があれば行こうと思う」


 どうやら彼女もいっしょに行きたいらしい。


「じゃあそう返しておく」


 その旨を徳瀬にメッセージで伝えるとすぐに答えが返ってきた。


『たぶん大丈夫だと思う。ナツに確認したら後で教える』


「確認するから後で教えるって」


「もしダメならそれでも構わないよ。焦っても仕方ないしね」


 それでも出来れば望月さんには来てほしいと思う。でも今は前原さんの気持ちが優先だな。


 やり取りが終わると数学の先生が教室に入ってきて、程なく授業が始まった。




 二時間目が終わるとすぐに徳瀬がこちらにやって来た。


「二人とも大丈夫だってナツが言ってたよ。それと望月さん上手くやったみたいだね」


 俺の隣の席に向けてぱちりとウィンクする徳瀬。それに頷く望月さん。


「ありがとう徳瀬さん。それで今日保健室に行くのは三人だけなのかな?」


「他にも後二人いたけど、都合が悪くなったってメッセージ送っておいたから、今日はここにいる三人だけだよ。その方が都合がいいんでしょ?」


 確かにそうだな。味方は多い方が良いけれど、今日に限っては制限してもらえれば助かる。


「悪いな気を使ってもらって。本当に助かるよ」


「何なら私も途中から抜けても良いと思ってるけど」


「ううん。徳瀬さんは最後まで居てほしいかな。聞いてもらいたい話もあるし」


「分かったわ。それでナツと一緒にお昼ご飯食べるってことで言ってあるけど、お弁当は二人とも持ってきてる?」


「ああ、大抵は持ち弁だからな」


「私も持ってきてる」


「そう。じゃあ昼休みになったらすぐ行こうか。それと望月さん、放課後時間あるかな? 少し二人だけで話をしたいんだけど大丈夫?」


「うん、放課後は特に用事は無いからいいよ」


「んじゃそういう事で」


 要件が終わると徳瀬は他の生徒の方に行った。

 

「話って何だろうな?」


「うーん、何となく分かるような分からないような」


 今それを考えてもしょうがないか。彼女らには彼女らの話があるのだろう。



 三時間目の授業が終わって隣の望月さんと話をしていると、今度は憲吾が俺たち二人の所へやって来た。


「さっき話しかけようと思ったんだけど、徳瀬さん居たから遠慮しちまったわー」


「憲吾には色々と迷惑かけたな」


「それでその様子だと昨日は上手くいったみたいだな。てか望月さんおはよう」


「おはよう若林君。おかげさまで船林君とはちゃんと話をすることが出来ました。彼から少し聞いたけど、若林君も私のために色々動いてくれていたみたいで、本当にありがとうございます」


「望月さんのためっていうか一応ひでゆきのためかなあ。てかそんなかしこまらなくてもいいぜ。普通に話せると楽だし、望月さんも疲れるだろ」


「分かった、そうするね。ありがとう若林君」


「憲吾でいいよ。若林だと言いづらいだろ」


「じゃあ憲吾君って呼ぶね」


「おう、それで頼む。だったらオレは望月さんのこともちさんとかもっちーって呼ぼうかな」


「いやいやそれはどう考えても変だろ」


「そうか?可愛らしいし呼びやすいからありじゃね? ねえもっちー」


「え? ええ、好きなように呼んでもらっても私は気にしないかな」


 それで良いのか望月さん。それに憲吾は見た目通り女子にも軽いノリで攻めるな。


「じゃあもっちーで決まりね。ついでに連絡先も交換してもOK?」


「全然OKよ。ちょっと待っててね」


 彼女が机からスマホを取り出すと、憲吾は既に準備が出来ていたみたいで、一分も掛からず作業は終わった。


「あ!」


「どうしたの望月さん?」


 何かを思い出したかの様に俺の方を見てくる。その顔にはなんだか気まずいと書いてある気がする。


「もしかして船林のことも『ヒデッチ』と呼んだ方が良いのかな。それとも別な呼び方の方がいい? 例えば英くんとか」


 別に『もっちー』と呼ばれたからって、それに合わせて『ヒデッチ』と呼ぶ必要性はどこにも無いだろ。それにどうして憲吾は『憲吾君で』俺は『英くん』なんだ? それなら普通に『英幸君』で良いんじゃないか? なんか妙なところで変わってるよな、望月さんって。というか見た目の割に結構お茶目なところがあるんだよなあ。


「今まで通り船林で良いよ。無理に変える必要は無いと思う。憲吾は見た目通りこんな奴だからどうでもいいけど、望月さんがそれに合わせる必要は無いって」


「おいおい、確かに見た目は見た通りだけど、どうでもいいはヒドクね?」


「すまん言い過ぎた。どうでもいいじゃなくて、ほっとけばいいの間違いだった」


「それって意味変わんなくね? むしろ放置プレイされちゃってるのオレ?」


「そんなプレイは知らん。放置されるのが嫌なら八嶋のところにでも行ってこい。あいつならちゃんと相手してくれると思うぞ。まあかなりキツイお言葉を頂く事になるだろうけどな」


「それって違うプレイじゃね?てかどちらもМ的な?」


「だからプレイとか言うなよ。女の子もいるんだぞ」


「うふふふ」


 俺たちのやり取りが面白いのか、おかしそうに笑っている。


 俺もこんな風に馬鹿話を学校でしたのは久しぶりだ。

 今のやり取りは、俺と憲吾の他にもう一人その場に居る事が前提の馬鹿話だ。お互い分かっていて言い合っている。要は漫才の掛け合いみたいなものだ。


「もっちーどうしたんよ?てかひでゆきヒドクね? ひどゆきじゃね?」


 それはさすがに寒いぞ憲吾。それに、それは一時期言われていたあだ名だぞ。


「ごめんごめん。二人がおかしくてつい・・・・・。でも船林君はちょっと言いづらいと感じてたの。呼び捨てはあれだから『英君』って今から呼んでもいいかな?」


「・・・・・・望月さんがそれで良ければ」


 まあ前原さんもそう呼んでいるし、徳瀬なんかは『ヒデ』だしな。拘る理由がない。


「それじゃあ英君は私の事なんて呼ぶことにする? やっぱり樹乃と同じで『ミヨ』かな?」


 それはさすがにハードルが高すぎるだろ。女の子を下の名前で呼んでいるのは家族以外では杏莉くらいだぞ。それに杏莉も家族同然だから参考にはならんな。

 ザキは・・・・・あれは奈良崎のザキだからやはり名前ではないな。

 それにしても望月さん。いくら前より距離が近くなったとは言え、詰め方がおかしいだろ。


 周囲に意識を移すと、こちらを窺がっているクラスメートが多くいる事に気付く。俺という存在が元々変に目立っているというのもあるが、この教室でここまで明るくお喋りをする望月さんが珍しいというのが一番の理由だろう。

 話し掛けたくても凛然とした彼女の雰囲気がそれを拒み、大半の生徒が二の足を踏んでいた。

 そこに俺みたいな嫌われ者と楽しそうに話しているのを見て、いつもの彼女とのギャップに戸惑っているのかもしれない。

 望月さんは有り体に言ってかなりの美人だ。だから戸惑いの視線の中には嫉妬や違和感も紛れ込んでいる気がする。特に男子生徒から。


「今まで通り『望月さん』と呼ばせてもらうよ。正直下の名前は恥ずかしい」


「ふなば・・・・英君がそう言うならそのままでいいよ。でも出来たら下の名前で呼んでもらいたいかも」


「そ、それはもう少し後というか、もうちょっと関係が親密になったらというのか・・・・・・」


 言った瞬間墓穴を掘った事に気付く。これじゃあ和幸のこと言えんな。


「親密ってなあに?私たちは友達ですらないって事かな?」


「いやいやそんな事は無いです・・・・・はい」


「じゃあ私の事なんて呼んでくれるの?」


 朝の出来事と酷似している気がするのは気のせいか?


 追い詰められている俺は和幸、分かっていて意地悪を言う望月さんは杏莉、そして傍観する憲吾は朝の俺だ。


 うん、気のせいではなかったな。


「まあまあもっちーさんよう、あまりひでゆきをいじめないでくれな、な。」


 彼女に向けて左目をパチリと閉じる。


 朝の俺とは違い助け船を出してくれた憲吾。また近いうちに母か杏莉に頼んで弁当を持ってきてやろうかな。でも男のウィンクなんて見たくなかったから、それも考えようだよ全く。

 

「わ、私ったらつい・・・・・。英君ごめんね。少し調子に乗りすぎちゃった・・・・・。でも下で呼んでほしいと思ったのは本当だから」


「うん、時間は掛かるかもしれないけど努力はするよ」


 こんな風に楽しい会話が出来るなんて数日前には考えられなかった。望月さんに揶揄われるのも正直そこまで嫌な気はしない。それだけ互いに心を許し合えているいるという事だろうか。


「いやー、もっちー面白いわー。ちょびっととっつきにくいって勝手に思ってたけど、全然違うし」

 

 それに憲吾にも感謝だな。出会ってからまだ日が浅いのに、もう何回感謝した事か分からない。俺の意図を汲みと取ってくれるし、意図しなくても俺のために動いてくれる。だから俺も憲吾にも同じ事をして恩を返したい。

 でももう少しだけ待っててくれ。今はやるべきことが多いから、すぐには返せそうにはない。

 だからせめてそれを返すまでは、俺の近くに居てくれよ。

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