第26話 やるって決めてんだよ

「ハア、ハア・・・おはよう望月さん・・・ハア、ハア・・遅くなってごめん」

 

 ほぼ全力で走って来たので喋るのがキツイ。

 

 階段の最上部。昨日八嶋と憲吾との三人で話をした場所でもあり、今日は昨日の話題となった張本人がそこに立っている。


「ううん、私がもっと早く言っていればよかっただけの事だよ。それとゆっくりでいいから呼吸を整えて」


 「ハァー」と大きく息を吸って「フゥー」と吐き出すのを三回繰り返したところで落ち着きを取り戻した。

 久々に見た彼女の制服姿は何というか望月さんらしい格好だな。まあ昨日初めて制服やジャージ以外の服装を見たからそう思うのかもしれないが。


 それに制服を着ているとやはりクールなイメージが強くなるな。姿勢が良いのも際立っていつも見る凛然とした様子が伺える。

 

 余裕が出てきたらそんなことを考えてしまった。


 時間の余裕は無いのだから早く本題に入ろう。


「それでこれからどうするか、だよね? 前原さんに会う決意は変わってないからその前提で進めてもらっても構わないよ」


「うん。今日は彼女と話をすることが最優先目標だね。会って何を話すかは船林君に任せるわ。とにかく今は距離を縮める事が大切なの」


「それで距離が縮めることに成功したら次はどうすれば良い?」


「これが一番難しいところなんだけど、周囲の誤解を解くしかない。それで今日電車の中で考えていたのだけど、まずは下着の窃盗事件を解決したら良いのかなって思ったの」


「でもあれは動画とは関係ないと言ったよね。解決ってことは犯人を捜すってことだと思うけど、それよりだったら前原さんを襲った奴を捜した方が効率的じゃないかな。そう簡単には見つからないと思うけど」


「船林君が未だに疑われているでしょう。彼女が襲われた件も同じ感じだけど・・・・」


 前原さんが襲われた事件。犯人は俺だという噂が未だ根強く残っている。犯行時間は家にいて、家族以外証明出来る人はいない。けど家族には何も話していない。警察じゃないけど身内の証言は参考程度にしかならないだろう。だから話す必要はない。

 もしかしたら帰宅するところを誰か見ていたかもしれないが、名乗り上げてくれない限り証明は出来ない。


「襲われた件は前原さん本人が船林君ではないと否定してくれているから、盗難事件が先かなって思うの」


 俺にとってそれがせめてもの救いでもあったが、状況は芳しいものではなかった。


 彼女は犯人が俺ではないとハッキリ否定しているが、では犯人は誰だと問われると「見てない、わからない」と言っているらしい。


 そこで考えられることは恐らく三つ。

 一つ目が、彼女は本当に見ていなくて、でも俺ではないという確証がある

 二つ目は、同じく犯人を見ていなくて、確証はないが俺を庇っている。

 三つ目は、彼女は犯人が誰か分かった上で、その人物を庇っているもしくは理由があって隠している。

      そして俺が犯人ではない事だけは証言した。


 ただこの状況だと周りは前原さんが俺を庇っていると思うやつもいるだろうし、実際この耳でそんな噂を聞いたことがる。もし前原さんにもこの噂が届いているなら、余計な重荷を背負っていることになる。


 

 ・・・・よく考えたらもう一つ可能性があるな。彼女に襲った奴の心当たりがあって、でも確証がないから誰にも言えないでいる事も考えられるな・・・・・・そういえば。


「そういえば及川って奴は前原さんのストーカーで、動画流出の張本人だったよね? 一番怪しいんじゃない」


「残念ながらその可能性は無いわ」


「どうして言い切れるの。もしかしてアリバイがあったとか?」


「その通りよ。襲われた時間、先輩は別なところに居たの。それを見た人がいるのよ」


「その見たっていう人は信用できる奴なのかな?」


「船林君は私の事、どこまで信用できる?」


「ん、どういう事? それが何か・・・・・・もしかして見た人って望月さん!?」


「そう。昨日も言ったかもしれないけど、動画の騒ぎがあった後犯人を知っていた私は先輩の事を観察していたの。もしかしたら憑依した霊がまた近づいて来るかも知れないと思ってね。ずっと見張ることは出来ないけど、学校にいる間くらいはなるべく観察するようにしていた。それで犯行時間も私は先輩を見ていたから間違いないわ。彼は襲った犯人ではない」


「そうか・・・・・」


「前原さんには悪いけど、先輩が犯人だったら私が証言して、少なくとも船林君の立場は今とは違っていたと思う」


「たらればの話をしてもしょうがないよ。及川が犯人じゃないのは分かったけど、どうせ犯人捜しをするならやっぱり襲った方だと思う」


「船林君の気持ちは分かったけど、やはり私は反対するよ。最初の目標は何かな?」


「俺と前原さんの関係の修復。要は距離をもとに戻すことだよな」


「これは私が言い出したことだしお互い納得している。それじゃあ関係修復が上手くいったとしたら周りはどう思う?」


「仲が良くなって前みたいに普通の感じで接しているところを周りに・・・」


 関係が修復したところであの動画が悪意を持って作られたものだと完全に証明することは不可能だ。映像だとキスまでは拒まれずしている、というのが全員の共通認識だ。仲が良いことをアピールすると映像の信憑性を高めることになるな。 

 ん、待てよ。今回前原さんと会って話をする理由は俺たち二人が距離を置いていると何かあったと勘ぐられるからだよな。それじゃあ近づいても離れても疑いは変わらない?


「周りは俺たちが仲が良いと判断して、彼女が俺を庇っていることを助長させるのでは?」


「そこは難しいところね。受け手がどうとるかは正直読めないと思う。でも前原さんがあなたに対して嫌悪感を持っていないと思わせる事が重要なの。いくら仲が良くても普通襲われたら関係がおかしくなる。周りから見たら今まさにその状況じゃないかしら」


「そう・・・・なのかな。うーん、正直分からない」


「船林君は当事者だから客観的な判断が出来ないのだと思う。でもそれは仕方のない事だし、だからこそ私みたいな第三者の協力が必要なんじゃないかな」

  

 確かに一方的な見方だけをすると判断を誤ることがあるのは分かるな。


「それに味方は多いに越したことは無いし、それはあなたも前原さんも同じ事。二人が近づけばお互い助け合うことも可能になるでしょう。出来ることの幅が増えるしメリットの方が多いわ」


「でも決め手に欠けるかな。窃盗犯と襲った奴、どちらを優先するかの判断材料がね」


「難易度と事件の性質の違いを考えてみて。窃盗と暴漢、再犯の可能性があるのは窃盗の方。前原さんの今の環境下では再度襲うのは難しいわ。それから犯人捜しだけど、もしかしたら前原さんは犯人が分かっているのかもしれないし、心当たりがあるのかもしれない。でも頑なに口を閉ざしているというのは、何かしら理由があっての事だと思うから、そこにいきなり触れるのは良くないと思う。だからまず窃盗犯を捜すのと同時に二人の関係を少しづつ改善していけば、もしかしたら彼女は何かを話してくれるかもしれないでしょう」


 望月さんも暴漢の件について俺と同じ事を考えていたんだな。


「理屈としては間違ってないけど、あとは出来るかどうかの問題か・・・・」


「・・・・・あのね、怒らないで聞いてくれるかな?」


 今日は最初から饒舌気味に語っていた彼女だったが、口調が急にしおらしくなる。


「大丈夫、今更何を言われたって怒らないよ。望月さんはすでに深いところに突っ込んでいるからね」


「それは十分自覚しているから・・・・・。それでね、事件を解決できるかどうか、本当のところ自信があるわけではないの。昨日は動画の件なら何とかなるなんて勢い余って言ってしまったけど・・・・・絶対的な根拠なんて全くない。だから最悪三つの事件は何も解決しないまま終わる可能性もあるって頭の中では思っているの」


 それは俺だって思っていることだよ。だけど望月さんはその事が許せないんだろ。


「でもね、このまま何もしないのは違うと思うの。全ての間違いを正していくのは難しい事だけど、その過程で得られる事の中に、大切なものや意義のあるものが沢山存在するって私は信じている。だから『出来る出来ない』ではなく『やるかやらないか』がとても大事なんことなんだと言いたい」


 やるかやらないか、が大事か。

  

 停滞させるか進展させるか。


 止まるか進むか。


 現実から目を逸らすか、それとも向き合うか。


 そんなの昨日俺は望月さんにハッキリと伝えたのに、いったい彼女は何を言ってるんだ?


「望月さん」


「ごめんね、こんな直前になってやる気削ぐことを言って。でも私の助けたいってこういう事なの。勿論事件を解決することを諦めている訳じゃないよ」


「望月さん、そんなの最初から分かっていた事だよ。というか昨日海で話した時から望月さんはそう考えていると思ってた」


「え?昨日私は・・・・・」


「望月さんは事件そのものを解決すると自分で言っていたつもりだろうけど、俺たち二人を救いたいと言っているようにしか聞こえなかった。確かに周りを巻き込んででも事件と対峙するという雰囲気でもあったけど、本質は解決そのものじゃ無いってね」


「船林君・・・・」


「昨日言ったよね、俺を救ってくださいって。あれは望月さんを信じたからこそ出た言葉で、その真意は今の状況から抜け出したいと心から願っていたからなんだよ。望月さんが居なければ願う気持ちすら出なかったと思う。自分の事は諦めかけていたからね。だから望月さんの救いの手を俺は自分自身の意志で掴んだ。それが出来たのも望月さんのおかげだよ」


「・・・・・・」


「そういう訳で昨日手を掴んだ時から俺は『やる』って決めていたんだよ。さっきは出来るかどうかを考えていただけで決意自体は一ミリも鈍っていない」


 言い方が悪かったのかもな。自信なさげに言ったもんだから彼女は勘違いしたのかも。俺はてっきり俺の決意を理解してくれているものだと思っていた。まあ独り善がりだったのかもしれないな。


「ううん、船林君の決意は信じてたよ。だけど変に期待させてしまっているのかなあって思ったの。私も駄目だよね。勝手に踏み込んであなたを煽って、でも必要以上に期待させてしまって。だから先に言っておきたかったの、本当に大事だと思う事を」


「それはちゃんと理解してる。でも期待はこれからもするよ」


「だからあまり期待されると困るというか、裏切りたくないというか・・・・・・」


「大丈夫、俺が勝手に期待するだけで、何があっても望月さんは悪くない」


 そうだ、ここまで親身になってくれる人に期待をしないなんて俺には難しい。だけど裏切られたって構いやしない。彼女を信じると決めた時から、そしてこれから先も変わることは無い。


「ごめんね、それとありがとう」


「それじゃあこれからも改めてよろしくって事で」


 昨日と同じく俺が右手を差し出すと彼女はやはり笑顔で掴んでくれた。


 俺の体温が高かったのか、彼女の右手は昨日ほど暖かくは無かったが、優しさが伝わって来た気がする。


 その後も二人で話を続け、俺から徳瀬にお願いして前原さんと会えるように段取りしてもらう事となった。

 

 そしてHRの時間が差し迫ってきてそろそろ解散しようかと思った時、ふと疑問に感じていたことを思い出した。


「ところでさ」


「そろそろ教室行かないと、あまり時間が無いよ」


「すぐ済むから一つだけ。どうして及川が動画の犯人だってわかったの? 取り憑いたからって何を考えているかは分からなかったんでしょ」


 単純に気になっていたことだ。それらしいことを聞いただけで根拠を聞いていない。それに知っていたなら、なぜ誰にも言わなかったのか疑問だ。


「それはその・・・・」


「答えづらいなら別にいいよ。それに疑う事もしないから安心して」


「そうじゃないの、隠していた訳ではないのだけど・・・・ううん隠してたかな。実はあの日、憑依された先輩が気になって後をつけていたら三階を上がって三つ目の部屋に入っていくところを見たの。それでしばらくしても出てこないから、待とうかそれとも帰ろうかと考えていたところに船林君がやって来たの。私は階段のところで部屋を窺がっていたから階段を登る足音で気付いた。だから慌ててここと同じ屋上の方にこっそり隠れて、少ししたら前原さんも階段を登って来たから何かあるとは思った」


「もしかして俺たちの一部始終を聞いていたの?」


「本当にごめんなさい。聞く気は無かったけど、もしかしたら先輩と関係あるのかもと思って、階段を静かに降りて二人のやり取りは途中までだけど聞いてた。告白だと分かってからはまた屋上方へ移動したから最後までは聞いてないよ」


「いやまあ今更別にいいんだけどね。公開されちゃっている訳だし」


「でも盗み聞きした私は許されない」


「それはちゃんと理由があったし、責める気は毛頭ないよ。それより何でそのことを誰かに話さなかったんだ?」


「最初はこんなことになるとは思ってなかった。何かあるもしれないと懸念はしていたけど、まさかあんな事になるなんて想像出来なかった。それでも動画が出回った当初は先生に話そうと思ったけど今度は窃盗事件が起きて私も少し混乱したの。それで最後に前原さんが・・・・」


 前原さんが襲われて事態がより悪化して何もできなかったって事か。


「分かった。望月さんが気に病むことは無い。なかなか言える事でもないし、今は俺達のために動いてくれている。それで十分だよ」


「私がもっと早く、タイミングを逸する前に行動できていればこんな事にならなかった。本当に後悔している」


「それは昨日聞いたよ」


「言い訳だけど、本当に話そうと思っていたんだよ。だけど先輩のストーカーの話を聞いたのはもっと後だったし、そもそもどうして部活に入ってもいない私があんな時間に旧校舎に居たのか説明するのも難しかった。本当の事は言えないし、でもそれって自分の事しか考えていなかったって事なの」


「もういいよ。例えどんな理由があろうとも望月さんを恨まないから。それよりそろそろ行こうか。俺は少し後を行くから先に教室に行って良いよ」


「・・・・・うん分かった」


 まだ何か言いたそうだったが、時間がそれを許さず彼女は先に階段を下りて行った。俺も少ししてから教室へ向かった。


 失敗したな。今聞くべきことではなかったな。俺に言わなかったのは理由があっての事だろうに。少し考えれば分かったはずだ。

 やっぱり俺は駄目だな。これからはもっと慎重に行動しなくてはいけない。


 特に前原さんには細心の注意を払わねば。




 



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