第24話 キンちゃん行こうか
国道の交差点まで二人並んで歩き、そこで望月さんと別れた。
聞きたい事や今後についてもう少し話をしたかったけれど、時間が遅くなってしまったので今日のところは解散することになった。
明日は必ず学校に行くから、また放課後にでも話をしようと彼女が約束してくれた。
屋川原駅に着いてから切符を購入し改札を通る。
ホームに降りると行きの時とはと違い、丁度発車するところだった上りの快速電車に乗り込むことが出来た。時刻は午後九時四十分。家に着くのは十一時を過ぎそうだ。
乗客は半分程度しか居らず、空いている席に座った。スマホを取り出し「たぶん家に着くのは十一時過ぎ、ご飯は適当に食べる」と母にメッセージを送った。
駅を三つほど停車したのは覚えていたが、いつの間にか眠ってしまい、起きた時には各駅電車に乗り換える駅の少し前だった。
各駅電車は待ち合わせする様すでに乗り換えする駅に到着していて、快速が来るのを待っていた。ホームのを挟んだ反対側に停車していたので、快速を降りてそのまま乗り換えた。
快速が発車してから五分後に各駅電車も駅から走り出した。座ることもできたが、一駅だけなのでドアの横に寄り掛かりながら到着するのを待った。
自宅の最寄り駅、学校の最寄り駅でもあるけど、さすがにこの時間では同じ学校の生徒を見かける事は無かった。
自宅に着いた時には祖父母が暮らす一階の明かりは消えており、玄関の鍵も閉まっていた。一階の鍵は持っていないので、二階の玄関から帰宅することにする。
外の階段を登りドアに手を掛けると鍵は開いていた。扉を開け中に入ると廊下の明かりは消えていたが、奥にあるリビングからは明かりが漏れていた。
「にゃふ」
「びっくりした。キンタロー、お前こんなところで何してるんだ?」
靴を脱いで床に上がって直ぐ、可愛い鳴き声をさせながら玄関の物陰から現れたのは、我が家の飼い猫のキンタローだった。こいつのお気に入りスポットは杏莉の部屋で、元々は上の姉
「珍しいなお前がこんな時間にここに居るなんて。もしかして杏莉の部屋にはいれないのか?」
言いながらリビングがある奥の方へ歩き出すと、キンタローもゆっくりとその後をついて来る。
リビングのドアを開けるとキンタローはササッと俺の足元の横を走り抜けて行き、ソファーの上を陣取った。だがそこには既に一人、風呂上がりでリラックスしながらテレビを見ている先客が居た。
「お帰りなさい英にぃ、今日は遅かったね。友達と遊びにでも行ってたの?」
「まあそんなところだ。ところでご飯何か残っているか?」
ソファーに座っていた杏莉はラフな格好で、ポニーテールも解いているから後寝るだけみたいな状態だった。
「英にぃの分はちゃんと残してあるよ。幸晴おじさんはさっき食べて私と入れ違いでお風呂に入ってるよ」
「母さんは?」
「おじさんがご飯食べたら同じくらいに出て行ったよ。お風呂は済ませてあるからもう部屋に行ったんじゃないかな」
「そうか。じゃあとりあえず着替えてから飯食うかな」
「分かった。準備しておくね」
ソファーから立ち上がろうとした杏莉を手の仕草で制止させた。キンタローは動いた杏莉にピクッと反応して辺りの様子を窺っていた。
「自分でやるからいいよ。杏莉はゆっくりしといてくれ」
「別にすぐ出来るから平気だよ。英にぃも遅くなって疲れているだろうから私に任せてよ」
「分かった。お言葉に甘えさせてもらうよ」
リビングを出て自室に戻り制服から緩めの服に着替えた。リビングにすぐ戻ろうと思ったが、その前にスマホを手に取る。
『今家に着きました。今日はいろいろ話が出来て良かったです。それで明日学校で。おやすみなさい』
少し堅い文面になってしまったが、望月さんにメッセージを送った。
テーブルの上には一人分の夕食が出されていた。杏莉が手際よく用意してくれたみたいだ。
その杏莉はいつもの自分の席ではなく、俺と向かい合う形で座っていた。
「ありがとよ杏莉。ところで宿題は終わったのか」
席に座り食事に手を付ける前に何となく訊いた。
「今日は少なかったし夕食前には終わらせたよ」
「そうか、いただきます・・・・・・・・・ふう」
温め直してくれた味噌汁を一口飲んで一息つく。
「随分とお疲れのようだね。どこいってたの?」
「ん、屋川原かな。ちょっと用事があってな」
「そんな遠くまで行ってたんだ。そりゃ遅くなる訳だよね」
「ところで杏莉はまだ寝ないのか。キンタローも待ってるんじゃないか?」
「もうちょっとしたら行くよ。でもその前に英にぃさあ・・・・・・」
笑顔だがどこか不自然な感じがする。こういう時は大抵お願い事がある時だ。
「宿題なら終わったんだろ。それとも他に頼み事でもあるのか?」
「ふふ、良く分かったね英にぃ」
「顔を見れば分かるよ。それで俺に頼みたい事ってなんだ? 今日は遅いから出来れば明日以降で頼む」
「大丈夫、今日じゃないから。お願いしたいのは明後日の土曜日なんだけど、英にぃ時間あるかな」
「明後日か・・・・あったとしたら何をしてほしいんだ?」
「蛯野へ買い物に行きたいの。私まだこの辺りに詳しくないから誰かに連れて行ってもらいたい」
明日は望月さんともう少し話をするつもりだが明後日はどうだろう? 土曜日は学校が休みだから今のところ何も予定はない。しかし明日次第ではどうなるか分からないな。前原さんとも明日会うつもりでいるから、場合によっては土日のどちらかに何かしら予定が入る可能性は否定できない。
「買い物なら友達とか和幸に連れて行ってもらえばいいんじゃないか」
「学校の仲良い友達とは都合が合わなかったの。日曜日はお父さんとお母さんに会う約束があるし、和君やお姉さんにも頼んでみたけど、やっぱり予定があって行けないみたい」
「そういう事なら別に構わんが、もしかしたら俺も予定が入るかもしれないから、その時は行けなくなるかもしれないけど、それでも良いなら連れて行ってもいいぞ」
「ホント!?それで構わないよ。よかったー、私方向音痴だから道に迷っちゃうんだよね。知らないところなら尚更不安になるし。やっぱり英にぃは頼りになるなー」
ここまで喜んでいる姿を見ると、後からすごい断りづらいな。まあその時は別の何かで埋め合わせするか。
「あんまり喜ぶなよ。恐らく大丈夫だと思うけど、もしかしたら予定が出来るかもしれないから」
「それって先約の私より大切なことなの?」
テーブルに両肘を置き両手で頬杖をつきながら、どこか俺を試しているかの様に訊いて来る。
「・・・・あまり答えづらい事聞くなよ。でもまあ何だ、出来るだけそうならないようにはするけど、最悪後で埋め合わせはするからさ」
「ふふ、冗談だよ。もしダメなら別な日に行くから気にしなくて良いよ」
言いながら頬杖を解き背もたれに体重を預け直す。
「そうか。ところで何を買いたいんだ?」
「うーんとね、バッシュ。実はバスケ部に入ることに決めたの。品揃いが良くて安い店が何件か蛯野にあるって一緒に入る友達から聞いたから」
杏里がバスケットか。もし続くようだったら今度あの浜辺のコートに連れて行くのも良いかもしれないな。あそこは昼に行けば最高のロケーションだと思うんだよな。ただし道の途中に霊が居るらしいが、見えないから気にすることもないか。
「杏莉バスケ部に入るのか。それならいい店知ってるぞ。バッシュだけじゃなくてウェアやバスパンも豊富なところもな」
「とりあえずバッシュだけでいいかな。あとは必要だと思ってから買うことにするよ。それにしてもさすが・・・・・あっ」
「しまった」みたいな顔をした後、にこやかだった杏莉の顔が急に青ざめる。
「ごめんやっぱり大丈夫。別な日に行くからやっぱり無しで・・・・・・」
「もしかして俺の事を気にしているのか?」
「・・・・・・うん。英にぃバスケ辞めちゃったんだよね。知っていたのに少し浮かれてうっかりして・・・・」
俺に何があったか杏莉がどこまで知っているかは分からない。でもあの頃にはもう杏莉はこの家で生活していて、俺の様子を間近で見ていた。部活をやめたのもその時だったので、何かあったのだと勘ぐるのは当然だ。
「杏莉聞いてくれ。お前がどう思っているかはあえて聞かない」
居住まいを直し神妙な面持ちで話を聞いている。
「俺は家族に余計な負担を掛けたくないと思ってる。それは結局俺の重荷にもなるからだ。確かに退部したのは色々と理由があってのことだが、最終的には自分で判断して決めた。だから杏莉が気にするような事は何もない。バスケの話を俺の前でされても何とも思わないし、変に気を使ってバスケ部に入る杏莉がこの話題を避けることは、こちらとしても心苦しくなるんだよ」
「でも・・・・・・」
「杏莉はこの前言ってたよな、「私は大丈夫だよ」ってな。だから俺も言うよ」
杏里が俺に言ったその言葉。もしかしたら俺と杏莉は同じ意味を指しているのかもしれない。
「俺はもう大丈夫だから」
「英にぃ・・・・・うんわかった。それじゃあ土曜日お願いするね」
「おう、任せとけ。一緒に良いバッシュ探してやるさ」
「ありがとう。それじゃあ私は部屋良くから。ご飯少し冷めちゃったけどゆっくり食べてね。キンちゃん行くよー」
呼ばれたキンタローは「にゃー」と一鳴きしてソファーから降りる。
「英にぃおやすみなさい」
「ああおやすみ」
杏里は左手で後ろ髪を束ねる様な仕草をしながらドアへ歩いていく。最近知ったがこれは杏莉の癖みたいで、髪をポニーテールから解いた時によくやっている。
食事を再開させたところで杏莉がリビングを出る前に訊いてきた。
「英にぃの『大丈夫』に今日会った女の人は関係しているの?」
「ブフォッ」
口に入れたご飯を少し吹き出してしまった。
「その様子だと当たったみたいだね」
「な、なんでそう思ったんだ? 誰と会ったとか言ってないよな」
「んー。女の勘ってやつかな」
「マジで?」
「嘘。本当はなんか英にぃからいい匂いがしたんだよね。いつもはしない匂いがね」
「今日電車に乗ったから、たぶん隣の人の匂いでも移ったんだろう」
「まあそういう事にしておくよ。それに誰にも言わないから安心してね。でも後で誠意的な何かを見せてくれたら杏莉さんはとっても嬉しいのです」
さっきとは打って変わりケラケラと笑いながらキンタローと一緒にリビングから出て行った。
まったく、杏莉には敵わないな。
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