第23話 身は守れるけれど・・・・

「確かに望月さんの言う通り、俺と前原さんとの関係がギクシャクしていると動画の信憑性が増すことになると思う。けど関係性が元通りになったとしても問題が解消されるとは思えない。俺と一緒に居ることでまた変な噂を立てられてしまう可能性だってある」


「その可能性も否定はしない。だけど船林君はこのままで良いの? 彼女がこのまま保健室登校で終わってしまっても」


「そりゃ良くないと思ってるよ。前原さんには以前のような学校生活を取り戻してほしいと願ってる。でもこれ以上傷ついてもらいたくないとも思っている。だから下手に動くのは危険なんだよ」


「前原さんの元の学校生活には、船林君も入っているんじゃない? だったらあなたが動く理由には十分だと思うの。それに今のままだと彼女の心の傷は癒えない。周りにどう思われるのかを気にするのではなく、周りからどう思われていても大丈夫な環境を作ってあげることが先決だよ」

  

「環境作り・・・・。それが出来れば苦労はしないよ望月さん。それに俺一人だけの力では大した役には立てない。言いたいことは理解できるけど、現実問題彼女が救われるとは到底思えない」


「勘違いしているよ」


「勘違い?」


「私の言い方が悪かったのもあるけど、一人でとは言ってないよ。船林君、あなたは今学校で孤独だと思っている?」


 孤独。あの頃は本当にそう思っていた。周りの言葉に耳を傾けることも出来ず、全てを自己完結させていた。

 人の言葉が善意か悪意か、疑心暗鬼に陥っていた俺は、その多くを受け入付けないことで身を守ろうとしていた。

 だがそれも望月さんのおかげで変わることが出来た。


「・・・・・最近は、二年になってからは違うと思う。徳瀬は最初から俺のことを信じてくれていたし、関りの無かった憲吾も今は味方でいてくれて信頼できる。あと八嶋も・・・・・あいつとはあまり話す機会が無かったけど、少なくとも敵ではない。」


「そうでしょう。私から見ても船林君は孤独ではないし、頼れる人が少なからずいるのよ。だからその人達を巻き込んででも前原さんとの関係を修復すれば良い。勿論私も協力は惜しまないつもり。ごめんね。最初からこういう言い方をすれば船林君を怒らせないで済んだかもしれないね。性根が真っ直ぐだって言ってくれたけど、単に思い込みが激しくて思慮に欠けているだけだから」


「真っ直ぐなのは良いことだよ。俺には足りていない部分なのかもしれない。あと憲吾みたいに周りに流されないタイプが近くに居るだけで不安は減るしね。確かに味方は大勢いた方が安心出来るけど、問題は前原さんがそれを受け入れるか、だよね」


「その辺は大丈夫よ。徳瀬さんはずっと傍に居し、船林君も問題ないと思う。言ったでしょう、前原さんはあなたのことが好きだって」


「確かにそれは前聞いたけど、その根拠はどこから出てくるの?」


「本当は誰にも言わない約束だったんだけど、ここまできたら教えるしかないかな。実は最近徳瀬さんからこの事を聞いたの」


 話した人物が徳瀬なのは驚かないが、徳瀬が前原さんの秘密とも言える事を他人に喋ったことには驚きだ。


「何で徳瀬が望月さんに? 二人はそこまで仲が良かった訳じゃないよね。それにあいつが簡単にそういう事を他人に話すのは信じられない。ましてや親友の前原さんの事なら尚更だ」


「彼女も思うところがあって教えたんだと思うよ。聞いた私だって少し驚いたもの」


「どういう流れでその話が出たのか聞いてもいい?」


「問題ないよ。まずね、先週末に私の方から話し掛けたの。前原さんに私が何か出来ることないかなって聞こうと思ってね。そうしたらあなたと同様に、彼女を助けたいと思う理由を聞かれたわ。今みたいに詳しくは話す事が出来なかったから最初のうちは怪訝な顔をされていた。だけど船林君のことも一緒に何とかしてあげたいと必死に説明したら、徳瀬さんの表情が一転したの。それから徳瀬さんは、前原さんの現状の様子や私の知らなかったあなたの事を話し始めた。事件前後で二人がどう変わってしまったか、二人は本当に仲が良かった事とか色々と教えてくれたよ。そして私がもう一度二人の事を助けたいと口にしたら『だったらまずヒデの力になってあげて』と言ってきたの」


「あいつがそんなことを・・・・・」


「その後に『だから彼の事を宜しくね』と言われて、それ以上私は何も返すことが出来なかった。そして話の終わりに『ナツはヒデのこと好きだからその辺も考えてあげてね』なんてことをいきなり言われてビックリしたわ」


「俺の事を頼むって・・・・・・でも望月さんは前原さんを助けようと、悪い言い方をすれば俺を嗾けてきたよね。それってあいつに言われたことに反してるんじゃないか?」


「見方を変えればそうかもしれないね。でも私は彼女の言葉に反しているつもりはないよ。彼女にも言ったけど私は二人を助けたいと思っている。最初は前原さんからアプローチして、その後前原さんを含めた何人かで船林君を何とかしようと思っていたの。勿論これは私のエゴと捉えてもらって構わない。それに先に助けるべきは彼女の方だと今でも思っている」


「それじゃあ喫茶店で俺に大丈夫って言ったのはどういう意味だったの?大丈夫なら俺を助ける必要はないよね」


「前原さんと比較しての大丈夫って意味だよ。さっき自分でも孤独を否定したよね。学校での居場所が彼女と比べて安定しているとでも言うのかな。しかし未だ悪意に晒され続けている状況では安堵は出来ない。この理由を喫茶店であなたに伝えることは出来なかった。余計なお世話だって言われかねなかったから。でも結局首を突っ込んだ時点で余計なお世話なのかもしれないけどね」


「確かにあの時だったらそう思っていたかもしれないな。でも今は状況が違う。望月さんは自分を晒してまで俺達に関わろうとしている。そんな気持ちを無下にはしたくない」


「ありがとう。それで話の続きだけど、私がアプローチ先を替えたのは前原さんがあなたの事を好きだと聞いてからなの。告白したのだから船林君が彼女の事を好きだという事は明白だった。だから彼女の方からあなたに手を差し伸べてもらいたかったの。それが簡単な事じゃないとは分かっていてもね。でも話を聞いて気が変わった」


「望月さんは勘違いしているよ。想いを寄せている人から・・・・・ううん想いを寄せている人からだからこそ、弱っているところを見られたくないんだよ。俺は彼女の気持ちを知らなかったけど、俺は前原さんにそんな姿を見られたくない」


「・・・・・・私には良く分からないわ。男女のそのなんというか恋愛とかそういうの。でも大切な人、例えば家族とかにそういう姿を見られたくないというのは何となく分かる気がする」


「それと同じだよ。幻滅されたくないとかじゃなくて、心配かけたくないとか、巻き込みたくないとかね」

 

 それは俺が家族に対して思ってきたことだ。無条件で味方になってくれる事は言葉にしなくても互いに通じ合っている。だからこそ触れてほしくないと思う。触れた相手は心配をしてくれるだろう。だけど触れられた方はその触れた相手の気持をまた背負わなくてはならない。


 相手の心配する気持ちを抱えることは、弱った人間には荷が重すぎる。


「それでも私は二人を助けたいの!私の我儘なのは重々承知している。でも今のままではあまりにも・・・・」


 ベンチから立ち上がり俺を見下ろしながら言い放つが、最後まで言葉にならなかったみたいだ。


「見てられないか? それとも理不尽過ぎるか。どちらにしても確かに望月さんのエゴで我儘だな」


「・・・・・・・・」


 望月さんの性格や行動原理はそれなりに理解したつもりだ。


 見た目通りの真っ直ぐな性根。


 見た目とは裏腹に感情が昂りやすい性格。


 思いもよらなかった彼女の秘密。


 そして誰よりも正義という名がふさわしいと思える彼女の本質。



 彼女の言う通り前原さんの現状を打破するには俺の力が必要なのかもしれない。けどそれはあくまで可能性があるというだけのことで確証はない。

 

 しかしどうだろう。

 確証という不確かなものは一体どこにあるのだろうか。

 

 不確かだから行動しない。

 身近にある不確かをこの手に掴み、盾にして身を守る。そうすれば自分は傷つかない・


 何のために身を守るのか。

 身を守れば自分は助かる。しかし救われることは無いかもしれない。


 救われたいと思って何が悪い。

 辛い日々から抜け出したい。叶うなら以前のような環境に戻りたい。


 戻りたいならどうすれ良いか。

 簡単なことだ。何事もなかったあの日々に戻せば良い。


 戻すにはどうすれば良いか。

 それが出来るのならば誰も苦労はしてないって。


 じゃあ出来ないならどうすれば・・・・・・・・・・・。


 


「望月さん」


「・・・・うん」


「俺も大概だったみたいだよ」


「・・・・なにが?」


「俺も大概エゴリストで我儘だって言う事」


「?」


「正直さあぁ望月さんみたいに純粋で高潔な志は全く存在しないのだけれど、俺も現状を変えたいと思い始めている。いや最初からそう思っていたのかもしれないかな。誰だって辛い思いはしたくない。けれど諦めていた俺はこれ以上悪くならない事だけを考えていた」


 おれもスッと立ち上がり、望月さんと視線がほぼ同じ高さになる。

 見れば見るほど美しい彼女の姿に今は魅了されることはない。それ以上に強い意志が俺にはあった。

  

「だから俺は自分の本当の気持ちに向き合ってみようと思う」


「それってつまり・・・・・・・」


「そう。上手くいくか分からないし、前原さんをさらに傷つける結果になるかもしれない」


「そんなことは私がさせない」


「ありがとう。でもこれは可能性の話であって誰にも分からないんだよ」


「それでも私は・・・・・・」


「分かってる。だからやるからには中途半端なことは絶対にしない。使えるものは全部利用するつもりだ。じゃないと後悔するから・・・・・・違う失敗するかもだな」


「それじゃあ船林君は前原さんに」


「ああ、明日にでも会ってみようと思う」


 急いては事を仕損じるとは言うけれど、長丁場になるのは目に見えている。だったら早く行動を起こした方が良いだろう。時間が経てば決意も鈍ってしまうかもしれないし。そう考えてしまう俺も全然ダメなんだが・・・・・。


「だからお願いするよ」


 これは大事なことだ。差し伸べられた手をただ握るだけでは意味がない。だから・・・・・



「望月さん、俺をどうか救ってください。そして出来るのならば一緒に前原さんも救ってほしい」



 比喩ではない現実に差し出された俺の右手を彼女は笑顔で掴んでくれた。



 夜風で冷たくなっていると思われた彼女の右手は、今日の望月さん同様、予想外に暖かかった。

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