第22話 悪意のワンカット
俺と望月さんの関係は今のところただのクラスメート。少し前までは得体の知れないクラスメートだったのが、今では普通のクラスメートになれたんだと思う。ただし望月さん曰く、彼女は普通ではない力を持っているが。
「望月さんが俺を助けた理由は分かった。それで及川先輩の方も助けたの?まあ個人的には当然思うところもあるけど、取り憑かれていたという点では同じだからね」
「何とか出来るなら、とは考えたけど、結局何も出来ずに終わってしまったかな。終わったと言うのは、事件を起こした後すぐ霊は及川先輩から離れていたから。誰かを陥れるのが目的だったのかもしれないし、別の目的があったのかもしれないけど、あれ以降先輩が取り憑かれているのを見てない。そもそもどんな霊が憑いていたのかさえ分からなかったの」
「当然本人にも自覚は無いか・・・・」
「そうね。私と同じことが出来るのなら話は別だけど、可能性は低いと思う。だから状況から推測するしかないかな」
「でも先輩の悪意が元々あった可能性は十分考えられるよな。良く分からないけど相乗効果みたいなやつ?俺も落ち込んでいたところにネガティブなおっさんの霊が取り憑いて、マイナス思考が加速していったって事だろ。今考えるとホント恐ろしいよな・・・・・・」
「その可能性は十分考えられると思うよ。実はね、先輩は去年の夏休み、前原さんに告白して振られたみたいなの。事件があった後、樹乃が私に言ったのよ。及川先輩は振られた後、前原さんにストーカーまがいな事をしていたと、部活の先輩から聞かされたってね」
その話は夏休み明けに聞いたことがある。でも噂程度だったし名前は挙がっていなかった。前原さんにそれとなく訊いてみたが、本人もあまり気にしていない様子だった。徳瀬に訊いても詳しくは知らなかったと思う。
「だからね、動画を流したのは及川先輩じゃないかって生徒の一部では噂になっていたらしい。でも証拠もないし、学校側から事情聴取されることも無かったみたい。酷い話だよね、船林君は散々問い詰められたのに。本人の意思がどの程度介在していたかは判断しかねるけど、一番悪いことをした張本人が何事も無かったように過ごしていること事態、私は許せない」
「俺だって許せる訳ないだろ。しかし証拠がなければ動きようがない。例え暴力に訴えて本人の口を割らせたところで、後から脅迫されて無理やり喋らされたと言われればそれまでだしな」
それに変に蒸し返してまた前原さんを傷つけるのは避けたい。
「そもそも望月さんはどうやって動画の件を解決するつもりなの?それにどこまでやろうと思っているのか教えてほしいかな。それに分かっていると思うけど、下手に動くとまた前原さんを傷つける可能性があるってことは念頭に入れておいてくれよ」
「うん。まずは勿論船林君と前原さん、二人の汚名返上よ。及川先輩の事は許せないけど罰を与えようとは考えていないよ。報いは受けるべきだと思っているけどそれは私の役目ではない。あとは前原さんに悪影響を与えない方法だよね。それにはやはり船林君が傍に居る事が一番重要だと思う」
「結局その話になるのか。その役目は望月さんには出来ないの?」
「言ったでしょう。私に出来ることは限られてるって。そもそも私一人じゃ誰かを助ける事なんて殆ど出来ないよ」
「でも俺の事は助けてくれた。たぶん一人でだよね?」
「船林君の場合は運が良かったの。あれで本当にどうにか出来る確信なんて無かった。切羽詰まった状況で咄嗟に思いついた事を反射的に実行しただけで、殆ど運任せだったわ」
あれとはキスの事だろう。確信していないのに実行した事に驚きだ。好きでもないのにただ助けたい一心であれが出来るというのは相当なものだな。
「やっぱり望月さんは正義の人だよ。俺には真似できない」
「だから反射的って言ったでしょう。私にはああすることしか思い浮かばなかった。強いショックを与えればもしかしたら憑依が解けるかもってね。というかその話もうやめてよ、私だって本当はすごく恥ずかしいんだから」
色白な頬がピンク色に染まっていく。俺だって恥ずかしいよ。キスした当人が目の前に居るのだから。
「船林君が変な事言うから話が脱線しちゃったじゃない。私は真剣に話しているんだから真面目に聞いてよね」
最初から真面目にきいているんだがなあ。
「分かってる。それで俺が彼女の近くに居る事でどう影響するのかな?そこはホント慎重にいきたいんだよ」
「当たり前だけどまずは彼女の心のケア。徳瀬さんが今その役割を担っているけど、全てを賄いきれているとは思えない。その理由は簡単、あなたが前原さんに対して贖罪の念があると同様に彼女にも同じことが言えるはず。互いに自分が原因だと思い込んでいるから、なかなかそれを払拭できないでいる。それを解消することが最優先よ」
「どうしてそんなことが分かるの?俺はともかく前原さんとは話をしていないよね。彼女がどう思っているかなんて、本人か近くで寄り添っている徳瀬ぐらいにしか知りえないと思うんだけど、もしかして見えるあの力で知ることができるの?」
「私の能力如何に関わらず、二人を信じている人ならば誰でも気付くと思うよ。だって当事者、いいえ被害者の二人でしょう。言っておくけど私はこの力がなくてもあんなデマや噂は信じなかったと思う。少し考えればおかしいってことに気付くはずだから。何で大勢の人があんなのを信じているかなんて正直私には考えられない」
「信じる、信じないじゃないんだよ。そこに面白おかしいものがあれば事実として捉えてしまうものなんだよ。自分には関係ないから穿った見方なんて普通はなかなかしない」
「だからこそ船林君が近くに居る事が必要なの。そういう人たちからの好奇の視線から守るのと、二人の仲が良いところを見せれば疑問を持ち始める人が出てくると思う。そもそも二人に距離があると余計デマの信憑性が増してしまうと思わない?」
言われてハッとし、そして理解する。
二人の距離が遠ければ遠いほど事実から虚構へと近づいていくことを。
俺と前原さんが受けた悪意と仕組まれた罠。真相が分からずじまいの盗難事件。そして前原さんの身に起きたおぞましい事件。
今年の二月。バレンタインより少し前、告白してから数日経ったある日、学校中にある動画が拡散された。
動画は全部で10分程度。
最初は俺があの日前原さんに告白している映像だった。
それだけならまだ良かったが、映像には続きがあった。
俺の告白シーンは割と鮮明に映っていて、映っている人物や場所がハッキリと分かった。当然制服を着た俺と前原さんで、旧校舎の三階廊下だ。
言葉を聞き取るには十分な音量で、恥ずかしい二人のやり取りが晒されている。
カメラの位置は部屋の扉上部にある小窓からだと分かる。新しい校舎には設置されていないが、旧校舎の大半には取り付けられている。
そして俺が告白し、前原さんが返答をする前に画像が一旦真っ暗になり、少ししてから映像が切り替わる。
映し出された場所は同じ旧校舎で同じ階層、つまり二人が居た三階。違うのは二人が廊下だったのに対し映像はその階の使われていない部屋の中だった。
そこにはやはり同じく制服を着た男女が向かい合っているが、室内は暗く先程と違って個人を特定するのは難しい。制服から男女の判断がつく程度で、しいて言えば何となく髪型が分かるくらいだ。だが場所だけは特定をする事が出来た。三階は文化系の部活が二つ部屋を使っており、階段から上がってから一番近い二部屋が部室になっている。映像に映ったのはその並びの三つ目の部屋で、普段から倉庫代わりに使っている。部屋の中には積み重ねられた段ボールや文化祭・体育祭で使う備品、予備の机や椅子が置かれている。見ずらい映像でも、積み重なる段ボールや机の上にひっくり返して乗せた椅子が特徴的だったのですぐに分かった。
カメラの位置はやはり小窓の高さで、男の斜め後ろ方向から見下ろすように映されていた。
二人の距離はかなり近いく、つま先同士が触れているように見える。
女性の方は積まれた段ボールのような物に寄り掛かり、男の方は女性の肩辺りに右手を置いている。
音声は微かに聞こえる程度なので、声の主は判断できない。
しばらくやり取りがあったあと、男が女生徒を抱き寄せる。映像では顔と顔がくっついているように見えるがキスをしていたかまでは分からない。だが女生徒の方は拒んでいるようには見えず、どちらかと言えば受け入れている様だった。そしそのまま数十秒が経過したところで状況が少し変わった。
男がそれ以上の行為を迫り、女生徒はそれを拒んでいる様だった。
抱き寄せた状態から男はスカートの内側に手を伸ばし、それに気付いたであろう女生徒はその瞬間男を突き飛ばして距離をとる。男はそれにめげず女生徒を無理やり引き寄せ再び抱きしめ、今度は横顔同士をくっつけている状態だ。少しの間抵抗をしていた女生徒もあきらめか受け入れか判断がつかないが、大人しくなった。
どんな会話をしていたか分からないが、男の方が言いくるめたようにも見えた。そして男は顔を女生徒の正面に持っていきそのまま相手の顔に近づける。最初と同じく女生徒は拒んでいる様に見えなかった。
数秒後、男はいきなり抱き着いた状態で、力任せに女生徒を床に押し倒した。
必死に抵抗する女生徒。しかし下にいる状態なのと力の差で逃げることが出来ないでいた。
男は女生徒の胸のあたりを弄る様に手を動かしているように見える。服の上からか、それとも内側からなのか暗すぎて分からないが問題はそこにある訳ではない。
これは誰が見たって男が女生徒を無理やり襲っている映像にしか見えない。
そしてこの後続く映像により、襲った男と襲われた女生徒の正体が晒されることになる。当然それは悪意を持って作られた真実とはかけ離れたものなのだが。
押し倒されていた女生徒がどうやったのかハッキリとは見えなかったが、男を上手く押し返し、すぐさま立ち上がって部屋の入口の方へと走りだす。男の反応も早く、ドアに辿り着く前に女生徒の腕を捕まえた。カメラの位置的にドアは映っていないが、二人はまだカメラの視界からは出ていないので、状況を推測することは出来た。
廊下からの明かりが室内に入り込んでいてもおかしくないのでは? と思ったのだが、後から確認したらドアの窓には段ボールが張られ、上の小窓には厚手の幕みたいなものが全面に掛けられていていた。それまで気にしていなかったので、いつからそうだったのかは分からない。
電気が消えた状態で、尚且つ廊下からの明かりが殆どシャットアウトされている室内は、真実を隠すにも虚実を作り出すことにも、どちらとも好都合極まりない環境に見えた。
腕を掴んだまま男は何か言っている様だったが、女生徒の方は早くこの場から立ち去りたい素振りだったのが分かった。掴まれた腕を強引に振りほどき男から解放された女生徒は、今度はカメラの視界からフェードアウトした。そして男がそれを追い掛けて行くところで暗転し、数秒後また映像が切り替わる。
映し出された映像には前原さんが背中を向けて走り去っていく姿があり、俺はそれを後ろから見ているものだった。
つまり告白が終わって物音がした後のシーンだ。
そして前原さんが見えなくなったところで映像が終わる。
走り去る彼女の表情は当然見る事が出来ないし、前の映像から続けてみれば、逃げ去っていく様に見られてもおかしくはないだろう。映像は最初のカット同様、俺と前原さんだと分かる。
映像を最初から最後まで見れば、俺が前原さんに告白した後、何かしらの理由を付け彼女をあの部屋に誘い込んだ。そしてキスを迫りそれを受け入れられた俺は調子に乗って襲ってしまった。最後は前原さんが俺から逃げるように走り去っていく。
簡単にまとめるとこういうことになるな。
映像はもしかしたら加工されている可能性がある。あまりにも悪意を感じるし、都合がよすぎる気がする。現在の技術でどの程度出来るのかは知識がないから分からないが、音声を誤魔化したり画像を暗くしたりするのは簡単だろう。
あの二人が誰だったのかは当然分かっていないが、背丈や髪型は二人とも俺と前原さんに似ていた気がする。声がハッキリと聞こえていれば状況が変わっていたかもしれないが、犯人、望月さんの話では及川という先輩は相当念入りに作り込んだように思える。
知らない人が見たら悪意が介在した捏造されたものに見え嫌悪感を抱く人も居るだろう。だが学校の中ではそうではなかった。
自分の通う学校内の出来事で、俺を知っている生徒もそれなりに居たと思う。それに前原さんは可愛くて割と目立っていた方だ。
そんな二人の普通ではない映像を見たら学校の生徒たちはどうだろうか?
真実はどうあれ告白自体があったのは本当の事で、映像でもそれが分かる。間に挟まれた虚実が不自然に見えても、続けて見ることで、二人の間にあった出来事、と勘くぐってしまう生徒が多くいたのだ。誰がこんな悪質なものを拡散させたのか? よりも、自分たちの近くにこんな面白いものがある、という野次馬に近い心理が働いて、あっという間に後者の方が大きく広がってしまった。
前原さんは動画が流された時点で被害者。そして映像の中でもそれは同じだ。
対して俺は映像の中では加害者の立ち位置にある。真偽はともかく周囲から前原さんは可哀そうと思われ、俺は前原さんを襲ったかもしれない悪い奴と認識された。
それに加え、同日に起きた下着泥棒の一件。あの動画がなければそこまで俺が疑われることは無かっただろう。しかし女性を無理やり襲ったかもしれない男と認識された俺だから、下着を盗むという変態行為をしてもおかしくない。寧ろ襲うのに失敗した腹いせで犯行に及んだのでは? と邪推されてしまった。
動画を隠させたのは及川。俺の中ではまだ確証を得ていないが、振られた挙句ストーカー行為に及んだ彼がどういう理由で犯行に及んだのか分かっていないが一番の有力候補。
ではあの映像の男女二人は誰なのだろう? 犯人の仲間で演じていただけか、それともあの映像に映るあの女性は、本当に襲われた被害者だったのだろうか?
もしそうだとしたら男の方にも霊が取り憑いていた可能性があるのでは? それを望月さんは知っているのか? もしくは霊とは関係なく男が本能をむき出しにして襲っただけなのだろうか。
嘘や真相を隠している奴が居るのは間違いない。
それを暴くことで何かが解決することもあり得ない話ではない。
だけどそんなことをしたって、本当はもう遅いって俺と望月さんは知っている。
この事件の後、さらに衝撃的な出来事があったからだ。
告白から一週間後、前原さんは本当に学校内で襲われた。
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