第21話 晴れたその先

 「私が気付いたのは船林君が前原さんに告白するより少し前だった。学校にも少なからず幽霊が居るのよ。でも私が知る限り人に取り憑くことは極稀で、私は自分の意志である程度憑依させることが出来るけど、当然リスクもあるから最近では滅多なことがない限りやらない。あと憑依にも恐らくだけど段階があってね、周りから憑依された人から受ける雰囲気が少し変わる程度から、体を乗っ取って支配出来るようになる事まであるの。さっきも言ったけど私の経験でしかないけどね。それで結論から言うと船林君は告白の後に取り憑かれたのだと思う。告白の前に私が気付いたっていうのは船林君の事ではなくて、また別の幽霊が他の生徒に取り憑いて、その生徒が事件を起こしたというわけ。ここまでいいかな?」



「俺が気落ちしていた時に取り憑かれたってこと?それから別の生徒も?極稀だったんじゃないの」


「この件は偶然が重なって起きたのだと思う。そもそも取り憑くのって私の経験からすると誰でも良い訳では無いはずなの。アキ君以外にも私は憑依させて願いを叶えてあげたいと思えた幽霊がいたけど、その時はどうしても上手くいかなかった。理由は分からないけど、例えるなら波長みたいのが合わなかったせいなのかも。だから私でも出来ないって事は他の人でも同じじゃないかなって思うの」


「でも俺とその生徒は、波長的なものが幽霊と相性が良かったから取り憑かれたってことか」


「うん、でもあくまで私の推測に過ぎないけどね。それで船林君の場合、最初は軽い影響しか受けていなかったと思う。だけど日を追うごとに状況が悪化しているのが分ったの。影響をどれくらい受けているかというのはその人の存在感とでもいうのかな。説明をするのが難しいのだけど、あえて言うならその人の色が薄くなっていくイメージが分かりやすいかも。もちろん物理的ではなく感覚的なもので」


「それでどれだけ影響を受けているか分かるんだね。因みに俺とその生徒はどれくらいだったの?」


「うーん、船林君の場合色で例えるなら最初は赤で次第にオレンジに変わっていって、それから黄色かな。薄い寄りの。そして最後は蜻蛉のように今にも消えてしまいそうだったの。勿論船林君の体そのものはハッキリと見えていたよ。それから例の生徒、三年の及川先輩という男子生徒なんだけど、その人は私が気付いた時には存在が極めて希薄で、船林君みたいにどのタイミングでそうなったかは分からない」


「及川先輩って人があの動画を流した張本人てこと?それとも下着を盗んだ人?」


「動画の方よ。下着泥棒の方は私に心当たりはない。恐らくだけどこの二つは全く無関係で、偶然あなたに降り掛かった災難だと私は考えている」


「張本人の俺としては正直どちらでも一緒だし、今更冤罪が晴らされるとは思ってない」


「そんなことない!少なくとも動画の方は何とかなるって今でも私は思っている」


「何を根拠に言ってるんだ?SNSで拡散されてしまった現状では、どう足掻いたって否定することは難しい。いや、出来たとしてもそれをみんなが信じなければ意味がないんだよ」


「私はそれが出来ると信じているから、あなたが前原さんにちゃんと話をしてほしいとお願いしたの」


「・・・・・・話をしてどうなるって言っても、また平行線になっちゃうな。ごめん話を進めた方が良いね」


「私こそごめん。少し熱くなっちゃったみたい」


「それで俺と及川先輩って人が何かに取り憑かれていたのは分かった。それで俺に取り憑いた奴は何をしたかったんだ。やはり俺を殺すことが目的だったのか?」


「最初に言った通り幽霊・・・・この言い方はなんか言いづらいし違和感があるかな。ただの霊ということにするね。でね、その霊が何をしたかったか、というのは私には分からないの。今でも霊はパッと見ただけでは生きている人と区別がつかない。誰かに憑依したらその霊は見えなくなるけど、さっきも言った通り取り憑かれた人はその憑依具合で存在の濃さが私には分かる程度。つまり何をしたいか、というのは直接霊に確認するか行動を観察するしかない。だから見えているだけで全てが分かるという訳ではないから、そこは勘違いしないでほしい」


「そうだったんだ・・・・でも見える霊は全て会話することが出来るの?」


「たぶんだけど見える相手なら経験上話せると思う。もちろん気になって話しかけても返事がない場合も多々あるけど、それでも話しかけられていることには大半が気付いていたかな。気付いていて無視されることは結構多いの。そういう場合は私もそれ以上は干渉しないことにしている。あと、憑依している状態だとどうなのかは検証したことがないから分からない」


「望月さんに憑依していたアキ君は、みんなとの会話は成立していたの?」


「私の場合・・・・完全憑依とでもいうのかな、体まで支配されると存在は憑依した人そのものだと思ってくれてもいい。アキ君の例でいえば、憑依されている時私は意識はあるけど客観的に見ている感覚なの。だからアキ君は普通に他の子と会話をしていたわ。それから私が強く念じれば簡単に自分の体を取り戻すことが出来る。そしてこれがとても重要で、憑依される条件として精神が弱っている隙を突かれるか、本人が許容するか、大きく分けてこの二つだと私は考えている。何度も言うけどあくまで私の経験に則っているだけだから、間違えではないけど大正解ではないと思ってね。あと、検証したことがないというのは、船林君みたい憑依されて、その憑依した霊に対して話しかける様なことを実はまだ試したことがないの。だっていきなりあなたはどうしてその人に取り憑いたの? て聞けないでしょう。だって完全憑依状態かどうかは存在感だけでは確証が持てない。私が完全憑依させた時に誰か判断できる別な人が居れば話は変わってくるけどね」


「いろいろと聞きたい事や突っ込みたいとことが多々あるけど、結局望月さんはどう判断したんだ?」


「船林君の場合は予想するのが容易かった。取り憑いたのは中年の男性で、恐らく三、四十代かな。話をしたことがないけど、いつもブツブツとなにか恨みたいのを言っていて、最終的にはよく「死にたい」って言ってたわ。私が入学したときには既に学校内をうろついていたけど、実害がなかったから気にしないようにしいてた。事件直後から船林君に纏わり付くようになって、その後すぐに取り憑いたのが分かった。それ以降はさっき話した通りで段々浸食されていったというわけ」


「俺が聞きたいのはどうして俺を助けようと思ったのか、という事なんだけど。霊が憑依する条件とかそういうのは今そこまで重要じゃない。望月さんの行動原理が知りたいんだ」


「・・・・・・大した理由なんかない。なんて言ったら怒られちゃうかもね」


「怒りなんてしないよ。でも理由はあるんじゃないの?」


「言ったかもしれないけど結局はエゴなの。見えるのに、何が起こるか予想が出来るのに何もしないという事が私にはどうしても耐えられない。もう子供じゃないからある程度の分別は持っているつもりだけど・・・・・・・近くにいる人が悪意に晒されるのはどうしても見過ごせないから」


 だけど、だけど・・・・・と彼女は呟いてから続ける。


「見えるだけしか能がない私には何も出来ないし頼れる人も限られている。だから間違った方法だと分かっていても、そうするしかないのならあえて進むしかない。それが私のエゴで、あなたを助けようと思った理由」


 開き直ったようなセリフに嫌悪感は微塵も感じられなかった。


「少なくとも俺は望月さんの言うエゴで救われたし、アキ君もそういう意味では同じじゃないかな。エゴって自分勝手なイメージが強いけど、その中には優しさが含まれているんじゃないのかな。望月さんがどういう理由で俺の事を優しい人、と言ってくれたかは知らないけど、自分で言ったよね?悪意に晒されているのを見過ごすことが出来ないって。それってつまり誰かが不幸になるのを見過ごせないということでしょ。そういう気持ちって多かれ少なかれ誰しもが持っているものだよ。望月さんはそれを自虐的にエゴという言葉に変換して自分を誤魔化しているだけだと思う。自分が悪者になれば他の人が相対的に、少なくとも悪人にはならないってね」


「そんなこと・・・・・・・・」


「実際俺もそうだからね。悲劇のヒロインは最後まで救われないからこそ悲劇のヒロインであって、救われてしまった時点でその資格を失う。だから俺が救われないことで相対的に誰かを救いたいと思っている」


 それが一番簡単な方法だった。それに足掻けば足掻いた分だけ、傷つくのは自分自身なのだから。


「でも望月さんはその必要がない。というかなれないよ、悲劇のヒロインになんて」


 だって今日知った望月さんのそれは・・・・・。


「見た目とは裏腹に好奇心旺盛で向こう見ずな性格。普通は自分に憑依させるなんて怖くて出来ないよ。それと性根は真っすぐで芯が通っている。それに加えて誰も持っていない力がある。それってつまり・・・・・」


「つまり?」


「正義のヒーローみたいじゃないか」


「正義の・・・・・・」


「正確には正義のヒロイン。だから悲劇のヒロインなんかじゃない。って俺が勝手に言っただけだけどね」


「私はそんなんじゃない。自分勝手に行動しているだけ」


「だからそれが正義なんだよ。自分が思うことを自分の意志で行動する。それが人を助けようとする事なら尚更ね」


「助けようなんか・・・・」


「なんか?」


「してない・・・・・というのは違う。助けたいと思う心は確かに嘘じゃない。けど・・・」


「それだけで十分なんだよ。あーなんか腑に落ちた気がする」


 霧がかった森が晴れ、ただの森になったその奥に彼女の姿が見えた気分だ。


「何が腑に落ちたの?」


「もちろん望月さんの事だよ。正直分からないことだらけだったんだよ。でも今日話してみていろいろと知ることが出来た。幽霊や過去の事、望月さんの話し方や表情に加えて行動原理。改めて俺は望月さんの事何も知らなかったんだなーて思ったよ。でもね一番腑に落ちたのは・・・」


 

 これからの二人にとって大事なこと。これを知らなければきっと、本当に赦し合う事は出来ない。



「俺と望月さんとの距離感だよ」

 



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