第20話 灰色の定義
望月深陽の過去と秘密を時折相槌を交えながらも最後まで聞いた。
正直途中でオチというか結末が想像できてしまったが、想像出来ただけで信じるには至らなかった。
彼女は終始真剣に話をしていたが、自虐的になることもしばしばあった。
そりゃそうだと思う。この話が本当だったら話す方も、相手にとっては戯言にしか受け取らないと捉えてしまうもんだ。そうなるとバカバカしくなって自虐的になってしまうのも無理がない。
しかしだからこそ信憑性が高いともいえる。だけど話だけでは鵜呑みにはできない。
「まあ私の昔話はこんな感じなんだけど、やっぱり引くよね。傍から見たら自分がちょっとイタい子だっていうのは自覚している」
「まあなんだ、引きはしないけど正直戸惑っている。でも望月さんが作り話をしているようには見えなかったかな」
「そっかー、普通はそうだよね。私も船林君と同じ立場だったらたぶん引いちゃうと思う」
「ところでこの話が全部本当だとした場合、俺との関連性が見えてこないんだけど・・・・」
「それは今から説明しようと思ってる。今までの話は前提とでもいうのかな、信じてもらうのに必要だったの」
「その前にいくつか聞きたいんだけどいいかな?」
「いいよ、このことに関してもう隠す必要はないから」
話始めと比べどこか吹っ切れた様子に見える。そして安堵感というか重い荷物を運び終わった後みたいな感じだ。
「まず最初にアキ君とはどうなったの?それに他にも幽霊・・・・でいいのかな、同じようなものを今までにどれくらい見てきたのかな?それとお婆さんとはそれっきりだったの?それから・・・・」
「ちょ、ちょっとストップ。船林君質問するのは全然かまわないけど、ゆっくりでお願い。出来れば一問一答でいかない?その方が正確に答えられると思うの」
「ご、ごめん。なんかいっぱいありすぎて混乱してるからつい・・・・」
「大丈夫よ、ところでまだ時間は大丈夫?私の話結構長かったから」
スマホの時計を見ると時刻は八時をとっくに過ぎていた。およそ一時間くらい彼女の話を聞いていたみたいだった。
「まだいけるかな。十時くらいの電車に乗れば余裕じゃないかな」
「そんなに遅くなって家の方は平気なの?もし良かったら明日は学校に行くつもりだからその時でもいいと思うのだけれど」
「平気平気。さっきも言ったけど高校生の男子なんてそんなもんだよ。連絡はしてあるしさ。それより望月さんの家は門限とかないの?」
「門限とかは無いけど・・・あと一時間ぐらいなら大丈夫かな。もし何かあったら電話があると思うし」
「じゃあもう少し話を聞きたいかな」
「うん。それじゃあまずアキ君の事だよね?」
「そうだね。その子は結局どんな子でその後どうなったか教えてほしい」
「わかった」と言ってからお尻をベンチの先の方に少しずらし、やや斜め気味で背もたれに寄り掛かる。地面と垂直に置いていた足を地面に付けたまま真っすぐに伸ばし、伸びきった状態で両足を軽く交互に上げ始めた。
トン、トン、トンと一定のリズムを刻んでいる姿はとても可愛らしい。
「アキ君とはその後もしばらく遊んだよ。でも殆ど二人だけで過ごすようにしたの。周りの目がどうしても気になるから。それで最後に・・・・・」
「最後に?」
そこでテンポの良い音が止まる
「これは全部の質問が終わったら話すね。結末だけを言うなら小学校に上がって少ししたらアキ君は居なくなったの」
「居なくなった・・・・・最後、が気になる」
「今は気にしないで。次は他にも所謂幽霊を見たことがあるか、だよね?」
「あ、ああそうだね」
「あるわ。どれくらいって言われたら、数えきれないほどかな」
「そんなに・・・・・。もしかして今もこの近くに居たりするの?」
言いながら恐るおそる辺りを見回すが、俺たち以外に人影はない。
「ふふふ。そんなに怖がらなくても大丈夫よ。この辺には何も居ないから。でも来る途中の道には居たけどね」
「・・・・・本当に言ってるの?」
「本当よ。でも今まで何度も見た人だから害は無いと思う」
「てことは悪さをする奴も居るってことだよね。呪われたりしない?」
「そうね、それが問題なの。呪い、とは違うかもしれないけど、解釈次第ではそうともとれるのかな」
おいおいマジかよ。信じた訳ではないけど気持ちの良い話ではないぞ。
「呪われることもあるんだ・・・・・。望月さんは今まで大丈夫だったの?」
「私の心配をしてくれるの?」
「そりゃそうだろ。真偽はともかくとして普通は心配するもんだと思うよ。それにそもそも幽霊っていうのは一般的に云われている認識で良いのかな?」
いざ幽霊と言われても霊感が強い人が見ることが出来て、どちらかと言えば恐怖を与えるイメージの方が強いな。望月さんも霊感が強い部類なのだろうか?
「定義としてはそこまでずれていないと思うけど・・・・・・・。ねえ船林君。あそこに見える草って何て名前かわかる?」
コートと舗装の切れ目に生えているただの雑草に見える草を指さす。
「ん?そこに生えてる草のこと?見たことがあるような無いような・・・・・いきなり言われても分からないな。でもそれがどうしたの」
「それじゃあ分かることだけでいいから言ってみて。なんでも良いから」
「うーんそうだなぁ、緑色で二十センチくらいあるかな。葉っぱは少しギザギザで、後は・・・そんなもんかな。調べればもうちょっと詳しくわかると思うけど」
似た様な草なんて数えきれない程あるから難しいかもな。
「それと同じ様なものなの。草、というのは見て分かるけどそれ以上の情報ってせいぜい匂いを嗅いで確かめるくらいしか出来ないでしょう。多年草か一年草かもわからないし、もしかしたら花が咲く可能性だってある。だから見えているだけでは判断がつかないことが多いの」
「だったら調べればいいんじゃないの?時間は掛かるけど、何もわからないってことは無いと思うけどな」
「半部正解で半分は不正解・・・・・かな。大抵の事ならそれで十分通用すると思うけど、私が見えるそれは確証を得られる情報が無いの」
「でもネットで探せば色々な情報が出回ってたりしてるよね。そういうのって参考になったりしないのかな?」
「だから半分だけなの。確かに私もネットや本で色々調べたりしてるよ。でも私が経験した事と同様の事がそこに書いてあっても、検証出来るのは私が知る限り自分自身しかいないから。それに情報が無駄に多過ぎてどれを信用すればいいのか判断出来ないの。当然記事や書物を書いた人、またはその情報源になっている人が、私と同じ様に見る事が出来る人の可能性は十分考えられるけど、それすら確証があるとは言えないでしょう。」
「自分が経験した事を調べて確かめているってことかな?」
「勿論その逆も当然あるけど。たまたま調べて知ったものと同じ様な体験をしたりね。でもそれ以外の未確認情報は、間違っているもしくはただ単に私が知らないだけということになるよね。だから私自身が経験した事だけが正しい情報で、それ以外はグレーということ」
「なるほどね。定義はあるかもしれないけど、本当のところはそれが合っているかどうかは自分自身で確認してみないと判らないってことだね」
見えない人にとっては悪魔の証明に近いのかもしれないな。お化けや幽霊を見たことがあるという人は数多くいるけれど、実際それを完全に証明したという話を聞いたことがない。仮に証明したとしても、大半はやらせや偽造と疑ってしまうのではないだろうか。
「幽霊とは生物が亡くなった後に現れる。そして大半の人は見ることが出来ない。この二つだけは幽霊が存在すると前提した場合、定義として成立はすると思う。でもそれ以上の事は、例えば見える人と見えない人の違いとか、幽霊になる条件やその存在意義とかね。あとは幽霊が人にどう影響を与えるとかかな。最後のは私自身が経験しているから船林君にもある程度は、私が知りえた事だけなら説明が出来ると思うよ。それこそが今回一番大事なところだから」
幽霊が人に与える影響か。さっき呪いとは違うけど似たようなものだと言ってたっけな。彼女の言い方だと俺はどこぞの幽霊から何かしらの影響を受けていた可能性があるってことだろうか。
「何となくわかってきた。いや理由が分かってきたというのかな。もしかしたらだけど、俺は二月ごろ幽霊的なものから何かしらの影響を受けていて、それを幽霊を見ることが出来る望月さんが気付き、俺を助けるためにリアクションを起こしたってことでいいのかな?」
「大まかにいえばそう言う事になるかな。なにも間違って無いと思う。あとはあなたがどういう状況だったか説明しないといけないけど、そのためには先にアキ君の話に戻る必要があるの。さっきアキ君の詳しい話は質問の後って言ったけど、船林君がそこまで辿り着いたのなら先に話したいと思うけどいいかな?」
「構わないよ。アキ君が居なくなったのは理由があって、それを望月さんは知っているんだよね」
「・・・・・うん。簡単に言うとねアキ君は私に取り憑いたの」
取り憑く・・・・。あまり良いイメージは無いな。
「ごめん言い方が悪かったかな。正確にはアキ君が私に取り憑く・・・仮に憑依とするね。アキ君が私に憑依することを私自身が許したの」
「そんなことが可能なの?もしかして俺も何かに憑依されてたってこと?」
「そういう事だけど、取り敢えずアキ君の話を全部するね」
大事なことさらっと言ったけど俄かには信じられん。
「アキ君はどうしてもみんなと影踏みをしたかったけど、私にしか見えないからそれは難しかったの。でも小学生になった私はアキ君の願いを叶える方法を知っていた。自分の体にアキ君を憑依させればいいってね。そしてそれをアキ君に提案したらすごく喜んでくれたの。それで提案したその週の日曜日に友達を集めて例の近所の公園で遊ぶことになって、その最中に私が影踏み、正確には影踏み鬼だったかな、それをやろうって言ってみんな賛成してくれた。そして始める前に私の体にアキ君を憑依させ、無事アキ君はみんなと一緒に遊ぶことが出来た。憑依されている時もアキ君が楽しそうにしているのが伝わってきたし、私の体から離れたあともとても満足した表情だったのを今も鮮明に覚えているわ。でもにアキ君を見たのはその日が最後だった。想像だけど成仏したのかなって。成仏という概念が正しいかどうかは私にとっては疑問でもあるのだけど、一般的にはそれが一番正しい表現だと思う」
望月さんは見えないものが見えてしまうが故に、どこか斜に構えているきらいがあるな。性格が曲がっている訳ではないだろうけど、見えてしまう人の苦労が垣間見えた気がする。
「アキ君は悔いが無くなったから成仏したんだね。事故か病気か分からないけどまだ幼い時に亡くなってしまって、遊びたい盛りの子供にとっては余程辛かったんだと思う」
「私もそう思うよ。アキ君が生きていた時の事は全く知らないけど、いろんな事情があったんじゃないかな。結局アキ君の事は下の名前ぐらいしか聞いてなかったし、それもただの「アキ」だったのかさえ知らないの。どこに住んでいるとかは聞きもしなかったかもしれないわ」
子供だったとはいえ自分の体に他人を憑依させるのは怖くなかったのだろうか。
「それでここからが本題になるのだけど、人は自分の体に幽霊を憑依させることが出来る。別の言い方をすれば幽霊は人に憑依することが出来る。」
「俺は後者だったってことだね。何者かに憑依されていた。自分自身は憑依させようとは思っていなかった訳だから」
「そうなんだけど、少し違うかな。当然船林君は憑依されようとしていた訳ではない。そもそも幽霊を信じていなかった訳だし。けど憑依される原因を作ったのはあなた自身なのよ。でもそれは望んで作ったわけではないの、周りがそうさせたと言ってもいい。ここまで言えば何となく理解できるんじゃないかな」
原因。思いつくのは事件のこと
あの時は全ての事が嫌になって死のうと思っていた。それが原因か?いや違うな死のうと思い至った時には憑依されていた可能性がある。
「どのタイミングだったかは何とも言えないけど、恐らく死にたいと思っていた時には何かが取り憑いて、その原因はメンタルに関係あるってこと?精神的に弱っている人間だと憑きやすいとか」
「私の経験で言えばその通りよ。そして私はそれが分かるの。上手く表現できないけど何かに取り憑かれている人間は感覚で理解できるから。精神が弱っているからと言うのは一つの理由に過ぎないのかな。他のケースも私は見たことがあるし」
「じゃあいつ頃望月さんは気付いたの?それにどんな奴が俺に取り憑いたって言うの?」
風は穏やかになってきているのに、底冷えする寒さがじわじわと体の中心から外へと広がっていく。
過ぎ去ったはずの現実味のない恐怖が今頃になって正体を現し始め、真相が近づいて来ることを告げていた。
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