第18話 ミヨのためにも(深陽の回想2)

   その夜、私はなかなか寝付けないでいた。

 部屋には私一人しかいない。

 小学校に上がる前までに一人でも寝られるようになりなさいとつい最近部屋を一つ用意された。元々子供部屋にする予定だったところで、私も自分の部屋が欲しかったので好都合だった。

 一人で寝るのは寂しくなかった。この頃は弟の世話が忙しくて両親が私に構ってくれる時間も減ってきたので一人で居ることに慣れてきていた。


 部屋にはエアコンがなく、窓を開けても生暖かい風しか入ってこない。扇風機を回しているが、無いよりはまし、程度だった。

 

 今日は特に暑かったので水分を多くとっていたので必然的にトイレも近かった。

 部屋を出て一階のトイレへと向かう。階段を降りるとドアの隙間から明かりが漏れていた。子供が寝る時間ではあるが大人はそうではなかった。


 部屋の中から話し声が聞こえるがいつもの事なので気にしないでトイレに行こうとした。


「今日もあの子変なの子言ってたのよ。アキ君っていう子と遊んでたって。その子の名前はミヨから何度か聞いていたから私の知らない近所の子供なのかなってずっと思ってたの、。でもやっぱり例のあれだったみたい」


 母がアキ君の名前を出したのでとても気になった。気づかれないようにそっとドアに近づき聞き耳を立てた。


「例のって、いつものあれの事か?お袋の事とかたまに独り言を言っているやつとか」


「そうよ。今日だって居もしないアキ君って子の事を喋っているのよ。周りから変な目で見られてしまったけど、ただの勘違いだって押し通したわ。子供の方はさして気にした様子はなかったけど。サナちゃんやヒナちゃんのママはあからさまではなかったにしろミヨの事を心配してたのよ。私も子供の戯言だからって誤魔化したけど」


 アキ君は近所で遊んでいると時折やってきて一緒になることがある。でも恥ずかしがり屋なのか、私にしか話しかけてこない。遊んでいるとアキ君が皆に無視される時があり、それを私が注意すると「そんな奴どこにいるの」と怪訝そうに言ってくる。

 皆アキ君の事が嫌いでわざとそうやって無視しているのかと思っていた。アキ君は大丈夫だからと言ってくれるけど、私はなんだかそれが嫌だった。


 大人しいけど一緒にいる楽しくてどこか安心できるアキ君の事が好きだった。


「そうだな・・・・・。でもミヨは本当に何か見えているのかもしれないな。だってお袋の事はどうやって説明するんだ?ミヨがお袋と喋ったことを俺達に話してくるけど、とても作り話には聞こえなかったぞ。それにミヨが知りえない事も話の中にはあった。お前だってそれくらい分かっているだろ」


「そうかもしれないけど・・・・でも信じられないわ。だって貴方それって幽霊が居るって事じゃない。私はそんな居るかどうかも証明されていないものなんて理解できない」


 幽霊。それは小さい私でも知っていた。でもその頃の私が思っていた幽霊は、人を脅かしたり襲ったりする恐ろしいものだった。

  

 あの優しいお祖母さんが幽霊?アキ君も?

 二人とも優しいし怖くなんてない。

 会話だって普通に出来るし、二人とも笑った顔がとても暖かい。

 

 でも、でももしそうならば・・・・・・・・・・


 その後両親の会話は続いていたが、お祖母さんやアキ君の事がどうしても気になって殆ど頭に入ってこなかった。医者がどうだとか、お寺がどうだとか、あれはインチキでお金がどうだとか、子供には難しい話だったのも一因だった。


 気付かれないようにトイレで用を済ませ、なるべく音をたてないように部屋に戻った。

 もしかしたら気付かれていたかもしれない。トイレを出た後リビングの前を通った時には話し声が聞こえなくなっていた。


 


 確かめたい。


 部屋に戻りベットに入ると好奇心とは似て非なるものが込み上がってきた


 何が何だかわからない状況。

 私にしか見えていない人。

 もしかしたら他にも私にしか見えない人がいる可能性。

 私が知る限りそれは優しくて暖かいもの。

 両親が私の事を嫌いになってしまうかもしれない。

 友達が離れてしまうかもしれない恐怖


 そんな思いが入り混じり胸が圧迫されたように苦しかった。でもそれを解決する手段は一つしか思い浮かばなかった。


 

 明日お祖母ちゃんに会いに行こう。


 

 私に出来ることはそれしかない。お祖母さんに会えたらこの胸のモヤモヤを晴らせるかもしれない。

 覚悟、というものは無かった。私にはその道を選ぶことしか出来ないのだから必要はなかった。


 

 

 私は次の日嘘をついた。

 お祖父さん会いに行きたいと母に頼んだ。本当はお祖母ちゃんに会いに行くためなのだが、それだと連れて行ってもらえないのは分かっていた。


「ミヨがお祖父さんに会いたいなんて珍しいわね。何かあったの?」


「だってここよりひろくてすずしいでしょ。それにゴンタにもあいたい。ずっとおじいちゃんのおうちにいっていなかったからあそびたいの」


 お祖父さんの事は別に嫌いいというわけではなく、いつも私に優しくしてくれるので反対に大好きだった。だけどお祖母ちゃんの方が私にとって特別な存在になっていた。 

 ゴンタは祖父の家で飼っている柴犬で、とても人に良く懐いていて、一緒に散歩に行くのは楽しい。


 「わかったわ。お父さんはお仕事で居ないし、お母さんがお買い物している間預かってもらおうかしら」


「エータもいっしょ?」


「瑛秦はお母さんとお買い物よ。さすがに預けられないわ。それとねミヨ、いつも言っているけどお祖母ちゃんの部屋には行っちゃダメよ。お祖母ちゃん入院しておうちに居ないけど、勝手に入ったらお祖母ちゃんが悲しむからね。それが約束できないなら連れてかないから。わかった?」


「うんやくそくする。ミヨはおばあちゃんのおへにはいかないから」


 嘘をついて胸にチクッと何かが刺さったけれども、頭の中はお祖母ちゃんに会いたい想いでいっぱいだったからすぐに痛みはなくなった。

 

 お祖母ちゃんは本当に入院していて家にいないのだろうか?それとも・・・・・・・。

 家に行けば答えが出るかもしれない。



 お祖父さんの家には母の運転する車に乗って向かう。後ろの席のチャイルドシートには瑛秦が座り、私は助手席に乗った。

 お祖父さんの家までの道を覚えようと必死に外を観察していたけれど、子供の私には難しく、途中で分からなくなってしまった。

 しかし家が近づくにつれ見覚えのある景色が目に付くと鼓動が速くなってきた。



 

「お義父さん電話で話した通りミヨをお願いしますね。二時間くらいで戻ってくると思いますから」


 瑛秦はすぐ後ろにあるエアコンの効いた車内でぐっすり寝ている。お祖父さんはその様子もみて破顔する。


「おう任せとけ。二時間と言わず夜まで預かっても構わんぞ。久しぶりにミヨに会えたんだからな。どうせなら泊まっていったってかまわんよ。なあミヨ」


 お祖父さんは満面の笑顔をこちらに向け同意を求めてきた。私にとっても願ってもない申し出だった。

 


「わたしおじいちゃんのおうちにとまりたい」


「そこまでして頂くわけには・・・・・それにあのこともありますし」


 母が言ったあの事とはやはり昨日の事なのだろう。


「まあ言いたいことはわかるが、あまりミヨを押さえつけるのも良くないと思うぞ」


「押さえつけるなんてことはしていないと思うけど・・・・」


「それにミヨ自身が望むなら俺はそれを叶えたっていいと思ってる。今まではお前さんたちの意を汲んでしばらく距離を置いてきたけど、何か変化はあったのか?」


 母はお祖父さんの言葉に答えることが出来ずにいた。

 お祖父さんは一体何を言ってるのだろうと思った。私にはよくわからない大人の話。でもお祖父さんが味方になってくれていることは分かった。


「だから今日は俺に任せてくれないか?なに今までだってミヨに悪いことが起きたわけじゃないんだろう。それに俺の家内を信じろ」


 お祖父さんがそこまで強く言うと母は渋々だが了承した。


 「夕方に一度ミヨの着替えを持ってきますのでよろしくお願いします」


 そして私を残してお祖父さんの家を後にした。



 どうやってお祖母さんの部屋に入ろうか。いつもは行こうとするだけで止められてしまう。でも今はお祖父さんと二人だけだから隙をみて忍び込もうか。最悪夜お祖父さんが寝てから行けばいいか。でも起きていられるかわからないし・・・・・・。

 

 そう考えているとお祖父さんが私の手を握って「じゃあ行くか」と歩き始めた。

 本当は今すぐ確かめたいと思っていたが、上手い言い訳も方法も思い浮かばす、ただ付き従うしかなかった。


 向かった先は五分ほど歩いたところにある入り口が大きくて綺麗なお寺だった。

 前に何度か来たことがある場所で、池にいる鯉がいっぱいいたのを覚えている。


 

 「望月家」と書かれたお墓の前まで行くと繋いだ手をお祖父さんが離した。


 お祖父さんはお墓の前で腰を屈め手を合わせて目を瞑った。私もそれに倣って隣で目を閉じ手を合わせた。少しした後、隣の動く気配に釣られて目を開けるとお祖父さんは立っていた。


「ミヨ、ここに来たこと覚えてるか?」

 

 よく覚えていた。「望月」というのは自分の名字で、書くことは出来なかったが読むことは出来た。それにここのお寺ではこのお墓にしか来たことがなかったから。


「おぼえてるよ。ミヨまえにここにきたことあるもん」


「そうか覚えていたか。ミヨと来たのはだいぶ前だったから忘れてるかと思った」


「ちゃんとおぼえてるもん。おとうさんのおじいちゃんとおばあちゃんもここでねむってるっておとうさんいってた」


 その時に父のお母さん、つまり私のお祖母さんもここに眠っているって聞いたけど、家にいるのに何でって思っていた。そのことを父に言ったら「そうだねお家にも眠っていたね」と言われた。


「そうだな、ここにはお爺ちゃんのお父さんお母さんの他にも、お爺ちゃんのお祖父ちゃんとお祖母ちゃんだって眠ってるんだぞ」


「いっぱいいるんだね。みんないるからさみしくないんだろうなぁ」


「お爺ちゃんだってそのうちここに入るからもっと賑やかになると思うぞ」


「みんなねむっているのににぎやかなの?」


「たまに起きて皆でワイワイとするんだよ。今も起きて騒いでるかもしれないな」


「ふーん。なにもみえないけどどこかでおしゃべりしているのかな?」


「こちらからは見えなくても向こうからは見えてるんだよ。だからこうやって俺たちがお参りすると喜んでいるはずだ」


「そっかー。だからほかのおはかにもおまいりしているひとがいるんだね」


 周りを見ると数人だがお墓の前にいるのが見えた。

 お祖父さんは辺りをキョロキョロと見まわしたあと「・・・・そうだな」と言って再び私の手を握ってきた。


「さて、名残惜しいが帰るとするか。ミヨお昼はまだだろ。家に帰る前にそばでも食いに行くぞ」


 来た道を戻り、途中お店に入って二人でざるそばを食べてから家に帰った。



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