第17話 影遊び(深陽の回想 1)

  私は子供の頃、周りから少し変わった子に見られていた。

 幼い私はそのことに気づくまで,それが普通で当たり前のことだと思っていた。



 当時保育園児だった私は父と母両方の祖父母にとって初孫ということもありとても可愛がられていた。

 そして父方の祖父母はここから近いところに住んでいて頻繁に遊びに行くことが多く、特に私はお祖母ちゃんの事が大好きだった。


 お祖母ちゃんは体が弱いからあまり動けないといって部屋からあまり出てこなかった。それでも私が遊びに行くと部屋に招き入れてくれて私と遊んでくれた。両親にはあまりお祖母さん部屋に行っちゃダメって言われていたけど、子供の私はそれを無視して家に行く度にお祖母ちゃん一緒に遊んだ。




「ミーちゃんよく来たねえ。今日は何して遊ぼうか」


「おままごとー!」


「ミーちゃんはおままごとが本当に好きだねえ。それじゃあ私はまたお父さんの役をやればいいのかい?」


「ううん、きょうはおとうとをやってほしいの。ミヨにはねこんどあたらしいおとうとができるんだって」


「そうなのかい?ミーちゃんはお姉さんになるんだね。じゃあお世話の練習しないといけないわね」


「うん!ミヨはおねえさんになるの。だからいっぱいおせわのれんしゅうをするの」



 私が年長に上がる時に生まれた少し年の離れた弟がいる。弟が出来ると聞いたとき、お姉さんになるのが嬉しくて子供ながらに家のお手伝いも進んでやるようになった。

 この頃はお姉さんぶることが何よりも楽しくて、近所の子供たちと遊んでいる時でも大人のような振る舞いをすることもあり、周りには頼られるか煙たがられるかのどっちかだった。


「今日もお祖母ちゃんは動けないの?」


「そうだねえ。お体の調子がまだ良くならないから、ここで座ってお話だけのおままごとをしましょうか」


 お祖母ちゃんはいつきても部屋の真ん中あたりに正座していて、調子が悪いと言いつつも横になったりすることもなく、いつも私の話し相手になってくれていた。でも病気が移るといけないからと言って、触れられる距離まで近づくことは許されなかった。


「えーつまんない。いっしょにおにんぎょうさんのおきがえさせたりおりょうりしたいのにー」


「ごめんねミーちゃん。どうも年のせいか手足が少し不自由になってきてね・・・・でももう少ししたら良くなると思うから、その時一緒にやりましょう」


「このあいだきたときもいってたじゃん。すぐよくなるからこんどねって。わたしおぼえてるもん」


「そうねえ・・・・。ミヨが今よりもう少しだけ大きくなって、今度生まれてくる弟のお世話がちゃんと出来るようになったら一緒にお人形さんのお着替えをさせようか。その時までにお婆ちゃん元気になるよう頑張るわ」


「ほんと?やくそくだよおばあちゃん。わたしはやくできるようになるから、おばあちゃんもはやくよくなってね」


「分かった約束するわ。だからミーちゃんは弟のことを大事にしなさいね。これはお婆ちゃんとの約束だからね」


「うんわかった、ミヨやくそくする。じゃあゆびきりしよおばあちゃん」


「指切りより良い方法があるわ。約束を叶えるおまじないを掛けてあげるから、ミーちゃん少し目を瞑っていてちょうだい。私がいいよって言うまで目を開けては駄目だからね」


「・・・・わかった。めをつぶっていればいいの?」


「そう、決していいって言うまで開けないでね」


 言われるがままに目を瞑り、どんなおまじないなんだろうと想像していたら、体が暖かくなり、優しい気持ちが込み上げてきた。

 気になって目を開けようと思ったけど「いいよ」って言われていないから我慢した。

 心地の良いそれはずっと感じていたいと思えるもので、もしかしたら気持ちが良すぎてそのまま眠ってしまうかもしれないと思った。

 

「もう目を開けてもいいわよ」


 ゆっくり目を開けるとお婆ちゃんは眼を閉じた時と同じ場所にいて、動いた気配は感じられなかった。


「おばあちゃん、いまなにをしたの?」


「ふふふ。それはね・・・・・・・秘密よ」


「えーなんでー。なんでおしえてくれないの?」


「それわねぇ、ミーちゃんが大きくなったら分かることよ」


 優しく話すお祖母ちゃんのその顔は、目を閉じていた時に感じていたものによく似ていた。


 母が夕食を呼びに来るまでの間、お祖母ちゃんに何度も教えてとおねだりしたけれど、結局はぐらかされてあの不思議な現象の正体を知ることが出来なかった。

 

 一緒に夕御飯食べようと誘ったけど、お祖母ちゃんは早く元気になるために今から横になって寝るから先に食べなさいと言われた。

 私はお祖母ちゃんが元気になるためなら、と思い「またこんどあそぼうね」と言って部屋を後にした。


 お祖母ちゃんと一緒にご飯を食べたことは一度もなかった。両親やおじいちゃんに聞くと、


「お祖母ちゃん今は食欲がないみたいだけど、後で食べると思うわ」

「大丈夫、お爺ちゃんが毎日食事のお世話をしているから」

「お袋はそのうち元気になるからミヨは気にしなくてもいいんだよ」


 口々にお祖母ちゃんは大丈夫だよと私に言ってくる大人たち。

でも私がお祖母ちゃんとお話した内容を喋ると「良かったね」と素っ気ない返事が多くて、もしかしたらお祖母ちゃんは皆から嫌われているのでは?と子供ながらに心配していた。



 

 弟が生まれ数か月が経過し、夏を迎えた。

 私は年長クラスになっており、来年には小学校に入学する。

 

 その頃には祖父母の家に遊びに行く回数が極端に減っていた。私が行きたいと駄々をこねてもなかなか連れて行ってもらえなかった。

 理由はお祖母ちゃんの調子が良くなくて、悪い病気がミヨに移るかもしれないから連れていけないと。

たまに連れて行ってもらっても、お祖母ちゃんは病院に行っていて今日は帰ってこないとおじいちゃんに言われ、なんだかんだで年長に上がった春から一度も会えないでいた。

 

 お祖母ちゃんに会いたいと思いながらも、近いとはいえいつも車で祖父母の家に行っていたので一人で歩いていくことは出来ない。もし家の場所を知っていたのなら間違いなく一人で行っていたと思う。


 そんな中夏も本番を迎え暑さが厳しいお昼過ぎ、家に誘いに来た近所の友達数人とで、すぐ近くの公園で遊んでいた。

 出かける前に母の許可をもらい「後でアイス持っていくからお友達の人数教えてね」と言われたので公園についてから人数を確認して一旦家に戻って母に伝えた。


「わたしもいれてこどもが六人。おとなが二人で、ぜんぶで8人だよおかあさん」


「そう、大勢で遊んでいるのね。大人はサナちゃんとヒナちゃんのママかな?」


「うん、二人のママがいっしょにあそんでくれてるの」


「よかったわね。お母さん家のお掃除済ませてから行くから、それまで仲良く遊んでいなさいよ」


「わかったー。おかあさんもやくきてね」


 急いで公園に戻り友達みんなと遊び始めた。

 最初はブランコや砂場、シーソーなどでそれぞれ自由に楽しんでした。一緒に遊んでいたアキ君という私と同じくらいの男の子と、砂場で山やトンネルなどを作って遊んでいた。アキ君は私の作るものを楽しそうに見ていた。

 

 公園は子供が駆け回るには十分な大きさで、両端の一番長いところで優に百メートルはある。

 自分たち以外にも遊んでいる子供やその親の姿が見えるが然程多くはない。

   

 砂場遊びに飽きてきた私は、ブランコがタイミングよく空いたところだったのでアキ君を誘って行くことにした。

 アキ君は怖いから見ていると言っていたので、私は二つあるうちの一つに立った状態で乗った。男の子のくせに怖がりだなあと思いつつも、ブランコを徐々に前後へ揺らしながら勢いをつけていった。振り幅が大きくなった頃にもう一度アキ君を誘ってみたが、見ている方が楽しいと断られた。でも確かにブランコに揺られる私を満面の笑みで見ていた。

 

 しばらくすると誰が言い出したのか覚えていないけど、集まった子供たちみんなで影踏みをすることになった。

 じゃんけんで鬼を決め、鬼以外が一斉に逃げる。最初の鬼はお母さんと一緒に来ていたヒナちゃんで、十数えてからみんなを追いかけ始めた。


 足の速さに自信があったので途中まで捕まることがなかったが、私と同じくらいの足が速い男の子にとうとう捕まってしまった。

 やはり子供だからだろうか鬼になるのは嫌なもので、早く誰かを捕まえたかった。自分の前に鬼だった人は捕まえてはいけないルールだったので、残りの四人を目指す。どの子も本気で走れば影を踏める自信があった私は、まだ一度も鬼になっていなかったアキ君を選んだ。

 私が向かってくるのがわかるとアキ君は楽しそうに逃げ始める。

 結構足が速い。こんなに早いなら今まで影を踏まれなかったのも納得がいく。そう思って一生懸命走って追いかけた。

 もう少しで追い付けるといったところで「あれ?」と思った。どうすれば良いのか分からなかった私は思わず足を止めた。遠くで他の友達が何か言っていたが、なんて言っていたか聞こえなかった。

 

 「みんなーアイス持ってきたからおやすみしましょー」


 足を止め呆然としていた私は母の声にハッとし、後ろを振り向くとアイスが入った袋を持っていた母のところにみんなが集まりかけていた。私も釣られて皆のところへ駆けていった。母は弟と一緒ではなかった。おそらく父が家で面倒を見ているのだろう。


 好きなアイスがあるかなと袋を覗き込むとあと五つ残っていて、私が好きなアイスも後一個だけあったからそれを手に取った。

 私を含め集まった五人の子供は全員いきわたったみたいだ。残りの四個はママ二人と私の母、そして少し遠くに逃げて行ったアキ君の分だ。早くしないと溶けてしまうと思いアキ君を呼ぼうと振り返ると、先程と同じくらいの場所でこちらを見ていた。

 

 「おーい」と私が呼びかけるよりも早くアキ君は大きく手を振ってから後ろを振り返り走って公園から出て行ってしまった。 

 

「あれ?お友達五人いるって言っていなかったっけ」


 母が残ったアイスを見ながら私に問いかける。袋に目をやると残りはあと二つママ二人は既に食べ始めているから母とアキ君の分だ


「たったいまてをふってバイバイしてからでていっちゃたの」


「あらそうなの?折角だから食べて行けばよかったのに」


 残念そうな顔をする母。そこに一緒に遊んでいた足の速い男の子が私を不思議そうに見てきた。


「ミヨちゃんだれのことをいってるの?こどもはぼくたち五人だけだよ」


「えっ?そんなことないよ。わたしをいれてぜんぶで六人だよ。さっきまでアキ君がいたじゃない」


「ミヨ、あなたまた・・・・・・。ううん私の聞き間違えだったみたい。ミヨを入れて全部で五人だったのね。あなた自分を二回数えているわよ。もしかしてアイス二個食べようと思ってわざと間違えたのかしら。この食いしん坊さんが。そんなに食べたいのならまずは今持っているのを食べちゃいなさい。そうしたらあと一つ食べてもいいわよ。でも他の誰かと半分こだからね」


 母はこれ以上私に何かを言わせないように早口で捲し立ててくる。私は溶けそうになっているアイスを腑に落ちないながらも食べることにした。

 食べている途中で「アキ君ってどの子?」とサナちゃんが私と母に聞いてきたが、「ミヨが他の子と勘違いしただけよ」と母がごまかすように答えた。


 

 食べ終わると影踏みの続きをやろうということになり、最後に鬼だった私が皆の影を追いかけることになった。



 駆け回っている時にアキ君の事を考えていた。



 アキ君には絶対に影踏みでは勝てない。


 だってアキ君には影が無かったのだから。


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