第15話 (快速)電車でGO
一足違いで電車は走り去っていった。
「普通列車屋川原行」間に合えばこれに乗れた。
ホーム上の電光掲示板を見ると次の電車は十分後の五時三十分の「普通列車新可知田行」となっている。
憲吾と別れて急いで駅へと走った。電車を普段あまり使わないから何分に何処行きがあるかわからなかった。スマホで調べるより行った方が早いと思い、徒歩十分は掛かる道を五分で駆けてきた。途中でバテて速度を落としたものの、足を止めることはなかった。
しかし一足遅く、ホームの階段を降りきる前に扉が閉まった。
切符を買うのに手間取らなければ間に合っていたかもしれないが、後の祭だ。
呼吸を整え次の電車を確認してから誰も座っていないベンチに腰を落とす。
取り敢えず家に遅くなるって連絡しとくか。
母親にメッセージを送ると「わかった。ご飯は家で食べるの?」ときたので、「食べる」とだけ返した。
電車を待っている間にもパラパラとうちの学校の生徒がホームに降りてくる。反対のホームも同じだ。
「高校って授業時間多過ぎ」
「部活入ろうかなやんでるのよね」
「電車通学マジだりーわ」
ネクタイの色を見ると一年生が多い。
初庭高校の学年カラーは入学した時に与えられた色を三年間通して使う。
現三年生は緑、二年は赤、そして一年は青。
男女問わずネクタイ着用が義務づけられており、そのネクタイと中シューズ、ジャージ袖のラインの色が学年カラーになっている。
一年生が部活動に入る場合、基本四月中に決めることになっていて、大半は中旬の今頃までに入部している。
一年が多いのは助かるな。まだ入学して二週間ちょい。噂を知っている奴はそんなにいないだろう。例え知っていても顔までは知られていないはずだ。
でもSNSで拡散されているから油断は出来ないな。なるべく目立たないようにしないとな。
予定通りに電車がやって来て乗り込む。
比較的人は乗っているが座れないほどではない。同じ高校の奴が乗らない車両から乗り込むため、結構後ろの方まで来ていた。
五分ほどで次の駅に到着したのだが、「快速電車屋川原行」と待ち合わせすると車内アナウンスが流れていた。
車内の乗車時間案内を見ると、普通と快速とではここから屋川原まで約二十分違うらしい。
ならばここで降りて乗り換えようとホームに目をやると、踏み出そうとした足を止めた。
そこには初庭高校の制服を着た生徒が多くいた。同じ様に乗り換え待ちなのか、それともただ単にお喋りしているだけなのかはわからないが、二年や三年の生徒が多くいた。
取り敢えず少し前の車両まで歩き、生徒があまり居ない辺りで電車を降りた。
学校での視線には耐えることが出来ているのに、こうやってあまり来ない所に居ると、ちょっとした視線でも過剰反応してしまう。
乗った駅は一年生が多かったからまだましだったが、今は緊張で体が張り詰めている。
自分の身を守るよう物陰に隠に身を置いて快速電車を待った。
爺ちゃんがこの姿を見たら何で言うかな?「でかい図体して何やってるんだ」って言うんだろうな。
「ハハ」と自虐的に笑うと悔しくて涙が出そうになった。
ここで涙を零したら、学校で決意したものが涙と一緒にボロボロと流れてしまいそうだ。
いつからこんなに弱くなったのだろう。
ぐっと涙を堪え、優先すべき事を頭の中で反芻させた。
程なくして快速列車がホームに入ってきた。
さっき乗った普通列車とは違い結構混雑していた。
だがそれは帰って好都合で、座れこそしないが人が多くて目立たなくて良い。
同じ制服を着た人が居ないドアから乗り、正面のドア側の椅子の横が空いていたので、そこにを陣取った。
チラッと周りを見ると仕事帰りのサラリーマンや他校の制服が目立つ。離れたところに自分と同じ制服が見えたが、スマホを弄ったりお喋りしたりでこちらを気に掛ける奴は居ない。
それに安堵感を覚え、電車の揺れるがままに身を任せて目的地へと向かって行く。
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
新可知田より少し前の駅くらいから人が少なくなり、席も少しずつ空いてきた。座ることを出来たが、足は向かなかった。
やがて目的地の屋川原に電車は到着した。途中何度も人が入れ替わり、初庭の生徒はだいぶ前には見なくなった。
さすがにここから通う生徒は望月さんくらいなのだろう。
時刻は六時五十分。日は落ちて、西の空が申し訳程度の昼の残渣があるだけだ。
途中からトンネルや畑や田んぼが多くなり、窓の向こうにはそれ程遠くない距離に山影が見えた。
普段見慣れない光景だが、どこか心落ち着かせるものを感じさせた。
屋川原駅の改札を出て、日が沈んだ方角へと足を向ける。
電車に乗っている間、スマホのアプリで地図の確認は何度もしていた。駅からの道のりは難しくなく、一旦海と並行している大きな国道に出て、そこを暫く歩いた先の交差点を海とは反対側に曲がって少し行った所に住所が示されていた。
馴れない道だが、道中は車通りも多く、人も結構歩いている。
国道に出ると交通量が増えてくる。確認のため起動していたアプリのナビに従い国道沿いを歩いて行く。時折車が途切れると微かに波の音が聞こえ、気付くと磯の匂いが鼻を掠めていた。家や店などが立ち並んでいるせいで明るくても海はまだ見えないだろう。
段々と海が近づいている気配を感じる。ナビを見てもそれが判る。道路と並行しているが、実際は場所によって海との開きの差があって、この辺はだいぶ近いようだ。
かれこれ駅から十五分は歩いただろうか、交差点が見えてきた。ナビは右方向を指し示している。
交差点に入ると左手には海らしきものが薄らと見えた。暗くてわかりつらいが、明かりがゆらゆらと反射しているのが確認できた。その距離数十メートルというところか。
この先にあるのが砂浜なのか岩場のかはわからないが、少し奥を見れば人が住んでいそうな建物は無さそうだ。
交差点の信号は感知式で国道に入るとこ車が来ないと変わらないようた。歩行者用の押しボタンを使って信号を変え、横断歩道を渡りそこでアプリを閉じた。
ここから先は見なくてもわかる。しかし家の近くでウロついて不審者と勘違いされたらマズイ。
この辺になると人通りが少なく、あまり目立った行動は控えた方が良い。
風が吹き抜け体を身震いさせる。
昼間はかなり暖かかったが、夜になった今は肌寒い。さらに浜風に体温を少しずつ奪われていく気がする。
望月さんとのチャット画面を開くが、そこで手が止まる。何を書くかは予め考えていた。それを実行するだけだ。
だがここまで来てどうしても怖じ気ついてしまう。
ここまで来て何をと思ったその刹那、スマホが鳴った。
メッセージなどではなく、通話着信だった。
名前の表示は無い。090から始まる見知らぬ番号だった。
この後に及んで覚悟を決めかねていた俺にとって、お茶を濁せる救いのような着信だった。
誰でもいい。間違い電話でもいい。俺の気持を紛らわしてくれるものならなんでも‥‥‥。
『もしもし、船橋君?』
聞こえた瞬間、奪われた体温が一瞬にして戻った。
望月さんの声だ。
『もしもし、聞こえているかな?』
「あ、ああ。聞こえているよ。望月さん、だよね。でもどうして‥‥」
分かっていても問わずにはいられなかった。
『うん‥‥‥。ごめんね樹乃から船橋君の番号聞いたの』
そっちも気になっていたが、何で望月さんが俺に電話してきのか?という方が勝っていた。
「そうなんだ、八嶋が‥‥」
『少し前に樹乃から電話があって、課題を渡しに船橋君がこっちに来るって聞いたの』
まさか憲吾が喋ったのか?まあ望月さんに会おうとしてたのは八嶋も知っていたのだからいいけど、先生から教えもらったとろまで喋ったのかは後で確認だな。
「いきなり押しかけてごめん。ちょっと気持悪いよな」
『ううん、そんなことない。謝るのは私の方。また船橋君に迷惑掛けちゃったね。本当にごめん』
トーンはかなり低めだが、想像したよりかは幾分元気そうだった。だが表情が伺えないので不安は小さくはならない。
「謝るのはこっちの方だよ‥‥‥‥。ところで望月さん、今から少し出てこれないかな?実は望月さんの家のすぐ近くまできてるんだ。課題を渡したいっていうのもあるけど、直接会って話しがしたい。前原さんのことも含めて」
不安なのは彼女も同じだろう。でもここで停滞するのはお互いのためにならない。だから最終的に嫌われてもいいから、伝えなきゃいけないことは全部吐き出そう。
『‥‥‥分かった。船橋君今どの辺?』
「国道の交差点。たぶん望月さんのとこからすぐの」
『すぐ行くから待ってて』
返事をする間もなく電話が切れ、画面には通話時間が表示された。
ガードレールを椅子代わりにお尻を乗せる。ふと空を見上げると、遠くに飛行機がピカピカと明かりを点滅させながら飛んでいるのが見えた。
数十秒後、国道から入った道の百メートルくらい先から小走りで近づいてくる人影が見えた。
少しするとそれが望月さんだと確信し腰を上げる。
パーカー付きのスウェットの上下。間違いなく部屋着のまま出てきたような格好だ。
遠目だと白っぽく見えたのだが、近くに来ると薄めのピンクだと分かる.
女の子のラフな格好なんて家で散々見慣れているが、望月さんをいざ目の前にするとドギマギさせられる。
「迷わないで来られた?」
右手にはエコバッグのような物を持っている
手を伸ばせば届きそうな距離で立ち止まった。
「地図アプリ見ながら来たから大丈夫だったよ。それから住所は菅原先生が教えてくれた」
これはキチンといっておいた方が良い.
「うん、多分そうじゃないかと思ってた。学校の人に教えたことなかったから」
「そうみたいだね。八嶋も知らなかったみたいだし。望月さんには悪いと思ったけど、どうしてもさ‥‥‥」
「別に隠していたわけじゃないから気にしないで。樹乃には遠いし迷惑掛かるから言ってなかっただけだから。そのうち教えていたと思う」
普段制服姿ばかり見ているから少し違和感がするが、今日の彼女はとても可愛らしく感じる。
いつもは高身長とキリッとした顔立ちが可愛らしさを薄めているのだが、着ている服のせいか反対に凜々しさが薄まっていた。
しかし目の下には隈が出ており、どこか疲れた表情を見せていた。
その理由を訊く前に為すべきことがある。
「そう言ってくれるとなんだか安心するよ。実はもっと嫌われると思ってたから‥‥」
「もっと?」
「‥‥一昨日のことだよ。あの時俺はどうかしてた。望月さんの気持も考えないで酷いこといっぱい言ってしまった」
「あ、あれは私が無神経なこと言ったばかりに‥‥」
「例えそうだとしても理由を、話しを最後まで聞かなかった俺が悪い。だから‥‥」
〈プァー〉
国道を走る車からクラクションが突如鳴り響き言葉の続きを遮った。
鳴らした車はそのまま走り去って行った。恐らく車道を行く自転車に向けられたものだったのだろう。
お互いその車が遠のいて行くのを見つめていたが、見えなくなると、どちらからともなく顔を戻した。
「あのさ‥」
「海まで散歩でもしながら話さない?すぐそこだから」
今度は望月さんが言葉を遮る。だが断る理由もないので「うん」と首を縦に振った。
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