第14話 昔苦手だったものが、今も苦手だとは限らない

 「どういう事か説明しなさいよ」

 

 すごい剣幕で捲し立ててくる八嶋。帰りの時間を考えると早く望月さんの家に向かいたいのだが。


「まあ何て言うかあれだ、俺が望月さんに酷いこと言ったって言うか」

 

「酷い事ってなによ、学校休むくらいのことってこと?」


 どうやって説明したらいいんだって言うんだよ‥‥。仕方ない、教えられる範囲で答えるか。


「恐らくそうだ。彼女の気持も考えず一方的に罵った形になった」


「だからなんて言ったのよ。ミヨが悪いことでもしたの?」


 確かに望月さんは俺が他人に触れてほしくないところを突いてきた。しかし真意はわからないが、彼女なりの理由があってのことだろう。延いては過剰反応してしまった俺が悪いわけで‥‥。


「俺の主観だけど、望月さんにもお節介な部分があったのかもしれない。でもそれは言い訳にしか過ぎなくて、彼女の意図をちゃんと理解しようとしないで、感情のままに言葉を発した。それが俺と望月さんとの間にあったことだ。だから喧嘩とかではなく、何度も言うけど一方的だったんだよ」


「信じられないわ」


「信じられなくてもそれが真実だから。彼女が人を傷付けるような人間ではない、というのは俺だってわかっているつもりだ」


 そう、あの時だって頭の中ではわかっていた。


「そうじゃないわ。私が信じられないと言ったのは、あなたのことよ」


「そうだな。酷い事をしたって理解しているつもりだ。だからこそ会って謝りたい。出来るだけ早く」


「ううん違う」


 何が違うっていうんだ。確かに状況だけ喋って詳細は伏せている。それでもあ納得はしなくてもある程度は理解してくれるもんだと思ったが‥‥。


「ミヨはね、悪気が無かったにしても船林の癇に障るようなことを言ったと思うの。あの子は皆との調和を乱さないように普段は気を遣っているけど‥‥。信念というのかな、何か曲げられないものが有るときは後先を考えない言動をすることがあるのよ。他の人はあまりこの事を知らないと思うけど、この学校で一番近くに居た私は何度か見てきたわ」


 意外。と断じるほど彼女のことをよく知らないが、一番仲よさそうにしていた八嶋が言うならそうなのだろう。


「だからミヨにはミヨの考えがあって、船林の言葉を借りるならミヨがお節介をしたことは信じられるの。でもね、あなたがなんでミヨを追い込むくらいの酷いことを言ったのかが信じられないのよ」


「だから言ったろ。俺が望月さんの気持を考えずに感情に任せて暴言を吐いたって」


 思い出したくもないな。


「‥‥‥‥ごめん。先に謝っておくわ。でもこれを出さないと上手く説明出来ないから」


 謝罪と前置き。何となくこの話の先がみえる。


「あなたは一年の時のあれがあって、周りから揶揄され続けても決して暴力に訴えず、かといって誰かと言い争ったりする事を見たことも聞いたことも無かったわ。あなたが空手の有段者なのは知っている。だからその気になれば殴ったりせずとも脅して相手を黙らせる事ぐらいは出来たはずよ」


「いちいち相手をするのも面倒なんだよ。言ったところで一時凌ぎにしかならない」


「そうね、全くその通りだと思うわ。馬鹿な奴らは懲りるということを知らないから。けどねそれだけじゃないの。自分でも気付いていないと思うけど、あなたは人に対して優しすぎるとこがあるのよ。人の機微に聡くて争うことを嫌う。そして常に感情を押し殺して、でもそれを人に悟らせない。端から見れば普通の人なんだけどね。何処か人を傷付けることを頑なに拒んでいるように見えるの」


 俺より機微に聡い奴なんていくらでも居るだろ。実際憲吾だってそうだし。


「だから、そんなあなたが感情に任せて暴言を吐いたって言うのが信じられないの。まあ実際ミヨが何を言ったのかは知らないし訊こうとも思わないけど」


 訊かれないのはこちらとしても助かるが、八嶋は俺のことをかなり勘違いしている。

 確かに他に方法はあったかもしれないが、それはただの一時凌ぎでしかない訳で、長い目で見たときに徒労で終わる事は明らかだ。俺が優しいかは別として、感情を抑えつけているのはあの事があった後のことだ。それ以前はそんなこと考えてもいなかった。

 それは八嶋の主観であって、彼女の俺に対する評価でしかない。

 俺からしてみれば溜まった負の感情がたまたま望月さんに爆発しただけの話だ。まあそれが問題を引き起こしたのだが‥‥。


 しかし八嶋は俺のことをよく見てたんだな。どちらかといえぱ関わりは多くなかったはずだ。正確性の有無は別として、ここまで深く人のことを評するのは簡単ではないはずだ。


「八嶋が俺のことをどう評価しようが構わないんだが、現実は俺の言った通りだ」


「‥‥そうね、私が信じる信じないじゃなくて現実問題をどう対処するかだよね」


「信じてくれるのか?って言うのもおかしな話しだけど」


「本当はね私も何かあったんじゃないかって思ってたの。今日電話した時も様子がなんか余所余所しいというか何か隠しているんじゃないかなってね。だから船林の話しを聞いて正直腑に落ちた部分もあるのよ」


 今回の話しの目的としては悪くない流れだが、教えてくれるかは判断しかねるな。

 俺がしたことを許せないのであれば云うまでもないが、それよりは望月さんのことを優先して考えるのならば教えてくれる可能性はある。後者の方が俺にとっては都合が良いのだけれど。


「で、どーなん。望月さんの家教えてくれるん?もし心配ならひでゆきと一緒に行くのもありなんじゃないの」


 今まで二人のやり取りを黙って聞いていた憲吾が、もたれ掛かったままの姿勢で口を挟んでくる。


「事情はわかったわ」


「んじゃ教えてくれるん?」


「事情がわかったというだけで、教えることは出来ないわ」


「そうか‥‥‥」


「でも船林がミヨの家に謝りに行くのは別に反対しないわよ」


「うーん。反対しないと言っても場所を知らなきゃ行きようがないっしよ。てか八嶋さんが最後の頼みだったていうか。どうするよひでゆき」


 どうするもなにもこの後行くつもりなんだが。


「そもそも‥‥」


「そもそも?」


「私ミヨの家知らないのよ。教えてもらってないんだもん」


「はー?だってお前、このまま望月さんが休めば家に行こうかなって言ってたじゃん」


「言ったわよ。でも家を知っているとは一言も口に発してないわ。住んでいるのが屋川原なのは聞いていたけどね。それ以上は知らないの」


「じゃあどうやって行こうとしてたんだよ。家知らないのに」


 菅原先生が教えてくれるだろうか?クラスが違うから八嶋のことはよく知らないだろうし、本人が仲が良いと言っても簡単に教えるとは思えない。


「そんなの簡単よ。直接本人に訊けば良いじゃない」


「でも仲が良い八嶋でも教えてくれなかったんだろ?だったら無理なんじゃないの」


「勘違いしないで。確かに前家に遊びに行きたいって言ったら断られたわ。遠くて時間掛かるのと電車賃が高いという理由で。でも私の家には何度も遊びに来てくれたわ。もしかしたら家に入られたくない事情があるのかもれないけど、会うだけなら家の近くでも可能でしょ」


「あー言われてみれば」


 確かにその通りだ。俺も似たようなことを考えていた。家まで行ってしまえば強引だけど会ってくれる可能性が高いと思ってる。わざわざ遠くから来てくれたという申し訳い気持につけ込んで。住所を知ったときからこの事は頭に浮かんでいた。あまり良いやり口とは自分でも思っていない。

 チャットで聞く方法もあるけど、それだと理由を聞かれた時に困る。課題を持ってく、だと簡単に断られそうだし、会って謝りたいと伝えてもチャットで済まさせられるか「学校で聞く」と言われそうだ。それだと遅いしやはり言葉で伝えたい。

 相手の気持を考えていない、というのは重々承知しているけど、待っていても良い方向には向かわないと感じている。だから今は強引にでもいくべき時だと自分に言い聞かせているのだ。


「だったら八嶋さんが直接望月さんから聞いて、それを俺達に教えてくれてもいいんじゃない?」


「それは駄目よ。助けてあげたい気持はあるけど、ミヨを裏切るような事はしたくないの。だから私は邪魔しないし、助けもしない」


「そーかぁ。無理矢理は良くないしここは退くとしますか、なぁひでゆき」


「そうだな。八嶋、悪かったな変なこと頼んじまって。こっちで何とかしてみるよ」


「そう。あなたの頼み事なら出来れば何とかしてあげたかったのだけど‥‥。ミヨの方がやっぱり大事なの。ごめんね」


 意外だな。八嶋が俺に対して、少なくとも頼み事を聞いてあげたいと思うくらいは好感があったとはな。俺はコイツから嫌われている方だと思っていた。

 でもそれは俺が八嶋に対する苦手意識から来る勘違いだったのかもな。

 それに俺の学校での評判に流されていないし、何事も無いかのように接してくれる。

 

 友達ではないけれど、周りに流されない人達が居てくれるだけで、何とか学校に行くことが出来ている。


 感謝するよ八嶋。

 


「それじゃあ私は部活にいくから」


 長い髪を手でフサッとなびかせて階段をタッタッタッと降りていくが、踊り場で速度を緩めクルッと振り返る。視線は鋭い。


「ミヨのこと、これ以上傷付けないでね。たぶんあなたなら大丈夫だと思うけど。でも何かあったら私、絶対に許さないから」


「ああ、覚えておく」


 視線を逸らすことなく言えたその言葉を心の中でもう一度繰り返した。





‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥





「どうするよひでゆきー」


 八嶋が去った後、屋上の扉の前から動くことなく居た俺と憲吾だが、俺は憲吾になんと言ってこの場を立ち去り駅へ向かおうかと考えていた。


「どうするも何も他に当てがあるのか?」


「うーん、今度は二人で菅原センセのところに聞きに行くかなぁ」


「駄目だったんだろ?」


「そうなんだけどさぁ‥‥」 


 こうしている間にも時間は刻々と過ぎていく。いっその事憲吾には本当のこと言ってやろうかな。どうせ後でどうなったか聞かれると思うし。菅原先生には悪いけど、憲吾に口止めしておけば大丈夫だろう。コイツは軽そうに見えてお願いすれば誰にも喋らないだろう。


「あのな憲吾。実は知ってるんだよ」


「ん、なにを?」

 

「望月さんの住所」


「ん、それで?‥‥‥はぁーーーーー!!?」


 そりゃ驚くよな。たった今まで無駄なことしてのだから。


「聞いたんだよ、昼休みに菅原先生から」


「なんでそれ黙ってたのよ。てかセンセ教えてくれたのか?」


「まあな。ある程度事情話したら教えてくれたよ。さすがに包み隠さずまでとはいかなかったけどな」


「だったらオレにも教えてくれて良かったんじゃね」


「そこは本当にすまんと思っている。でもわかるだろ、個人情報だし、先生だってリスク承知で教えてくれたからさ」


「それはわかるんだけどさぁ‥‥‥でも早く言ってほしかったし、八嶋さんの話しムダだったじゃん」


「そんなことねーよ。少し望月さんのこと知れたし」


 なにも悪いことだけではなかった。望月さんのことは勿論、八嶋の見方が変わった。良い方に。それだけでも時間を割いた価値はあった。


「てかさー、学校終わったらすぐ行くつもりだっだん?」


「そうだな。お前に話し掛けられなきゃ今頃駅電車に乗ってたかもな」

 

「俺が悪いのかぁ‥‥‥すまねぇ」

 両手を頭に乗せガシガシと頭をかく。


「悪いのは俺だよ。お前は俺のために今日一日動いてくれたんだろ。だから謝るのはこっちだ、ホントにすまん」


「なにもひでゆきのためだけじゃねぇつーの。望月さんが休んだ原因‥‥まぁあくまでもお前の話しを聞く限りだけどさぁ、知っていて何もしないってなんか嫌なんだよな。首を突っ込んだオレも悪いっていうか、でもそれは性格なんだけど。てか望月さんには元気になってもらいたいし。クラスメートじゃん」


 言っていることは整然としていないが、憲吾がお節介な良い奴だっていうのは伝わったよ。


「じゃあクラスメート‥‥友達として一言いいか?」


「なに?」


「ありがとう。そして今から望月さんの家に行ってくる」


 後で憲吾には望月さんとのことをキチンと話しをしよう。そしてダメ出しでも何でも受けてやるさ。


「おう、行って玉砕してこい。駄目だったらまた次考えようぜ」


「くせーこといってんじゃねーよ」


「お互い様だろーに」



 笑いは互いに顔までにとどめ、俺は階段を急いで降りていった。




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