第12話 ネタばらしのお時間です

  三時間目の移動教室の前に職員室に来ていた。

 室内には目当ての人物が雑然とした机の上で仕事をしていた。


「菅原先生。お忙しいところすいません。少しお話しを聞いてもらっても良いですか?」


 相手が教師だから当たり前だが、首尾良く進めるためにもなるべく下手で伺う。


「ん?どうした船林。勉強のことか?」


 斜め後ろに立った俺に首だけをこちらに向ける。


「いやまあそんな感じなんでけど、ちょっと違うと言いますか」


 内容が内容だけに言い淀んでしまう。


「歯切れが悪いな。訊きたいことがあるなら早く言ってくれ。授業の準備で忙しいんだ」


「えーとなんて言うか。昨日今日ってどの教科も課題が多いじゃないですか」


 ハッキリ言わない俺に対し明らかに怪訝な態度を示す。


「課題なんていつも通りじゃないか。ちゃんと教師同士で確認しながら調整しているから、多過ぎも少なすぎもないはずだぞ。それに今日はまだ二時間しか受けてないだろ」


「そうなんですけど、休んだ人は大変かなぁって」


 ここで先生が腑に落ちた表情に変わる。


「はぁ‥‥お前もか」


 予想もしていなかった言葉を溜息交じりで零す。


「お前も?」


「ああ、お前で四人目だ。望月の連絡先や住所を教えてくれってな。理由はお前と同じだ」


「‥‥‥‥‥‥‥」


 自分以外の生徒で同じことを考えてたことに驚きだが、考えてみれば望月さんはかなりの美人だからおかしくはないか。それにしても四人は多い。


「ま、当然断ったけどな。生徒の個人情報を正当な理由も無しに教えられるかっつーの。そのくらい高校生ならわかるだろ。それに下心丸出しだった奴もいたしな」


 下心があるわけじゃないが、そこまで言われるとこれ以上訊くことは出来ない。確かに予想はしていたことだし、次の手を考えるしかないな。


「そうですですよね。変なお願いしてすいませんでした。では失礼します」

 

 落胆はしたが、他の当てが無い訳ではないのて、気を取り直して踵を返す返した。


「おい、ちょっと待て」


 ドアに向かって歩き出したところを制止された。


「誰も教えないとは言ってないだろ」


 ゆっくり振り返ると、ニヤけた顔の菅原先生がいた。

 

な理由が無ければって言ったろ。俺はまだお前からちゃんと理由を聞いてない。だろ?」


 「だろ」のところでウィンクしてきた。どこに需要があるんだよ。それから歳考えてやれよ。


「理由ですか‥‥」


 何処から何処まで、何から何まで話しをすれば良いか考える。すると先生は自分の左腕にある時計を確認した。


「次の授業が始まるな。俺もそろそろ行かなきゃならんから続きは昼で良いか?」


 結論がすぐに出ない俺はこれ幸いと了承し、昼食が終わってから、また生徒指導で話しをすることとなった。




 そして迎えた昼休み。

 弁当を一人で食べていた。憲吾は他のクラスメートと教室でコンビニのおにぎりを食べていて、終えると俺のとこにやって来た。


「なあひでゆき。ちょっと話しあるんだけどいい?」


「あーこれから先生のとこ行かなきゃなんないから。急ぎ?」


「菅原センセ?」


「そうだよ」


「そうか‥‥てかそこまて急ぎでもないから後でいーわ」


 菅原先生のところで何か引っ掛かった様な顔をしていたが、深くは考えない。それどころではないし。


「ほう‥‥後で時間ある時に聞くよ」


 「放課後にでも」と口に出しそうになったが、放課後はもしかしたら、すぐに学校を出ることになるかもしれないので、出さないでおいた。


 それから弁当を食べ終えて、生徒指導室へと向かった。



 室内のドアを開けると既に先生は椅子にもたれかけ座っている。「失礼します」と言いながら足を踏み入れた。席は前回と同じ場所なので、俺も同様に座る。

 今日は四月の割に気温は高く、先生は午前中に着ていた上着は脱いでいて、長袖のワイシャツ1枚で、そのボタンも上から三つ開けていた。

 

「それじゃあ聞かせてもらおうか」


 椅子の背に体重を預けたまま話しを始める。


「その前に一つ良いですか。どうしてこうやって俺に時間を割いてまで話しを聞いてくれるのですか?」


 素朴な疑問だ。午前の話しを聞く限り他の三人には門前払いされたに違いない。それだけ個人情報の取り扱いが厳しいのは理解している。


「三つ」


 背もたれから体を離し、前方に体重を移して右肘を机の上に乗せる。乗せた方の手の指中三本を立てた。


「一つ目は、言った通りまだ本当の理由を訊いてないこと」

 一旦手をグーにしてから人差し指だけを立てる。

「二つ目は、一昨日俺が嗾けてしまった責任を感じていること」

 人差し指指はそのままで中指を立てる。

「そして三つ目だか、昨日からお前の様子がおかしかったから、だ」

 最後に薬指を立てた。


「まあ望月が休んだタイミングと、昨日今日のお前の言動を合わせてってのもあるがな」


 言いながら肘を机から離し、再び背もたれに体重を預ける。


「そうですか‥‥」


 嗾けたって言ったよな。あれはそういう意味で云ったのか。本当のところはわからんが。


「で、何があった?もしかして妊娠したとか?」


「‥‥‥‥」

 突拍子もなさ過ぎて驚きもせずジト目で睨んだ。


「んんゴホン。冗談だ。あまりにもお前が深刻そうな顔してたからな、つい。」


「結構マジな話しなんで茶化すのやめてもらえませんか」


「おうわかった。マジなんだな」


 ゴメンゴメンみたいな軽い態度に腹を立てたが、時間も限られているので脱線した話しを戻した。


「実は一昨日、先生とここで話をした後、すぐそこの廊下で望月さんに声を掛けられんです。それから‥‥」


 一昨日からの出来事を、言いづらいところは時折伏せ、でも肝心なところは言葉を選びながらも出来るだけ正確に伝えた。その中には当然二月の件も含んでおり、いざそれを口に出した時は胸が苦しくなったが、ここで止まる訳にはいかないと気持ちを鼓舞し、何とか話しを終えることができた。

 先生は途中、口を挟むこともなく最後まで話しを聞いてくれた。


「そうか望月がねぇ‥‥」


 腕を組み考え込む先生の表情は、俺の話の途中から真剣そのものに変わっていた。しかし、


「ここで一つ、ネタばらしをしようじゃないか」


 突然、話の方向と自分の様相を一転させる。


「なんですかいきなり。ネタばらし?」


「まあ聞けって。一昨日の話のあれな、実は半分本当でもう半分は嘘なんだよ」


「?」


「嘘っていうのはあれだな。厳密にと云うならばって意味と思ってもらえば良い」


「??」


「やっぱそうなるよな。じゃあ説明するぞ」


「先週末、金曜日だな。放課後望月が相談があるって話しを持ち掛けてきたのよ。今のお前と同じでやけに真剣な面持ちだったから、ここで話しを聞いくことにしたんだよ」


 またここかよ。好きだな先生も。


「その顔、またここかって思った顔だろ」


「思っていですから続けてくださいよ」


「まあいい。で、話しを聞いてみればクラスの話でな」


「俺が周りから無視され虐められているとかですか」


 自虐を口を挟んだ


「当たらずとも遠からずってとこかな。たぶんお前が考えていることとはちょっと違うと思う」


 おい、おれがクラスから蔑ろにされている件はスルーかよ。まぁそれは今は良いけど。

 だが、俺のことを相談してきたのは間違いないのだろう。


「お前を含めたクラスのみんなと正面から向き合いたい。簡単に言うとこれが彼女の相談だ」


 正面から向き合いたいか。まさに今の俺のことだな。


「みんな、は言い過ぎかな。名前を出したのは数人だ。みんなって云うのは俺の希望が入っちまった」


 大分盛ったな。でかいな先生の希望。

 しかし俺以外にも名前が挙がったっていうのは意外だな。他にも俺みたいに何か妙な関係になっている奴もいるのかな?それに言い様もないこの感情はなんだ?


「ショックだったか?自分以外にも望月の口から名前がでたのが」


「そ、そんなことねーよ。自分だけが特別だなんて思ってもないから」


「特別ねぇ」


 何を俺はそんなに慌てているんだ?望月さんが誰の話をしようが関係ないだろ。肝心なのは俺と望月さんとの関係であって、その他の奴等はどうでもいい。


「そんなことより半分嘘で半分本当って結局なんだったんだよ」


「わからないか?望月がお前のことを気にしてるってのは本人が言ったから間違いないだろ。つまり本当のことだ。嘘の方はたいしたことじゃない。望月とお前を見て何かあるって俺が気付いていた事が嘘なんだよ。実際望月に言われるまで全く分からなかったしな、お前らの関係は。さすがに話しを聞いた後は、お前たちが意識し合っていることに気付いたけどな」


 勘が良い先生かと思ってだけど違ったな。何が見ていればわかるだよ。ただのハッタリだったんじゃねぇか。


「先生の話しはよくわかりました。それで望月さんじゃないですけど、正面から謝りたいと思ってます。それが俺の理由です。勿論心配な気持ちもありますが‥‥‥」


 謝りたいのが一番。心配しているのが二番。


 普通は心配するのが先であって、謝りるのはその次だろっていうのかもしれないけど、今は自分をの本心を誤魔化したら駄目だ。


 先生は俺の顔をじっと窺っている。


「船林ならいいか」と徐にズボンのポケットから十センチ四方の折り畳んだ白い紙を差し出す。


「なんですかこれ?」


「要らないのか?望月の住所。これが必要だったんだろ」


「え?」


「建前も忘れるなよ」


「建前ですか?」


「課題だよ。それがなきゃバレた時俺の立場が悪くなるに決まってんだろ。それに会いに行く理由があった方がなにかと良いだろう。というか最初はこれをだしに住所聞こうと俺のとこ来たんじゃないの?」


「あっ!そうでした」


 驚きと安堵感で表向きの理由をすっかり忘れてた。


「望月の机に配られた課題のプリントがあるはずだから‥‥と言っても皆の前で漁れないよな」


「ええまあそうですね。今日の分はコピーしていきますよ。昨日の分は‥‥大半が提出しちゃいまいたからどうすれば‥‥」


「分かった、それは俺が何とかしよう。適当に理由をつけてHR後に委員長にでも頼んで回収してもらおう。そうすれば全部揃うからコピーし無くてもいいだろう」

 

「すいません何から何まで」


「気にすんな」


 なんだか今日の先生が少しだけ頼もしく見えるのは、俺の気のせいじゃないと良いな。

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