第11話 そうですねぇ
その日の夜になってメッセージが返ってきた
≪連絡くれてありがとう。私のほうこそ船林君のきもちを考えずに押し付けてごめんなさい。明日には学校に行けそうだから大丈夫です≫
夕食を終え風呂も入り、出された課題に取り組んでいたところにスマホが鳴った。
今日一日まだかまだかとヤキモキしながら待っていた。時間が経つに連れもしかしたら返事は来ないかもしれないと思い始めてたところだった。
内容を確認し安堵の息を漏らしたが、何度か文章を読んでいくうちに不安が訪れた。
明日話しをすることが出来るだろうか?
昼送ったものには「もう一度話をしたい」との旨を伝えていた。しかし目の前の文面から明確な答はなかった。
「大丈夫」
その文字だけが可能性を秘めているが、体調が大丈夫なのか、明日学校で会えるから話が出来ますという意味のものなのか図りかねる。
今返信したほうが良いだろうか?もう一度直接謝罪したいと伝えた方が明日話をすることができるかもしれない。
頭の中で思考を何ども回転させ、十周位回ったところで意を決した。
《ちゃんと話しをしたいからまた学校で。おやすみなさい》
なるべく押しつけにならず、されど要件が伝わるよう簡潔に書いた。
今度はヤキモキする間もなく既読から数秒後に《お休みなさい》と短い文が返ってくる。
明日はなんて謝ろうか。彼女は話しを訊いてくだろうか。そして彼女は今何を思っているのだろう?
期待に不安を織り交ぜていくうちに夜は更けていった。
そして淡くて脆い自分よがりな期待は、太陽が東の空に昇ると同時に、夜の暗闇と共に溶けて消えていった。
時刻は朝の七時より少し前、スマホのアラームが起床時間を告げるより少し早く、通知音で目が覚めた。
《ごめんなさい。まだ調子が良くならないので学校をお休みします》
たった数時間で消えた淡い期待は、色のないものへと変貌し、胃の奥の方に異物が入ってきた様な感覚に陥る。
やはり、かなり落ち込んでいるのかもしれない。だとしたら俺はどうしたら良いんだ?
それとも考えすぎなのか?ホントはただの風邪かもしれないじゃないか。だったらあまりしつこくするのはどうなんだ?
答えが出る訳でもなく、しかし思考はそれだけで頭がいっぱいになり、ある意味思考停止状態に追い込まれた。
暫く体を起こすこともせず、たた天井を見ていた。アラームが鳴るが、止めることはしなかった。五分置きにスヌーズをセットしているので、その度に音が部屋の中に鳴り響く。
「兄貴起きてるか?もう七時半だぞ」
部屋のドア越しから弟の声が聞こえる。いつもの時間を過ぎても起きてこないから呼びに来たのだろう。
スマホの時間を見ると確かに七時半だ。寝ていた訳ではないのに随分と時間が経つのを早く感じる。
「あー、少ししたら行くよ」
なんとか振り絞って出た低い声は、不機嫌に聞こえただろうか、和幸が無言で部屋の前から離れていく足音が聞こえた。
伝えるって難しいな。今のだってあいつの気分を損ねようとした訳ではない。単に俺の配慮が足りなかっただけだ。だが俺達は兄弟だからそれでも問題ない。しかし俺と望月さんはそうじゃない。
正しい距離感を掴めていないなかった俺は、たぶん戸惑っていたのだ。
前原さんが俺のこと好きだとまでは云ってきてないが、似たようなことを徳瀬に言われた。
「会って話しをしたほうが良い」と。
でもその時、不快感はなかった。しかし望月さんの場合は違った。もし彼女が前原さんと仲が良かったとしても、俺と望月さんの人間関係的な距離が今と同じだったら、実際と同様に不快感を表していたはずだ。
遠くにあったものがいきなりパッと目の前に現れたら誰だって驚き、そして慌てふためくものだ。人は驚くと本能的に身を守ろうとするらしい。それは躰だけではなく、自分という存在そのものを。だから気を許していない者に対して敵対してしまう。
‥‥‥てもこれは言い訳に過ぎない。
結果は言うまでも無く、一方的に俺が悪く、俺のせいだ。
よく知りもしないで相手を断じたのはこちらも同じで、望月さんに釈明の余地を与えなかったのも俺だ。
あの時冷静に最後まて話しを、いや、望月さんのことをもっと知る努力をしていれば‥‥‥。
たらればをこの間からずっと繰り返している。
もういい加減にしろと自分に言い聞かせる。
折角動き出した望月さんとの関係をここで止める訳にはいかない。今止めてしまえば、基準があって無いような一昨日までの関係が、悪い方向へと向かっていくことは想像に難くない。だから
《分かった無理しないで》
それだけ送り、ベッドから起き上がる。
これで良い。今はこれだけで十分だと思う。伝えたいことはハッキリと面と向かい合って言うべきだ。
俺と望月さんの関係を、距離感を考えるのはこらからでいい。だから今は出来ることを間違えないようようにやるしかない。
床から起きるのが遅くなってしまったので、急いで身支度を済ませ、一階の玄関に向かう。
朝食は軽めにした。やはり食欲は出なかったが、寝起きでメッセージを見たときよりは気分は幾分良い。
昨夜のうちに憲吾のことを伝えたら、母と安莉は大変喜び、また弁当を作ってくれるみたいだ。(良かったな憲吾)
いつも通り居間にいた祖父母に声を掛けると、祖父に呼び止められた。
祖母はつけていたテレビの音量を下げ、爺さんは手に持っていた湯飲みをコタツくらいな大きさのテーブルに置きながら言う。
「朝から辛気くさい顔してんな。いや一昨日からか?どうせくだらない理由だろ。また悩みでもあるのか」
「じーちゃん俺急いでるからその話あとでもいいか」
「おいおい年寄りの話はキチンと聞くもんだぜ。相変わらず堪え性のねぇ奴だな。そんなこったから余計なこと抱え込んじまうんだよ」
「堪え性が無いのはじーさんの遺伝だから」
「だったら尚更だな。お前は俺に似て変に優しいとこあるから、そのせいで色々と悩むことが多いんだろう」
いったん言葉を区切りお茶を啜ったあと続ける。
「けと、勘違いしちゃいけねえ。中途半端な優しさは得てして人を傷付けることが多い。それは分かるな?だけど俺が言いたいのはそうじゃねえ。人との関係、言い換えるなら信頼関係ってのは、一緒に過ごした長さや間にある距離で決まるんじゃねえ。相手を想う大きさで決まるもんなんだよ」
いきなりそんな話しをされてもいまいちピンの来ない。どや顔なのは見なかったことにしよう。
「何で今そんな話しをするんだよ」
「あん?さっき言ったろ。悩んでる顔してるって。どうせ人間関係だろうに」
「何で言い切れるんだよ。ていうかそんな顔に出てたか?」
「ああ、はっきりとな。俺とお前は似てるとも言ったろ。俺も昔はお前みたいに悩んだもんだ。だからこそ分かるってもんよ。それに今のお前は二ヶ月前の時よりはマシだがまぁ何となくだ」
祖父の正面に座っていた祖母は「そうですねぇ」と言ってテレビの音量を高くする。祖父は時計をチラッと見て「遅れるぞ、行ってこい」と自分が原因なのを棚上げにした。
居間の時計は加減に出ないとまずい時間を指している。祖母はそれに気付いて話しを終わらせようとしたのだろう。
祖母の機転を無駄にしないよう「行ってきます」と言って、急いで学校へ向かった。
遅刻はしなかったものの時間ギリギリで教室に入ったおかげで要らぬ注目を浴びた。
憲吾が「おー」と手を振ってきたのを軽く首を縦に振って返し、自分の席に座った。
左の席は当然空いている。
でも昨日の様な動揺は、今日はもう無い。
だからやるべきことはもう決まっている。
簡単なことだ。まずは相手のことを考える。
さっきじーちゃんが云ってた言葉だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます