第10話 関係なくないとも言えなくもない
やばいやばいやばいやばいやばい。
憲吾の弁当を持って登校し教室に入る。
一番最初に気になったのはやはり望月さんのことだろう。彼女はいつも俺より早く登校して、自分の席で勉強なり読書をしている。
だが今日は俺の左隣はまだ空席で、鞄も置いていないことからまだ来ていない可能性が高い。
刻々と朝のHRの時間が近づいてくる。二分前には担任の菅原先生が教室に入ってきて、こちらを一瞥してから前の方に居た生徒と話をし始めた。
望月さんはまだ来ていない。悪い予感が確信へと近づいてくる。テンポの悪いドラムのように胸の鼓動が暴れ始めようとしていた。
そこに、ガラガラ、と勢いよく教室の後ろのドアが開かれた。
「よっしゃーセーフ」
望月さんはそんなことは言わない。その声の持ち主はてかてか君こと、今日の我が家のお弁当評論、家若林憲吾だった。
分かってた。分かってたけど紛らわしいことすんなと心の中で悪態をつく。
そこで僅かに残った望みを打ち砕く様にHRのチャイムが無常にも鳴り響く。
俺のせいだ。
俺が昨日あんなこと口走ったせいで彼女は酷く傷付いたんだ・・・・・・・・。
どこか楽観視していた自分がいた。確かに昨日は言い過ぎたけど、望月さんも俺に後ろめたい隠しごとをしている。だからお互い様とはいかないけど、ある程度彼女は覚悟をしていたはずだ。
だがそれは俺の思い違いだった。
「助けてくれって言ったか?」
「人に頼るな、自分で何とかしろ」
「どうせ俺を揶揄って楽しんでたんだろ」
そして
「最悪だ」
彼女に浴びせた罵声の言葉を一つひとつ取っても、彼女の気持ちを一ミリも汲んではいない。
感情が昂っていたとはいえ、浴びせたものは暴力と等しい。
後悔の念がさらに加速する。
ここで後悔するなんてほんと最悪だ、俺。ここで後悔するくらいならなんで昨日メッセージで謝らなかった?なんで彼女の話をちゃん最後まで聞かなかった?そもそもなんであんなに俺は感情が昂っていたんだ?なんで、なんで・・・・・・・・。
(船林・・・・)
非のない人間が、あたかも非があるように責められることがどんなに辛いことか、俺は良く知っていたはずじゃないか・・・・・・
(船林・・・・)
ほんと俺は大馬鹿だ。赦しようのない大馬鹿だ。こんなことになるならいっそあの時・・・・
「船林秀幸!」
その大きな声が底なしの泥沼に落ちた俺を無理やり引き上げた。ハッとした俺は周りを軽く見渡し、状況を思い出す。
「やっと気付いたか。もう一回呼んでも返事しなければ欠席にするとこだったぞ」
クラスからは失笑ととれる声が漏れ聞こえるなか、憲吾は「どうした?」みたいな面でこちらを見ていた。
「すいません。ちょっと考え事してました」
「まあいい、次本田・・・」
その後も出席確認が続き、望月さんの順番が回ってきた。
「望月・・・・・・・は熱があって今日は休むそうだ。朝親御さんから連絡があった」
嘘だ。やはり俺のせいだ。昨日のことが相当ショックだったんだ。俺があんなこと言わなければ・・・・。でも本当に体調崩しただけだったら・・・・いや、その原因はやはり俺にあるはず。だったら・・・・・。思考は同じところをグルグルと周り続けた。
午前中の授業は教科書やノートを開いたのみで。書いたりメモしたりすることもなく、頭には何も入ってこなかった。そして昼休みを迎えた。
徳瀬は声を掛けてくることもなく教室を出て行った。その代わりに約束していた憲吾が「腹減ったぜー」とすでに持ち主がどこかへ居なくなった俺の前の机に手を掛けていた。
「どうしたんよひでゆき、朝からおかしいぜ。あ、もしかして言ってた弁当忘れた?」
前の席を回転させ向かい合った憲吾が食べる素振りを見せながら言う。それに対し気のない声で「持ってきたよ」と机の脇に掛けた紙袋を机の上に置いた。
それを見た憲吾は「ごちになりやす」と自分の顔の前で両手を合わせた後、袋から取り出し弁当箱を開けた。
「うわうめーわ」
早速ゴボウの肉巻きを食べて唸り、次から次へと弁当を口に運んでいった。
数分後には俺がまだ半分以上残っているのに対し、すでに憲吾は全てを胃袋に納めていた。
「なんか久しぶりに美味しいもん食ったって感じだな。てかひでゆきの家って薄味なのな。でも味がしっかり染みわたっていて最高だわー」
と、サムズアップ
「だったらもっと味わって食えよ。」
「いやーなんて言うか止まらなかったと言うか」
「‥‥まあ別にいいけど。取り敢えず弁当閉まっとけ。明日親父が使うから今日持って帰る」
「あーそうなん、なんか悪いな。てかお袋さんに美味しかったって言っといて。そしてまたお願いしますって」
「いや遠慮しろよそこは。けど美味かったとは伝えておくよ(杏莉にもな)。」
「ところでひでゆき、お前もう食べないのか?さっきから箸進んでないし」
おかずも白飯も半分以上残している。食べるのが遅いのもあるが、残すのも悪いと思って無理やり口に入れていたが、これ以上は入りそうもない。
「・・・・・今日食欲があまりなくてな」
「どうしたよー。そういえば朝から元気無かったよな。ホントどうしたん?」
軽い口調とは裏腹に、割と本気で心配しているようだ。
「大丈夫だよ。朝からちょっと体調が良くないだけだ」
本当はかなり辛かった。隣の空席が視界に入ると胸を締め付けられる。なるべく見ないようにするが、それでも意識をそっちに持っていかれてしまう。
もしかしたら明日も来ないのでは?だったら今日のうちのメッセージを送ったほうがいいのか?
「もしかして望月さんと昨日何かあったん?」
「いっ・・・」
まさかこいつからこの話題に触れてくるとは思わず、動揺を見せてしまった。取り繕う余裕もなく言葉を詰まらせ、次の言葉を探していたがなかなか出てこない。そこに追い打ちを掛けられる。
「まさかとは思ったけどホントだったんだ。てか二人って仲良かったっけ?」
「ど、どうしてそう思うん」
憲吾の口調が勝手に移ってしまった。
「だって昨日一緒に帰ってたでしょ。校門当りで望月さんがひでゆきの少し後ろ歩いているのオレ見ちゃったし」
「た、たまたま帰りの時間が一緒だっただけだろ。別に一緒に歩いてたわけじゃないし、結構離れてただろ」
「へー後ろに望月さんが歩いてたことは知ってたんだ」
「何となく後ろ振り向いたら居たから気付いたんだよ」
「ふーん、でも彼女校門出て左に行ったよな。ひでゆきを追いかけるように。望月さん確か電車だったはずだから反対だよな」
「何が言いたいんだよ」
「だからお前が元気ないのと彼女が休んだことが、なんか関係してるのかなーって」
勘がいいのかそれとも状況だけで推測したのか、はたまたその両方なのかは判断しかねるが、少ない情報から一発で核心を突いてくる憲吾は、見た目によらず意外と頭が良いか、他人の機微に敏感なのかもしれない。後は俺の反応があからさま過ぎたこともあるが。
なんて返そうか迷う。全てを曝け出すにはいかない。だから出来るだけぼかして、けれど意図は伝わるように、「分かった」と前置きしてから、ハッキリと言う。
「望月さんが何で休んだのか本当の理由は知らない。だが俺が関係ないとも云えない」
しらを切る事も出来るがそうするとこの話は終わるだろう。憲吾がこれ以上追及してこない可能性は高い。本当に嫌がっている奴に追い打ちをかけるような真似はしないことは、この二週間という短い付き合いだけでも何となく分かる。
それに嘘もつきたくなかった。心配してくれている相手に出来るだけ誠意を示したい。昨日のような過ちは繰り返したくなかった。
しかし肝心な部分を言うには、まだ心の準備が出来てないから、何があったかは伝えず、何かあったことだけを伝えた。
「やっぱりか。朝からひでゆき上の空だったからなんかあるって思ってたんよ。まぁ望月さんは昨日たまたま見掛けただけだし、ひでゆきとは関係なく何か用事でもあって駅とは反対の方に行ったのかな?て程度でしか考えてなかったけど、今日のひでゆきを見て何となくかまかけてみたってわけ。で明らかに動揺しているのを見て確信したよ。てかホント分かり易いなお前」
「そんなに分かり易いか、俺?」
「気付いて無いかもだけど、すんげー顔に出てる」
「動揺したことは認めるけど、顔は鏡でも見なきゃ分からんなしな。でも何となく自分でも感じでた」
「大丈夫なのか?」
「ああ、正直大丈夫じゃないけどなんとかな‥‥」
「違うっつーの。ひでゆきじゃなく望月さんの方。昨日お前たちに何があったかは聞かねーよ。けどたった一日休んだだけでお前があんなに動揺してるってことは、ひでゆきが望月さんに相当なことやらかしたんだろ。軽いケンカ程度なら普通そこまで動揺しないだろうしな」
俺が悪いと決めつけてくるのは仕方がない。反論できないしするつもりもない。それに普段は軽いノリで接してくる奴がこうやって真面目になると重みが増している気がする。
「まあ間違ってはいない。俺が完全に悪い」
「だろ。だったらやることは一つっきゃない」
「それも出来ないから困ってるんだよ」
「だーかーらー。困ってるのさ望月さんであってお前じゃないの。もしかしてホントは悪いと思ってないん?」
「思ってるよ!」
強く否定する。思っているからこそ悩んでいるのであって、だからこそ困っている。完全にタイミングを逸したからだ。
昨日のうちに謝罪していれば変わっていたかもしれない。だけど学校を休むという現実を叩きつけられ、それから慌てて行動するのは、何か取り繕うとしているみたいで、逆に相手に対して失礼な気がしてならない。
思わず大きい声を出してしまった為、こちらを覗うクラスメートの姿があちらこちらに見える。憲吾はなんでもないという様子で手を頭の斜め上あたりでヒラヒラさせた。
「だったら早くやることやった方がいいんじゃない。明日も来なかったらどうするんよ?」
「うっ、それは‥‥」
「取り敢えずチャットしてみたらどう?あ、てかIDしらなきゃ無理か。オレ知らないしなぁ」
「‥‥すいません俺知ってます。すいません」
「ちょっ、知ってて何もしなかったん?それ最悪じゃね」
「だからすいませんって言っただろ、二回」
「だから謝るのオレと違うし。てか知ってるなら今すぐ送る一択でしょ。ほら早くスマホ出してみ」
促されポケットからスマホを取り出してみたものの、躊躇う気持ちが勝りそこから先に進めないでいた。それを見かねた憲吾が「貸してみ」と俺からスマホを強引に奪った。俺は立ち上がって手を伸ばしスマホを取り戻そうとするが、憲吾は椅子から腰を浮かせて斜め後ろにさがり距離をとられた。
俺も迷いがあったせいで本気で取り戻そうとはしなかったから、憲吾は慣れた手つきで操作し続ける。一分位過ぎたところで「よし」言って俺に奪ったスマホを見せてきた。
何となく見るのが怖かったが、取り敢えずスマホを返してもらい、チャットにしては少し長めの文章を読んだ。
《昨日はごめんなさい。俺のせいでこんなことになってしまって申し訳ないないです。出来れば顔を合わせて改めて謝罪したいと思っています。こんなこと言える義理はないけど、早く良くなって学校に戻ってきてください。待ってます》
「ちょと堅くないか?」
意外にまともな内容で、よく短時間こんな文章を作れるものだと感心した。昨日のことを憲吾は詳しく知らないのだから、こんなもんかとも思う。
「ひでゆきと望月さんの関係性がイマイチわかんねーからな。とりあえずそれっぽいこと書いてみた。んでどうする?送るの?送らないの?」
今更悩んだところでしょうが無い。これ以上彼女を傷付けたくないことは本心だ。明日来る保証もないし、そのことでヤキモキさせるのも嫌だ。だったら思い切って今行動した方がいいのかも知れない。
「よし、送ることにするよ」
そして憲吾の言葉を待たずに送信ボタンを押した。
「決まれば早ーな」
「ボタン一つだしな」
スマホをポケットに戻して椅子に座る。憲吾もそれに倣う。
「返信来るといいな。てか、既読が付くかどうが先か」
「こればっかりはどうしようもないし、後は待つだけだからな。それと、ありがとな」
「いいって。弁当のお礼ってことで手を打つじゃん」
「それじゃあ、また持って来なきゃ駄目じゃん」
「別にそんなんいらねーし。あ、でもやっぱりまた食いたいからお願いしちゃおうかなぁ」
「後で訊いてみる」と言うと憲吾は「しゃーす」
と仰々しく頭を下げた。
「でもおかげで正直少し体が軽くなった気分だよ。お礼を言うのはこっちだって」
その後多少気分が紛れ胃が軽くなった俺は残りの弁当に手を付けた。結局食べきれなかったが、おかずだけはしっかり憲吾の胃袋に消えてった。
既読がついたのは午後の授業が始まる少し前だった。
それを確認してから受けた授業の内容は、午前のそれよりは頭の中に浸透してきた。
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