第24話


お姉さんの名前は、エンジュさん。


旧温泉宿、『花摘み』の女将さんだった。


旧帝国人と砂漠地帯の民族のハーフとかで、肌色が小麦色なのは、砂漠民族の特徴らしい。


宿屋で合ってるのか尋ねたら、半分はね、と濁された。


客間は板の間で、生憎畳ではなかった。ちょっと残念だけど、それは仕方ない。


一瞬、勘違いするほど、この宿屋は日本文化を彷彿とさせ、同時に何か、思い出してはいけない恐怖がじわりと、胸に押し寄せる。


らでん……私の名前。だけど。


もうひとつ、名前があったような──。





「らでんちゃん、ご飯はお部屋で食べるん? お食事処にするん?」


「あ、お食事処に行きます!」


「ほな、おいで〜」


宿泊客は、私一人。地図表示で見ても、安全だ。


てとてとと廊下を歩いて、庭に面したお座敷?に案内された。


木製の低めのテーブルが壁際に、普通の高さのテーブルが真ん中に三つあって、ご飯が用意されていたのは高いテーブルの方。


ランチマットが敷かれ、料理の盛られたお皿が乗った席に誘導され、椅子を引いてもらいよじよじと登る。


「低いテーブルの方が良かったかんね、ごめんやね」


「大丈夫ですっ」


ちょっとテーブルの高さが高いけどね! 食べづらい程ではない。


ご飯は、……ナン? みたいなペロッとしたパンみたいなものと、野菜、薄切りのお肉。


ソースが三つ、別の器に用意されていて、黄色いのと赤いのと緑のと……不思議な香辛料の香りがした。


「郷土料理でごめんやね、お客さん来る思ってなかったんで、ウチのご飯と同じなんや〜」


「郷土料理!」


目を輝かせた私に、エンジュさんは苦笑した。


「こっちのハラに、好きな具材挟んで、味砂つけて食べてるんよ」


「味砂?」


「岩塩の名前やよ〜」


なるほどなるほど。ハラと呼ばれたものが、やっぱりナンみたいで、鑑定すると小麦と水を混ぜたものだった。


野菜とお肉を挟んで、味砂をちょっとつけて、ぱくり。複雑な香辛料の味がした。甘いのにピリ辛でしょっぱい。野菜も新鮮だし、お肉もハムみたい。


「……おいしい!」


「ふふ、良かったんね」


飲み物、お茶? をいれてくれてから、何かあったら呼んでと言われて、エンジュさんは退出して行った。キシキシ廊下が鳴る。厨房に向かうのが分かった。


食事処はお庭に面していて、木窓が半分開けてある。真ん中で分かれて、上の部分は木の棒で支えて、庇のように斜めになっている。


お庭は、雑木林。手入れはされているらしく、自然のままの林だ。さすがに、日本庭園は無理だよね。植生が違いすぎる。


それでも、風の通りが良くて、木造建築のなんともいえない居心地の良さが、とっても落ち着けた。小鳥がぴよぴよ鳴いている。和む〜。


秘密の住まいは、木造で作りたいな。綺麗な小川とかあって、日差しがいい場所が理想。


はぐはぐご飯を食べて、廊下に出て、ご馳走様でしたー、と声をかけると、エンジュさんが奥から顔を出した。


「町で、お買い物がしたいんですけど、いいお店はありますか?」


「何を買うんね? 色々なら、やっぱり商店街やね〜」


場所を教えてもらって、一度宿から出かけた。


門の兵士さんに教えてもらった事を、すっかり忘れてたのを思い出したよ。杖術士協会行かないと。身分証いるよね!


テクテク歩いて、再び協会に。空いている窓口に並び、身分証が欲しいと告げた。窓口のお姉さんは、私の格好を眺め、半分になっている杖を確認し、頷いた。


「ふむ、外国人ですね? 推薦人なしの場合、どんな術士か確認が必要なので、こちらの番号札を持って、そちらの椅子でお待ちください。準備ができたらお呼びします」


「はい」


素直にうなずいて、壁際のずらっと並んだ椅子のひとつに腰掛けた。大人用の椅子だから、足がブラブラ。ふんふん。ブラブラ〜。


地味魔法がよく効いている。周りは大人ばかり、たまに十代半ばの少年少女もいるが、みんな大人と一緒に行動している。


服装がだいぶ違う。エンジュさんが着ていたような、着物に似た服装も半分くらい見た。人種も、肌が白い人と、褐色の人と、半々だ。


そうして呼ばれるまで、他人を観察していると、ザワりと外が騒がしくなった。


表通りに、何故か人波を自然と割りながら闊歩する人物が二人。


地図表示で注視していると……なんかこっちに向かって来てるこれ? 外の騒ぎを気にしてか、出入口から眺めていた人が、顔色を変えた。


「特級術士様だ!」


「えっ!?」


協会内にいた術士達が、みな慌てて壁際に移動した。座っていた人まで立ち上がり、緊張と興奮した様子で入り口を見詰める──私も一応、椅子から降りた。


最初に見えたのは、ヒラヒラした派手な衣装。やわらかそうな布に、色鮮やかな刺繍がされている。それを着ているのは、なんと子供……女の子だ。十代前半だろう。ツインテールの髪が水色でびっくり。双子みたいにそっくりな子達だ。


その子達は、身長と同じくらいの長さの杖を手にしていた。杖も髪の色と同じ水色だ。光の具合か、キラッと輝いた。


ぐるりと協会内を見渡した二対の眼が、つまらなさそうに受付に戻る。受付のお姉さんが、強ばった表情で口を開く。


「よ、ようこそいらっしゃいました、特級術士様!」


双子の女の子達は、ふんと鼻を鳴らした。


「しばらく滞在するわ。それだけよ」


「記録しといて。面倒な依頼は寄越さないで」


「は、はいっ! かしこまりました! わざわざのご連絡、ありがとうございます!」


受付がサッと頭を下げると、周りの他の術士達もいっせいに礼を取る。私も分からないまま、ぺこりとする。


視線が撫でたような気がして、冷や汗が出る。靴音が響き、双子が出ていくまで身動きできなかった。





しばらくしてから、ざわめきが戻る。誰もがホッとして、業務に戻る。


「なんだ、ただの滞在報告か」


「凄かったわね……」


「さすが、特級……」


「初めて本物を見たよ!」


「……アレが……『水蓮の双璧』か……」


やがて、ようやく私の名が呼ばれた。










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アーツオーヴ・フリーダム 銀紫蝶 @ginsicyou

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