第23話
温泉、温泉、おーんせーん!
着きました、温泉都市。
やっぱり火山地域の近い山間にあり、湯けむりもたっている。
一応、宿を検索。地図にポツポツ黄色い点がつく。
人里離れた場所に隠れ家を作るのは決まりとして……なるべく安全な近場の街は確保しておきたい。
お買い物とか必要だし、資金稼ぎも必要だものね。
街の雰囲気を味わうために、一回宿屋に泊まってみよう。
人があんまりいない、寂れた温泉宿とかないかしら。あとは、換金は……しばらく必要ないかな。
根気よく、安全な生存圏を探そう。もう二度と、同じ目に合うのはイヤだ。
水と食料だけは、いっぱい溜め込んである。
じいっと地図表示を眺め、詳細を読んでいくと、宿屋のグレードや評判、料金設定、現在の泊まり客も閲覧できた。
ふむ──評判良くて、あまりお客さんがいない宿屋は──あっちか。
地図に印を付けてから、温泉都市の外壁の門に向かった。
空から勝手に入っちゃえばいいとも思うんだけど、管理が厳しいと後が面倒くさい気がする。
入る時はちゃんと入って、逃げる時だけ空から逃げよう。うん。
時刻はお昼過ぎ。宿泊客やら、荷馬車やらが、ちょっと並んでいる。街道の離れた位置に降りて、ローブをかぶり、肩掛けカバンをかける。
杖はどうしよう? あ、半分になれるの?
身長より長い杖は目立つと学習したから、杖には半分の長さになってもらった。
よし、これで大丈夫かな?
テクテク歩きながら、地図表示は常に確認した。今の所、赤い点はない。
追いかけてきている点もない。
「……」
緊張しながら列の最後尾に並ぶと、前の馬車の護衛だろうか、冒険者格好の人達が、チラッと視線を投げてきた。
私が小さいので、驚いている人も、警戒する人もいる。みんなの目が、あからさまに杖を見ている。
私の身長の腰あたりまで小さくなった杖は、ワクワクと新しい街を見ている。飛び跳ねられると困るから、ぎゅっと握りしめた。
大人しくしててね、頼むから。
列はゆっくり進み、ようやく私の番になった。
門番は、兵士さんのようだ。帝国の鎧姿は初めて見たけれど、濃い紫色のデザイン性のある軽鎧で、体の線に合わせた動きやすそうなものだ。
「カッコイイ……」
つい、ポロリと呟くと、門番さん達がちょっと目を見張った。
「ん? お嬢さん……まさか一人かい?」
私の後ろには、後から来たグループが並んでいる。
「はい、一人で、修行ちゅーですっ」
短くなった杖を持ち上げて見せると、兵士さん達が困り顔になった。
「帝国民証は、持ってないのかい?」
「……まさか、他国から?」
えっ、なんかダメかな?
後ろの人達を待たせちゃうので、別室に連れてかれました。
街を覆う外壁が、幅がひろくて、中にいくつか部屋があるみたい。地図表示だと、兵士さんの詰所と、休憩所になっている。
ドアのない、外からの通路につながる石造りの小部屋で、簡単なベンチと、テーブルがある。
何か書類と、横長のお盆? みたいな物がさっと用意された。
「まず、こっちに手を乗せて……そうそう。……大丈夫だな」
お盆みたいな物は茶色い石だ。なんだろうと不思議に見ていたら、兵士さんが紙に何か書いていく。
「お名前は?」
「ラデンです?」
「歳は?」
「うーん? 十?」
「えっ、そうか。苦労したんだな。温泉都市に来た目的は?」
「温泉! ご飯! お仕事?」
「何処の国から?」
「……わかんない」
「そっ、そうか」
兵士さんは、書類にカキカキして、私に見せてくれた。
「本当は、他国人は審査があるんだが……嬢ちゃん、犯罪歴ないし、加護杖持ちだし、未成年だから、仮入国を許可される。ただ、滞在は長くて三十日だ。これを腕にはめて」
革製の、番号がついた細い腕輪を渡される。仮入国許可証らしい。帰りに返すこと、と言われてうなずいた。
「ありがとう!」
「あー、杖術士協会は、街の赤い屋根の建物だ。登録すれば、入国許可証貰えたはず」
「ありがとうー!」
親切な兵士さんだね! 私は手を振って、ようやく街に踏み込んだ。
初の帝国の都市だ。
なんかみんなオシャレで素敵な服を着て歩いている。ファンタジーではあるんだけど、先進的で自由なデザインだ。
お店もいっぱい大通りに並び、食料品から雑貨まで種類が多い。
歓楽街らしく、賑やかで解放感にあふれ、笑い声があちこちから聴こえる。
綺麗なお姉さんがいっぱいいる。
カッコイイお兄さんもいる……。
街に入ってからは、地味魔法を発動してるから、私は遠慮なくあちこち覗いた。
やり取りを横から見たら、硬貨の種類が違う事に気づいた。
あ〜、通過が違うのか。うっかりしてた。
小さな休憩所があったので腰を下ろし、お財布を覗いた。どっかに両替所あるかな? 地図さん、お願い!
お、あった。門沿いの外壁の一部が、窓口みたいになって、換金できる。
テクテク戻って、金貨を帝国銀貨に両替。
よし! 探索再開だ。
いや、その前に、宿屋と杖術士協会、確認しとこう。
地図さん、赤い屋根探してー。
辿り着いた協会は、木造だった。やっぱりデカい。人はまばら。
こっそり二階にあがり、依頼紙を眺める。貼ってある紙は少ない。
一番簡単な、薬草集めがあった。よしよし、コレコレ。
窓口に並んで、小袋から出すフリで、アイテムボックスから薬草を提出。
無事報酬ゲット。
さあ、次は宿屋だ!
目を付けていた街の端っこの宿屋は、雑木林に囲まれていた。
住宅地区なのか、古い木造家屋ばかり。住民もお年寄りばかり。お店も古い。
宿屋の看板が、かろうじて板塀にかかってる。
「ふわー」
なんか、建物は古い木造家屋だけど、造りが上品だ。
わざと石畳をちょっとずらして配置したり。
板塀に切れ込みがあり、一輪花が挿してあったり。
小さな壺? を、小さい順から並べて水を溜めてあったり。
どこからか花の香りがする。
建物の入り口は、引戸だった。この異世界では初めて見る……入り口前にかかってるの、まさか暖簾……?
懐かしい雰囲気に惹かれ、私は足を踏み入れた。
靴を脱ぐ土間と、脇に靴箱。上がり框から続く艶やかな板木の廊下。木造家屋の匂い……。
これって。
「──なんだい? まだ早いんよ……お客ん………?」
廊下に繋がる引戸がスラリと開き、姿を現したのは、色気ムンムンの美女だ。
まるで、タイムスリップしたような感覚に目眩がする。
黒褐色の長い髪を後頭部の高い位置でまとめ、小麦色の肌を薄手の着物に紗に引っ掛け、胸元と太ももがほとんど見えている。
赤い紅が塗られた唇がぷっくりして、タレ目で、泣きぼくろが左目下にぽつんとある。
気だるげな空気をまとい、ゆったりした動作は大人の色香を醸し出す。
ヤバい……ヤバいですよ奥さん! 鼻血ものの美女の登場ですよ!
ぽわ〜っと見惚れていたら、お姉さんは小首を傾げ、私を頭から足元まで眺めた。
「お嬢ちゃん、迷子かんい? それとも奉公希望?」
杖が、ブルっと震えて、私は我に返った。
「あっ、あの、宿屋……じゃないです……?」
「宿屋? まぁ、泊まれるけんど……珍しい髪色やぁね。目の色も。ふふ……」
上がっておいで、と手招きされ、私はふらふらと靴を脱いで、お姉さんについて行った。
なんで、回れ右をしなかったんだろう。
私は後で、自分が後悔するのを知らなかった。
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