第16話
知らない天井。
……テントじゃない。
右を見て、左を見て、また天井を見て……瞬きを繰り返す。
うっすらと陽光が差し込む、黄緑色の、これはもしかして、植物? の天井と壁。
ちょこんと葉っぱが生えていたり、小さなお花が咲いた部屋には、私だけのようだ。
爽やかな、緑の香りがする。
ぼうっとする頭のまま、記憶を辿る。
えっと……ラーツから辺境都市アガルトに着いて。
男運が悪いと言われて。
赤い紙片を、大草原に埋めて。
大森林の手前で、テントに潜って……。
「……杖?」
ピクッと反応が返ってきた。
どうやら、入り口横の傘立てみたいな箱に、刺さってるようだ。
ぴゅんと飛び跳ねて、寝ている私の目の前に浮いた。
心配、させたみたい。
「大丈夫、よ……ちょっと、魔力、使い切っただけ──」
落ち着かせるために、蔦をなでなで。
が。
「大丈夫ではない。魔力を限界以上に使えば、命を失うこともある」
「ひゃっ?」
突然、横から声がかかり、私はビクっとした。
さっきまで、誰もいなかったのに!
首をすくめながら、あわてて横を見た私は、今度こそ固まった。
わぁ……。
さらふわな、光り輝くプラチナブロンドの髪。
深い憂いをたたえた、深い緑の瞳。
すいっと先が尖った耳。真っ白な肌。繊細な美貌の──若いような、年寄りのような、不思議な容姿の。
「……えるふ……?」
本当にいたよ、森の人。
ぽかんとしている私に、相手は手を伸ばし、頭を撫でてきた。
「小さいのに、頑張ったな。起きれるならば、食事を用意しよう」
表情がほとんど変わらないけれど、目元がほんのり優しい、気がする。
「頑張った……?」
「ひとりで、砂嵐を引き付けたのだろう? そなたの杖が自慢げに、話してくれたぞ」
え?
どういうこと……?
「杖と、話せるの?」
手が離れ、彼は立ち上がった。
壁のような場所に手を当てると、蔦がするする動いて、なんと入り口ができた。
お盆を手にした女性のエルフが立っていて、目が合うとにっこりしてくれる。
「まずは、食事をするといい。先に湯浴みか」
女性は全部で三人居て、次々に部屋に入って来ると、私の世話をし始めた。
背中を向けて、彼は去って行く。
「あっ、あのっ……?」
「寝汗をかかれています。さっぱりしましょう」
ぎゃー。
服を脱がされ、お姉さんに抱えられ、隣の部屋に。
浴室があって、三人がかりで洗われた。
飾りはないが、凄く滑らかな白い衣装を着せられ、柔らかいサンダルを履き、髪をとかされ軽く編まれた。
そして、また抱き上げられて、テーブルのある部屋に運ばれた。
すでに、食事の用意があり、さっきの男性エルフが座って待っていた。
杖は……大人しく、私のそばで浮いている。
女性達は、脇に控える。
男性エルフが、私を真っ直ぐ見据える。自然と、背筋が伸びた。
「ふ……エルフの里にようこそ、星の女神の落とし子よ。本物の、神の加護つきは……何百年ぶりか」
「!」
なんかバレてる?
「私は、エルフの里の、相談役みたいなものだ。……アルケと、呼んでくれ」
「……ラデン、です」
私を見詰める瞳は、あくまで優しい静けさ。感情が見えない。
キラキラ輝くプラチナブロンドの髪が、彼の魔力の強さ、高さを表している。
私じゃ、絶対叶わない、相手だ。
あれ? 私の地味魔法とか、解けてる?
「我らが里では、姿を偽ることは出来ぬ。必要もあるまい」
疑問を見透かして、見詰める眼差しが一瞬、強くなったような。
ひいい。
「わっ、分かりました。地味魔法は使いません!」
「地味魔法?」
どんな魔法かと尋ねられ、説明したらクスリと笑われた。
女性達も、クスクス笑ってる。
「こんなに可愛いらしく、美しいのですもの。ひとの社会では目立ちましょう」
「本当に。ですから、我々の里では大丈夫ですわ。安心して、お過ごしください」
「体力が戻られたら、歓迎の宴をいたします。めいいっぱい、飾らせてくださいな」
困っていると、さらににこやかに笑われた。
なんだろう、この空気。
「私……ここにお邪魔してて、大丈夫なんですか? 迷惑では」
「加護持ちなら、大歓迎だ。何も気にせず、好きなだけ滞在すると良い」
杖さんは、賛成?
鑑定さんも、賛成なの? ふむ。
「わ、分かりました。有り難く、滞在させていただきます。しばらくお世話になります!」
ぺこりと頭を下げた。
危機察知は働かない。地図も真っ青、てか緑だ。
いまさら、アガルトに取って帰りたいとは、思わないしねぇ。
そんな訳で、しばらくエルフの里に、滞在することになったのだった。
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