第15話

辺境都市アガルトに、脅威が迫る中。


領兵士からの知らせに、伯爵はすぐに判断を下した。


「地下室がある家に、領民を避難させよ。あとは隙間風が入らぬ場所に、避難だ。術師協会から連絡は?」


「二級術師以下しかいないため、目下会議中のようです。近場の町にも、一級はいないとのこと」


こんな時でも、使用人は冷静だ。伯爵は、結論を出す。


「では、二級以下の術師達に、城壁外に土などで丈夫な壁の作成を。砂が防げればなんでもいい」


「はっ」


使用人が去ったあと、伯爵の家族が次々に飛び込んできた。伝令の様子から、ただ事ではないと気付いたのだろう。


「お前達は、地下に移動しなさい。メイド達も、全員だ。……砂嵐がくる」


「!!」











自然災害。


時事問題の辞書には、載っていなかった。


地理的な記述が少なかったのだ。


地図すら、なかった。


人々が通りから姿を消し、領兵士が見回りをする中、私は術師協会に到着。


いや、杖になかば引っ張って来られていた。


(ちょっ、杖? 杖さん? なんでヤル気なの? 普通は逃げる所だよね……!?)


術師協会の入り口も開け放たれ、一階のロビーに数十人、集まっている。


でも、思ったより少ない。30人くらいしかいない。


カウンター前にマーラさんと、別の男性がいて、何やら深刻に話し合っている。


地味魔法、ついでに印象薄弱魔法を、重ねに重ねた。


「──砂嵐なんて、ありえないわ! 何百年前の話しじゃないっ!」


否定的なのはマーラさん。両目がキリッとつり上がっている。


「実際に、被害にあった冒険者がいる以上、現実として対処しなければ……」


冷静に話しているのは、壮年の男性だ。この人の杖も、身長の半分くらいで色が土色だった。


ほう、あれが土属性の加護杖なのね。ついでに、あのおじ様も二級と。ふうん。


ぼんやり覗いていたら、左腕に巻きついた杖が、グイグイと建物の中へと私を引っ張った。


あわわ。


二人のやり取りを、他の術師が黙って聞いている状況で、後ろを通る私には、誰も気付かない。


だからって、勝手に入るのはなー。私、無関係のはずなんだけどなー。


二階への階段前で、私は困惑して杖に問いかける。


鑑定さんに聞いた災害の内容、私の頭の中でのやり取り? なんだけど……まさか杖って、思考も筒抜けなの?


蔦先が、得意げに、私の手首をつんつんする。


……筒抜けなのね。


グイッと左腕が引かれ、私の体は簡単に空中に浮いた。階段を飛んでショートカットして、二階の部屋に。


その時、領兵士さんが協会に駆け込んできた。


「伯爵様から伝令です! 二級以下の術師様方に、城壁外に壁を作って欲しいとのこと! 砂が防げれば、何でも良いと!」


「なっ」


「分かりました。みな、聞いたな? 急ぎ城壁外に!」


マーラさんだけは、顔を真っ赤にして反論しかけたけれど、他の術師さん達は、彼女を無視してさっさと動いた。


「ちょっと! 待ちなさい! なんで私達がそんな事を!」


「力ある術師なら、人々を守るのは当然でしょう。そもそも、伯爵様からの指示ですよ?」


「……っ!」


バタバタと、術師達が出て行く様子を横目に、私は二階の壁に目をやった。


ペタペタと壁に貼られた依頼紙。


どこかに、元凶がある。


はぁ……とっとと、自分だけ逃げるつもりだったのに。


杖は何で、解決する気満々なのかねぇ。


依頼紙を、片っぱしから眺めていく。


そりゃ確かに鑑定さんが、私ならなんとかできる、なんて言ったけれど。


「……あった」


黄ばんだ依頼紙の下に隠すように、赤い紙片が貼られている。


私の手が届く高さで良かった。


とりあえず、上の依頼紙ごと、壁から剥がす。


依頼紙で挟むようにして、内側に折りたたむ。二回ほど。


ローブのポケットに突っ込み、くるりと振り返る。


マーラさんが、青ざめて立っていた。


「……あ……なた……なんで」


杖。元に戻って。


シュルシュルと、私の杖が元に戻って、私のお尻を支えた。


緊急事態だもんね。


ふわっと床から浮いてバランスを取り、一気に飛んだ。


「……っ!」


二階から一階に降り、そのまま出口から外に。都市の上を、一気に飛ぶ。


城壁外に領兵士さんが出て、町の外を見張っているのが上から見えた。


辺境都市は、周囲を森に囲まれている。そのはずだ。


「わー」


その森の一方向に、クリーム色のドロドロした塊が、都市に向けて迫っていた。


鳥達が逃げ惑う。巻き込まれた小さな動物が、一瞬で砂になる。木々も犠牲になり、大草原側から、クリーム色の砂道が出来てる。


あれが、砂嵐?


杖は一気にその上空に達して、しばし停滞した。


わー。確かに、近くで見ると砂だ。


ふぁさり、ふぁさりと波打って、砂嵐の先頭部分がぐにょりと、上空の私達を認識した。


「……」


動く、意識ある砂。


ポケットから、あの赤い紙片を取り出すと、ぐるぐる砂が渦巻いた。


杖!


しっかり飛んでね!







大草原は広い。


杖に任せ一晩飛ばし切り、半分くらいの場所で地面に大穴を空けて、その中に赤い紙片は捨てた。


砂嵐はその穴に、ズルズル落ちていったのを確認。


大草原の動物、植物がちょっと巻き込まれちゃったけど、許して欲しい。


念の為、そのまま真っ直ぐ飛んで逃げた。


かなりの速さで飛んだため、大森林の入り口まで、また来てしまったけれど。


ここまで来れば、大丈夫なはず……。


ヘロヘロになり、なんとかテントを出して潜り込み、私はぱったり意識を失った。


もうダメだー。


ごめん杖。魔力ゼロみたい。


あとは頼むよ……。




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