第10話

たらりと冷や汗が出る。


領兵のお兄さんは、私の腕をしっかり掴み、ニコニコ。


「……な、なんですか……?」


誤魔化せー!


「家出かな? それとも迷子かな。お名前は? お嬢さん。僕は看破のスキルがあってね、隠し事してる相手は分かるんだ」


看破……地味魔法を、見破られたってこと……?


地図表示で確かめる。町中はみんな青点だ。少しは信用できるかな。


「えっと……お使いの途中なの。これは、目立つから仕方なくなの」


詰所には、他の兵士さんがいないので、地味魔法を解除。


お兄さんが目を丸くさせ、まじまじと私を眺めた。びっくり顔だ。


キラキラ輝くピンクプラチナの髪が、サラサラ音を立てる。


「これは──驚いた……」


私の外見を確かめ、ほぅっと吐息をつく。


そうでしょ、目立つよね。


お兄さんが、慌てて手を離した。


「保身のためなら、仕方ないか……悪かったよ、綺麗なお嬢さん。僕は領兵のイリヤだ」


「……ラデンです」


すぐに地味魔法をかけ直す。


「外見がぼかされて、気配が薄くなるのか。便利な魔法だね」


納得してくれたらしく、私の頭を撫でて、お兄さんはやっと離れてくれた。


たったっと足音がして、外に行ったもう一人の兵士さんが帰ってくる。


「先輩、すみませんっ、治癒士さん出かけてましたっ」


「ああ、もう大丈夫だ。火傷はなかった」


「そうですかっ、良かった」


はぁはぁ息を切らし、お兄さんは私を見てにっこりした。


「もう、大丈夫?」


「はっ、はいっ、ごめんなさいっ」


純粋な気遣いに胸が痛くなる。いたたまれず、私は椅子から立ち上がった。


「ご迷惑、おかけしました! 失礼しますっ」


その勢いのまま、すたたーっと退散……出来なかった。


腕を広げたイリヤさんに、はっしと抱き止められたのだ。あれえ?


「どこに行くのかな? 宿屋なら、送って行くよ」


「えっと? いやひとりで平気──」


「保護者、いないみたいだし。危なくて見過ごせないかな」


「えっと……」


戸惑う私を、もう一人の兵士さんも心配そうに見た。


ええー? 放って置いてくれないの?


一度、宿屋に帰ってからまた出かけるか? バレるかな。


お買い物もしたいんだよね。


「……」


「……」


やんわり抱きしめたまま、イリヤさんは離してくれない。目を逸らしても、頬に視線が突き刺さる。


無理に逃げたら捕まりそうだな。


私はため息をついて、書いてもらった地図をポケットから取り出した。


「ん? この字は、悠々宿のミリー嬢か。……町の名物ね、なるほど」


「女子の筆跡まで覚えてる先輩、流石っす。あ、この服屋って……」


親切にも、二人は服屋にも、市場にも付いてきてくれた。


服屋はアレだ。ヒラヒラのふわふわの、きゃわきゃわだった。


店員さんに、着せ替え人形にされかけ、慌てて逃げた。


市場でのお買い物は、そこそこ出来た。領兵士のお兄さん二人が、やたらと人気者だった。


イリヤさんは、町の女性の名前、全部覚えてるらしい、ハンパないぜ。


もう一人のお兄さんの名前は聞きそびれた。


荷物まで持ってもらって、宿屋まで送られた。また出かける時は、連絡するように、とまで言われた。解せぬ。


子供だからって、よそから来た一人にここまで構うか?


姿を地味にしてたから、何か疑われた?


うーむ……。


首をひねりながら、宿屋の自室に戻ったのだった。





















辺境都市アガルト。


辺境伯爵の治める都市の一番奥に、伯爵の館はそびえる。


木造の三階建て。緑の屋根が目印だ。


夕刻、そろそろ夕食の時間──伯爵の執務室に、一人の使用人が入って来た。


「ご報告です」


「うむ。何か分かったか?」


胸ポケットから、使用人はメモを取り出し、読み上げる。


「杖は本物。属性は恐らく緑。人種のようで、隠蔽魔法を使用しておりました。目立つ外見を隠すためのようです。魔法を解いてくれた所、すこぶる美少女だったと。年齢は見た目通りなら、10歳前後」


「ふむ……」


「宿屋、悠々に宿泊中、町の名物を聞き、占い屋では、男運が悪いと言われ、屋台の火豚を知らず食し、口から火が出て、領兵士で保護。その後服屋、市場をまわり、宿屋まで送り届けた、との事です。」


「ブッ……ゲホン、ゴホン」


途中、吹き出しかけた伯爵は口元を押さえ、誤魔化すように窓の外を見た。


「如何なさいますか?」


使用人はしれっと尋ねる。


「ふむ……一度この目で見てみたいが……しばらく監視を。不穏な話もあるからな」


「かしこまりました」


辺境都市に、夕闇が迫る……。







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