第8話
大草原を数日かけて飛び続け、地図に人のいる町が見えてきた。
タップすると、町の名前が出る。ナザレ町。そこから街道を進めば、辺境都市アガルトだ。
町には小さいけど、宿屋もあった。地図上で検索すると、三つヒットした。
宿屋の部屋数や、ランク度まで表示されたよ、なんだろうこの機能。便利すぎるよ。
値段を見て、おすすめ宿屋にとりあえず向かう。
田舎町だけど、そこそこ活気があり、冒険者の姿が多い。
念の為、フードを被った。
長い杖は隠しようがないけれど、逆に遠巻きにされる。うかがうように視線は来るけど、無視するとそれ以上は見て来ない。
町の住民達は遠慮がちに、冒険者達は警戒がちな反応だ。
杖持ちはいないようだ。
なんとか宿屋に辿り着く。宿屋の主人は、老年の男性。
「……一泊、400ルツです」
「一泊、お願いします」
「……子供?」
杖のせいで怖がられていたらしく、フードをちょっとずらしたら、ポカンとされた。
お財布から鉄硬貨を取り出す。一枚で千ルツだ。お釣りを受け取り、鍵をもらう。
「……親御さんは、いないのか? お嬢さん」
「お使いの途中なの。夕食、楽しみにしてます!」
「はは……任せとけ」
警戒は解けたらしい。なんか、怖がられる職業なのか? 杖術師。
小さな宿屋だから、二階までしかない。部屋も五つ。
シングルルームの部屋で、清潔なベッドに、小さなテーブルと椅子。窓は一つ。
シャワー室付き。さっそく、汗を流す。
浄化魔法は使ってるけどね。やっぱりシャワーは気持ちいい。
「うーむ」
自由魔法の出番ですよ。
「……『他人から注目されない、目立たない的な? 地味魔法!』」
……ピカ。
お?
うっすらと、透明な膜が私を包む。これで、外見で目立つことなく、人前に出られるね!
宿屋の客は、私の他に二組だけだった。
若い冒険者のカップルと、母親と娘の親子連れ。
娘さんが、まだ五歳くらいと言う事で、なんだか懐かれた。
「おねーちゃ?」
「はわっ」
膝の上に乗ってきて、こてんと首を傾げられ、その可愛いさに私は身悶えする。
「あらあら、ごめんなさいね」
「……さい?」
「だっ、大丈夫ですよー。私はラデンっていうの」
宿屋のおじ様や、冒険者カップルから、優しい視線がくる。
いい宿屋だなー。のんびりしてて。ご飯も美味しい。煮込み料理とサラダにパン。
親子は、辺境都市アガルトに帰る途中らしい。
冒険者カップルは、新婚旅行らしい。
「私達も、アガルトに行ってみる?」
「それもいいな。良かったら、一緒に行きませんか? ついでに護衛しますよ」
「まあ、いいんですか?」
親子は嬉しそうだ。街道とはいえ、途中で一泊しないといけないらしい。
田舎道だから、野生の獣や魔獣も出る可能性があるとか。
「ラデンちゃんは、どこへ行くの?」
「……アガルトです……」
「まあ! みんな一緒ね!」
同行を誘われました。
断われる雰囲気ではなかった。
町からアガルトまで、乗り合い馬車が出ていた。
10人くらいは乗り込める、長細い馬車だ。
町の門のすぐ横に乗り場があり、赤っぽい馬の厩舎と、御者の待機小屋がある。
片道1200ルツだ。意外と安い?
私達以外には、壮年の冒険者グループが一組。
チラりと杖を持つ私が見られたが、特に何事もなく馬車は発車。
うんうん、地味魔法効いてるね。地図で見ても、みんな青点。
街道は、さすがに整備されてるらしく、道幅が広い。
三時頃に、野営地に到着。
地面を均し、木材で囲っただけの広場だ。
冒険者グループは自分達でテントを張り、親子は馬車の中。
私も当然、自分のテントにさっさと入った。
移動中の食事は、各自でとるらしい。
町の屋台やパン屋さん、他の食材のお店で、三日分くらいは買い込み、こっそりアイテムボックスに入れてある。
宿屋で多めにサンドイッチを作ってもらってあったので、夜ご飯はそれで済ませた。
地図表示はずっと展開させている。野営地には、他の旅人もいる。青点しかないけれど、万が一があるからね。
こっそり、馬車と自分のテントにバリアを張って眠った。
翌日、馬車に再び乗り込み、無事に辺境都市に到着。
なんにも起きなかった。
「おねーちゃ、またねーっ」
「ばいばいー」
親子はこの都市の住民だ。迎えに来た父親とともに、町中に歩いて行った。
冒険者カップルは、何か言いたそうにこちらを見ているが、うーむ?
「あの、ラデンちゃんは、しばらくアガルトにいるの?」
茶髪のおかっぱのお姉さんは、アンゼさん。普通に可愛いお姉さんだ。
「もし、良かったら、同じ宿屋に泊まらないか? いい宿屋があるんだ」
褐色の髪のお兄さんは、サレンさん。普通に可愛いお兄さんだ。童顔なのかな? 冒険者装備が、いまいち似合わない。
カップルなのに、兄妹のように見える。さわやかカップル。
私が子供だからか、心配そうな顔をしている。地味魔法は効いてるから、純粋に心配してくれているみたい。
「……うん、そうする」
二人は、アガルトは三回目らしい。詳しい人達と一緒にいた方が、良いよね。
そんな訳で、おすすめ宿屋に向かったのだった。
辺境都市アガルト。
地方にしては、巨大な城塞都市である。
大森林が間近に目視できて、危険な魔獣が多く出る。
アガルトには、杖術師協会がちゃんとあった。
都市の大通りは二箇所あり、ひとつが貴族町の通り。術師会はこっち。
もうひとつは平民町の通り。こっちには、冒険者協会の建物がある。
仕事の取り合いになるのかと思ったら、貴族向けの仕事は術師が。
平民向けの仕事は冒険者が請け負うので、大丈夫らしい。
辺境に住む貴族は、だいたい下級貴族だ。
ただ、辺境伯爵と呼ばれる強い一族が、長年この地を守ってきたらしい。
一泊800ルツにしては、広くて清潔な宿屋の食堂で、さわやかカップルから話を聞いていた。
「伯爵さまかぁー」
宿屋の食堂が、かなり広い。宿屋自体が敷地が広いのだ。贅沢な木造で、天井も高い。
案内された一人部屋も、十畳くらいはあった。
「カーデル伯爵様よ。住民からの評判が良くってねー、ご子息が三人、ご息女が四人いらっしゃるわ。たまに、町中にも来られるの」
宿屋の娘さん達が、自慢げに話す。
「中でも、ご長男のキーツ様がたくましくてねー!」
「あら、次男のクリス様の方が、理知的で素敵よっ」
「私は、三男のケイン様が好き! 笑顔が可愛いのよっ」
キャッキャとはしゃぐ娘さん達は、背後で睨んでる女将さんに気付いていない。
「お客さんに……何を喋ってるんだいっ、仕事は終わってないよっ」
キャーと逃げた三人娘を、女将さんは追いかけて行った。
「相変わらず元気だわー」
「だねー」
アンゼもサレンも、にこやかに見送っている。
確かに、明るくて解放感あって、いい宿屋だ。
私も、久しぶりに肩の力が抜けた。
この宿屋は、平民町の奥にある。ちょっと歩けば、貴族町がすぐ。
一応、町中の建物自体は貴族と平民と分けているが、用事があれば通行は自由らしい。
町中には、定期的に領兵士が巡回している。ゴミもないし清潔だ。
辺境都市に住む貴族も、悪い人はいないとか。
「しばらくのんびりしましょうね」
「だねー」
「ラデンちゃんも、何かあったら相談してね」
ニコニコ言われて、思わずアンゼさんを見つめてしまった。
適度な距離を取りつつ、必要な話ししかしない、このバランスは上手いな。まだ二十歳過ぎだよね?
「……ありがとう、アンゼさん」
ふむふむ。
居心地は良さそうだから、しばらくアガルトで色々するのも、ありかな?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます