第3話

「おい、起きろ」


「……うにゅー……」


朝です。


眠いです。


布団に潜り込んだら、ツンと髪を引っ張られた。痛いよぅ。


髪を押さえながら、モゾモゾ頭を出すと、不機嫌そうなイケメンが上から見下ろしてました。


……あー、思い出した。


そうだった。私、異世界に落ちたんだった。


「……」


夢じゃなかったのか……そっか。


ボーッとしていると、また髪を引っ張られた。だから痛いってば!


「午前中に買い物を済ませて、午後は術師会に行く。……それとも、引きこもるか?」


「起きます!」


いかにも、面倒たけど仕方ない、って表情をする男……レイヴィ。


くそう、イケメンだからって、不機嫌な顔まで無駄に格好いい。なんかムカつく。


慌てて起き出し、シャワー室に顔を洗いに行き、着替えて戻って、1階で朝ごはん。


パンはクロワッサンにバターロール。卵料理にコンソメスープ。普通に美味しいぞ?


「……美味しい」


宿屋のおば様がにっこり笑ってくれた。


てか、異世界ご飯、普通に美味しいよ? 食事は安心できるかな?


朝食を終えたら、近くの大型店に。衣服から日用品から、なんでも揃うらしい。


服売り場以外は一緒に周り、必要な物を買った。


小さな一人用テント。畳むと圧縮されて便利。


野外調理セット。これもコンパクトに畳める。


虫除けスプレーや、治療薬。包帯。


あとは、小型の懐中電灯みたいな、魔獣避けランプ。なんとか全部、リュックに入った。


「……まじゅう……?」


「ここらは辺境寄りだ。小さな魔獣は出る。……解体ナイフもいるな」


い、いらないです!


とは、言えなかった。


武器売り場で、子供用の小さなナイフを購入。銀色に光る刃がリアルすぎる。


まさかサバイバルなの? スプラッタなの? 無理よー?


意識が遠のきかけた私を引きずって、レイヴィはどんどん先に行く。


お昼は、小さな食堂で食べた。イタリアンぽかった。


グラタンみたいな物を食べ、食休みしてから、術師会へ向かう。


術師会。


三階建ての、大きな建物だった。


出入口が大きく、中に踏み込むと奥に銀行みたいなカウンター。


天井が二階部分まで吹き抜けで、それなりに人が行き交う。


レイヴィの後について、カウンターに並んだ。


「……レイヴィさん?」


受付嬢は、ほんわかな茶髪のお姉さん。


ぐいと肩を押され、前に出された。


「術師新規登録を」


「まぁ……分かりました」


ちょっと驚いた目を向けられたけれど、出された紙に必要事項を記入する。


名前、性別、年齢。


出身地……不明。


適当に記入したのに、受付はさっくり終わってしまった。


いいのかそれで! と微妙な顔をしていると、レイヴィが私の杖を指さした。


「加護杖を持ってるんだ、十分身分証明になる」


なんと、杖があるだけで信用されちゃうのか?


「杖は……神の加護があるゆえだ。つまり、なくなれば───」


言いかけて、彼はふと二階の回廊を見上げた。


つられて、視線をやれば……後ろ手に拘束された男性が、二階の階段降り口で、職員らしき制服のひとにわめいていた。


「……アイツのせいだっ、俺は悪くない! アイツが……!」


「杖が消えたのが、何よりの証拠ですよ。諦めなさい」


「くそっ……! はなせ!」


遠巻きに、みんなが見ている。嫌そうに。


「……あれはなに?」


こっそりレイヴィに尋ねたら、近くにいた大人が教えてくれた。


「犯罪を犯して、加護を無くした者だ。神の加護は一度きり……お嬢さんも、気をつけなさい」


「……うん」


つまり、悪いことすると、杖は消えるのね。


杖を胸元に抱き締めると、頭を撫でられた。


「仕事のやり方を教える。行くぞ」


レイヴィはすぐに切り替え、二階への階段に向かう。


え、行くの?


通行人はみな、わめいている人を避け、階段を使うのを躊躇しているけれど、レイヴィは気にせず上がっていく。


なんとなく分かってきたけど、マイペースだなあ。


拘束された人とすれ違う瞬間、ヤダなと思っていたら、案の定。


ぎらりと睨まれ、ふらつくように、こっちに飛びかかってきた。


「!」


身を固くした私の目の前で、私の杖がしゅるんとほどけ、私を守る。


逃げようとしたのか、男は杖に弾かれ、階段を落ちていった。


「ぐっ」


「すまない! 無事だな? ……取り押さえろ!」


一階にいた大人達が何人か駆け寄り、あっという間に暴れる男を押さえ込んだ。


見上げると、レイヴィは酷く冷めた眼差しで、一部始終を眺めていただけだった。


このイケメン、私を助ける素振りも見せなかったぞ!


むーとしながら残りの階段を駆け上がる。


杖はすぐに、元に戻った。


「加護杖は、危険があれば勝手に主人を守る。今のように」


「……へー」


まさかわざと、狙ってないよね? まさかね?


「杖術師の仕事は、町ごとに違う。一番簡単な、薬草採取をするぞ」


二階には、テーブルと椅子が配置され、壁側に何やら紙が貼り付けてあった。


中央にカウンターバーがあり、食事処にもなっている。


『ミワ草 適当数 期限無し』


メモ用紙にしか見えない。裏面に、数字がある。500?


「安宿で300ルツくらいだ。辺境は安いが、首都に近いと高い。ちなみに、今の宿屋は三千ルツだ」


う……さすがに、良い宿屋は高いのね。納得。


「採取した薬草と、この指定紙を受付に持って行けば仕事は終わりだ。行くぞ」


「はあい」


術師会を出て、町を出て、杖に乗って近場の森に向かった。


登録したので、術師の小さなペンダントをもらっている。


まあ、杖があれば町の出入りは大丈夫らしいが、念の為、記憶媒体としてみんな持ってると。ふむふむ。


最初に、見本の薬草を教えられ、自力で探すよう言われた。


(……『鑑定、薬草を探せ!』)


ふふふ。


「10本目! これでいい?」


「……確かに」


あまり簡単に見つけても怪しいので、わざと、時間をかけて探した。


町に戻って、受付で提出して、報酬ゲット!


術師会には、色々資料もあるとかで、そこで調べる事も可能らしい。


あれ? これで案内終わりじゃない?


明日は町の観光かな?


夕食を宿屋に戻って食べ、シャワーを浴びたらもう日暮れだった。


ベッドに潜り込もうとした私の後ろ首を掴み、レイヴィは何やら古ぼけた本を私の膝の上に乗せてきた。


「文字は読めるようだからな。この大陸の大体の歴史、国ごとの特徴、貴族の規律、平民の法律、商人の決まり、術師会の歴史、その他常識……しっかり読めよ?」


「えっ……?」


待って。この本、辞書並に分厚いんだけど!?


青ざめる私を面白そうに、青い眼が見下ろした。


「貸すのは、明日の夕方までだ。不要なら、寝ていいぞ」


「……っ」


にやりと言われて、私は慌てて本を開いた。開くしかなかった。


くそう……っ!


鬼か、このイケメン……っ。






後から、自由魔法で、本ごと記憶すれば良かったと気付いたのは、翌日の夕方過ぎの事だった……。




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