第2話


加護の杖とは、自分に加護を与えてくれた神からの、加護の印の証。


加護は、ひとりにつき一つ。


だが、譲られれば、いくつも保持可能。


だから、加護をたくさん持つ者は、地位も権力も高い。



「さっさと歩け。よそ見をするな」


「待ってー、歩くの早いよっ」


近くの町は、杖で飛んで一時間くらいの距離にあった。


そう、一時間である。


杖の乗り方を教えられ、なんとかレイヴィについて行って、到着したのは白い建物群の町だった。


町の名前はラーツ。ハクシュラ領地の端にある。らしい。


夜も遅く、道を歩くのは酔っ払いかキレイなお姉さん。


町中で杖に乗るのは緊急時のみ。


見慣れない異世界の町は、珍しくてキョロキョロしてしまい、目を離した隙にレイヴィはどんどん先に行ってしまう。


「待ってよー」


長身な奴は脚も長いのか、歩くのが早い。くそう……子供に気を使えー!


パタパタと走っていたら、道の先でレイヴィが捕まっていた。


キレイなお姉さんが二人、抱きついて……いるだと……っ!?


「今夜も寄っていって? ねぇ?」


「いいお酒が入ったのよ……あら、なあにこの子?」


チラッと見下ろされ、鼻で笑われた。


やっと追いついたので、奴のローブの裾を掴む。ぜいはあ、疲れた。


「……悪い。仕事だ」


「こんな子供、放っておいたら?」


色気たっぷりにしなだれかかるお姉さんを、レイヴィはやんわりと押し返す。


「余裕ができたらな」


「……」


お姉さん達に睨まれながら、私はレイヴィについて行く。


到着したのは、そこそこな宿屋。1階が食堂で、二階、三階が客室。


鍵を受け取り、宿屋の女将さんに挨拶しながら、三階の部屋へ。


ベッドが二つある、ビジネスホテルみたいな落ち着いた部屋に、ホッとした。


部屋の扉を閉めてから、レイヴィがローブを脱いだ。


黒髪に青い眼の、男前なイケメンが不機嫌そうに言う。


「シャワーとトイレはあっち。ベッドはそっちを使え。詳しい説明は、明日する」


「……はあい。ありがとう」


一応、なんとかなりそうなのでお礼を言ったら、視線を逸らされた。


「先にシャワー使え」


大人しく、言われた通りにした。


立ったまま、汗を流すだけのシャワー室だ。きちんと石鹸みたいな液体もある。薬草ぽい匂い。


脱衣場に置かれた、浴衣みたいな寝巻きを着て出ると、レイヴィは入れ替わりでシャワー室に入った。


ベッドに腰掛け、思わずため息が出る。


脱いだから確かめられたけど、本当に子供になっている。


肌も真っ白でぷにぷにだし。


それよりも。


「……魔法、かぁ……」


ベッド脇に立て掛けられた、私の杖を見る。


緑がかった蔓草が幾重にも絡まった、不機嫌な杖。


呼んだ? みたいにふわっと浮いて、目の前に来る。


なんで浮いてるんだとか、意思があるみたいな反応なんだとか、色々突っ込みたいけれど。


(……ステータス表示)


目の前に半透明な板が現れ、まるでゲームみたいな数値が出た。


『名前・ラデン(転生者)

体力・5/15

魔力・35/150



加護・星女神の加護

杖・星女神の加護杖

スキル・自由魔法、浮遊、杖術』




「……」


名前は、本名がどうしても思い出せなくて、ふと出てきた名前で名乗った。


星女神は、多分、私に謝っていたあの女の子なんだろう。


杖術と浮遊は、さっき頑張って覚えた。レイヴィはスパルタで、涙が出そうだった。


問題は、自由魔法……自由って……なにさ。


シャワー室の方をうかがう。まだ出て来ない。男のくせに長シャワーだな?


急いで思考を巡らせる。


金色コインでなんとか三日は、レイヴィに教えてもらって、その後は一人でなんとかしないといけない。


今のうちに、何が出来るのか把握しとかなくちゃ。


「自由……自由に、作れる、とか?」


怖いけど、やってみよう。


まずは───。


(ライト、小さく弱く)


手のひらを上に向けて、そっと願う。


ポウっと、蛍のように、光の玉が生まれた。


「!」


お、おお! 凄い。本当にできた。


魔力が1、減っていた。


そんな風にして、こっそり確認していった。






やっと出てきたレイヴィは、無駄に色気を振りまいていた。


「ふっ、服は……っ!?」


「あ?」


腰にタオル巻いただけとか、誰得よー!?


慌てて壁に向き直ると、背後でくすりと笑われた。


「ガキが気にするな。さっさと寝ろ」


なんと、奴はそのままベッドに入ったようだ。えええ……寝巻きないの? 裸族なの?


なんだかモヤモヤしたまま、私もベッドに潜り込んだ。












「……寝たか」


隣のベッドから、すぴすぴと寝息が聞こえてきて、レイヴィは起き上がった。


ため息をつきながら、耳にあるピアスに指先で触れ、魔力を流す。


相手にはすぐに繋がった。


「……悪い、到着が遅れる。三日ほど。……だから、悪いって……なんでもない、野暮用だ」


ピアスは通信用の魔道具である。すぐに繋がりを切り、彼はベッドから降りた。


壁側に顔を向けて眠る少女を、上から覗き込む。


緋色がかった銀の髪から、きらきらと魔力の残滓がこぼれる。魔力が多い者特有の現象である。


いまは閉じているが、紫色の瞳には叡智と強靭な意思が垣間見えた。ただの子供ではない──しかも、加護杖持ちだ。


普通なら、こんな特殊な存在、放置しないだろう。親切ぶって信用させて、杖を取り上げるなり、利用するなり……。


だからこそ、深く関わりたくない。


「……何者なんだか」


金色のコインを取り出し、眺める。


魔法紋の刻まれた、通称魔金コイン。


王族や、大貴族、そういったレベルの人間でないと、目にした事すらない、特殊貨幣だ。きっと、価値すら知らないのだろう。


「100億か──臨時収入には、なるな」


ちらりと視線を動かせば、少女の加護杖がじっと、男の様子を見張っていた。


その過保護っぷりが可笑しくて、レイヴィは思わず笑っていた。






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