アーツオーヴ・フリーダム

銀紫蝶

第1話

「……ごめんなさい……貴方は亡くなりました!」


「えっ??」


目の前で、10歳くらいの子供が頭を下げている。


何事だろう。


というか、いま、聞き捨てならないセリフが……私が、亡くなった?


「本当に、ごめんなさいっ! お詫びに加護をつけて、新たに転生させますので! 恨まないでね?」


「はっ……??」


ちょっと待って。いきなり意味が分からない。


首を傾げている間に、足元に穴がパカッと開いて、私は落ちた。


「えええ───っ!?」


逆さまに見えたのは、無数の星がきらめく雄大な夜空と、まばらな雲。


どんどん落ちて、私はそのまま地上に落下し……とさりと、柔らかな草地に寝そべっていた。


そんな風にして、ある日突然、私は異世界に放り込まれたのだった。




「……ここはどこー……?」


よいしょと起き上がったら、怖い事に気付いた。


なんか、縮んでない?


視線が低い……やだ待って。手足も細く短いし、サラサラこぼれた髪が……うわぁ、ピンクがかったプラチナシルバーだとぅ……!?


「……うーんと……」


声も、幼い。可憐な声だ。イヤな予感がするぞ?


とりあえず、慌てて辺りを見渡した。


いきなり、危険生物が襲ってきたりとか、ないよね!?


さわさわと、広大な草原に風が吹き抜けていく。


どこからか、かすかに甘い花の香り……あとは、土と水と緑の匂い。


……うん。とりあえず、今は大丈夫かな?


草地に座り込んだまま、自分の格好を確認する。


ぺたぺた自分を触って確かめた所、10歳くらいの子供になっていた。


サラサラの長い髪は腰まで伸びて、きらきら輝いている。


この輝きは、魔力の強さによるらしい。


なんでか分からないけど、知識が自然と頭に浮かぶ。


着ている服は、なんでか袴を洋風にアレンジした感じ。


白地に紫のラインが刺繍されたワンピースに、裏地が濃い紫色のマント。


足は黒紫色のブーツ。背中には小ぶりなリュック。


リュックの中身を確認すると、保存食と水筒、財布にタオル、化粧ポーチ、携帯電話などなど。


「鏡!」


化粧ポーチから、急いで手鏡を取り出し、恐る恐る覗き込む。


眼が、紫色だ。


しかも、元の容姿をほんのり残した、美少女風になっているよ……え、ダレこれ? 私?


「ありえないー!」


なに? 夢なの?


元の私はどこにいったの!?




ひとりで頭を抱えていると、ふいに空気が変わった。


なんの気配もしなかった草原に、何かがぐんぐん近づいてくる。


慌てて、周囲を見回すと───。




「……子供……か?」


「!!」


頭上から、低い男の声がした。


夜空の月をバックに、何かに腰掛けたローブ姿の人物が、油断なく見下ろしてきていた。


フードを被っているため、口元しか見えない。


「こんな場所で、何をしている?」


ヤバい。訳もなく背筋が凍る。


「……っ、迷子してる……っ」


「は?」


「ここは、どこ?」


「……」


しばらく、沈黙がおりた。


すいっと空中から降りてきた男は、私から離れた場所に降り立つ。


乗っていたのは、不思議なものだ。武器? 金属みたいな光沢のある、長い杖みたいな、剣みたいな。


あっ、形が瞬く間に変化して、長剣になった。


目の前に剣先が迫る───!?


キイン、と音がして、何かが私を囲っていた。


「えっ?」


枝? 草のつる?


地面から生えた何か……蔓草みたいなモノが、私を守っていた。


「加護持ちか。ふむ」


っていうか、この人いきなり、斬りかかってきたよー!?


混乱で、パクパク口を開け閉めする私を見下ろして、男はあっさり剣を引く。


すると、目の前に浮いていた蔓草が、シュルシュル巻きついて一本の杖になった。


まるで、手に取れといわんばかりに私の目の前に浮かび、かすかに光る不思議な杖。


「加護杖だ。お前のものだろう?」


「えっ……」


私の……?


戸惑う私に、男が笑う。


「いらないなら、オレがもらってやるが?」


「だ、だめっ!」


男が空いた片手を伸ばしてきたので、私は慌てて杖を掴んだ。


途端に───杖が歓喜に輝く。まるで、星が光るようだった。


「きゃっ……っ!?」


ああ、これは──私の杖だ。


なぜだか、触ってから理解した。





まばゆいばかりの光が収まると、杖は私と同じ高さに縮んだ。寄り添うように、私の手に馴染む。


音のない声が囁いた気がして、杖に耳を当てていたら、いつの間にか男が立ち去ろうとしていた。


剣がシュルリと杖になり、腰掛けた男を乗せて空に浮く───。


「……待って!」


「……」


なんで不機嫌そうに見下ろすのかな!


「加護杖って、なに? あなただれ?」


ついでに、ココが何処か、教えて欲しいかな!


あきらかに面倒くさそうに、男は頭だけ振り向く。


「なんでオレが、知らない奴に……」


「迷子なの! せめて、近くの町まで連れてって!」


まだ、この世界の何も分からないのに、見た目子供な私を放置しないでもらいたい! 人道的にも!


「……チッ、仕方ない───報酬払えるのか?」


しばし考え込んだ男は、仕方なさげに降りてきた。


私は急いでリュックの中から、お財布を取り出す。


うーん。見た事のない硬貨が入ってる。使えるのかな。


「……コレでいい?」


金色に何やら模様が入っているコインを一枚差し出すと、しぶしぶ受け取った。


「三日だ。それ以上は追加報酬だからな?───レイヴィだ」


異世界の案内人、なんとかゲットだよ!







アーツオーヴ。




私がある日落とされた、異世界の名。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る