第2話【解決編】

「––––貴方が殺戮オランウータンだ––––」


そうして名探偵こと犬飼草太は殺戮オランウータンを指し示した。

指先に映るのは––––犀川康平の姿!


「バカなーっ! 私の無実は先ほど証明されたはず!」

「それもまたトリックだったのです。危うく騙されるところでした。ですが、熊谷さんの涙が私に思い出させてくれたのです。

 ということをね!」

指先を銃口めいて突きつけた犬飼は、死刑宣告のように冷たく、ハッキリと真実を突きつける!

「熊谷の涙だと! あんなオッサンの涙に何の意味がある!」

「オッサンの涙は確かに無価値かもしれません––––しかし、無意味ではない!」

熊谷は今も泣いていた。探偵はその姿を真似るように腕を折りたたむ!

「我々ホモサピエンスが自らの身体を抱いた時! 肘の位置は確かにこの通り、目を覆い隠す位置に来る! しかし、オランウータンは違う!」

犀川は犬飼を真似るようにして己を搔き抱く! その肘の位置は……!

「オランウータンには、遠すぎるのですよ!」

「ま、待て! それは熊谷が非オランウータンである証明に過ぎない! 鷹匠がまだ残っている!」

「あら、分からないの?」

狼狽する犀川に声がけたのは––––ミステリアスな姿勢をキープしたままの蛇川!

「家族と共に今回の事件に巻き込まれた俺は、非オランウータンだということだ!」

鷹匠もまた、指先を銃口めいて犀川に突きつける。異端審問さながらだ!

「ち、違う!俺の体重は確かに……!」

「それはもう分かったと言ったはずです。オランウータンの手は身長よりも長い。姿

「そ、それならば、蛇川も同じことができるはずだ!」

「あら、

 挑戦的に笑む蛇川!その姿勢は未だにミステリアスのまま……嗚呼! 嗚呼! 最川も気づく! 表情が崩れる!

「蛇川さんは手の位置が腰と頭にあったのですよ。あのポーズの通りにね」

 もはや一変の疑念もなし!

 頭を抱え、犀川は––––否、殺戮オランウータンは唸る! その声はまさしくオランウータンの雄叫び! ロングコールであった!

 真実はここに明かされた。犬飼は憐れみの目で一歩、殺戮オランウータンに近づく! 手を差し伸べんとす! だが!

「家族の仇! ここで死ねよなーっ!」

 犬飼よりも速く! そして鋭く! 踏み込んだのは鷹匠百太! その手には出刃包丁! 真犯人明かされたるときはその手で仇討ちせんと隠し持っていたのだ!

 鷹匠の瞳に灯る復讐の炎はいざ輝かんとしていた! 脳裏に映る家族の姿!

 鷹匠負九十二たかじょうマイナスきゅうじゅうに鷹匠負九十一たかじょうマイナスきゅうじゅうに鷹匠負九十たかじょうマイナスきゅうじゅう!中略!鷹匠九十九! 洋館のあちこちで死骸となった百九十三人の家族達! 彼らが百太に力を分け与えているがごとき気魄!

 白刃が煌めき、そして––––––––––––––––––––––––



「イヤーッ!」



 つんざくシャウトと共に、鷹匠百太の首が飛んでいた。

 鷹匠百太はそうしてこの殺戮オランウータン殺人事件の新たな被害者となった。

 殺したのは無論……殺戮オランウータン!

「うおーッ! かくなる上は全員殺戮するのみよぉーッ!」

 窮鼠が猫を噛むように、追い詰められたオランウータンもまた、牙を剥く! その身に宿るは文明社会というぬるま湯に使ったホモサピエンスでは決して到達できぬ筋肉! そして知恵により得た殺戮技術! 殺戮オランウータンは半身になり、その異常長腕をゆりかごのように揺らす!

「あれは……ヒットマンスタイル!」

 ボクシングオタクの熊谷が唸る! 次の瞬間、殺戮オランウータンの無慈悲なるフリッカージャブが熊谷の首をへし折る! 無惨!

「にゃー!!!!!!」

 続けざまに量産された死骸を前に、泣き叫ぶ猫田! 殺戮オランウータンは振るう拳の先を選ばぬ! 目についた猫田にハンマーブロー! 死!

「TAKE THIS!」

 BLAM! 銃砲が鳴り響く! 撃ったのは……蛇川! 何処かから取り出した拳銃により、殺戮オランウータンを狙撃!

「効かねえなぁああああああ!!!!」

 嗚呼! 何たることか! 銃弾は確かに殺戮オランウータンの顔面を捉えていた! だが、そこにはオランウータン特有のフランジが! 殺戮オランウータンの強固なるフランジが銃弾を受け止めていたのだ!

「イヤーッ!」

「ンアーッ!」

 フリッカージャブが拳銃を叩き落とす! 弾け飛ぶ蛇川! 返しのジャブで飛びかからんとしていた犬飼を落とす!

「イヤーッ!」

「グワーッ!」

 叩き落された犬飼も瀕死! もはや洋館内は殺戮オランウータンのキリングフィールド! 腰を抜かし、もはや逃げる事さえ出来なくなった鳥居は失禁しながら神に祈るのみ! 神よ! なぜ殺戮オランウータンを与え給うたのか!

「恨むのならばこんな企画を考えたやつを恨むんだなーッ! イヤーッ!」

「アバーッ!」

 鳥居殺!

 惨劇の血煙が洋館を満たす。ホモサピエンスの生存は絶望的! 殺戮オランウータンの前に生き残れるものなど––––––––––––––––––––その時!


 ターンッ!


 小気味いい開閉音と共に、ホールの扉がこじ開けられた! 外に通じる大扉だ! 台風直下、風速666mの暴風とともに、一人の男が入ってくる! ずぶ濡れのトレンチコートを身にまとい、しかし暴風に揺らぐことなし!


「誰だ!」

牙をむき出し、殺戮オランウータンが闖入者に吠える。

トレンチコートの男はその殺意にも怯むことなく、ただ、こう答えた。



「国際探偵だ」



風雨が洋館の中に吹き込む。

嵐の音は耳をつんざいた

雷は遂に洋館の屋根を突き破り、雷光が目を焼く。

空に満ちる黒雲だけが彼らの結末を見届けた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

殺戮オランウータン殺人事件 とんぼがえり @lilivid

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ