第15話 十六歳①

 晴れた日の夕方、上機嫌で知花が洗濯物を畳んでいた時だった。


「知花、少し相談があるんだが…」


 何処かへ出掛けて帰ってきたばかりのヒューズが、知花の前へ礼儀正しく正座をする。


「何でしょう?」


 知花が首を傾げると、一度ソフィアの部屋の方をみると少し前屈みになり、こそこそ話の体勢を取ったため、知花はすかさず耳を寄せた。


「来週の土曜が姫の誕生日なんだ。折り入って頼みたいことというのが…」

「姫様へのプレゼントでございますか」


 キリリと答える知花に、ヒューズは大きく頷いた。


「…すまない。本当に女性への贈り物がわからなくて…」

「いいえ、あの年代の女の子は特に難しいです。任せてください!って言いたい所ですが…すみません、私も悩みます…」

「知花でもか!?」


 何せお姫様だ。


 ショッピングも何度も一緒に行っているが、ソフィアは一流の物を見て育っているだけに、非常に目が肥えているし、気に入った物にはお金の糸目はつけない買い方をする。

 可愛い服ならば普通に喜んではくれるのだが、それでは捻りがない。


「……多分、物を贈るのは相当難しいかと思います」

「そうか…」


 やはり、ここは日本での思い出作りが適切な気がする。


「王道で遊園地へ行くというのはどうでしょうか?」

「…それも調べたんだ…だが、多分、私が絶叫系なるものが無理だと思う…面目ない…」

「ヒューズさん…飛行機で完全に重力掛かるものが、トラウマになってますね」


 たしかに護衛が、護衛対象に世話を焼かれる事態だけは避けなければならない。

 重力も掛からない、気候も気にしなくて良い、そしてソフィア姫様の知的好奇心を満たすもの…それは…


「水族館だっ!!海に馴染みがないなら、海の中にも馴染みはないでしょう?」

「…まぁ、確かに」

「電車で少し掛かりますが、星南の水族館にしましょう!あの辺なら私の庭も同然です!」


 ヒューズも頷くと、早速二人は当日スケジュールの話合いへと入っていった。


 ***


「今日はお魚ね!!」


 今日のソフィアは白とネイビーのコントラストが爽やかな、マリンスタイルのお衣装を纏っている。

 せっかくだからと、ヒューズと知花が今日この日のために選んで贈ったものである。


 可愛い服に上機嫌なソフィアは、駆け足で水族館への入り口へと向かい、パンフレットを見ながら観て回る計画を立てていく。


「イルカショーとペンギンのお散歩コースは近いから、午前中のうちに観に行こうか」

「じゃあ、お昼ご飯を食べたらアシカショーが観たいわ!」


 女の子二人がキャッキャッ言いながら進み出したのを、ヒューズはいつものように後ろからついて行った。


「知花!あの大きいの何!?」


 ソフィアが巨大水槽の前で、優雅に泳ぐ巨大な生き物を指差す。


「あぁ、あれ、この水族館のマスコットのジンベイザメのジンちゃん」


 するとフッと頭上に人影が現れると、ジンベイザメは水面に向かって昇っていく。


「あ、餌やりかも」


 飼育員さんが水槽に向かって何かを流しているのを、ジンベイザメが口を開いて食べて…いや飲み込んでいる。

 その様子は吸引力の衰えない何とやらだ。


「………掃除機みたい」


 三人全く一緒の感想が重なり、思わず吹き出して笑いあった。


 メインの大水槽を抜け、トンネルの水槽…そして様々な海や川の魚たちが展示されているエリアへと向かう。

 そんな中、あのヒューズが一際熱い視線で、ある水槽を見つめているではないか。

 そこには『鯛』の文字。


(まさか…ヒューズさん…)

「…なかなかふっくらとして、生きの良さそうな…」


 予想通りの言葉を呟いたヒューズに、知花はそっと嗜める。


「ヒューズさん。水族館の魚を美味しそうって口に出したら、おじさんですよ」

「…!!…いや、知花から見ればおじさんかもしれないが…でも、まだ二六なのに…」


 あまりそういうことは気にしなさそうな彼が、酷く打ちのめされている。


「ご、ごめんなさい。そこまで落ち込むとは思わず!大丈夫ですよ、ヒューズさんはお年を召しても、イケおじ枠が確約されてるので!!おじさんではなく、紳士っぽくなると思います!」

「紳士?紳士はあんないやらしい目で、う…」


 打ちのめされていた筈の彼が、高速で立ち上がり、ソフィアの口を塞ぐ。


「姫。後でサメソフトでもクラゲパフェでも好きなだけ買って差し上げますので、それだけは言わないでください。お願いします…!」


 王族の口を塞ぐのは、不敬極まりないと思うのだが、王女という高貴なお方すら、親指を立てて頷いているので、知花は見なかったことにした。

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