第14話 宣戦布告は甘く
「これ…何?」
「何って、旅行のお土産。ご当地キャラクターのパイナップルを模したパインちゃんキーホルダー」
「考えたやつ、捻り無しかっ!!」
今日、知花は四連休の交換条件として、太一に提示されていた映画へとやって来ていた。
映画館近くのカフェで、事前に待ち合わせをしていた二人は、涼しくなり始めたテラスで、上映時間までの時間を潰している。
「…楽しかったか?」
「うん!太一のお陰でめっちゃ楽しかった!本当にありがとう!!あっ、写真見る?」
知花はスマートフォンを取り出して、旅行のアルバムを表示すると太一に手渡した。
太一は旅行中の三人の様子を黙って見ていたが、知花とソフィアの水着自撮りで、横に動くだけだった手が止まる。
「……次行く時は、俺も連れて行け」
「え?太一いつも泳がないから、海嫌いなんだと思ってた…」
いつも海に誘っても泳ぐことなくぼーっとしているくせに、何故か太一の声色は非常に悔しそうだった。
アルバムを見終えた太一は、スマートフォンを知花に返しながら話を続ける。
「まぁ、喜んで貰えたなら結構。だけどさ…俺は言ったよな?交換条件は『二人で映画』つったと思うんだけど!?」
「そうだったっけ?」
ガタンと音を立て立ち上がった太一は、二人が座る席の隣を指した。
そこにはコーヒーを飲みながら読書をするヒューズと、期間限定のチョコマロンを幸せそうに飲む、ソフィアが座っている。
「あら、良いじゃない?私たちも映画とやらを見たいわ」
「姫が行くなら、私もついて行かねばなりませんので」
悪びれる様子もない二人に太一が更に噛み付く。
「だったら、日時ずらせよ!俺は知花と二人で行きたいんだよ!こっちはデートがしたいの!!」
「あ、太一、ちょっとお花摘みに行ってくる!」
怒っている太一など慣れっこな知花は、自分に怒っていないと分かると実にマイペースだ。
ペースを乱された太一の怒りのゲージが一瞬下がる。
「…貴方も大変ね。知花の眼中に無いじゃない…」
「ほっとけ!っていうか、旅行ずりぃ…海に行くなんて聞いてない!知花の水着姿、俺でも一年に一度位しか見れないのに…!」
両手で頭を抱え、項垂れる程に悔しがる太一だったが、いつまでも相手にしようとしないヒューズから無理矢理本を奪う。
「…先に言っとく。知花は押した位じゃ付き合えない。色恋沙汰は無意識のうちにスルーするからな!」
「知ってるわ」と、まるで『普段見てます』と言わんばかりにソフィアは答えると、苦い表情に変わったヒューズと太一は、全く同じタイミングで溜め息をつく。
「大体、何で知花なんだよ…!お前だったら、その顔で女なんて選り取りみどりだろ?似た奴で…!」
「……美醜の問題じゃ無いことくらい、貴方が一番分かってるでしょう?」
確かに見た目だけなら他に代わりなど幾らでもいるのに、太一だって知花に拘っている。
「可愛いわよね知花。素直で、面倒見が良くて、人懐っこい。楽しいことも、嬉しいことも、全力で表現してくれるから、女の私から見ても魅力的だわ」
取り上げたまま手の中にあった本を、ヒューズの前へとそっと置く。
「…知ってるよ。お人好しで、馬鹿で、単純で…。…だから…貧乏くじばっかり引いて…それなのに…あいつは痛いとすら言わないから…」
小さく肩を震わせ唇を噛みしめているが、怒っているような、悲しんでいるような、どちらとも取れる表情に、ヒューズとソフィアは顔を見合わせた。
「……知花は鈍いんじゃない。見て見ぬふりをしてるだけだ…あいつは…」
その時店内を繋ぐガラス扉が開き、入って来たのは話の的だった知花だ。
「お待たせ!そろそろ時間だよね?映画館に行こっか!…ん?どうかした?」
太一が小さく溜め息をつくと、二人にだけ聞こえるように「忘れてくれ」と囁き背を向けた。
***
「ヤバい、めっちゃ泣いた…!!」
知花はハンカチを握りしめたまま、家までの帰り道を号泣しながら歩いていた。
「まさかホラー…しかもスプラッタ寄りの映画を見て、泣く奴がいるとは思わなかった」
太一は呆れた様子だが、ハンカチが足りなくなりそうな勢いで泣く知花に、自身のハンカチを差し出す。
「だって!!子供を守るために、母自らナタを担いで犯人に襲いかかるのに、真っ二つに返り討ちに遭うとか、辛すぎない!?」
「…純粋にホラーとして見ろよ…」
「知花はあの映画で母の愛を見たのね」
そんな三人の後ろを黙って付いてくるのはヒューズだ。
未だに映画の内容で、盛り上がる知花とソフィアを先に行かせると、太一は後ろを振り返った。
「…お陰様でデートはすっかり邪魔されたんだけど?これで満足かよ」
「……私の提案ではなく、姫の提案ですので」
「…嘘つけ。本心じゃお前も邪魔したかったんだろうが」
今日、知花と過ごせて楽しかったが、計画が頓挫したのも事実だ。
平然としている元凶に、今日一日の鬱憤を晴らすかのように怒りをぶつける。
それなのに、相変わらずヒューズの表情は変わらない。
何故、自分ばかりが感情を揺さぶられるのか。
(…知花のことを、何も知らない奴に渡せるかよ…)
「知花っ!」
後を追ってきた太一が、知花の細腕を引く。
不意を突かれただけでなく、想像よりも力強く引っ張られたため、知花は足元をもつれさせると、太一にぶつかりそうな距離で止まった。
微かに呼吸音すら聞こえる距離。
男らしく筋張った首筋から香る太一の香水。
視界いっぱいに映る太一に、知花の呼吸は一瞬止まった。
「…俺のこと平気?」
普段の太一とは違う、少し低く、どこか甘さを含んだに声に知花の耳はぞくりとした。
「…う、うん!!!!」
正直、質問の意図が良く分からなかったが、強く肯定するように、ギュッと目を瞑ったまま、首を何度も縦に振った。
太一はいつも隣にいることが多いが、彼からここまで距離を詰めてくることは稀なせいか、知花の心臓は落ち着かなかった。
「そう、なら良かった。本当は、まだ待つつもりだったけど、そんな悠長に構えてられなさそうだから」
知花との仲を見せつけてくる太一に、顔を顰めて見ていたヒューズは、軽く溜め息をついたあと、ゆっくりと知花へ近付く。
そして、掴まれていない方の腕を自身に引き寄せると、そのまま知花の手を自身の手に重ね、指を絡ませるように握りしめた。
ヒューズの大きく剣だこのある長い指と、知花の細く白い指先が交互に絡まり、お互いの熱が交わる。
ぞくりとした感覚が全身を駆け巡り、知花は全身を赤く染めあげた。
(ヒュ、ヒューズさんまで……!?何?何?二人ともどうしたの??何なのっっ!?!?)
「……仕返しだ」
「いい性格してんな」
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