第13話 消える記憶と消せない記憶

「あ!スマホ忘れた!」


 花火を終えた三人が丁度別荘へ繋がる側道へ差し掛かった時、知花は自分のポケットや鞄の中にスマートフォンがないことに気が付いた。


「何処で落としたか覚えているか?」


 花火中も写真を撮ったりしていたのだから、終わった後の行動を思い出していた時、知花が片付けの際に、水道の所で濡れないように上に置いたことを思い出した。


「じゃあすぐ取りに行きましょ」


 踵を返そうとしたソフィアを知花が止める。


「大丈夫、すぐ戻ってくるから!先に中で待ってて!」


 そのまま二人に手を振ると、知花は浜辺へと走り出した。

 知花が浜辺へ辿り着くと、辺りは薄明かりの街灯だけで、民家の明かりも疎らである。

 街灯を頼りに置き忘れた場所へ向かうと、知花のスマートフォンがそのままの状態で発見された。


「良かった!あった!」


 知花はすぐに別荘に戻るため、スマートフォンのライトを付ける。


 その時だった――…


「あれ?この前の子じゃね?」


 その声に知花が振り返ると、浜辺に降りる階段で若い男達が酒盛りをしていた。


「本当だ!夕方そこ歩いてた子じゃん!戻ってきて良かった〜!」


 立ち上がった三人に、嫌な空気を感じた知花は反射的に走り出した。

 が、知花が逃げ出すのを予想していたのか、男達はあっという間に追いつき、腕を掴む。


「や、やめてっ!離してくださいっ!!」

「やば!マジで可愛い…!」

「んー!良い匂いする」


 三人はわざと怯えさせるようにジリジリと近寄り、知花へ顔を近付ける。


「ねぇ、一緒に遊ぼう?楽しいことしようや!」

「嫌ですっ!!」


(絶対、そんな楽しそうなことじゃない!!)


 触れられた腕に、男のべっとりとした汗がついて、その不快さに吐き気に襲われる。


(二人に…ついてきて貰えば良かった……!)


 せめて電話だけでも出来れば助けが呼べるのに、両腕を男二人に掴まれては、命綱のスマートフォンを離さずにいるのが限界だ。

 知花はそのまま引き摺られるように、黒い車の元へ連れて行かれると、バックドアから中へと放り込まれた。

 最後列の座席は畳まれていて、知花が倒れ込むには十分な広さがある。


 知花はありったけの声で叫び続けていたが、元々、民家すら疎らな地域だ。

 車の通りもこの時間は少なく、誰も灯りが付けっぱなしの車など気にも留めない。


(こいつら、慣れてる…!)


「大丈夫、怖くないよ~!」


 一人二人と狭い車内に入ってくるのを、知花は唇を噛みしめながら、睨み続けることしか出来なかった。



 腕が掴まれ、男の汗が肌へべっとりと付く。


『――知花、もう良いだろ?』


 乱暴に服を引きちぎる音がする。


『――先輩と付き合ってるからっていい気になんな。死ね』


 男の生温かい息が首筋へと掛かる。


『――あいつ、他の女の子にこんなことしてるんだぞ?』



 その瞬間、知花がずっと閉じ込めて来た、記憶が脳内へと広がった。

(――――――!!)

「いやぁああぁぁぁああぁぁぁぁあ!!!!!!」


「な、なんだよ大人しくなったと思ったのに!!」

「うるせぇな!殴ってでも黙らせろ!!」


 男の一人が知花の胸倉を掴み、引っ張った次の瞬間、ゴッという鈍い音と共に、その男はアスファルトの上に倒れ込んだ。

 知花はすかさず、その場で出来るだけ身を小さくし耳を塞ぐ。


「何だ!?え、お前…!ぎゃっ!!」


 間髪入れずまた一人が倒れる音がすると、最後に残った男が誰かに必死に謝罪をしていた。


「待って!すみませんでした!!この子返しますんで…!」


 靴音が一歩一歩進む音がすると、低く、激しい怒りの声が知花の耳へと届く。


「…赦すわけがないだろう」


 その声に、知花は勢いよく顔を上げた。


「…ヒューズ…さん…!」


 息を荒くしていたヒューズの足元には、三人目の男が倒れ込んでいた。


「…知花…無事か?」

「っ…!ヒュー…ズさ…!」

「助けに来た…。もう大丈夫だから…」

「う…ぁ…はぃ…ぃ…!」


 安堵から、知花はぽたぽたと大粒の涙を溢した。

 その返事にようやく、ヒューズを目尻を下げ、長い長い息を吐く。


「遅くなってすまなかった。もう少しだけ、待っててくれ…後始末をする…」


 ヒューズはポケットから淡く光る宝石を取り出すと、意識を失っている男達の額へその石を当てていく。


「…大丈夫。これで。目が覚めても、このことを思い出すことはない。…知花…帰ろう」


 優しく微笑んだヒューズに、知花は震えながらも手を伸ばすと、縋るように泣き付く。


「……ありが…とう…ございますっっ!」


 ヒューズはそっと知花を抱き寄せると、彼女が落ち着くまでその背をゆっくりと撫で続けていた。

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