第12話 彦星にはなれない

 この日の夜、知花達は花火をする約束をしていた為、海は午前中のうちに切り上げ、早めの夕食準備に取り掛かっていた。


「ねぇ、知花。花火をすると言っても、この世界に魔術師はいないでしょう?どうやって花火をするの?」

「え?」


 調理中のヒューズと、知花を覗き込むソフィアが、投げかけてきた質問に、知花の脳内は大量の疑問符を作り上げる。


「花火に魔術師が必要なの…?」

「え?そうでしょう?エクシアルの建国記念祭でも花火はあがるけど、お兄様や宮廷魔術師達が打ち上げるのよ?」


 魔術師は花火師だった…?そんな変な構図が出来上がろうとした時、隣でフライパンを華麗に反すヒューズが答える。


「恐らく日本人が花火の話を持ち込んだのだと思いますが、再現が出来なかったので、魔術師がそれらしい術を考えたのだと思います」

「あぁ!なるほど。じゃあ、使ってるのは火薬じゃないんだ」

「こちらのは火薬なのですか」

「それなら魔術師は必要ないわね!」


 確かに何気なく眺めている花火だけれど、実際作るとなると、どうやって色を付けているか、形を変えているかなど、詳しくは知らない。

 それならば魔術で似た物を作った方が早そうだ。


「姫、そこの皿を取っていただけますか?」

「これね?」


 涼し気なガラス皿を受け取ったヒューズが、フライパンの中に入っていたペスカトーレを移す。

 トングでパスタを引き上げたとき、ガーリックと魚介の香りに誘われた知花が、ふらりとヒューズに寄った。


「ふあぁぁ!美味しそう…!」

「やっぱりここは海産物は大きくて味が良いな。家の近所にもこのレベルの食材が、簡単に手に入るといいんだが…」


 食い入るように料理を見る知花に、ヒューズは目尻を赤く染めて微笑んだ。


「益々、ヒューズさんの料理スキルが上がってしまう!!負けていられない!!」

「私は知花の作るご飯好きよ?」

「ンンッ!!私はソフィアちゃんが好き!!!!」


 ソフィアのロイヤルスマイル付きの返事に、知花は全力で心のペンライトを振りながら、ハートを飛ばした。


「ふふ…勝ったわ…!!」

「…変なとこで張り合おうとしないでください…」


『何に』とは言ってはいないが、ヒューズは心底悔しそうに呟いた。


 夕食後、まだ日が暮れ切っていないうちから、三人は海岸線を歩く。

 普段はあまり車が通らないこの辺も、この時間帯だけは街から帰宅する車で通行量もそれなりだ。

 浜辺へと着くと、バケツに水を用意した後は、のんびりと日が暮れていくのを三人で待った。


「海水浴…楽しかったわ!!エクシアルに戻ったら精霊達と交渉してみましょう!」

「……多分、すぐ結んだ協定など破るので止めた方が宜しいかと…」

「人間のルールが通じないって怖い…!!」


 三人の他に誰も居なくなった浜辺で世間話を続けていると、やがて太陽の縁が地平線に重なっていく。

 徐々に周囲が薄暗くなると、空には幾つかの星が煌めき始めた。


「…よし、そろそろ始めましょうか!」


 知花は立ち上がり、蝋燭に火をつけると、買ってきた手持ち花火を一本ずつ二人へと渡す。


「これが花火なの?」

「これが手持ちの小さいの。打ち上げもあるよ」


 袋から大きめの筒状の花火を取り出したヒューズは、知花からライターを受け取る。


「ここの導火線に火をつければ良いのですね?では私がいたします」


 ヒューズは知花達から離れた位置まで歩いていくと、打ち上げ花火を真っ直ぐ空に向けて置いた。


 導火線の火が進み、小さめの打ち上げ花火が弾けると、火の粉を美しく舞い散らした。


「本当に…火薬で花火が出来てるのね!」

「夏祭りならこれよりも大きな花火が見れるよ!七夕祭りの時に花火大会があるの。今年は二人が来た時には過ぎちゃってたけど、来年は一緒に観に行こうね!」

「…知花は毎年、その七夕祭りに行くのですか?」

「うん!私、七夕が誕生日だから、去年までは家族と。今年は太一と大学の友達と誕生日パーティーがてら連れて行って貰った!」

「七夕…って何?」


 つい盛り上がってしまっていたが、そういえば七夕は日本の行事だ。

 すっかり忘れていた知花とヒューズは『あ』と口を開けたまま、二人揃って目をしばたたかせた。


「…昔話ですよ、離れ離れになったある男女が、たった一年に一度だけ逢える日だとか。確か七月七日ですよね?」

「ヒューズさんも、聞いたことがあるんですね」

「祖父が教えてくれました」


 やがて空はオレンジ色から濃紺へとグラデーションの比率を変えていく。


「あ、ソフィアちゃん!あの星!沢山星が集まっている所が川みたいに見えるでしょう?それを挟んだ特に光る二つの星が、アルタイルとベガ。織姫と彦星っていう二人だよ」


 知花は漆黒に近づく空を指差した。

 その軌跡をヒューズとソフィアが追う。


「……一年に一度だけって寂しいわね」

「…ずっと…離れているよりは…良いのではないでしょうか……」


 ポツリと呟いたソフィアに、ヒューズはベガを見つめたまま答えた。


「…俺は……彦星にすら、なれない…」

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