第3話 持つべきは友①

「なぁ、知花…本当にお前まで一緒に暮らさないと駄目なのか?」


 テーブルの上に広げられた間取り図を真剣に選んでいた知花に、呆れたような口ぶりで聞いてきたのは、知花達が訪れた不動産屋の息子であり、高校時代から同級生の『和泉太一』であった。

 太一は知花の両サイドに座る、外国人風…正しくは異世界人の二人へと目を向ける。


「うん。ソフィアちゃんのお世話をする人が近くにいないし、一年の期間限定だしね」

「いや、けど男が居るじゃん」

「ヒューズは、私の保護者みたいなものよ?」


 接客などお構いなしの様子で渋い顔をする太一に、知花の左側に座っていたアメジストの瞳がキラキラと微笑み返した。


 本当は異世界から来たお姫様と近衛騎士である二人だが、リアリストの太一に事実を話したとしても、病院を勧められるだけに決まっている。

 よって知花は早々に説明することを諦めた。

 そして諦めてしまえば、後ろめたい気持ちなど一切湧かない。

 表情に一切の変化を見せない知花に、太一は小さく溜め息を吐いた後、今度は店に来てから沈黙を貫いていたヒューズを睨みつけた。


「へぇ…保護者なんですか?似てないから兄妹じゃなさそうだなと思ってましたけど」


 太一は言葉遣いこそ丁寧なものの纏う空気は重い。

 ヒューズが何か失言をしようものならば、すぐにでも噛みついてやろうという雰囲気が滲み出ている。

 一触即発してしまいそうなピリピリとした緊張感に、知花は思わず身を小さくした。


「失礼ですが、今お幾つでいらっしゃいますか?」

「二六歳だ」

「…知花。二六歳と十九歳が一緒に暮らすって聞いたら、普通は同棲を連想する」

「ねぇ、太一…そういうのじゃないって何度言えばわかるの?ごめんなさい、ヒューズさん。太一は高校からの友達だったから、ちょっと過保護っていうか…」

「俺は、お前の父親か何かか?」


 ヒューズにはこの程度の挑発など大したことでは無いだろうが、知花は居ても立っても居られず謝罪の言葉を口にした。

 その結果、益々機嫌を悪くした太一は、知花の額にぶつかりそうな程に顔を近づけ睨みつける。


「…俺は知花のお人好しが祟って、何度も貧乏くじ引いてるのを間近で見てるんだけど??」

「うぐっ!!」


 思い当たる節は勿論ある。

 流石の知花もそれを言われてしまうと大人しくせざるを得ない。

 邪魔者が口を噤んだと見るや否や、ここぞとばかりに太一はヒューズへと詰め寄る。


「おい。知花に変なことしてみろ。俺が絶対に許さないからな」

「…心配せずとも無責任なことはしない」

「その言い方だと、責任とるならいいだろうって聞こえんだよ!!!!責任取っても、知花には、手を、出すな!!!!」


 知花は心の中で悲鳴を上げた。

 そして同時に、病院を勧められてでも太一にはしっかりと説明すべきだったと激しく後悔した。


(よりにもよってヒューズさんに、そんなことを釘差すなんて…!!大人で普通にモテそうなヒューズさんが、子供の私を相手する訳ないじゃん…!!)


 仮に知花がヒューズに恋をしたとしても、その逆は万が一どころか、億が一あり得ないだろう。


(それなのに…そんなことを心配してるなんて…!!太一の馬鹿!!もう先輩から貰った過去問見せてやんないから!!)


 決して口には出せない文句を心に吐き、小さな報復を誓った。

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