第2話 転がり込んできたのは②
時刻は午後一時。
ランチすら食べていない知花だったが、自室の小さなカフェテーブルの傍に行儀よく正座をする二人へ、お気に入りのフレーバードティーをいれたティーカップを差し出した。
すると早速、ソフィアが優雅な仕草でティーカップを一口寄せ、一息つくとそのバラ色の唇をゆっくりと開く。
「初めまして、私、エクシアル王国から参りました。ソフィア・ベル・エクシアルよ。花の十五歳ですわ!これでも一応、王族の端くれですの」
更にその隣の男が続ける。
「羽曳野知花殿。お初にお目にかかる。近衛隊長を務めるヒューズ・オル・ブライトだ。歳は二六。今後この世界…日本においての姫の護衛を務める。よろしく頼む」
騎士服というものを初めて見たが、格好良い…またイケメンが着ると破壊力が凄まじい。
初めて見た騎士服に、思わず知花は目を輝かせて凝視していると、その視線に気まずくなったヒューズは軽く咳払いをした。
「あぁっ!すみません!!騎士服とか初めて見て、恰好良いなって…つい見過ぎてしまいました…!!」
「……いや…構わない」
知花は二人の前に姿勢を正し座り直すと、恐る恐る口を開いた。
「……で、あの、私は一体何をすれば?」
「羽曳野殿にはソフィア姫の侍女……つまり、世話係をお願いしたい。食事の世話などは私でも担当できるが、着替えなどを一人で行うことに姫は慣れていない。慣れるまでは貴女がサポートして頂けると助かる。」
「あぁ、成程。日本においての生活のサポートですか」
それなら知花にも出来そうである。
知花がヒューズの隣に座るソフィアを見ると、まるで花が咲き誇るような、華やかで光輝く笑顔を見せる。
(か、可愛いぃぃぃっっっ!!!!)
女である知花でさえ、思わず頬を染めてしまいそうな笑顔。
恐るべきロイヤルスマイルの威力。
「えぇと、はびきの…?ちか?どちらがファーストネームなのかしら…どうお呼びすべき?」
「知花って呼んでください!!!!」
とびきり可愛い美少女が目の前にいる状況に、知花はすっかり舞い上がっていた。
だがここで一つの疑問が浮かんだ。
「……え、ちょっと待ってください?お世話はめちゃくちゃしたいですが……一体何処に住むのですか?」
「ここだ」
「ここよ?」
淡々とした声と可憐な声が重なり、仏頂面と花のような笑顔が同時に知花を見る。
知花は天井にぶら下がるお気に入りのお洒落な照明を凝視したまま、二人の言葉を反芻してみた。
(ん?ここ?今、ここって言った?)
「いやいやいやいや!ちょっと待ってください!!いいですか?今、貴方達がいるこの部屋が主な居住スペースです!他にはお風呂とトイレがあっちにあるくらいで、何処ぞの王宮のように何部屋も無いんです!三人住むには狭すぎます!」
言葉は魔法か何かで問題なく通じているのだが、知花は自分の腕をブンブンと上下させたり、真後ろにあるドアを指差しながら、まるで外国人に話すかのようにボディランゲージを加えながら話した。
実際知花の部屋は狭い。というか大学生の一人暮らしだ。こんなものである。
ベッドは辛うじて置いているが、それを取っ払ったとしても三人ギリギリ寝れるかどうかだ。
「大丈夫です。その辺の対応は任せてください」
ヒューズはその返事を予想していたかのように、食い気味に言葉を挟んできた。
「へ?」
此方へやってきた際、持ってきたと思われる鞄の中から印鑑や免許証、各種証明書をテーブルの上に並べた。
「え、日本人の名前??」
そこには『吉田』と書かれていた。珍しくもないありきたりな苗字だ。
印鑑も、免許証も、各証明書も全く同じ名前が記載されている。
「……先日、私達の世界にも日本からの転移者がおりまして、その方から『あると便利だから』と譲っていただきました。たまたま役所なる所で必要な書類一式を出したところだったようで。ラッキーでした。これで部屋を借りに行きます」
これで貴女の憂いは晴れるとばかりに、表情は生き生きとしていた。
(ドヤ顔の騎士、格好いいな!!端正な顔立ちに自信満々な表情が、キラキラ輝いて眩しい!!ってそうじゃない!!)
「っ、駄目ですよ!これ、他人のじゃないですか!!免許証!免許証の顔写真、全く別人!!使うと文書偽造になっちゃいます!!」
机の上の免許証を取り上げ、指を指す。
そこに写っている写真はThe日本人。
ご本人には申し訳ないが可も不可もない、至って普通の青年だ。
どう見てもこの目の前でキラキラしている男には見えないし、そもそも犯罪だ。
「大丈夫です。認識阻害の魔術を掛けてきてますから、こちらのカードを見せた後なら、私を同一人物に錯覚します」
「えぇ…いや、だから問題そこじゃない…」
どうやらこの話は平行線なようだ。
とりあえず、証明書関係のことは見なかったことにした。
「あと、お金に関してもご心配及びません」
「……それにも認識阻害?そんな術でもかけてるんですか?」
「いいえ。金がこちらでも価値があると聞いたので、持てるだけ持って参りました」
ゴト……と鈍い音をさせながら書類の上に無造作に置かれた麻袋の中を開くと、中には煌びやかな金、金、金、時々大粒の宝石がついたアクセサリーが山のように入っていた。
軽く家一軒が買えそうな量である。
流石の知花も唾を飲み込んだ。
「……これ、一気に換金しないで下さいね?」
「何故だ?」
「…宝石店強盗したと疑われるか…帰り道に強盗に襲われかねません……」
「問題ない。強盗ならこの剣で……」
立ち上がり剣を構えようとしたのをすかさず止める。
「その剣は、絶対、ぜぇーーーったい、持出し禁止です!!!!」
顔色を変えずに平然としているヒューズに、知花はわざと深刻な表情を見せ、そっと剣を仕舞わせた。
(これ…部屋を借りれたとしても、本当にこの二人と暮らして行けるかな……?)
異世界人…確かに常識のズレはあるだろうが、流石に剣はまずい。
きっとこれからも色んな認識の違いは起こると予想がつく。
(まずは一般常識…とりあえず剣は絶対隠さないと…)
うーんうーんと知花が呻っていると、それまで黙って聞いていたソフィアが口を開いた。
「知花?あのね、私、異世界…この日本に来るのが夢だったの。小さい頃からよく日本から転生者や転移者が来たから、いつか来てみたかったのよ。でも、私はここで一年過ごした後は他の国へ嫁ぐことが決まっているの。…それまでの我儘を初対面の貴女にお願いするのは気が引けるのだけど、出来れば一緒に住んで頂けないかしら?私、貴女のことが気に入ったのよ」
意外な言葉に知花は目をぱちぱちと瞬かせた。
訳が分からないという顔をする知花を見て、ソフィアはくすりと笑った。
「だって貴女、真っ先に私達を追い出そうとしなかったもの。おまけに紅茶まで出して、見ず知らずの人間の話を黙って聞いてしまうし。私の世界と知花の世界は違うかもしれないけれど、お人好しというカテゴリーに入る人間は共通に違いないわ」
「…そうですね。私も自分の知人が、突然現れた見ず知らずの人間に茶を振舞っていたら、苦言を呈すると思います」
紅茶が揺らめくティーカップを見つめながら、ヒューズも同意した。
「ねぇ、知花?一年だけだけど、私たちと暮らしてみないかしら?」
アメジストの瞳とエメラルドの瞳が真っ直ぐ知花を見つめていた。
その瞬間、知花の胸は高揚感に満たされていく。
不安よりも、期待と好奇心が勝った瞬間だった。
「…そこまで言われちゃったら、嫌だなんて言えない。完全、異文化交流…ならぬ異世界交流だけど…!!よろしくお願いします!ソフィアちゃん!ヒューズさん!」
自分で言っておいて何だが、軽いと思う。
けれど乗りかかった舟とは、正にこのことだ。
知花は満面の笑みで二人を見るとソフィアとヒューズは顔を見合せ、頷き合うと知花に深々と頭を下げまたその声が重なった。
「不束者ですが、どうぞ末永くよろしくお願いします」
「いや、それ嫁入りの挨拶です!!!!」
そして、この日から期間限定の三人暮らしが始まったのである―
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