第4話 持つべきは友②

 恥ずかしさと後悔とでテーブルに伏せた知花を横目に、未だに太一とヒューズの言い合いは過熱していた。

 そんな中、知花の頭を静観していたソフィアがそっと撫でる。


「ありがとう、ソフィアちゃん…。お姫様な上、天使だった…」

「ふふ、いいのよ。想像以上に面白い現場に遭遇できたから。それにしても、知花はモテるのね!女性一人を男性二人が奪い合うなんて!修羅場大好きなの!!」

「え?修羅…?いや、太一は心配症なだけなのと、ヒューズさんは相手にしてない…」

「そうかしら?ヒューズ、何だかムキになっているように見えるけど…?」


 一方的に絡まれ続けるヒューズの表情をそっと横目で覗いてみるが、仏頂面のままで表情はピクリとも動かない。

 どう見ても面倒くさそうにしているようにしか見えない。


「おい、知花」


 お客の筈のヒューズに散々絡んだ太一は、眉間に皺を寄せたまま知花の前に一枚の紙を差し出した。


「部屋、ここにしろ」


 間取りとしてはリビングへと繋がるの隣の部屋が、珍しくしっかり区切られているタイプだ。

 どうやら元々分譲マンションだったのを、買主が賃貸として出したらしく、アイランドキッチンが置かれた豪華な部屋だ。

 知花もキッチンは広めが嬉しいので上位候補に挙げていた部屋だ。


「一応、太一の理由が聞きたいんだけど…」

「ここの部屋なら、リビングの隣をこの保護者の部屋に出来るだろ。玄関近くの隣り合った部屋は女子で使え」


 つまりは個室ですら、男と隣り合うのは止めろと言いたいらしい。

 知花はしょうもない彼の理由に、苦い表情を浮かべたが、間取りを見直してみても、やはり三人ともしっかり個室を確保出来るのは魅力的だ。

 知花が間取りを凝視していると、隣からひょっこりソフィアが顔を寄せる。


「良いんじゃないかしら?知花とお隣さんごっこが出来るわ。ね、ヒューズ?」

「部屋に関しては、自分はどこでも構いません。睡眠の確保さえ出来れば十分ですし。何だったら押入れでも廊下で寝ても…」

「此処にします」


 知花はヒューズの一言で即決した。

 リビングの隣が引戸で区切れるタイプでも、ヒューズなら文句を言わなさそうだとは予想していたが、流石に国民的キャラクターと同じ押入れと廊下は無い。

 異世界からの来訪者だとしても、せめて日本国憲法らしい、健康で文化的な最低限度の生活を営んで欲しい。


「なんだ。保護者は廊下でもいいんなら…」

「ここにするって言った。太一、契約するから、早く社員さん呼んできて」


 嫌がらせを継続しようとする太一に、契約の催促をして事務所の奥へ追いやると、知花はヒューズに身体を向け告げた。


「ヒューズさんはお仕事かもしれませんが、私はヒューズさんにも、この国の生活を楽しんで貰えたらいいなって思ってますから。…あと、あんまり野宿とか廊下で寝るとか言わないでください。次言ったら怒ります。期間限定でも家族(仮)くらいには仲良くなるつもりなので」


 お節介かもしれないが、大事なことだ。

 知花は言い切ったあと、少し恥ずかしくなり顔を背けた。


 ヒューズは目を見開いたまま知花を見つめていたが、やがて口元を緩めると穏やかな表情で頷いた。


「ふふ…もう…ヒューズが尻に敷かれているわ…!!」

「やっぱり、全力で阻止すべきだったか…」


 両手で口元を押さえ、花のような可憐な笑いを漏らすソフィアと、それとは対照的に苦虫を嚙み潰したような表情の太一が、知花とヒューズを見ていた。


 ***


「知花…あの男に言い寄られたらすぐに俺に言えよ?言っとくけど、油断してる相手が一番危険なんだから…」


 無事、契約を終えた三人が店を出ようとした時、知花は太一に呼び止められ、また釘を刺されていた。


「その理論で言うと、太一も含まれない?」

「…俺はいいの」


 それは一体どんな理論なのか。

 前屈みになり表情を窺おうとする知花から、太一は逃げるようにぎこちなく身体を逸らしていく。


「…とにかく…困ったことがあれば、いつでも言えよ…。知花が困ってることなら、何だって助けてやるから…」


 徐々に小さくなっていった声だったが、知花の耳にはちゃんと届いていた。


「へへ。いつもありがとう。太一のそういうとこ好きぃ」


 口煩いけれど、何やかんや言いつつ、最後まで手伝ってくれるし、友達想いのいい奴だと思う。


 油断しきった笑顔を向けると、太一は片手で顔を隠したまま『さっさと引っ越し準備してこい』とだけ告げ、振り返ることもなく店へと戻っていった。


(…ありがとう。高校から変わらずに友達で居てくれてることに、私は救われてるよ)


 知花はその後ろ姿を見送ると、静かに待っていたソフィアとヒューズへと向き直す。


「…では、早速ですがお引越しスタートです!」

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